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第二百六話

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 事は、教会介入前まで遡る。
 まだ、王漣組の組長が治馬、そして灰崎がまだ若頭だった時のこと。
 遊郭のシステムを築き上げ、強固なシノギの柱を築き上げていた中、そこに入りたがる女は後を絶たなかった。家庭の事情で身売りをしなければならない、ある程度その状況を憐れむような存在だったり、単純に自分の体に自信のある、セックスシンボルとして自分を売ることに抵抗のない存在であったり、あとは単純にその方が楽だというろくでなしであったり。実に多種多様な女が、遊郭入りを志望していた。
 そんな中、灰崎の元に一人の女がやってくる。実に恰好はみすぼらしく、ホームレス同然であったが、見るもの全て惹きつける美貌を持ち、傷一つないその女は、ヤクザであったが灰崎に助けを求めたのだ。
「――お願いします、私を遊郭で『匿ってくれませんか』?」
「……は?」
 他の者とは一切異なる志望動機。そこが引っ掛かった灰崎は、女に深い事情を聴くことにした。美人局の可能性も考えていたのだが、数分後その考えを改めることとなる。
 女は、ある家庭に生まれてから、酷い扱いを受けてきた。父親に性的暴行を何度も受けそうになり、母親からは自分が楽をしたいがために身売りを積極的に勧めてくる。それだけではなく、言葉の暴力を常日頃から受け続けた結果、彼女の精神性は根元から折れ曲がっており、自己肯定感は地に落ちており、希死念慮が常に過り続ける最悪の状態にあったのだ。
 どこかそんな家庭事情を不憫に思いつつ、灰崎は煙草に火をつけ、憐憫の情を向ける。
「……『内側』以外傷つけられてないのは、結局のところ身売りする際にノイズとなるからだろうな。ウチの客もそうだが、嬢に対して暴力を振るいたがる奴は基本的に即刻出入り禁止を食らう。それ以前に側がキズモンなら、そんな女抱きたがらない。ある程度気を使わなきゃ、なんて前提があったら楽しめるものも楽しめないだろ」
 灰崎自身、多少酷いことを語っている自覚はあった。だからこそ、その話を聞きながら静かに涙を流す女に対し、無言でそっぽを向きながらティッシュをボックスごと渡す。
 実に不器用であったが、彼なりの最大限の優しさであった。
「――これ以上、深いことは聞かねェ。自分にしか収入が行かないようにして、戸籍自体消して自由気ままに生きた方が身のためだろ。いいぜ、遊郭で売れるには努力が必要だが……俺が気に入った」
 その言葉を聞いた女は、灰崎の手を取って精一杯の感謝の意を述べる。
「ありがとう……ございます……!!」
 空腹だったこともあり、か細くはあったが、彼女にとって地獄から救われたことは確かであり、眼前の灰崎が仏のように見えたのか、精一杯のか弱い力かつ両手で握りしめていた。

 少し月日が経ち、灰崎はその女、結衣と接することが増えた。それもこれも、どこか彼女を彼が捨て置けなかったのだ。当時の遊郭の中でも、群を抜いた美貌を持ち合わせており、かつ実直な性格をしていた。さらに彼女の土台が出来上がっていたのもあり、人気は頭一つ抜けるほど、文句なしの一位であった。その影響もあり、遊郭の中でもやっかまれる存在であった。
 定期的な面談をし、嬢たちの要望を現実的な範囲内で叶えるべく、全員から意見や嬢として勤めている中での感想、悩みを聞いていく中で、結衣に対して恨めしく思う者は少なからず存在した。
 どれもこれも、ただ自分や他者への努力を怠っているだけであったため、灰崎は適当に応対しながら、結衣の面談の時間となった。
 嬢としての結衣の恰好は、男の股間に媚びるような露出度の高いドレスではなかった。どこか、ドレスコードがしっかりした舞踏会に参加する、貴婦人のようなファードレス。見る者すべてが抱く感想は、「エレガント」。下着すら見えないデザインなため、エロスに頼るような下卑たスタイルではない。それが余計に多くの人気を掻っ攫っていくのかもしれない。
「――どうも、廉治さん」
「よ、だいぶ売れてるようで何よりだよ、結衣。お前さんの実家にいる時よりも混沌としているだろうが……居心地は悪かァないだろ」
 依怙贔屓と思われるかもしれないが、最も灰崎が面談している相手こそ、そして最も気楽な相手こそ、結衣であった。彼女の家庭事情は他の嬢と比べても群を抜いて悲惨であったため、メンタルケアの意味合いも兼ねている。しかし、似たような家庭環境で育ってきた灰崎にとって、彼女の存在はただただ心配であったのだ。歳は大して変わらないものの、さながら疑似的な親のような感覚であった。
「……大分、周りの嬢はお前さんを羨んでる。相当できた子だから、ってのもあるだろうが……」
 ふと、灰崎の視線が下に下がってしまうが、結衣が胸元を隠す。実際に胸元が見えるようなデザインではないものの、その双丘はしっかりと主張するものであったため、少々頬を膨らませる。
「――灰崎さんのえっち」
「バッ……そんなんじゃあねえって! 不可抗力だって!!」
 ソープはおろか、キャバクラにすら行かないため、女性経験は対してない灰崎。顔を真っ赤にしながら結衣に許しを請う。無論、灰崎の人となりを知っている結衣は、間違いなく童貞である彼の振る舞いに微笑しながら、談笑を始めるのだった。



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 事は、教会介入前まで遡る。
 まだ、王漣組の組長が治馬、そして灰崎がまだ若頭だった時のこと。
 遊郭のシステムを築き上げ、強固なシノギの柱を築き上げていた中、そこに入りたがる女は後を絶たなかった。家庭の事情で身売りをしなければならない、ある程度その状況を憐れむような存在だったり、単純に自分の体に自信のある、セックスシンボルとして自分を売ることに抵抗のない存在であったり、あとは単純にその方が楽だというろくでなしであったり。実に多種多様な女が、遊郭入りを志望していた。
 そんな中、灰崎の元に一人の女がやってくる。実に恰好はみすぼらしく、ホームレス同然であったが、見るもの全て惹きつける美貌を持ち、傷一つないその女は、ヤクザであったが灰崎に助けを求めたのだ。
「――お願いします、私を遊郭で『匿ってくれませんか』?」
「……は?」
 他の者とは一切異なる志望動機。そこが引っ掛かった灰崎は、女に深い事情を聴くことにした。美人局の可能性も考えていたのだが、数分後その考えを改めることとなる。
 女は、ある家庭に生まれてから、酷い扱いを受けてきた。父親に性的暴行を何度も受けそうになり、母親からは自分が楽をしたいがために身売りを積極的に勧めてくる。それだけではなく、言葉の暴力を常日頃から受け続けた結果、彼女の精神性は根元から折れ曲がっており、自己肯定感は地に落ちており、希死念慮が常に過り続ける最悪の状態にあったのだ。
 どこかそんな家庭事情を不憫に思いつつ、灰崎は煙草に火をつけ、憐憫の情を向ける。
「……『内側』以外傷つけられてないのは、結局のところ身売りする際にノイズとなるからだろうな。ウチの客もそうだが、嬢に対して暴力を振るいたがる奴は基本的に即刻出入り禁止を食らう。それ以前に側がキズモンなら、そんな女抱きたがらない。ある程度気を使わなきゃ、なんて前提があったら楽しめるものも楽しめないだろ」
 灰崎自身、多少酷いことを語っている自覚はあった。だからこそ、その話を聞きながら静かに涙を流す女に対し、無言でそっぽを向きながらティッシュをボックスごと渡す。
 実に不器用であったが、彼なりの最大限の優しさであった。
「――これ以上、深いことは聞かねェ。自分にしか収入が行かないようにして、戸籍自体消して自由気ままに生きた方が身のためだろ。いいぜ、遊郭で売れるには努力が必要だが……俺が気に入った」
 その言葉を聞いた女は、灰崎の手を取って精一杯の感謝の意を述べる。
「ありがとう……ございます……!!」
 空腹だったこともあり、か細くはあったが、彼女にとって地獄から救われたことは確かであり、眼前の灰崎が仏のように見えたのか、精一杯のか弱い力かつ両手で握りしめていた。
 少し月日が経ち、灰崎はその女、結衣と接することが増えた。それもこれも、どこか彼女を彼が捨て置けなかったのだ。当時の遊郭の中でも、群を抜いた美貌を持ち合わせており、かつ実直な性格をしていた。さらに彼女の土台が出来上がっていたのもあり、人気は頭一つ抜けるほど、文句なしの一位であった。その影響もあり、遊郭の中でもやっかまれる存在であった。
 定期的な面談をし、嬢たちの要望を現実的な範囲内で叶えるべく、全員から意見や嬢として勤めている中での感想、悩みを聞いていく中で、結衣に対して恨めしく思う者は少なからず存在した。
 どれもこれも、ただ自分や他者への努力を怠っているだけであったため、灰崎は適当に応対しながら、結衣の面談の時間となった。
 嬢としての結衣の恰好は、男の股間に媚びるような露出度の高いドレスではなかった。どこか、ドレスコードがしっかりした舞踏会に参加する、貴婦人のようなファードレス。見る者すべてが抱く感想は、「エレガント」。下着すら見えないデザインなため、エロスに頼るような下卑たスタイルではない。それが余計に多くの人気を掻っ攫っていくのかもしれない。
「――どうも、廉治さん」
「よ、だいぶ売れてるようで何よりだよ、結衣。お前さんの実家にいる時よりも混沌としているだろうが……居心地は悪かァないだろ」
 依怙贔屓と思われるかもしれないが、最も灰崎が面談している相手こそ、そして最も気楽な相手こそ、結衣であった。彼女の家庭事情は他の嬢と比べても群を抜いて悲惨であったため、メンタルケアの意味合いも兼ねている。しかし、似たような家庭環境で育ってきた灰崎にとって、彼女の存在はただただ心配であったのだ。歳は大して変わらないものの、さながら疑似的な親のような感覚であった。
「……大分、周りの嬢はお前さんを羨んでる。相当できた子だから、ってのもあるだろうが……」
 ふと、灰崎の視線が下に下がってしまうが、結衣が胸元を隠す。実際に胸元が見えるようなデザインではないものの、その双丘はしっかりと主張するものであったため、少々頬を膨らませる。
「――灰崎さんのえっち」
「バッ……そんなんじゃあねえって! 不可抗力だって!!」
 ソープはおろか、キャバクラにすら行かないため、女性経験は対してない灰崎。顔を真っ赤にしながら結衣に許しを請う。無論、灰崎の人となりを知っている結衣は、間違いなく童貞である彼の振る舞いに微笑しながら、談笑を始めるのだった。