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第二百三話

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 ザナドゥエリア。そこは中央のフルボディエリアに最も近い場所であり、テーマとなる欲求の形は「社会的欲求」。『帰属欲求』や『所属と愛情の欲求』と言うものだが、ざっくりと言い表すならば、集団に所属したい、仲間を得たい、家族や友人から受け入れられたい欲求がそれに当てはまる。
 奇しくも、この場に集った面子は皆、それらすべてが現在進行形で満たされていない。『理想郷』にてそのエリアにて過ごせば、その欲を完全に満たすことが出来るという触れ込みであったが、この三人が満たされるときは来るのだろうか。
「――あと少しで、フルボディ近くのエレベーターに辿り着く。……と言っても、邪魔は絶対に入るだろうけどな」
 エヴァと葵は、どこか不安げであった。眼前で先陣を切る存在、灰崎が味方に回ったはいいものの、いつか裏切ってしまうのではないか、と。仮にも、英雄たちは子供たちを解放するためにカチコミをかけ、子供たちに悪事を働いていたわけではないが結果的にシノギを無碍にされた上に王漣組は事実上の離散。
 王漣組復活に動く、とは言っていたものの、今まさに対立組織の組長と拳を交え、疲れ眠りこけているどこかの誰かの影響もあり、組員のほぼが病院送りかつ長期間居座ることが確定事項になっているため、復活は絶望的。ヤクザから足を洗う、それでしか今の灰崎はとてもではないが生きていられない。復讐目的で刃を向けられるには十分な材料である。
「――灰崎さん、一ついいですか」
「エヴァとか言ったか、もし質問あるなら手短に頼む。……まあ、俺ら以上にこういった修羅場は潜り抜けてきただろうから、細けェことは言わねえけどよ」
 その場で葵と共に立ち止まり、灰崎とほんの少しの距離を開けたままで、実に辛そうに問う。
「――何で、私たちと一緒に戦ってくれるんですか? 元は『教会』側にいた、って聞きました。今ここにいない、私よりも強い、そして私の想い人である、一人の英雄の卵なら……貴方のことを一切疑うことなく仲間に引き入れたでしょうけど……私にはどうあっても疑問でしかなくて」
「……それは」
 一瞬の言い淀みがあったものの、灰崎は諦めたようにどこか悲しい表情をしながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした。
「――不満がねえわけじゃあねえよ、ただ、刃を向けるには……相手が悪すぎるだけだ。銃刀法をいくら違反しようが、一般人ごときが清志郎やらあのバケモノ集団に敵う訳がねえ。とんでもないハンディをこっちが貰ってようやくスタートラインに立てるような状況で、どうなるかってのは……馬鹿でもわかる。意気地なしだ、って言われたらそれまでかもしれねえけどな」
 どう足掻いても、英雄や武器の因子を持った存在に、一般人があらゆる能力において下位互換になるのは必然である。実際問題、現状芸能界やスポーツ界で名を上げている存在の、実に四割が英雄の因子を持っているとされている。ドーピングではない、何故なら最初からその体に秘められた『可能性』であるから。
 無論一般人と部門は分かれるが、結局のところ記録には大きな格差が存在する。そんな中でバラエティ番組の一部企画は「どうにかして一般人が因子持ちといい勝負をしたい」という内容がゴロゴロと転がっている。現代の世界において、名物企画となっているほどに差が酷いのだ。
 だから、灰崎は清志郎の存在する英雄派閥に与する。戦っても勝てないことが分かり切っている中で、あえて勝負を挑む理由が存在しない。勇気と無謀は似て非なるものであるためである。
 さらに、ただ敵対することを諦めただけが味方する理由ではない。
「……俺は、正直……そこまで組の中でも、秀でた存在じゃあなかった。よくて中の上、ってところだ。力も頭≪おつむ≫も、そんなにいい方じゃあない。俺が若頭から二代目組長になる、ってなった時組の古参連中は相当に文句垂れたくらいだ」
 それほどに、前組長の存在は大きかった。遊郭のような存在を一から立ち上げ、多くの称賛の声を浴びたほどに、大した存在であったのだ。そこに犯罪的要素はなく、法外な見ヶ〆料(みかじめりょう)も大した金額は取らない、それでいてシノギとして出来上がっていたため、王漣組は事実上フルボディの支配権を握っていたのだから。
「――正直、『教会』の絡んだ元遊郭を見られた瞬間、俺は子供を助けに来た清志郎に……立場関係なく殺されると思った。実際問題、殺されても問題はないと思った。あれほどに酷い有様であったからよ。でも……結果的に生かされた。何か特別な事情がどうたらこうたらとかは語っていたが、俺を生かしてくれたんだ」

 グレープに入る、少し前。何なら、信一郎たちが五斂子社討ち入りから戻る前のこと。しのびの里にて、英雄たちの帰りを待つ間、灰崎は自分を殺さない理由について問うたのだ。
 そこで二人煙草をふかしながら、清志郎は天を仰ぎながら語り始めたのだ。
「――お前さん殺しても、事態は何一つ変わらないだろ? そりゃあ性的ビジネスが悪化した状態でどうしようもなかった事実は変わらないが……あくまでそれは『教会』によるもので、遊郭のシステムに一切テコ入れはされていない。そこに嘘は無かったから、俺はお前さんを生かす選択を取った」
 救いようのない悪人なら、まず行動を改めず、自分の行いに迷いは生まれない。さらに、フルボディからミディアムボディに上がる昇降機内にて、子供を人質にし英雄たちの動きを鈍らせることは容易に可能であった。しかしそれをしなかった理由は、当人の心の底に悔恨の念が渦巻いていたからこそであった。
「もし『教会』が居なければ、お前さんでも現状維持位は出来たろ。アレはとんでもないイレギュラーだからこそ、多くの者が欲望の胃袋≪ブラック・ホール≫に呑み込まれた。宗教ってのは、信者の欲望を食い物にする。あるいは誰かにその行動を強制させる概念だからこそ、どの道『力こそが正義』であるヤクザ連中には敵わないんだ」
 清志郎が灰崎に向けたものは、哀れみか侮辱か。否、どちらでもなかった。
 それは、期待であったのだ。これまでの共通点の中で、イレギュラーである確信があったからこその、そして意図的に長いものに巻かれようとしない、その心意義。一度は『教会』のやり口に呑まれそうであったが、結局はそうならなかった彼への、最大級の賛辞であったのだ。
「――もし、少しでも贖罪の気持ちがあるのなら、現状を変えるために俺たちと戦え。その結果が成功だろうが失敗だろうが、精一杯抗え。お前さんがそうなるきっかけになった『教会』に、怒れ。俺から言えるのは……ただそれだけだ」
 不器用ながら、不安に胸中を支配されていた灰崎の心を軽くした、そんな清志郎の背中が堪らなく大きく見えた瞬間だった。

「――俺は、少しでも今に抗いたい。この力を与えられたからじゃあない、叶わないかもしれないが王漣組復興のためにも、組員が一切居なかろうと、現状たった一人の組であったとしても。先代の残した席に座って二代目組長として示しをつけなきゃあならない。世のため人のためだなんて、殊勝な大義名分なんかを掲げている訳じゃあないが、俺にとっては……ビジネスを邪魔されたその恨みを晴らしに行く目的もあるのかもな」
 一切笑うことはない。その代わりに、向き合って話す彼の目には一切の雑念は混じっていない。ただ、この場で組長としての格を示す。そのために取る次の行動も、何となくではあるが、エヴァは理解してしまった。
「……エヴァ、葵。ここに敵が来たとしたら……アンタらはフルボディに全速力で走れ。俺の持つVIPパス持って、山梨支部総本山に剣を突き立ててやれ。本当なら俺も参加したいところだが……ヤクザくずれがやる仕事じゃあないってことくらいは理解できる。エヴァ・クリストフ……アンタのような、英雄的存在にどうにかしてもらうのが、こういう勧善懲悪ものの定番じゃあねえかな」
「――そうか、貴方も……そういったお話、好きだったんですね」
 葵もエヴァも、灰崎を一人の男としてしっかり見直していた。その場で立ち止まっている灰崎とすれ違う際に灰崎のパスを受け取り、肩に手を二度ほど置くと、その場を駆け出した。無言の送り出し≪エール≫。それは不器用な灰崎でも十二分に伝わった。
「……たとえ俺が死ぬことがあっても、絶対に涙流すなよ、二人とも。驕っている訳じゃあねえが……俺なんぞ、所詮堅気には偉さで敵わない、ただの(はぐ)れ者の代表。だから――」
 懐から一丁の自動短銃を取り出し、見向きもせずに程離れた柱の陰を瞬時に狙い撃ち(スナイプ)
「出て来いよ。俺が残ること、何となく分かっていたから邪魔しなかったんだろ?」
 しかしその柱の陰から出でるのは、灰崎にとって予想外の人物であり、最も相手するうえで最悪の存在であったのだ。
「よお、元気してたか――廉治」
「……!? オ、組長(オヤジ)!?」



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 ザナドゥエリア。そこは中央のフルボディエリアに最も近い場所であり、テーマとなる欲求の形は「社会的欲求」。『帰属欲求』や『所属と愛情の欲求』と言うものだが、ざっくりと言い表すならば、集団に所属したい、仲間を得たい、家族や友人から受け入れられたい欲求がそれに当てはまる。
 奇しくも、この場に集った面子は皆、それらすべてが現在進行形で満たされていない。『理想郷』にてそのエリアにて過ごせば、その欲を完全に満たすことが出来るという触れ込みであったが、この三人が満たされるときは来るのだろうか。
「――あと少しで、フルボディ近くのエレベーターに辿り着く。……と言っても、邪魔は絶対に入るだろうけどな」
 エヴァと葵は、どこか不安げであった。眼前で先陣を切る存在、灰崎が味方に回ったはいいものの、いつか裏切ってしまうのではないか、と。仮にも、英雄たちは子供たちを解放するためにカチコミをかけ、子供たちに悪事を働いていたわけではないが結果的にシノギを無碍にされた上に王漣組は事実上の離散。
 王漣組復活に動く、とは言っていたものの、今まさに対立組織の組長と拳を交え、疲れ眠りこけているどこかの誰かの影響もあり、組員のほぼが病院送りかつ長期間居座ることが確定事項になっているため、復活は絶望的。ヤクザから足を洗う、それでしか今の灰崎はとてもではないが生きていられない。復讐目的で刃を向けられるには十分な材料である。
「――灰崎さん、一ついいですか」
「エヴァとか言ったか、もし質問あるなら手短に頼む。……まあ、俺ら以上にこういった修羅場は潜り抜けてきただろうから、細けェことは言わねえけどよ」
 その場で葵と共に立ち止まり、灰崎とほんの少しの距離を開けたままで、実に辛そうに問う。
「――何で、私たちと一緒に戦ってくれるんですか? 元は『教会』側にいた、って聞きました。今ここにいない、私よりも強い、そして私の想い人である、一人の英雄の卵なら……貴方のことを一切疑うことなく仲間に引き入れたでしょうけど……私にはどうあっても疑問でしかなくて」
「……それは」
 一瞬の言い淀みがあったものの、灰崎は諦めたようにどこか悲しい表情をしながら、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎだした。
「――不満がねえわけじゃあねえよ、ただ、刃を向けるには……相手が悪すぎるだけだ。銃刀法をいくら違反しようが、一般人ごときが清志郎やらあのバケモノ集団に敵う訳がねえ。とんでもないハンディをこっちが貰ってようやくスタートラインに立てるような状況で、どうなるかってのは……馬鹿でもわかる。意気地なしだ、って言われたらそれまでかもしれねえけどな」
 どう足掻いても、英雄や武器の因子を持った存在に、一般人があらゆる能力において下位互換になるのは必然である。実際問題、現状芸能界やスポーツ界で名を上げている存在の、実に四割が英雄の因子を持っているとされている。ドーピングではない、何故なら最初からその体に秘められた『可能性』であるから。
 無論一般人と部門は分かれるが、結局のところ記録には大きな格差が存在する。そんな中でバラエティ番組の一部企画は「どうにかして一般人が因子持ちといい勝負をしたい」という内容がゴロゴロと転がっている。現代の世界において、名物企画となっているほどに差が酷いのだ。
 だから、灰崎は清志郎の存在する英雄派閥に与する。戦っても勝てないことが分かり切っている中で、あえて勝負を挑む理由が存在しない。勇気と無謀は似て非なるものであるためである。
 さらに、ただ敵対することを諦めただけが味方する理由ではない。
「……俺は、正直……そこまで組の中でも、秀でた存在じゃあなかった。よくて中の上、ってところだ。力も頭≪おつむ≫も、そんなにいい方じゃあない。俺が若頭から二代目組長になる、ってなった時組の古参連中は相当に文句垂れたくらいだ」
 それほどに、前組長の存在は大きかった。遊郭のような存在を一から立ち上げ、多くの称賛の声を浴びたほどに、大した存在であったのだ。そこに犯罪的要素はなく、法外な|見ヶ〆料《みかじめりょう》も大した金額は取らない、それでいてシノギとして出来上がっていたため、王漣組は事実上フルボディの支配権を握っていたのだから。
「――正直、『教会』の絡んだ元遊郭を見られた瞬間、俺は子供を助けに来た清志郎に……立場関係なく殺されると思った。実際問題、殺されても問題はないと思った。あれほどに酷い有様であったからよ。でも……結果的に生かされた。何か特別な事情がどうたらこうたらとかは語っていたが、俺を生かしてくれたんだ」
 グレープに入る、少し前。何なら、信一郎たちが五斂子社討ち入りから戻る前のこと。しのびの里にて、英雄たちの帰りを待つ間、灰崎は自分を殺さない理由について問うたのだ。
 そこで二人煙草をふかしながら、清志郎は天を仰ぎながら語り始めたのだ。
「――お前さん殺しても、事態は何一つ変わらないだろ? そりゃあ性的ビジネスが悪化した状態でどうしようもなかった事実は変わらないが……あくまでそれは『教会』によるもので、遊郭のシステムに一切テコ入れはされていない。そこに嘘は無かったから、俺はお前さんを生かす選択を取った」
 救いようのない悪人なら、まず行動を改めず、自分の行いに迷いは生まれない。さらに、フルボディからミディアムボディに上がる昇降機内にて、子供を人質にし英雄たちの動きを鈍らせることは容易に可能であった。しかしそれをしなかった理由は、当人の心の底に悔恨の念が渦巻いていたからこそであった。
「もし『教会』が居なければ、お前さんでも現状維持位は出来たろ。アレはとんでもないイレギュラーだからこそ、多くの者が欲望の胃袋≪ブラック・ホール≫に呑み込まれた。宗教ってのは、信者の欲望を食い物にする。あるいは誰かにその行動を強制させる概念だからこそ、どの道『力こそが正義』であるヤクザ連中には敵わないんだ」
 清志郎が灰崎に向けたものは、哀れみか侮辱か。否、どちらでもなかった。
 それは、期待であったのだ。これまでの共通点の中で、イレギュラーである確信があったからこその、そして意図的に長いものに巻かれようとしない、その心意義。一度は『教会』のやり口に呑まれそうであったが、結局はそうならなかった彼への、最大級の賛辞であったのだ。
「――もし、少しでも贖罪の気持ちがあるのなら、現状を変えるために俺たちと戦え。その結果が成功だろうが失敗だろうが、精一杯抗え。お前さんがそうなるきっかけになった『教会』に、怒れ。俺から言えるのは……ただそれだけだ」
 不器用ながら、不安に胸中を支配されていた灰崎の心を軽くした、そんな清志郎の背中が堪らなく大きく見えた瞬間だった。
「――俺は、少しでも今に抗いたい。この力を与えられたからじゃあない、叶わないかもしれないが王漣組復興のためにも、組員が一切居なかろうと、現状たった一人の組であったとしても。先代の残した席に座って二代目組長として示しをつけなきゃあならない。世のため人のためだなんて、殊勝な大義名分なんかを掲げている訳じゃあないが、俺にとっては……ビジネスを邪魔されたその恨みを晴らしに行く目的もあるのかもな」
 一切笑うことはない。その代わりに、向き合って話す彼の目には一切の雑念は混じっていない。ただ、この場で組長としての格を示す。そのために取る次の行動も、何となくではあるが、エヴァは理解してしまった。
「……エヴァ、葵。ここに敵が来たとしたら……アンタらはフルボディに全速力で走れ。俺の持つVIPパス持って、山梨支部総本山に剣を突き立ててやれ。本当なら俺も参加したいところだが……ヤクザくずれがやる仕事じゃあないってことくらいは理解できる。エヴァ・クリストフ……アンタのような、英雄的存在にどうにかしてもらうのが、こういう勧善懲悪ものの定番じゃあねえかな」
「――そうか、貴方も……そういったお話、好きだったんですね」
 葵もエヴァも、灰崎を一人の男としてしっかり見直していた。その場で立ち止まっている灰崎とすれ違う際に灰崎のパスを受け取り、肩に手を二度ほど置くと、その場を駆け出した。無言の送り出し≪エール≫。それは不器用な灰崎でも十二分に伝わった。
「……たとえ俺が死ぬことがあっても、絶対に涙流すなよ、二人とも。驕っている訳じゃあねえが……俺なんぞ、所詮堅気には偉さで敵わない、ただの|逸《はぐ》れ者の代表。だから――」
 懐から一丁の自動短銃を取り出し、見向きもせずに程離れた柱の陰を瞬時に|狙い撃ち《スナイプ》。
「出て来いよ。俺が残ること、何となく分かっていたから邪魔しなかったんだろ?」
 しかしその柱の陰から出でるのは、灰崎にとって予想外の人物であり、最も相手するうえで最悪の存在であったのだ。
「よお、元気してたか――廉治」
「……!? オ、|組長《オヤジ》!?」