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第二百八話

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 しかし。その願いは、誓いは霧散する。
 助けを求める声が聞こえ、灰崎がその現場に急行すると、嬢と客、それぞれがあるべき姿で、複数人にて行為に及んでいた。しかし、それは結衣の合意なしのものであり、灰崎に見せつけるように肥満気味である末端の男は無理やり行為に及んでいた。
「――は??」
 そういったプレイをしているわけではない。そのような行為をした場合は、問答無用で出禁。その中で、男は無理やり行為に及んでいる中灰崎を呼びつけたのだ。自分の方が、立場が客である以上、上であることを誤認した結果である。
「……おお、待っていたよ、王漣組若頭さん。君女性経験がないらしいから、この女を使って一緒にどうかと思ってね」
 悲鳴や叫びに似た嬌声が上がる中、灰崎は静かな怒りを燃やしながら、それでも支配人代理としての体裁を保とうとしていたのだ。
「……失礼ですが、当店舗ではそのような無理やり行為に及ぶことは禁じております。今すぐに退店なさるか、少々痛い目を見てもらうか……どちらかになりますが」
「まあまあ、そこまでカリカリしなさんな。どうせ君はボクたちには敵わないだろうし」
 殺意をむき出しにし、懐から銃を取り出す。すぐさま向ける灰崎であったが、銃口は眉間を確かに捉えていたものの、引き金を一切引くことが出来ずに終わってしまう。それもそのはず、その場にいた末端の構成員複数人に銃を先に放たれ、胴体数か所に風穴が空くほどの重傷を負ってしまったのだ。
 無力にも膝から崩れ落ちて、倒れ伏す。その先で、手を全力で伸ばせる距離で結衣と目が合う。従わないために何度も暴力を振るわれたのか、鼻血だったり額からの出血だったりによって、絶望に全てが染められていた。
「ゆ、結衣……!!」
 碌な助けを求めることもできず、ただレイプされているその現状は、地獄の底そのままであった。
「確か、君はこの子がお気に入りだったね。それなのに……苗字すら明かしていなかったらしいじゃあないか。この際、明かしてあげたらどうだね」
「「――――え」」
 その一瞬で、結衣は血の気が引いた。これから告げられてしまう事実が、死ぬかもしれないこの状況において多くの苦しみ、悔しさ、そして情が本物だったことを示してしまう。咄嗟に拒絶しようとしたが、時すでに遅し。
 灰崎は察することが少々遅れたものの、どこか胸騒ぎがしたのだ。これまでの自分の日常が、ガラガラと崩れ去ってしまうような、あくまで予感。

「王漣組若頭、灰崎廉治。そしてこの場でボクにヤられている女の本名は……灰崎結衣。兄妹同士で特異な感情抱いていただなんて……近親相姦まっしぐらじゃアないか」

 その場で高笑いする男を尻目に、灰崎も結衣も、猛烈にこの現状に対して拒否反応を示していた。少なくとも、こんな姿は見せたくない。そう言わんばかりに二人とも抵抗するも、男は本当の意味で性悪であった。
「あーもーうるさいなあ。言うことをしっかり聞けってんだ、股開く以外に能無しなクソ女はよ」
 意のままにならないと確信したため、複数人の男によるリンチにより、結衣と情時に及んでいたはずの末端全員が酷い暴力を振るい始めたのだ。
「止めろ!! 止めろこの下種野郎が!!」
「そう言われたら……ちょっと怒っちゃったかも」
 結衣の後頭部に付きつけられる銃口。その瞬間、自分の命の終わりを悟った結衣は、灰崎に対して、出血や鼻水などあらゆるものでぐちゃぐちゃになった情けない顔を動かし、何とかして笑顔を取り繕う。男に対しての、行動以外の最後の抵抗であった。

「――廉治さん。私なんかが貴方と出会えた人生は……幸せでした」

 その強張った笑顔のまま、脳を撃ち抜かれた結衣は、その瞬間で即死。灰崎の目の前で、脳味噌を散らしながら死んだのだ。
 時が止まる。自分の中で、大切なものが消えた瞬間、絶望を超えた瞬間、これまでにないほど見えない何かが自分を突き動かしたのだ。
 普通なら痛みによって身動きが取れない中、全ての痛みを過去にするように、全身の筋肉、神経が覚醒していく感覚。
 手を離れていたはずの自動短銃をすぐさまつかみ取り、全員の眉間を正確に速射する。
 誰もかれも、身体能力も秀でた者ではなかったため、さらに末端の構成員であったため、一般人の灰崎にも容易に殺害することが可能であった。
 しかし、そこに残っていたのは、大切な存在を救うことが出来なかった無力な存在のみ。あれだけ目を掛けた存在であったはずなのに、つい一時間ほど前まで確かに、そして懸命に生きていた存在なのに。
 地獄の境遇であったとしても、ただひたすらに現状と戦っていた、実直な存在。あまつさえ、そんな存在を目の前で喪った。
「――――ぁぁあ」
 無力な者による大粒の涙が、最低な男の死体に崇められるように、中央で命を失い倒れ伏す……灰崎結衣に零れる。しかし、その涙で生き返るだなんて夢物語はあるはずがなく、ただ無能の涙に塗れるのみであった。
 男の死体の数々を蹴り飛ばし、結衣の死体を、血など関係なしにただ抱きしめる。救えたかもしれない、自分の妹をただひたすらに抱きしめるのだ。
 似たような境遇――ではなかった。何故なら一致していたから。ただそれを追求しない。このあらゆる無法がまかり通る場において、自分の名はほぼ意味を成さない。あくまで功績だけがその者を示す。
 それは関わりすぎることで喪ったときの痛みを軽くする、それぞれの思いやりの結果であったのだが、結局は同族を見つけてしまったとき、人は過干渉しあう。これは必定である。どんな時も、繋がりを求めてしまうのだ。
「――ぁあああアあァああぁあッ!!」
 初めて、灰崎が声を上げ泣いた。生まれた時以外に、こんなことは無かった。これほどに悲しい出来事に出会ったことが無かったのだ。両親が死んだとしても、恨みがあるため涙を一滴も流さないだろう。
 目をかけていた存在だからこそ、喪失した時の痛みは計り知れないのだ。
 その時から、誰にも見せずに毎日黙祷を捧げている。それもこれも、自分の力不足が招いたこと。仮に自分に因子が眠っていたのなら、結衣を救えたかもしれない。
 そんな後悔が心に巣食いながら、その数日後組長は殺害された。あまりにも絶望に心を支配された結果、悲しいとは思ったが涙が出なかったのだ。結衣を失ったことから、彼女絡みでない限り涙は枯れた。その確証は大いにあった。
 拾ってもらった組長よりも、付き合ってきた年月の短い女に涙を流す、そんな灰崎を薄情者だと吐き捨てる者も多かったが、そんな輩に付き合っていられるほど、灰崎の心に一切の余裕はなかったのだ。



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 しかし。その願いは、誓いは霧散する。
 助けを求める声が聞こえ、灰崎がその現場に急行すると、嬢と客、それぞれがあるべき姿で、複数人にて行為に及んでいた。しかし、それは結衣の合意なしのものであり、灰崎に見せつけるように肥満気味である末端の男は無理やり行為に及んでいた。
「――は??」
 そういったプレイをしているわけではない。そのような行為をした場合は、問答無用で出禁。その中で、男は無理やり行為に及んでいる中灰崎を呼びつけたのだ。自分の方が、立場が客である以上、上であることを誤認した結果である。
「……おお、待っていたよ、王漣組若頭さん。君女性経験がないらしいから、この女を使って一緒にどうかと思ってね」
 悲鳴や叫びに似た嬌声が上がる中、灰崎は静かな怒りを燃やしながら、それでも支配人代理としての体裁を保とうとしていたのだ。
「……失礼ですが、当店舗ではそのような無理やり行為に及ぶことは禁じております。今すぐに退店なさるか、少々痛い目を見てもらうか……どちらかになりますが」
「まあまあ、そこまでカリカリしなさんな。どうせ君はボクたちには敵わないだろうし」
 殺意をむき出しにし、懐から銃を取り出す。すぐさま向ける灰崎であったが、銃口は眉間を確かに捉えていたものの、引き金を一切引くことが出来ずに終わってしまう。それもそのはず、その場にいた末端の構成員複数人に銃を先に放たれ、胴体数か所に風穴が空くほどの重傷を負ってしまったのだ。
 無力にも膝から崩れ落ちて、倒れ伏す。その先で、手を全力で伸ばせる距離で結衣と目が合う。従わないために何度も暴力を振るわれたのか、鼻血だったり額からの出血だったりによって、絶望に全てが染められていた。
「ゆ、結衣……!!」
 碌な助けを求めることもできず、ただレイプされているその現状は、地獄の底そのままであった。
「確か、君はこの子がお気に入りだったね。それなのに……苗字すら明かしていなかったらしいじゃあないか。この際、明かしてあげたらどうだね」
「「――――え」」
 その一瞬で、結衣は血の気が引いた。これから告げられてしまう事実が、死ぬかもしれないこの状況において多くの苦しみ、悔しさ、そして情が本物だったことを示してしまう。咄嗟に拒絶しようとしたが、時すでに遅し。
 灰崎は察することが少々遅れたものの、どこか胸騒ぎがしたのだ。これまでの自分の日常が、ガラガラと崩れ去ってしまうような、あくまで予感。
「王漣組若頭、灰崎廉治。そしてこの場でボクにヤられている女の本名は……灰崎結衣。兄妹同士で特異な感情抱いていただなんて……近親相姦まっしぐらじゃアないか」
 その場で高笑いする男を尻目に、灰崎も結衣も、猛烈にこの現状に対して拒否反応を示していた。少なくとも、こんな姿は見せたくない。そう言わんばかりに二人とも抵抗するも、男は本当の意味で性悪であった。
「あーもーうるさいなあ。言うことをしっかり聞けってんだ、股開く以外に能無しなクソ女はよ」
 意のままにならないと確信したため、複数人の男によるリンチにより、結衣と情時に及んでいたはずの末端全員が酷い暴力を振るい始めたのだ。
「止めろ!! 止めろこの下種野郎が!!」
「そう言われたら……ちょっと怒っちゃったかも」
 結衣の後頭部に付きつけられる銃口。その瞬間、自分の命の終わりを悟った結衣は、灰崎に対して、出血や鼻水などあらゆるものでぐちゃぐちゃになった情けない顔を動かし、何とかして笑顔を取り繕う。男に対しての、行動以外の最後の抵抗であった。
「――廉治さん。私なんかが貴方と出会えた人生は……幸せでした」
 その強張った笑顔のまま、脳を撃ち抜かれた結衣は、その瞬間で即死。灰崎の目の前で、脳味噌を散らしながら死んだのだ。
 時が止まる。自分の中で、大切なものが消えた瞬間、絶望を超えた瞬間、これまでにないほど見えない何かが自分を突き動かしたのだ。
 普通なら痛みによって身動きが取れない中、全ての痛みを過去にするように、全身の筋肉、神経が覚醒していく感覚。
 手を離れていたはずの自動短銃をすぐさまつかみ取り、全員の眉間を正確に速射する。
 誰もかれも、身体能力も秀でた者ではなかったため、さらに末端の構成員であったため、一般人の灰崎にも容易に殺害することが可能であった。
 しかし、そこに残っていたのは、大切な存在を救うことが出来なかった無力な存在のみ。あれだけ目を掛けた存在であったはずなのに、つい一時間ほど前まで確かに、そして懸命に生きていた存在なのに。
 地獄の境遇であったとしても、ただひたすらに現状と戦っていた、実直な存在。あまつさえ、そんな存在を目の前で喪った。
「――――ぁぁあ」
 無力な者による大粒の涙が、最低な男の死体に崇められるように、中央で命を失い倒れ伏す……灰崎結衣に零れる。しかし、その涙で生き返るだなんて夢物語はあるはずがなく、ただ無能の涙に塗れるのみであった。
 男の死体の数々を蹴り飛ばし、結衣の死体を、血など関係なしにただ抱きしめる。救えたかもしれない、自分の妹をただひたすらに抱きしめるのだ。
 似たような境遇――ではなかった。何故なら一致していたから。ただそれを追求しない。このあらゆる無法がまかり通る場において、自分の名はほぼ意味を成さない。あくまで功績だけがその者を示す。
 それは関わりすぎることで喪ったときの痛みを軽くする、それぞれの思いやりの結果であったのだが、結局は同族を見つけてしまったとき、人は過干渉しあう。これは必定である。どんな時も、繋がりを求めてしまうのだ。
「――ぁあああアあァああぁあッ!!」
 初めて、灰崎が声を上げ泣いた。生まれた時以外に、こんなことは無かった。これほどに悲しい出来事に出会ったことが無かったのだ。両親が死んだとしても、恨みがあるため涙を一滴も流さないだろう。
 目をかけていた存在だからこそ、喪失した時の痛みは計り知れないのだ。
 その時から、誰にも見せずに毎日黙祷を捧げている。それもこれも、自分の力不足が招いたこと。仮に自分に因子が眠っていたのなら、結衣を救えたかもしれない。
 そんな後悔が心に巣食いながら、その数日後組長は殺害された。あまりにも絶望に心を支配された結果、悲しいとは思ったが涙が出なかったのだ。結衣を失ったことから、彼女絡みでない限り涙は枯れた。その確証は大いにあった。
 拾ってもらった組長よりも、付き合ってきた年月の短い女に涙を流す、そんな灰崎を薄情者だと吐き捨てる者も多かったが、そんな輩に付き合っていられるほど、灰崎の心に一切の余裕はなかったのだ。