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羽の魔女の話

ー/ー



 が言う通り、赤ん坊は可愛かった。

 あたし――は赤子と二人にされた。あしは情報交換のために歩いて行ってしまい、どうしても手が離せない。

 はべーっと舌を出した後、猫脚のついた浴槽をがらがらと移動させながら部屋に閉じこもってしまった。赤子は泣きもせずにじっとその様子を眺めている。これじゃあ、どっちが子供だかわからないな。

 居間にはあたしと、籠に横たえられた赤ん坊の二人。今日は何をする予定もない。だから、子供を預けられても、何の支障はなかった。

 でも、ただ預けられるだなんて聞いていない。あたしと、赤ちゃんの二人! だなんて。

 何かするべきか。何か、何か家事でも。いや、赤ん坊から目を離さない方が良いだろう。子供は何をするかわからない。事故が起こって、あしに迷惑をかけるのだけは避けたい。じゃあ、今日は子供をじっと見ている。見るって……?

 籠のそばでもじもじとしているあたしだったが、意を決して子供を見ることに決めた。

 横になっている赤子の傍に座り込んで目に入れる。

 子供を間近で見るのは初めてだ。

 小さな顔に触れんばかりに顔を近づけて観察する。血色がよい。透き通るほどの白い頬に浮かんだ細かい血管が頬を薔薇色に染めていた。柔らかそうな皮膚に産毛が輝いて金色にも見える。

 ふっくらとした頬を上の方に辿っていくと、長い睫毛に縁どられたまぶた。赤ん坊の目は真っ黒でつやつやしているとあしは話していた。顔に対して大きい目をした赤子の顔はさぞや可愛らしい顔をしているだろうな……。

「はねちゃん、何やってるの」
「えっ!」

 振り向くと、後ろで浴槽をごろごろと移動させながらひれがこちらを見ていた。

「な、なにもしてない!」
「ふーん。あ、このミルク貰っていくね」

 ひれは何事もなかったかのように部屋に戻って行ったが、あたしの心臓はどくどくと早く動いていた。

 こんなに間近で眺めていたら、怪しまれてもおかしくはない。普段はあしが世話をしているから、この子供と二人きりにされるのは初めてだ。

 それどころか、子供という存在に接すること自体が初めてだった。

 生まれてから一人で生きてきた時間の方が長いあたしは、子供を持つような縁には恵まれなかったし、あしとひれと暮らし始めてからは家族を持つ必要はなくなった。

 だから、あたしは赤ちゃんとは一生縁のないと思っていたのだ。

 それが、目の前にいる。こんなにも、柔らかそうで、ふわふわとした空気をまとった生物を、他に見たことがない。空を飛ぶ白い羽の鳥も、地上を歩き回る小さな灰色の鳥も、ここまで脆そうな身体を持っていないのだ。

 あたしがその頬に見とれていると、小さな子供がむずむずと声を上げ始めた。大人の鼻息とは違う、高い超音波のような音が赤子の声帯から漏れ始める。次第に大きくなるその音は赤子自体を刺激しているらしい。口元がむにゃむにゃと動き――。

 ――泣く……!

 あたしの予想通り、赤子が顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。ぎざぎざと空気を揺らすその声は部屋に響き、びっくりして後ずさりしてしまう。

「泣いてるよ~」

 部屋の向こうからひれがおーいと呼んでいる。

 ――泣いてるって言ったって、どうすればいいんだ!

 無力だった。あまりにも無力。まじめに生きてきて、こんな罰を受けたことがない。

 赤ん坊は泣いている。今、無力なのはあたしだけではない。この子供も頼るものがなく、無力で泣いているのである。

「……」

 年上として、年下の赤ちゃんを泣き止ませなければいけない……!

 意を決して赤ん坊に触れる。それから、そーっと抱き上げた。子供の抱き方なんて知らないが、落とさなければいいだけの話だ。あしが良くやっているように、片腕で赤ちゃんを抱き、それからその身体を支える。落としたら大変だから椅子に座って膝の上に子供を乗せることにした。

 柔らかすぎる身体があたしの腕の中にあった。熱くて、でもぐんにゃりとしている様子は水袋のようだ。人間として完成されていない。柔らかな手足は大人のそれと違って小さいし、しっとりとしている。

 泣いている子供をあやすにはどうすればいいのだろう。とりあえず、いつもあしがしているようによしよしと言って、少し揺らす。

 不器用な自分は赤ちゃんを抱き潰してしまうかもしれない。あたしはそう思っていたけど、それは杞憂だった。赤子は腕の中に入ると、さっきのむずがりが嘘のように泣くことはなかった。むしろ抱きかかえられたことによって、何か変化があったのか口を三日月形にしてにっこりとあたしに微笑んできたのだ。

 これが、赤ちゃん……!

 私はその可愛らしさにすっかり虜にされてしまったのだった。


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 《《あし》》が言う通り、赤ん坊は可愛かった。
 あたし――《《はね》》は赤子と二人にされた。あしは情報交換のために歩いて行ってしまい、どうしても手が離せない。
 《《ひれ》》はべーっと舌を出した後、猫脚のついた浴槽をがらがらと移動させながら部屋に閉じこもってしまった。赤子は泣きもせずにじっとその様子を眺めている。これじゃあ、どっちが子供だかわからないな。
 居間にはあたしと、籠に横たえられた赤ん坊の二人。今日は何をする予定もない。だから、子供を預けられても、何の支障はなかった。
 でも、ただ預けられるだなんて聞いていない。あたしと、赤ちゃんの二人! だなんて。
 何かするべきか。何か、何か家事でも。いや、赤ん坊から目を離さない方が良いだろう。子供は何をするかわからない。事故が起こって、あしに迷惑をかけるのだけは避けたい。じゃあ、今日は子供をじっと見ている。見るって……?
 籠のそばでもじもじとしているあたしだったが、意を決して子供を見ることに決めた。
 横になっている赤子の傍に座り込んで目に入れる。
 子供を間近で見るのは初めてだ。
 小さな顔に触れんばかりに顔を近づけて観察する。血色がよい。透き通るほどの白い頬に浮かんだ細かい血管が頬を薔薇色に染めていた。柔らかそうな皮膚に産毛が輝いて金色にも見える。
 ふっくらとした頬を上の方に辿っていくと、長い睫毛に縁どられたまぶた。赤ん坊の目は真っ黒でつやつやしているとあしは話していた。顔に対して大きい目をした赤子の顔はさぞや可愛らしい顔をしているだろうな……。
「はねちゃん、何やってるの」
「えっ!」
 振り向くと、後ろで浴槽をごろごろと移動させながらひれがこちらを見ていた。
「な、なにもしてない!」
「ふーん。あ、このミルク貰っていくね」
 ひれは何事もなかったかのように部屋に戻って行ったが、あたしの心臓はどくどくと早く動いていた。
 こんなに間近で眺めていたら、怪しまれてもおかしくはない。普段はあしが世話をしているから、この子供と二人きりにされるのは初めてだ。
 それどころか、子供という存在に接すること自体が初めてだった。
 生まれてから一人で生きてきた時間の方が長いあたしは、子供を持つような縁には恵まれなかったし、あしとひれと暮らし始めてからは家族を持つ必要はなくなった。
 だから、あたしは赤ちゃんとは一生縁のないと思っていたのだ。
 それが、目の前にいる。こんなにも、柔らかそうで、ふわふわとした空気をまとった生物を、他に見たことがない。空を飛ぶ白い羽の鳥も、地上を歩き回る小さな灰色の鳥も、ここまで脆そうな身体を持っていないのだ。
 あたしがその頬に見とれていると、小さな子供がむずむずと声を上げ始めた。大人の鼻息とは違う、高い超音波のような音が赤子の声帯から漏れ始める。次第に大きくなるその音は赤子自体を刺激しているらしい。口元がむにゃむにゃと動き――。
 ――泣く……!
 あたしの予想通り、赤子が顔をくしゃくしゃにして泣き始めた。ぎざぎざと空気を揺らすその声は部屋に響き、びっくりして後ずさりしてしまう。
「泣いてるよ~」
 部屋の向こうからひれがおーいと呼んでいる。
 ――泣いてるって言ったって、どうすればいいんだ!
 無力だった。あまりにも無力。まじめに生きてきて、こんな罰を受けたことがない。
 赤ん坊は泣いている。今、無力なのはあたしだけではない。この子供も頼るものがなく、無力で泣いているのである。
「……」
 年上として、年下の赤ちゃんを泣き止ませなければいけない……!
 意を決して赤ん坊に触れる。それから、そーっと抱き上げた。子供の抱き方なんて知らないが、落とさなければいいだけの話だ。あしが良くやっているように、片腕で赤ちゃんを抱き、それからその身体を支える。落としたら大変だから椅子に座って膝の上に子供を乗せることにした。
 柔らかすぎる身体があたしの腕の中にあった。熱くて、でもぐんにゃりとしている様子は水袋のようだ。人間として完成されていない。柔らかな手足は大人のそれと違って小さいし、しっとりとしている。
 泣いている子供をあやすにはどうすればいいのだろう。とりあえず、いつもあしがしているようによしよしと言って、少し揺らす。
 不器用な自分は赤ちゃんを抱き潰してしまうかもしれない。あたしはそう思っていたけど、それは杞憂だった。赤子は腕の中に入ると、さっきのむずがりが嘘のように泣くことはなかった。むしろ抱きかかえられたことによって、何か変化があったのか口を三日月形にしてにっこりとあたしに微笑んできたのだ。
 これが、赤ちゃん……!
 私はその可愛らしさにすっかり虜にされてしまったのだった。