中央部、理想郷の庭園。フルボディエリアに繋がる、唯一のエレベーターが存在する場であった。そこに唯一辿り着いたのは、エヴァと葵。
そこかしこで起こる轟音に驚きながらも、エヴァの手を握る葵。
「――エヴァ、さん。アタシ……怖いよ」
葵の手はか細く震えていた。しのびの里での気丈な態度とは裏腹に、未知への恐怖心が年相応に備わっていることに安堵しながら、その場の雰囲気を軽くするような口調で接する。
「……どうしたの、最初あれだけ私に突っかかってきたときの、ピンピンに研ぎ澄ました尖り方はどこに行っちゃったのかな~? もしかして……ビビってる??」
しかし、葵の反応は芳しくない。どころか、各地で戦う戦士たちのことを心から案じる、性根のいい部分が露呈していた。
「――ごめんね。私……透さんと違って、子供をあやすとか、そう言ったこと全くしてこなかったから……何なら、レイジーの方が得意だから」
「……分かってる。頭目は……どんな状況でもアタシたち子供に優しかった。……まあ、本当の子供は、あの場にアタシ一人しかいなかったわけだけどさ」
自嘲気味に笑う葵であったが、エヴァはそんな彼女を笑いはしなかった。孤独、孤立の辛さを知っているからこそ、最初葵が気にかかったのだから。
「大丈夫だよ、私たちが……その歪んだ実情を終わらせるんだ。少しでも、あるべき姿を望む人のために、お節介しなきゃ」
灰崎から預かったVIPパスを認証し、昇降機をその場に顕現させる。未だ、この場の二名はこの先に向かったことが無いため、否が応でも緊張する。生唾を呑み込み、冷や汗を掻くばかり。
しかし、それでも。二人は歩を進め全ての決着をつけに、更なる地下世界へ降りるべく鋼鉄の箱に乗り込んだ。もし、だなんて言葉は一切発しない。それぞれの武器を背負いながら、動き始めた棺に身を任せるのみであった。
「……怖い?」
「……怖くない訳、あるもんか。――だから、さ」
エヴァはその先の言葉を理解し、何も言わずその昇降機の中で葵を抱きしめる。軽いものではなく、当人がしゃがみサイズを合わせたうえで、近親者がするような熱い抱擁であった。人によっては、痛いと思うほどの強さで、エヴァ・クリストフという女が、頼りになる存在がここにいることをただひたすらに示す。
当人の顔なんて見えやしない。後頭部すら抱くものであったため、何が起こっているかは分からない。ただ、鼻をすする音ばかりが聞こえるのみ。
「――大丈夫、私がいるよ」
脳裏に浮かぶのは、今この山梨の地にいない存在。笑顔が眩しく、こんな状況でも明るい太陽のような笑顔でこの場を明るくしてくれる。しかし、エヴァにそれほどの器用さはない。ただ、傍にいる証明として強く抱き締めるだけ。
「……だから、今だけは。甘えたって良いんだよ、葵ちゃん」
ただ、その言葉を乗せながら、
地獄へと向かっていく。
その場で精一杯の悪意を以って、起こりうる最悪の事象など知らないままに。
少しの間、鋼鉄の箱に乗せられた二人は、ついに深淵へ辿り着く。
その場には、目を覆いたくなるほどの金や性、あらゆる欲に塗れた場が存在する……はずなのだが。全ての照明は落とされ、中央部に備わっていた元王漣組跡地に、でかでかと出来上がっていたのは、日本古来の巨大な城を思わせる『教会』山梨支部。
しかも、ただの城ではなかった。欲に眩んだ哀れな羽虫を引き寄せるほどにライトアップされ、それでいて多くの欲を煽るような下卑た装飾が施されている。人によっては、生理的嫌悪感を抱かざるを得ない。
そして、そんな城の天守閣にて意地悪く笑うのは、来栖・F・善吉。一切の労を行わずに、この地底都市にてエヴァたちを待ち受けていたのだ。
「――やあやあ、淑女諸君。この場に辿り着いたのは……たった二人かな? しかも、片方は大した戦闘力もない忍者の卵と来た。私をその程度で落とせると、お思いかな?」
「来栖、善吉……!!」
高らかに嗤う善吉は、その天守閣から飛び降りエヴァたちの前に音もなく着地する。一切の衝撃を感じさせない軽やかな動作に、すぐさま戦闘態勢を取るエヴァ。
しかし、善吉は一向に仕掛けようとしない。どころか、二人を妖しく手招くのみであった。
「――なあに、私自体争いごとが不得手でね。他支部の戦闘狂たちと比べてもらっちゃあ困るんだ」
「……何を考えている」
「いや、別に? 実際言葉通りの意味さ。それぞれ、戦況の確認をした方がいいと考えていてね。きっと、面白いものが見られる。どの年齢であっても、エキサイトすることはいいことだ」
デュアルムラマサを後ろ手に触れながら、善吉に連れられるまま山梨支部の内部へ入り込む。構成員ひとりたりともいやしない、まさにもぬけの殻であった。
「すまないね、上での戦闘で全員出張っていて誰もいないんだ。何なら『幹部』連中もいない、文字通り私だけがこの場にて戦況を見守っていたんだ」
実に、遊び相手を見つけた子供のような、軽やかな振る舞い。それが堪らなく不気味に感じられて仕方が無かった。まるで、この後起こるであろう出来事を、全て認知しているかのようであった。
「――一体、何の目的があってアタシらをここにまで招いた。たった一人なんだ、アタシらはどうとだってできるぞ」
「まあまあ、たかだか大した力も持たないガキ二人に、私がどうこうされることもない。これは慢心ではなく、あくまで自信だから」
その言葉に一切の偽りは無いようで、微細な魔力を流しスタンバイ状態にしていたはずのデュアルムラマサが、一切応答しない状態に。ハッキングとも、単純な動作不良とも違う、その場に展開されている
罠のようなもの。
胸中に、圧倒的な不安を抱きながら、三人が辿り着いたのは、支部内に併設された巨大な映画館。動員最大数は優に千を超え、各種サービスが手厚い。無料ドリンクに、無料ポップコーン。果てにはちょっとした高級料理店の料理なども無料で手配できる、実にユーザビリティが頭打ちしているものであった。
「幸い、お客さんは少ないようだ。指定席ではないから、自由に座るといい」
中央部にどっかりと座り込む善吉から程離れ、かつ出入り口が最も近い席に怪しがりながら座る。無論、万が一逃げやすいよう葵を通路側にしながら。
「……、あれ? そんな端っこで映画見たいのかな? もっとダイナミックに感じたくないかい?」
「――私は、性的欲望を面に出すような、クソみたいな男が嫌いなので」
「なるほど、情報通りだ。ある信頼できるツテが『真のレズビアンたる女に舌咬み切られた、すぐに再生させて驚かせてやった』とか何とか言っていたからね。流石にセクハラで問題になりたくはない」
その正体を思い返したくないエヴァは、何も語ることなく上映開始の時を待った。