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第二百二話

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 痛覚が臨界点を超え、もはや無痛の域までに至ったレイジーは、土壇場で意識を浮上させた。そのことには一切気が付かず、暢気して戻ろうとする藤吉を、ただせせら笑ったのだった。

「――ああ、ようやく油断してくれたよ。流石……碌に修行をこなせていないような半人前は違うよね」

 九死に一生を得て、その場から立ち去ろうとする藤吉の足を、左腕でがっしりと掴み取る。その腕全体には、マグマほどの熱を帯びさせ、あらゆるものを融解させにかかっていたのだった。
 その事実に気づいたものの、頭で知覚したその瞬間には遅かった。どれほど掴みかかる腕を斬ろうとしても、鉄の融点よりも高い温度を、ただのド根性でキープし続けるレイジーには敵わない。無論ではあるが、因子を持っているとはいえ、弱った人体がそんな温度に耐えられる訳もなく、徐々に体の各所が焦げ始めていたのだ。
『バ、馬鹿野郎!! 離しやがれクソ野郎!!』
「離す訳ないじゃん。何度も教えたよね、『機は見逃すな』って」
 マグマ以上の温度へ、魔力を全力でくべて急激に上昇させていく。次第に、レイジー自体が二千度以上の灼熱へ。どれほどの抵抗も、無力に等しいものであった。次第に藤吉も彼女同様炭化していく。
「――私さ。ずっとずっと……英雄である存在が、承認欲求を満たすのは悪徳だって思ってた。満たすなら……それ以外の要素で満たすべきだって。助けを望む衆生がいる限り、そこから『賞賛』を求めるだなんて、烏滸がましい思考だと思ってた」
 しかし、レイジーはこの中で悟ったのだ。きっと、英雄である以上この欲を完全に満たしきることは「不可能」なのだと。それこそ、一度に地球全人口を救うだなんて突飛なことをしない限り、きっとこの欲求は底なし沼のまま。
 さらに、承認欲求自体には、下位、高位の承認欲求と呼称される組み分けが存在する。下位の承認欲求は、基本的に『注目されたい』『認められたい』『褒められたい』、そんな感情が位置する。高位の物は『自信を持ちたい』『(技術・能力を習得し)自分自身を高く評価したい』ことが挙げられる。
 英雄科や武器科である以上、その欲求は永遠に求め続けなければならないもの。人間が成長することをやめたら非常に自堕落な、怠惰な存在と成り果てるが、英雄が技術や力に関して高みを追い求め続けなければ、衆生が死ぬ。生き死にが関わってくる以上、永遠に満たせない欲望なのだ。
 だからこそ、英雄たちの力の根源として、欲望や願いを核と置くことが成立するのだ。
「――そう、満たすことが悪徳なんじゃあない。『初めから満たせない』んだよ。だから……烏滸がましいもクソもない。底の空いた鍋に水を注ぎ続けているだけだったんだ」

 だから、諦める。彼女が司っていた欲望の原点に立ち返る。そう、諦めるという『怠惰』であった。

「――死ぬ気で戦った後には、エヴァに褒めてほしかった。だけど……大馬鹿野郎の躾をするためには……一世一代の大博打をする以外ないよね」
 もはや骨すら見えている右腕の傷跡を、魔力を帯びさせるだけで焼いていき、どれほどの傷を負っていても無理やり動かせるまでに治癒していく。そのすぐ後に、ドライバー右側を腕で、左側を地面に当ててじっくりと押し込む。
『超必殺承認!! 大灼熱・絶景絵巻 終巻(ついのまき)!!』
 この世に形作られた灼熱の巨釜に、二人はいつしか入り込んでおり、次第に注がれていくのは油――ではなく全てを灼くマグマ。
「これぞ絶景、多くの衆生を風呂の中から見渡した、石川五右衛門と一緒。実に光栄なことだよね――藤吉。私と一緒に地獄、落ちよっか。それが……君に課す最期の修行だよ」
 一切の生きる望みを捨てた、自爆特攻の大技。あらゆる痛みによってショートしたレイジーは、死すら厭わない『諦観』の境地へ至っていたのだ。皮肉なことに、元から『怠惰』を司る支部長として君臨していた彼女が、誰かを巻き込むのではなく自分自身がそうなる形を選んだのだった。
 この世に未練ばかりを残した藤吉の断末魔が響き渡る中、レイジーは炭化が進むぼろぼろの肉体で逃げられないように優しく抱きしめる。後は当人と共に焼かれていくだけであった。
 それぞれの思惑が一切成就せず、片方は笑顔、片方は苦悶に満ちた表情。ただの焼死体が二つ残されるだけ。巨釜は消え、その場に転がっているだけ。その先の通路に誰かが至る訳もなく、部屋全体を包み込むただの灼熱がそこにあるだけであった。
 レイジーのデバイスドライバーとライセンスだけ、二人の死体の前に転がる。自分の意志で逃げ出したかのように、二人の死に様を眺めるようにぽつんと置かれていたのだった。
 これにより、エル・ドラドエリアからもフルボディエリアに進む存在は誰もおらず、被害者が誰かも分からないほどに焼け焦げた死体が、二つ転がっているだけであった。




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 痛覚が臨界点を超え、もはや無痛の域までに至ったレイジーは、土壇場で意識を浮上させた。そのことには一切気が付かず、暢気して戻ろうとする藤吉を、ただせせら笑ったのだった。
「――ああ、ようやく油断してくれたよ。流石……碌に修行をこなせていないような半人前は違うよね」
 九死に一生を得て、その場から立ち去ろうとする藤吉の足を、左腕でがっしりと掴み取る。その腕全体には、マグマほどの熱を帯びさせ、あらゆるものを融解させにかかっていたのだった。
 その事実に気づいたものの、頭で知覚したその瞬間には遅かった。どれほど掴みかかる腕を斬ろうとしても、鉄の融点よりも高い温度を、ただのド根性でキープし続けるレイジーには敵わない。無論ではあるが、因子を持っているとはいえ、弱った人体がそんな温度に耐えられる訳もなく、徐々に体の各所が焦げ始めていたのだ。
『バ、馬鹿野郎!! 離しやがれクソ野郎!!』
「離す訳ないじゃん。何度も教えたよね、『機は見逃すな』って」
 マグマ以上の温度へ、魔力を全力でくべて急激に上昇させていく。次第に、レイジー自体が二千度以上の灼熱へ。どれほどの抵抗も、無力に等しいものであった。次第に藤吉も彼女同様炭化していく。
「――私さ。ずっとずっと……英雄である存在が、承認欲求を満たすのは悪徳だって思ってた。満たすなら……それ以外の要素で満たすべきだって。助けを望む衆生がいる限り、そこから『賞賛』を求めるだなんて、烏滸がましい思考だと思ってた」
 しかし、レイジーはこの中で悟ったのだ。きっと、英雄である以上この欲を完全に満たしきることは「不可能」なのだと。それこそ、一度に地球全人口を救うだなんて突飛なことをしない限り、きっとこの欲求は底なし沼のまま。
 さらに、承認欲求自体には、下位、高位の承認欲求と呼称される組み分けが存在する。下位の承認欲求は、基本的に『注目されたい』『認められたい』『褒められたい』、そんな感情が位置する。高位の物は『自信を持ちたい』『(技術・能力を習得し)自分自身を高く評価したい』ことが挙げられる。
 英雄科や武器科である以上、その欲求は永遠に求め続けなければならないもの。人間が成長することをやめたら非常に自堕落な、怠惰な存在と成り果てるが、英雄が技術や力に関して高みを追い求め続けなければ、衆生が死ぬ。生き死にが関わってくる以上、永遠に満たせない欲望なのだ。
 だからこそ、英雄たちの力の根源として、欲望や願いを核と置くことが成立するのだ。
「――そう、満たすことが悪徳なんじゃあない。『初めから満たせない』んだよ。だから……烏滸がましいもクソもない。底の空いた鍋に水を注ぎ続けているだけだったんだ」
 だから、諦める。彼女が司っていた欲望の原点に立ち返る。そう、諦めるという『怠惰』であった。
「――死ぬ気で戦った後には、エヴァに褒めてほしかった。だけど……大馬鹿野郎の躾をするためには……一世一代の大博打をする以外ないよね」
 もはや骨すら見えている右腕の傷跡を、魔力を帯びさせるだけで焼いていき、どれほどの傷を負っていても無理やり動かせるまでに治癒していく。そのすぐ後に、ドライバー右側を腕で、左側を地面に当ててじっくりと押し込む。
『超必殺承認!! 大灼熱・絶景絵巻 |終巻《ついのまき》!!』
 この世に形作られた灼熱の巨釜に、二人はいつしか入り込んでおり、次第に注がれていくのは油――ではなく全てを灼くマグマ。
「これぞ絶景、多くの衆生を風呂の中から見渡した、石川五右衛門と一緒。実に光栄なことだよね――藤吉。私と一緒に地獄、落ちよっか。それが……君に課す最期の修行だよ」
 一切の生きる望みを捨てた、自爆特攻の大技。あらゆる痛みによってショートしたレイジーは、死すら厭わない『諦観』の境地へ至っていたのだ。皮肉なことに、元から『怠惰』を司る支部長として君臨していた彼女が、誰かを巻き込むのではなく自分自身がそうなる形を選んだのだった。
 この世に未練ばかりを残した藤吉の断末魔が響き渡る中、レイジーは炭化が進むぼろぼろの肉体で逃げられないように優しく抱きしめる。後は当人と共に焼かれていくだけであった。
 それぞれの思惑が一切成就せず、片方は笑顔、片方は苦悶に満ちた表情。ただの焼死体が二つ残されるだけ。巨釜は消え、その場に転がっているだけ。その先の通路に誰かが至る訳もなく、部屋全体を包み込むただの灼熱がそこにあるだけであった。
 レイジーのデバイスドライバーとライセンスだけ、二人の死体の前に転がる。自分の意志で逃げ出したかのように、二人の死に様を眺めるようにぽつんと置かれていたのだった。
 これにより、エル・ドラドエリアからもフルボディエリアに進む存在は誰もおらず、被害者が誰かも分からないほどに焼け焦げた死体が、二つ転がっているだけであった。