足の魔女の話
ー/ー その赤ん坊が家の前で泣いていた時、ひれちゃんは流されてきたのねぇ~、と他人ごとのように言い、はねちゃんは誰かが風に乗せて運んできたのだろう、と反論した。三人で顔を見合わせる。二人に促されるようにして、結局その子供に手を伸ばしたのは私、あしだった。
置いてあったかごの中から抱き上げると、火が付いたように泣き始めた子供。驚いて、危うく落としそうになる私。その様子を見てギョッとした二人は、そそくさと自室に戻って行ってしまった。
のんびり屋のひれちゃん。せっかちなはねちゃん。二人が同じ早さで部屋に戻ったという事は、とてつもなく重大な出来事が起こっているのだとわかる。こういう時、だいたいひれちゃんはゆっくりのんびりと隠れるから。
そんな爆弾のような事件を腕に抱き、私――あしは一人、赤ん坊と共に取り残されてしまった。
ぎゃんぎゃんと赤ちゃんが泣いている。こんなに喚いて、自分の耳を壊してしまいやしないかしら? 小さな――それもとてつもなく小さな――子供なんて面倒を見たことがない私は途方に暮れた。でも、この赤ちゃんを泣き止ませなっくっちゃ。うるさくって仕方がないもの。
――どうやって?
家には赤ちゃんを黙らせるような気の利いたものは一切ない。私たちはおもちゃなんかとっくに卒業している年齢だし、食べものだって、大人用の堅いパンとか燻してある保存食くらい。
ということは、今、私は手ぶらでこの小さな身体をあやさなくてはいけないのだ。
私、あしが持っている赤ん坊をあやせるものといったら、足の魔法くらい。何か気を引けるもの。私が持っている魔法の中で、なにかこの赤子が気に入るような楽しい出来事……――。
「何にも思いつかないよ~」
だめもとで、ランプに火をつけてみた。その周りに置いてあった食器を片付けがてら、躍らせる。
そう言えば、今日のご飯は何を作ろう。この子供にも何か食べさせなければならないだろう。何を食べるのかしら、この赤ちゃんは。
そして、ご飯を食べさせたあと、この小さな存在をどこの保護施設に連れていけばいいのだろう。
小さい頭を持つ者の養育施設なんて聞いたことがない。しかし、どこかしらに連れていかなければ、良くて野垂れ死に、悪くて怪異の餌になるしかない。
「ねえ、あなた、一体どこから来たの? 南の塀の匂いがするけど……!」
私があれこれ思案している間に、なんと、赤ん坊は泣き止んでいたのだった。
子供がじっと見ているのは私が付けたランプの灯。それから火を反射させて踊るつるつるの食器たち。少し暗くなった部屋の中で真っ赤に燃える火が反射してキラキラと輝いている。
私の魔法を見て、食い入るように見つめて、それから天使が舞い降りたかのように、赤ちゃんは笑顔を見せた。
――笑った!
赤ん坊はゆらゆらと揺れる光の反射が気に入ったらしい。その様子を見て、私は炎に色を付けることにした。回転木馬のようにカラフルに光る影たち。上機嫌にも声をあげる子供。それを見ているとなんだか落ち着かない気分になった。
さっきは保護施設に連れていくことを考えていたけれど、そもそも、この赤ちゃんは誰が置いて行ったんだろう。一人でてくてく、この家の前まで来ていないのは決まっている。きっと、連れてきた人がいるはずよね? 連れてきた人が戻ってきたら、どうしよう。元の家に戻っても、たまにはここに遊びに来てくれるかしら?
いっぱい泣いて、いっぱい灯りを楽しんで疲れてしまったのか、腕の中の赤ちゃんは眠り込んでいた。ひと安心。私は小さな身体に布を巻きつけて、元いた籠に寝かせて、今後の算段をする。
今は静かに眠っているけれど、小さな子供は頻繁に泣くものだとはわかっていた。きっとまた、大声で泣きだし始めるはず。さっきは、私の魔法が気に入ってどうにか静かにさせることができたけど、泣き止まなかったら大騒ぎになる事、間違いなし。
私たちは一応、隠れて暮らしているし、赤ん坊の泣き声で居場所がバレたら大変だわ。それに、泣きっぱなしになっていたら、私たちが何か行動するときに邪魔になるし……。万が一、夜になんて泣き始めたら眠れやしないんじゃないかしら?
赤ちゃんが泣くことに対して、何らかの行動をしなければ自分たちが困るのは目に見えている。泣いた時の対処法を考えておかないと……!
「面倒を見るには、離乳食やおむつが必要よね!」
子供のご飯やおむつの事なんて何一つわからないけれど、町の人に聞いてみましょう。なにせ町には、屋台や行商の人達が溢れているのだから、誰かが何か知っているはず。
魔法は魔女へ、子供の面倒は子供のことを良く知っている人へ。専門外のことは、知っている人に聞くのが一番!
「そうと決まれば、一緒に町へ買い出しに行きましょう」
私は眠っている赤ちゃんにそう話しかけると、いそいそと街へ行く準備をし始めたのだった。
私たちは小さい頭を持つ者。だから、新しき者たちに見えるよう装いの魔法をかけて町に出る。北から怪異が噴出して以降、新しきもの達の出現は止まるところを知らず、最近はこの南の町にも新しきもの達が増えてきた。
それでも、私たちと同じように欺きの魔法をまとった人も多く見かける。
私たちと同じ魔法に身を包んだおばあさんやおばさま方に、赤ん坊はとても可愛がられた。大人たちからは、いろんな果物や端切れをマントのポケットにねじ込まれる。
私は話しかけてくる町のひとたち一人一人に、このような小さい子供を世話するにはどうしたらいいのかを聞いて回った。気がいい街の人たちは私に色々と「育児」の魔法を教えてくれた。
どこから来たのか。どうして魔女と一緒にいるのか。名前は何なのか。たくさんの質問を投げかけられて、でも、赤子はニコニコして応えることはなかった。町の人たちは返事を期待せずに、満足そうな顔ですれ違っていく。
その間、小さな子供は泣かなかった。
そのおかげで、私はこの赤ん坊が少し好きになった。
帰宅して漸く緊張の糸がほぐれる。私に同調するかのように、タイミングよく赤ちゃんが泣き始めた。
不思議と私はそれを面倒だとは思わない。むしろ、ここまで静かにしていた子供に称賛を送りたい気分だった。
「我慢して偉かったわね!」
子供を抱き上げてあやす。
夜、赤ちゃんに温めたミルクとぬるいおかゆを食べさせていると、ひれちゃんが同じ食卓で物好きねえ~、と呆れていた。
「そう? 可愛いよ」
はねちゃんは何も言わずにこちらを見ていたけど、何やら言いたげな顔をしてこちらを見ている。
そんな視線は気にならない。今日一日で、私はこの子供がとても好きになっていた。
置いてあったかごの中から抱き上げると、火が付いたように泣き始めた子供。驚いて、危うく落としそうになる私。その様子を見てギョッとした二人は、そそくさと自室に戻って行ってしまった。
のんびり屋のひれちゃん。せっかちなはねちゃん。二人が同じ早さで部屋に戻ったという事は、とてつもなく重大な出来事が起こっているのだとわかる。こういう時、だいたいひれちゃんはゆっくりのんびりと隠れるから。
そんな爆弾のような事件を腕に抱き、私――あしは一人、赤ん坊と共に取り残されてしまった。
ぎゃんぎゃんと赤ちゃんが泣いている。こんなに喚いて、自分の耳を壊してしまいやしないかしら? 小さな――それもとてつもなく小さな――子供なんて面倒を見たことがない私は途方に暮れた。でも、この赤ちゃんを泣き止ませなっくっちゃ。うるさくって仕方がないもの。
――どうやって?
家には赤ちゃんを黙らせるような気の利いたものは一切ない。私たちはおもちゃなんかとっくに卒業している年齢だし、食べものだって、大人用の堅いパンとか燻してある保存食くらい。
ということは、今、私は手ぶらでこの小さな身体をあやさなくてはいけないのだ。
私、あしが持っている赤ん坊をあやせるものといったら、足の魔法くらい。何か気を引けるもの。私が持っている魔法の中で、なにかこの赤子が気に入るような楽しい出来事……――。
「何にも思いつかないよ~」
だめもとで、ランプに火をつけてみた。その周りに置いてあった食器を片付けがてら、躍らせる。
そう言えば、今日のご飯は何を作ろう。この子供にも何か食べさせなければならないだろう。何を食べるのかしら、この赤ちゃんは。
そして、ご飯を食べさせたあと、この小さな存在をどこの保護施設に連れていけばいいのだろう。
小さい頭を持つ者の養育施設なんて聞いたことがない。しかし、どこかしらに連れていかなければ、良くて野垂れ死に、悪くて怪異の餌になるしかない。
「ねえ、あなた、一体どこから来たの? 南の塀の匂いがするけど……!」
私があれこれ思案している間に、なんと、赤ん坊は泣き止んでいたのだった。
子供がじっと見ているのは私が付けたランプの灯。それから火を反射させて踊るつるつるの食器たち。少し暗くなった部屋の中で真っ赤に燃える火が反射してキラキラと輝いている。
私の魔法を見て、食い入るように見つめて、それから天使が舞い降りたかのように、赤ちゃんは笑顔を見せた。
――笑った!
赤ん坊はゆらゆらと揺れる光の反射が気に入ったらしい。その様子を見て、私は炎に色を付けることにした。回転木馬のようにカラフルに光る影たち。上機嫌にも声をあげる子供。それを見ているとなんだか落ち着かない気分になった。
さっきは保護施設に連れていくことを考えていたけれど、そもそも、この赤ちゃんは誰が置いて行ったんだろう。一人でてくてく、この家の前まで来ていないのは決まっている。きっと、連れてきた人がいるはずよね? 連れてきた人が戻ってきたら、どうしよう。元の家に戻っても、たまにはここに遊びに来てくれるかしら?
いっぱい泣いて、いっぱい灯りを楽しんで疲れてしまったのか、腕の中の赤ちゃんは眠り込んでいた。ひと安心。私は小さな身体に布を巻きつけて、元いた籠に寝かせて、今後の算段をする。
今は静かに眠っているけれど、小さな子供は頻繁に泣くものだとはわかっていた。きっとまた、大声で泣きだし始めるはず。さっきは、私の魔法が気に入ってどうにか静かにさせることができたけど、泣き止まなかったら大騒ぎになる事、間違いなし。
私たちは一応、隠れて暮らしているし、赤ん坊の泣き声で居場所がバレたら大変だわ。それに、泣きっぱなしになっていたら、私たちが何か行動するときに邪魔になるし……。万が一、夜になんて泣き始めたら眠れやしないんじゃないかしら?
赤ちゃんが泣くことに対して、何らかの行動をしなければ自分たちが困るのは目に見えている。泣いた時の対処法を考えておかないと……!
「面倒を見るには、離乳食やおむつが必要よね!」
子供のご飯やおむつの事なんて何一つわからないけれど、町の人に聞いてみましょう。なにせ町には、屋台や行商の人達が溢れているのだから、誰かが何か知っているはず。
魔法は魔女へ、子供の面倒は子供のことを良く知っている人へ。専門外のことは、知っている人に聞くのが一番!
「そうと決まれば、一緒に町へ買い出しに行きましょう」
私は眠っている赤ちゃんにそう話しかけると、いそいそと街へ行く準備をし始めたのだった。
私たちは小さい頭を持つ者。だから、新しき者たちに見えるよう装いの魔法をかけて町に出る。北から怪異が噴出して以降、新しきもの達の出現は止まるところを知らず、最近はこの南の町にも新しきもの達が増えてきた。
それでも、私たちと同じように欺きの魔法をまとった人も多く見かける。
私たちと同じ魔法に身を包んだおばあさんやおばさま方に、赤ん坊はとても可愛がられた。大人たちからは、いろんな果物や端切れをマントのポケットにねじ込まれる。
私は話しかけてくる町のひとたち一人一人に、このような小さい子供を世話するにはどうしたらいいのかを聞いて回った。気がいい街の人たちは私に色々と「育児」の魔法を教えてくれた。
どこから来たのか。どうして魔女と一緒にいるのか。名前は何なのか。たくさんの質問を投げかけられて、でも、赤子はニコニコして応えることはなかった。町の人たちは返事を期待せずに、満足そうな顔ですれ違っていく。
その間、小さな子供は泣かなかった。
そのおかげで、私はこの赤ん坊が少し好きになった。
帰宅して漸く緊張の糸がほぐれる。私に同調するかのように、タイミングよく赤ちゃんが泣き始めた。
不思議と私はそれを面倒だとは思わない。むしろ、ここまで静かにしていた子供に称賛を送りたい気分だった。
「我慢して偉かったわね!」
子供を抱き上げてあやす。
夜、赤ちゃんに温めたミルクとぬるいおかゆを食べさせていると、ひれちゃんが同じ食卓で物好きねえ~、と呆れていた。
「そう? 可愛いよ」
はねちゃんは何も言わずにこちらを見ていたけど、何やら言いたげな顔をしてこちらを見ている。
そんな視線は気にならない。今日一日で、私はこの子供がとても好きになっていた。
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