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第二百五話

ー/ー



 互いに怪人態へと変貌。灰崎は以前清志郎と戦ったときそのままの姿であったが、同じ人間ではない上に、同じドライバーを扱っている訳でもないのにも拘らず、大まかな色が変わっただけで姿形がほぼ一緒であったのだ。ゲームの用語で言い表すのなら、2Pカラーと言えるほどのものであった。灰崎が青、王漣の偽者が赤。
 しかし、スペック差が如実に存在したのだ。ドライバーへの慣れか、あるいは無意識下での拒みか。
 何もかもが同一個体同然であるお互い、普通に戦ったら五分五分であるはずの戦況が、灰崎がほんの少し圧されていたのだ。
 拳や脚を何度も交わらせる、巨大な狼二頭。しかし、尋常でない衝撃音とは裏腹にその場の空気感は最悪であった。
『どうした、廉治? お前さんを組に引き入れたのは間違いだったかな?』
『お前なんかが――組長の声で俺を語るな!!』
 ザナドゥエリア、その全体を巻き込むほどの衝撃が、何度も伝播していく。音、衝撃波、怒り、それに伴う叫び。
 しかし、どれも灰崎が上回るきっかけにはならない。全て、空しく響くのみである。
『結局は、お前さんに任せたのが間違いだった。組が衰退するきっかけを作り出したのはお前さん……いや、灰崎廉治にあった』
『黙れ……黙れ黙れ黙れ!!』
 いくら偽者に言われ続けたとしても、灰崎自身組長の名を受け継いだ後にそうなってしまったがゆえに、論理だった否定が一切できずにいた。
 黙れとだけしか言えない自分に嫌気がさし、どこか思いのままに動かされている自分が無力でたまらなくなり。
 だからこそ、そこから湧き出る『怒り』が自分を突き動かした。
 初めて、この均衡を崩す有効打が、偽者の顔面に突き刺さる。頬を捉えるだの、頭蓋が割れる音がしただの、そんなものは生温い。
 怒りによって音速を超えた拳が、偽者の顔面を爆散させたのだ。
 怒りは、人を突き動かす原動力足りうる。それは、英雄(ヒーロー)たちが力の源とする欲望と似たようなもの。それすなわち、感情の力。
 顔面を吹っ飛ばされようと、一切の言葉を発することなく、灰崎に向かっていく偽者。
 しかし、今までと異なるのは一切の凶暴性や脅威を感じない点。ものの数分の拳の交わし合いによって相手の手打ちが見えたのだが、そんな高尚な知識は要らないと言わんばかりに、これまでの怒りを徹底的にぶつける以外になかった。これまでにないほどの絶好のチャンスであるため、握りしめた拳を解き放つのだった。
『はあああああぁぁああああああああっ!!』
 何度も何度も、偽者の体を壊し続ける拳のラッシュ。本来なら人が実現不可能なほどに、体中の骨を粉砕し相手の体をミンチにしていく、その快感。
 これが善人相手ならこんな気持ちにはならないだろう。ひいては相手が外道であるからこそ、ここまでのカタルシスを得られる。自分が人間……あるいは怪人の姿をしたミンチ製造機になったようであったのだ。
『どうだ、どうだ!! こうまでして、お前はまだ俺に軽口を叩けるか!! お前はまだ、偽者として言葉を発するか!!』
 どちらも本来なら悪。しかし、この場においては善吉が完全なる悪であった。当の本人である灰崎の後ろ姿は狼であり異形ではあったが、その怒りはあって当然のもの。ぶつけて当然のものであったのだ。
 顔も肉体も、ドライバー以外は基本的にミンチと成り果てた、怪人の死骸を見下げていた灰崎。しかし、肩で息をする彼には、一つの疑問があったのだ。
 肉は確かに、繁華街の炉端に落ちている『ゴミ』のように散らばっていた。骨の残骸も同様であり、その辺りに散乱していた。
 だが、血だけは一切飛び散っていなかった。どころか、一滴の流出すらしていなかったのだ。その者に、初めから備わっていなかったように。
(――おかしい、何かが)
 そう考えた瞬間、その死骸同然の肉塊から飛び退く灰崎。変身を解除せずに、その場に立ち尽くしていたことが幸いしてか、距離を取るのにそう苦労はしなかった。
 そしてその危機感はすぐさま的中する。先ほどまで灰崎がいた場所に、流体同然の肉塊が食らいつく。牙と涎を剥きだしにし、飛び退いた後の灰崎ですら無帽に襲い掛かる。
 知能が完全に欠如した状態ではあるが、その内に眠る悪意はひしひしと伝わる。
 食らいつかんと飛び込んだその瞬間に、肉塊をソバットで蹴り飛ばす。分厚い壁を数枚破りながら、どこか遠くへ吹き飛んでいった。
 しかし、それでも灰崎の不安は拭えなかった。どころか、その不安からくる悪寒が増していったのだ。怪人であるはずなのに、人を超越した存在であるはずなのに、これから起こるかもしれない可能性が脳内を過り、次第に嘔気すら催すほどに彼の内心は穏やかではなかったのだ。
(考えろ、考えろ……! 奴は、これだけでは絶対に終わらせない! それ以上の悪意を以って、俺を殺しにかかる……その手段を無い頭で考えろ!!)
 ザナドゥエリア全体が、なぜか消灯していき、次第に肉塊が飛んで行った先のみ、照明が生き残る。しかしその照明も命尽きて、全ての光がそのエリアから消え去ってしまった。
(――ここから考えられるのは、闇討ち……ただそれだと普通過ぎる! もっと、もっと悪意を孕んだ戦略は――――)
 狼の嗅覚、そして暗闇でもある程度機能する狩人の瞳により、辺りをきょろきょろと見渡す。しかし、未だその気配はない。敵意や悪意、憎悪に塗れた歪んだ存在は姿を見せない。
 一瞬の油断も許されない。張り詰めた糸のような脆弱性、そして緊張感を保ちながら、その場で戦闘態勢を取る。
 そんな緊張感を打ち壊すかのように、ある女の声がどこからか聞こえ始めたのだ。
 人間でこの声を聞き取ろうとすると、確実に耳が静寂以外を感じ取れず、自分がおかしいのではないか。そう感じるほどに些細なものであった。狼の嗅覚、そして狼の聴覚があってこそ、それほどにか細く、どこか懐かしい声であったのだ。

(た  す  け  て)

 ぞわりと、背筋を凍らせる。灰崎にホラー耐性がないわけではない。その声の主が、灰崎にとって――たまらないほどに愛おしく、この場で聞こえることがまずあり得ない存在であったからこそ。
(そんなはずはない、だって……だって――『アイツ』は――――!!)
 そう考えた灰崎ではあったが、欲望は素直であった。最初は実に拙く、徐々に速度を上げていく。光の頼りが一切ない中で、圧倒的に発達した五感で『それ』を追う。
(罠だって良い……罠だって良い……!! 『アイツ』に、一目会って謝りたい……!!)
 例えそれが、当の本人でなくても。そう言いかけた灰崎は、かすかに生き残る照明が月明かりのように当人同士を照らし出す中、『それ』を見た。
『――――ゆ、い……? 結衣(ゆい)なのか……!?』
 そうでないことは、偽者であることは、彼自身が十分に理解していた。しかし、彼は女の影法師を求めていたのだ。
「……廉治、さん?」
『……!! あ、ああ、そうだ! お前の世話係だった、廉治だ……!』
 涙を堪えながら、その場ですぐに膝を折る。瓦礫ばかりではあったが、床に手をついて彼女に、ただひたすらに詫びる。
『悪かった……それだけで片付くとは思ってねえ……だが、それでも……!! 俺自身が謝らねえと気が済まねえ!!』
「…………」



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 互いに怪人態へと変貌。灰崎は以前清志郎と戦ったときそのままの姿であったが、同じ人間ではない上に、同じドライバーを扱っている訳でもないのにも拘らず、大まかな色が変わっただけで姿形がほぼ一緒であったのだ。ゲームの用語で言い表すのなら、2Pカラーと言えるほどのものであった。灰崎が青、王漣の偽者が赤。
 しかし、スペック差が如実に存在したのだ。ドライバーへの慣れか、あるいは無意識下での拒みか。
 何もかもが同一個体同然であるお互い、普通に戦ったら五分五分であるはずの戦況が、灰崎がほんの少し圧されていたのだ。
 拳や脚を何度も交わらせる、巨大な狼二頭。しかし、尋常でない衝撃音とは裏腹にその場の空気感は最悪であった。
『どうした、廉治? お前さんを組に引き入れたのは間違いだったかな?』
『お前なんかが――組長の声で俺を語るな!!』
 ザナドゥエリア、その全体を巻き込むほどの衝撃が、何度も伝播していく。音、衝撃波、怒り、それに伴う叫び。
 しかし、どれも灰崎が上回るきっかけにはならない。全て、空しく響くのみである。
『結局は、お前さんに任せたのが間違いだった。組が衰退するきっかけを作り出したのはお前さん……いや、灰崎廉治にあった』
『黙れ……黙れ黙れ黙れ!!』
 いくら偽者に言われ続けたとしても、灰崎自身組長の名を受け継いだ後にそうなってしまったがゆえに、論理だった否定が一切できずにいた。
 黙れとだけしか言えない自分に嫌気がさし、どこか思いのままに動かされている自分が無力でたまらなくなり。
 だからこそ、そこから湧き出る『怒り』が自分を突き動かした。
 初めて、この均衡を崩す有効打が、偽者の顔面に突き刺さる。頬を捉えるだの、頭蓋が割れる音がしただの、そんなものは生温い。
 怒りによって音速を超えた拳が、偽者の顔面を爆散させたのだ。
 怒りは、人を突き動かす原動力足りうる。それは、|英雄《ヒーロー》たちが力の源とする欲望と似たようなもの。それすなわち、感情の力。
 顔面を吹っ飛ばされようと、一切の言葉を発することなく、灰崎に向かっていく偽者。
 しかし、今までと異なるのは一切の凶暴性や脅威を感じない点。ものの数分の拳の交わし合いによって相手の手打ちが見えたのだが、そんな高尚な知識は要らないと言わんばかりに、これまでの怒りを徹底的にぶつける以外になかった。これまでにないほどの絶好のチャンスであるため、握りしめた拳を解き放つのだった。
『はあああああぁぁああああああああっ!!』
 何度も何度も、偽者の体を壊し続ける拳のラッシュ。本来なら人が実現不可能なほどに、体中の骨を粉砕し相手の体をミンチにしていく、その快感。
 これが善人相手ならこんな気持ちにはならないだろう。ひいては相手が外道であるからこそ、ここまでのカタルシスを得られる。自分が人間……あるいは怪人の姿をしたミンチ製造機になったようであったのだ。
『どうだ、どうだ!! こうまでして、お前はまだ俺に軽口を叩けるか!! お前はまだ、偽者として言葉を発するか!!』
 どちらも本来なら悪。しかし、この場においては善吉が完全なる悪であった。当の本人である灰崎の後ろ姿は狼であり異形ではあったが、その怒りはあって当然のもの。ぶつけて当然のものであったのだ。
 顔も肉体も、ドライバー以外は基本的にミンチと成り果てた、怪人の死骸を見下げていた灰崎。しかし、肩で息をする彼には、一つの疑問があったのだ。
 肉は確かに、繁華街の炉端に落ちている『ゴミ』のように散らばっていた。骨の残骸も同様であり、その辺りに散乱していた。
 だが、血だけは一切飛び散っていなかった。どころか、一滴の流出すらしていなかったのだ。その者に、初めから備わっていなかったように。
(――おかしい、何かが)
 そう考えた瞬間、その死骸同然の肉塊から飛び退く灰崎。変身を解除せずに、その場に立ち尽くしていたことが幸いしてか、距離を取るのにそう苦労はしなかった。
 そしてその危機感はすぐさま的中する。先ほどまで灰崎がいた場所に、流体同然の肉塊が食らいつく。牙と涎を剥きだしにし、飛び退いた後の灰崎ですら無帽に襲い掛かる。
 知能が完全に欠如した状態ではあるが、その内に眠る悪意はひしひしと伝わる。
 食らいつかんと飛び込んだその瞬間に、肉塊をソバットで蹴り飛ばす。分厚い壁を数枚破りながら、どこか遠くへ吹き飛んでいった。
 しかし、それでも灰崎の不安は拭えなかった。どころか、その不安からくる悪寒が増していったのだ。怪人であるはずなのに、人を超越した存在であるはずなのに、これから起こるかもしれない可能性が脳内を過り、次第に嘔気すら催すほどに彼の内心は穏やかではなかったのだ。
(考えろ、考えろ……! 奴は、これだけでは絶対に終わらせない! それ以上の悪意を以って、俺を殺しにかかる……その手段を無い頭で考えろ!!)
 ザナドゥエリア全体が、なぜか消灯していき、次第に肉塊が飛んで行った先のみ、照明が生き残る。しかしその照明も命尽きて、全ての光がそのエリアから消え去ってしまった。
(――ここから考えられるのは、闇討ち……ただそれだと普通過ぎる! もっと、もっと悪意を孕んだ戦略は――――)
 狼の嗅覚、そして暗闇でもある程度機能する狩人の瞳により、辺りをきょろきょろと見渡す。しかし、未だその気配はない。敵意や悪意、憎悪に塗れた歪んだ存在は姿を見せない。
 一瞬の油断も許されない。張り詰めた糸のような脆弱性、そして緊張感を保ちながら、その場で戦闘態勢を取る。
 そんな緊張感を打ち壊すかのように、ある女の声がどこからか聞こえ始めたのだ。
 人間でこの声を聞き取ろうとすると、確実に耳が静寂以外を感じ取れず、自分がおかしいのではないか。そう感じるほどに些細なものであった。狼の嗅覚、そして狼の聴覚があってこそ、それほどにか細く、どこか懐かしい声であったのだ。
(た  す  け  て)
 ぞわりと、背筋を凍らせる。灰崎にホラー耐性がないわけではない。その声の主が、灰崎にとって――たまらないほどに愛おしく、この場で聞こえることがまずあり得ない存在であったからこそ。
(そんなはずはない、だって……だって――『アイツ』は――――!!)
 そう考えた灰崎ではあったが、欲望は素直であった。最初は実に拙く、徐々に速度を上げていく。光の頼りが一切ない中で、圧倒的に発達した五感で『それ』を追う。
(罠だって良い……罠だって良い……!! 『アイツ』に、一目会って謝りたい……!!)
 例えそれが、当の本人でなくても。そう言いかけた灰崎は、かすかに生き残る照明が月明かりのように当人同士を照らし出す中、『それ』を見た。
『――――ゆ、い……? |結衣《ゆい》なのか……!?』
 そうでないことは、偽者であることは、彼自身が十分に理解していた。しかし、彼は女の影法師を求めていたのだ。
「……廉治、さん?」
『……!! あ、ああ、そうだ! お前の世話係だった、廉治だ……!』
 涙を堪えながら、その場ですぐに膝を折る。瓦礫ばかりではあったが、床に手をついて彼女に、ただひたすらに詫びる。
『悪かった……それだけで片付くとは思ってねえ……だが、それでも……!! 俺自身が謝らねえと気が済まねえ!!』
「…………」