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鰭の魔女の魔法

ー/ー



 初めに魔法を教えてくれたのは意外にも鰭の魔女だった。

 ちゃんは歌いながら水の妖精を作って遊んだり、どこからともなく水を湧かしたりする。私はそのぷかぷか浮かぶ水の中にいれられたり、泡をボールにしたりして、彼女と遊んでいたわけだ。

 その日もひれちゃんの魔法を眺めていた。歌を歌いながら、次々と空中に水の塊を出していく鰭の魔女。いくつもの水の球体に、今度はちゃんが置いて行った洗濯物を放り込んでいく。この家で水仕事をするのはひれちゃんの役割だ。

 空中に浮きあがった水がグルグルとかき回り、中が泡立つ。ずーっと回したら、今度は反対側に回す。次第に泡立った水が搾り取られていき、あっという間に四人分の洗濯物は全て終わってしまった。

 洗濯ものを干す係のちゃんに荷物を渡した後、一連の様子を見ていた私に、ひれちゃんがナギもやってみる? と話しかけてきた。

 ひれちゃんが人に教えるだなんて、そんな面倒なことは普段しない。ということは、その時の私の様子はひれちゃんのめんどくささを上回る何かがあったという事だろう。

「鰭の魔女じゃなくてもいいの?」
「いーよ、いーよ。魔法は魔女だけの物じゃないもん。誰だって、みんな、魔法を使うことはできるんだよ?」

 どこでだって、いつだってね。

 そう言ったひれちゃんは、どこか遠くを見つめていた。

「私、鰭ちゃんんほど歌が上手くないんだけど」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ほら、うみーが恋しいなー……ほら、一緒に歌ってごらん」
「うみーが」
「恋しいなー」
「ねえ、ひれちゃん」
「うん?」
「うみって何?」

 私の問いかけに、鰭の魔女は難しい顔をして答えた。

「でっかい、水の入った、ボウル?」
「どれくらい大きいの?」

 魔女は返答に困ったようだった。そのうち連れて行ってあげる、と適当に話を切り上げると、魔法講座を再開した。

 海が恋しい歌を歌うと、身体の中でぐるぐるとうずまき、寄せてはかえす何かが身体の中から溢れだすのを感じた。ひれちゃんはその力を見ることができるらしい。

「そう。そのまま、イメージして。まあるい球体。あなたの目の前に浮かぶのは揺蕩う水よ。それを頭の中で思い描いたら、ここに出して見せて」

 普段、へらへらとしている鰭の魔女は、三人の魔女の中で教えることが一番うまかった。

「ここに出すって、どうやって」

 私が口ごもる。目の前には空中に浮く水のイメージがある。それをここに出せとはどういうことか。

「水を手に乗せて。自分に引き寄せるの。手に入れたかしら? そうしたら、その腕の中の水をそのまま、置いて」

 ひれちゃんの言う通りに腕を動かす。集中していないと球体を壊してしまうか、水を零してしまうかしそうだった。

 ひれちゃんの声が頭の中でまるで暗示のように響く。

 ――壊さないように手に乗せて。そのまま、優しくそこに置く。水は乱暴に扱うと崩れて台無しになってしまう。でも、形が変わるのを恐れないで。水は流れるもの。あなたが触れると形は変わるわ。

「はい、おっけー」

 ひれちゃんの声ではっと我に返る。まるで催眠術にかけられていたように、私の身体はひれちゃんの言葉に支配されていた。

「ほら、うまくいったよ~」

 私の目の前にはひれちゃんが作った水の球体と同じく、まあるく空中に漂う水の塊が浮かんでいた。

「これでナギも洗濯ができるわね!」

 ひれちゃんがニコニコと追加の洗濯物をひらひらさせた。最初からその魂胆だったのかもしれない。しかし、ひれちゃんはその後も私に鰭の魔法を教えてくれた。

「いつか、海に行った時に使えるとっておきの魔法を教えてあげる」

 三人の中で一番白い肌をした頬で、ひれちゃんが言った。

「Mare, quaeso, me defende.」
「まれ、くあいぞ、め、でぃふぇんで……?」
「まあ及第点よね」
「何に使えるの?」
「使えばわかるわよ」


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 初めに魔法を教えてくれたのは意外にも鰭の魔女だった。
 《《ひれ》》ちゃんは歌いながら水の妖精を作って遊んだり、どこからともなく水を湧かしたりする。私はそのぷかぷか浮かぶ水の中にいれられたり、泡をボールにしたりして、彼女と遊んでいたわけだ。
 その日もひれちゃんの魔法を眺めていた。歌を歌いながら、次々と空中に水の塊を出していく鰭の魔女。いくつもの水の球体に、今度は《《あし》》ちゃんが置いて行った洗濯物を放り込んでいく。この家で水仕事をするのはひれちゃんの役割だ。
 空中に浮きあがった水がグルグルとかき回り、中が泡立つ。ずーっと回したら、今度は反対側に回す。次第に泡立った水が搾り取られていき、あっという間に四人分の洗濯物は全て終わってしまった。
 洗濯ものを干す係の《《はね》》ちゃんに荷物を渡した後、一連の様子を見ていた私に、ひれちゃんがナギもやってみる? と話しかけてきた。
 ひれちゃんが人に教えるだなんて、そんな面倒なことは普段しない。ということは、その時の私の様子はひれちゃんのめんどくささを上回る何かがあったという事だろう。
「鰭の魔女じゃなくてもいいの?」
「いーよ、いーよ。魔法は魔女だけの物じゃないもん。誰だって、みんな、魔法を使うことはできるんだよ?」
 どこでだって、いつだってね。
 そう言ったひれちゃんは、どこか遠くを見つめていた。
「私、鰭ちゃんんほど歌が上手くないんだけど」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ。ほら、うみーが恋しいなー……ほら、一緒に歌ってごらん」
「うみーが」
「恋しいなー」
「ねえ、ひれちゃん」
「うん?」
「うみって何?」
 私の問いかけに、鰭の魔女は難しい顔をして答えた。
「でっかい、水の入った、ボウル?」
「どれくらい大きいの?」
 魔女は返答に困ったようだった。そのうち連れて行ってあげる、と適当に話を切り上げると、魔法講座を再開した。
 海が恋しい歌を歌うと、身体の中でぐるぐるとうずまき、寄せてはかえす何かが身体の中から溢れだすのを感じた。ひれちゃんはその力を見ることができるらしい。
「そう。そのまま、イメージして。まあるい球体。あなたの目の前に浮かぶのは揺蕩う水よ。それを頭の中で思い描いたら、ここに出して見せて」
 普段、へらへらとしている鰭の魔女は、三人の魔女の中で教えることが一番うまかった。
「ここに出すって、どうやって」
 私が口ごもる。目の前には空中に浮く水のイメージがある。それをここに出せとはどういうことか。
「水を手に乗せて。自分に引き寄せるの。手に入れたかしら? そうしたら、その腕の中の水をそのまま、置いて」
 ひれちゃんの言う通りに腕を動かす。集中していないと球体を壊してしまうか、水を零してしまうかしそうだった。
 ひれちゃんの声が頭の中でまるで暗示のように響く。
 ――壊さないように手に乗せて。そのまま、優しくそこに置く。水は乱暴に扱うと崩れて台無しになってしまう。でも、形が変わるのを恐れないで。水は流れるもの。あなたが触れると形は変わるわ。
「はい、おっけー」
 ひれちゃんの声ではっと我に返る。まるで催眠術にかけられていたように、私の身体はひれちゃんの言葉に支配されていた。
「ほら、うまくいったよ~」
 私の目の前にはひれちゃんが作った水の球体と同じく、まあるく空中に漂う水の塊が浮かんでいた。
「これでナギも洗濯ができるわね!」
 ひれちゃんがニコニコと追加の洗濯物をひらひらさせた。最初からその魂胆だったのかもしれない。しかし、ひれちゃんはその後も私に鰭の魔法を教えてくれた。
「いつか、海に行った時に使えるとっておきの魔法を教えてあげる」
 三人の中で一番白い肌をした頬で、ひれちゃんが言った。
「Mare, quaeso, me defende.」
「まれ、くあいぞ、め、でぃふぇんで……?」
「まあ及第点よね」
「何に使えるの?」
「使えばわかるわよ」