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第二百一話

ー/ー



 その時であった。レイジーは精神下の世界にて、目を覚ましていた。紅の湖、その中央にて仰ぎ倒れていた彼女が上体を起こすと、一歩先すらよく見えないほどの闇であった。
 しかし、そんな暗闇同然の世界の中で、痛覚が麻痺し満身創痍のレイジーを導くように鬼火が辺りを彷徨う。
「――その先に、誰かいるの?」
 嬉しそうにする鬼火は、レイジーの背中を力なく押す。仕方なくその先へ向かうと、次第に視界が暗闇から開けていき、巨大な城の屋根瓦が見え始めてきた。そのさらに向こう側には、見るもの全てを魅了するほどに美しい大花火が何十発も上がっていたのだった。
 結果、この先にて、酒を飲み干しながらけらけらと笑い転げる存在の正体に粗方察しがついたレイジーは、呆れ顔でその先へ歩いていくのだった。
 そこは、絢爛豪華な天守閣。天下統一を目指す武将が群雄割拠していた、まさに戦国時代。その土地を収める大名が悪行を成していた場合、雇われの忍か『ある義賊』が貧しい衆生のために世を賑わせる。その代表格こそ、レイジーの隣でけらけらと笑う『女』に由来する。
「いやあ、絶景だねェ! 『れいじい』もそう思わねえかィ?」
「……どれだけカタカナを語って聞かせても一向に覚えないのね、貴女」
「良いじゃあねえの、お前さんはその……何だ、外来語ってえの? 別にあってもなくてもお前さんはお前さんじゃあねえかァ!」
 元気に育った幼子全長ほどの大きさをもった、巨大な杯にて祝い酒を飲み干し、一切酔う様子を見せないラフな和装の女こそ、石川五右衛門その人であった。世に真なる姿を晒しているのは、家族を含む近親者とレイジーのみ。他の大して気心の知れない相手には、よく知られる絵画で描かれているようなあの男の見た目が通常の姿として残っている。
 胸をサラシで巻き、男物の着物を派手に気崩し、そのものだけ高価そうな煙管(キセル)を美味そうに蒸かしている。さらに、動きやすいために髪を荒く纏め、全体的にすらっとしたモデル体型。瞳には業火の如き緋色が宿っている。
「……絶景、だね」
 その言葉の中に、含まれた意図にすぐさま気が付いた五右衛門は、多少むすくれた顔でその場に寝そべる。
「――お前さんは、やたら苦労人じゃのゥ。何でもかんでも一人で抱えて……生きづらいことこの上ないゼ。オレァそんな気難しく息の詰まる生き方なんて出来ねえヤ」
 今と比べ、学習制度など整っておらず、五右衛門は不勉強な面が見え隠れする。しかしそれゆえに、現代に生きる者のような、非常に生きづらい人生ではなく、人生を面白おかしく、短く太く生きるやり方を模索することに長けている。人によっては、それを自堕落と捉えることもあるだろうが、当人の生き方は誰も否定が出来ないだろう。
「――共に戦ってきて、数年になるか。オレァ難しいこたァ言えねェが……どうもこだわりに『囚われ』ている気がするナ」
「……『囚われ』、か」
 レイジーの目標は、囚われの子供たちを救うことと、エヴァを心から諦めるために褒めてもらうこと。それ以外に――彼女自身が自覚していないものが複数。
 それこそが、彼女にとっての「こだわり」であり、心が囚われている証拠であるのだ。
「……あのガキ共。いや、畜生共って言った方がいい。アイツらは……きっとどこまで行っても屑のままだ。人間の善性に訴えかけるってのも悪かァねえが……治らねえ輩はどこ行ったって存在するゼ。現に衆生から金をふんだくることしか頭にねェ、とんだ無能以上の、生きるだけで罪な奴らはどこ見たって居やがらァ。れいじいの世界でも……そんなのはごまんと居やがるだろゥ??」
「それは、分かってるけど……」
 結局、心のどこか奥深くで性善説を信じ、情を捨てきれなかったレイジーは、こうなっている。生死の境を彷徨う現在(いま)である。
 迷いは、どれほどの強者の刃も鈍らせる、最悪のデバフである。その迷いを生むのは、結局のところあの元大人たち。最も助けたい存在に近しい、しかし優先順位として高いか低いかが未だに自分の中で定まり切ってない、何とも不安定な対象。
「――オレは、多くの衆生を救ってきた、らしいゼ。オレにそこまでの自覚があるかどうかは正直分からん。なんせ、オレはオレのやりたいようにやっているだけさァ。だからよく分からんが……一度灸をすえてやった方がいいんじゃあねえのか、って話サ」
「……でも」
「あー、煮え切らんなァ。もう難しいことを考えるの、止めにしたらどうさね? お前さんがおッ()んじまう前に、二度と悪さをできないようくたばらせてやった方が……オレァいいと思うゼ。本当の目標こそ達成できないだろうが……それが、あのクソガキ共のためサ」
 しかし、この現状でどうこうするのは成功確率が著しく低い。小難しいことも、器用なこともできやしない。五右衛門の力を借りるにも、ここまで命の灯火が消えかかっている中では難しいことばかり。
 また思考に耽ろうとしているレイジー、そんな彼女の意識をこちらに向けさせるべく、後頭部から抱える形で五右衛門が自分の方へぐい、と引き寄せる。鼻先すれすれ、何なら触れているほどの至近距離であったため、完全に動揺してしまった。
 五右衛門の顔は、目鼻立ちがくっきりと分かりやすい、非常に中性的な顔。しかしどこか豪放磊落さを感じさせる、さっぱりとした性格が表れた緋色の瞳が、レイジーをただ見つめる。
「き、キスでもするんですか」
「オレにそんな趣味はねえよ? だけどよれいじい……お前さんはオレの顔好いてくれてんだってずいぶん前から分かっているからよ、視界一杯に見せてやってんだ」
 これまでにないほど、近くに五右衛門を感じるレイジーは、次第に顔が紅潮していく。大して五右衛門は、何もわかっていないような様子でただ彼女を見つめるのみ。
「オレァ考え事が苦手だからヨ。ただ己の感性に従って動いているんだな、なんか難しいことがあったら力と機転で乗り越える、それが全てヨ。それでダメならすっぱり『諦める』! バカにつける薬はねえ、バカに分かりやすく何かしら言って聞かせたところでバカは分かりゃアしねェ。ならよ、ハナから諦めちまった方が、あいや……それだけで、案外幸せってのは味わえるもんだゼ」
 その言葉に気づかされたレイジーは、困ったように笑っていた。しかし、この笑みにマイナスなものを一切感じさせないような、すっきりした様子であった。
 これまで吐露してきた悩みは確かに胸中に存在したものの、それをどうこう考えたところで、死にかけている現状は変わらない。その中で、少しでも道を示せるのなら、どんな手段だろうと戦い抜く。それこそが、彼女自身の『諦める』覚悟であった。
「……お、顔つきが変わったな。オレもそろそろ――」
「――いや、五右衛門。貴女は……」
 至近距離のまま、耳打ちするレイジー。その言伝を聞いた五右衛門は、困ったように頭をぼりぼりと掻いていた。
「それ、オレだけやること山積みじゃあねえのかィ? お前さんだけいいとこ持っていきやがって。ずりィぜ全く」
「……きっと、大切にしてくれる。だから……頑張って、五右衛門」



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 その時であった。レイジーは精神下の世界にて、目を覚ましていた。紅の湖、その中央にて仰ぎ倒れていた彼女が上体を起こすと、一歩先すらよく見えないほどの闇であった。
 しかし、そんな暗闇同然の世界の中で、痛覚が麻痺し満身創痍のレイジーを導くように鬼火が辺りを彷徨う。
「――その先に、誰かいるの?」
 嬉しそうにする鬼火は、レイジーの背中を力なく押す。仕方なくその先へ向かうと、次第に視界が暗闇から開けていき、巨大な城の屋根瓦が見え始めてきた。そのさらに向こう側には、見るもの全てを魅了するほどに美しい大花火が何十発も上がっていたのだった。
 結果、この先にて、酒を飲み干しながらけらけらと笑い転げる存在の正体に粗方察しがついたレイジーは、呆れ顔でその先へ歩いていくのだった。
 そこは、絢爛豪華な天守閣。天下統一を目指す武将が群雄割拠していた、まさに戦国時代。その土地を収める大名が悪行を成していた場合、雇われの忍か『ある義賊』が貧しい衆生のために世を賑わせる。その代表格こそ、レイジーの隣でけらけらと笑う『女』に由来する。
「いやあ、絶景だねェ! 『れいじい』もそう思わねえかィ?」
「……どれだけカタカナを語って聞かせても一向に覚えないのね、貴女」
「良いじゃあねえの、お前さんはその……何だ、外来語ってえの? 別にあってもなくてもお前さんはお前さんじゃあねえかァ!」
 元気に育った幼子全長ほどの大きさをもった、巨大な杯にて祝い酒を飲み干し、一切酔う様子を見せないラフな和装の女こそ、石川五右衛門その人であった。世に真なる姿を晒しているのは、家族を含む近親者とレイジーのみ。他の大して気心の知れない相手には、よく知られる絵画で描かれているようなあの男の見た目が通常の姿として残っている。
 胸をサラシで巻き、男物の着物を派手に気崩し、そのものだけ高価そうな|煙管《キセル》を美味そうに蒸かしている。さらに、動きやすいために髪を荒く纏め、全体的にすらっとしたモデル体型。瞳には業火の如き緋色が宿っている。
「……絶景、だね」
 その言葉の中に、含まれた意図にすぐさま気が付いた五右衛門は、多少むすくれた顔でその場に寝そべる。
「――お前さんは、やたら苦労人じゃのゥ。何でもかんでも一人で抱えて……生きづらいことこの上ないゼ。オレァそんな気難しく息の詰まる生き方なんて出来ねえヤ」
 今と比べ、学習制度など整っておらず、五右衛門は不勉強な面が見え隠れする。しかしそれゆえに、現代に生きる者のような、非常に生きづらい人生ではなく、人生を面白おかしく、短く太く生きるやり方を模索することに長けている。人によっては、それを自堕落と捉えることもあるだろうが、当人の生き方は誰も否定が出来ないだろう。
「――共に戦ってきて、数年になるか。オレァ難しいこたァ言えねェが……どうもこだわりに『囚われ』ている気がするナ」
「……『囚われ』、か」
 レイジーの目標は、囚われの子供たちを救うことと、エヴァを心から諦めるために褒めてもらうこと。それ以外に――彼女自身が自覚していないものが複数。
 それこそが、彼女にとっての「こだわり」であり、心が囚われている証拠であるのだ。
「……あのガキ共。いや、畜生共って言った方がいい。アイツらは……きっとどこまで行っても屑のままだ。人間の善性に訴えかけるってのも悪かァねえが……治らねえ輩はどこ行ったって存在するゼ。現に衆生から金をふんだくることしか頭にねェ、とんだ無能以上の、生きるだけで罪な奴らはどこ見たって居やがらァ。れいじいの世界でも……そんなのはごまんと居やがるだろゥ??」
「それは、分かってるけど……」
 結局、心のどこか奥深くで性善説を信じ、情を捨てきれなかったレイジーは、こうなっている。生死の境を彷徨う|現在《いま》である。
 迷いは、どれほどの強者の刃も鈍らせる、最悪のデバフである。その迷いを生むのは、結局のところあの元大人たち。最も助けたい存在に近しい、しかし優先順位として高いか低いかが未だに自分の中で定まり切ってない、何とも不安定な対象。
「――オレは、多くの衆生を救ってきた、らしいゼ。オレにそこまでの自覚があるかどうかは正直分からん。なんせ、オレはオレのやりたいようにやっているだけさァ。だからよく分からんが……一度灸をすえてやった方がいいんじゃあねえのか、って話サ」
「……でも」
「あー、煮え切らんなァ。もう難しいことを考えるの、止めにしたらどうさね? お前さんがおッ|死《ち》んじまう前に、二度と悪さをできないようくたばらせてやった方が……オレァいいと思うゼ。本当の目標こそ達成できないだろうが……それが、あのクソガキ共のためサ」
 しかし、この現状でどうこうするのは成功確率が著しく低い。小難しいことも、器用なこともできやしない。五右衛門の力を借りるにも、ここまで命の灯火が消えかかっている中では難しいことばかり。
 また思考に耽ろうとしているレイジー、そんな彼女の意識をこちらに向けさせるべく、後頭部から抱える形で五右衛門が自分の方へぐい、と引き寄せる。鼻先すれすれ、何なら触れているほどの至近距離であったため、完全に動揺してしまった。
 五右衛門の顔は、目鼻立ちがくっきりと分かりやすい、非常に中性的な顔。しかしどこか豪放磊落さを感じさせる、さっぱりとした性格が表れた緋色の瞳が、レイジーをただ見つめる。
「き、キスでもするんですか」
「オレにそんな趣味はねえよ? だけどよれいじい……お前さんはオレの顔好いてくれてんだってずいぶん前から分かっているからよ、視界一杯に見せてやってんだ」
 これまでにないほど、近くに五右衛門を感じるレイジーは、次第に顔が紅潮していく。大して五右衛門は、何もわかっていないような様子でただ彼女を見つめるのみ。
「オレァ考え事が苦手だからヨ。ただ己の感性に従って動いているんだな、なんか難しいことがあったら力と機転で乗り越える、それが全てヨ。それでダメならすっぱり『諦める』! バカにつける薬はねえ、バカに分かりやすく何かしら言って聞かせたところでバカは分かりゃアしねェ。ならよ、ハナから諦めちまった方が、あいや……それだけで、案外幸せってのは味わえるもんだゼ」
 その言葉に気づかされたレイジーは、困ったように笑っていた。しかし、この笑みにマイナスなものを一切感じさせないような、すっきりした様子であった。
 これまで吐露してきた悩みは確かに胸中に存在したものの、それをどうこう考えたところで、死にかけている現状は変わらない。その中で、少しでも道を示せるのなら、どんな手段だろうと戦い抜く。それこそが、彼女自身の『諦める』覚悟であった。
「……お、顔つきが変わったな。オレもそろそろ――」
「――いや、五右衛門。貴女は……」
 至近距離のまま、耳打ちするレイジー。その言伝を聞いた五右衛門は、困ったように頭をぼりぼりと掻いていた。
「それ、オレだけやること山積みじゃあねえのかィ? お前さんだけいいとこ持っていきやがって。ずりィぜ全く」
「……きっと、大切にしてくれる。だから……頑張って、五右衛門」