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第4話 さよなら、アフタースクール

ー/ー



「崎山君、ちょっと職員室に来てくれるかしら」

 今週だけで聖子先生に呼び出されること、複数回。

 職員室の常連になりつつあるオレだが、未だに緊張の糸はピンと張りつめている。

 もしや、授業中に真之助と無駄話をしていたことがバレたのではないだろうか。

 言い訳を三つ四つ用意しておいたが、その心配は徒労に終わった。
 
「平沢君のことなんだけど、あれから崎山君のところに連絡はあったかしら?」

「あ、そのことですか」
 
 ホッと安堵しつつ、聖子先生が勧めてくれた椅子に腰をかける。

「平沢には何度か連絡をしているんですけど、既読スルーなんですよ」

「そう」
 
「平沢がどうかしたんですか?」 
 
 訊ねると、聖子先生は長いまつ毛を深々と伏せ、落胆した様子で重い口を割った。
 
「昨日、平沢君のご自宅を訪ねたの。お母さんが何度も平沢君を呼んでくれたんだけど、結局、部屋から出てきてくれなくて。私としては一言でもお話ししたかったんだけど、すっかり嫌われちゃったわね」 
 
「たぶん、聖子先生が嫌いとかそういう問題ではないと思いますよ」

 平沢は部屋から出て来ないのではなく、出て来れないのだと思う。

 友人Aを盗難事件の犯人に仕立てようとしたことや、オレを屋上から突き落とそうとしたことには、何か理由があったに違いないが、それが原因で自責の念に押し潰されているのだ。
 
「そこで崎山君にお願いがあるんだけど、放課後に平沢君の様子を一緒に見て行ってくれない? 私だけが訪ねるよりもやっぱり気の合うお友達も一緒の方が心を開いてくれると思うの」

「そうしたいのは山々なんですが、実は放課後、警察署に行くことになっていて……」おずおずと申し出る。

「警察?」

 目の前の聖子先生のメガネに閃光が走った。

 どうやら、オレが補導されたと勘違いしているらしい。

 誤解を解くためにも、昨晩、通り魔事件に遭遇したことを伝えると、今度は聖子先生の瞳が一層大きく見開かれた。顔色は気の毒なほど白に近い。

「崎山君、あなたって子は……見た目によらずなかなかムチャなことをするのね。今回はあなたも妹さんも怪我がなかったからよかったけど、犯人に立ち向かっていって、万が一、大怪我をしてしまっては取り返しがつかないんですからね」

「それはその通りなんですけど、あのときは無我夢中だったというか……」

 流石に「最強の守護霊が付いているから大丈夫です」とは言えず、言葉を濁す。

「でも、犯人が捕まって本当によかったわ。崎山君のお陰でこれから安心して街を歩けるわね」

 そう言って胸を撫で下ろした聖子先生の右袖口から包帯がちらりと覗いた。先日、通り魔に襲われて負った怪我だった。

「もう怪我の方は大丈夫よ。チョークも投げられるようになったし」

 オレの視線を辿った聖子先生は緊張の解けた笑みを広げてゆくのに対して、オレは自分の顔が強張ってゆくのを感じた。

「あの……」

 勇気と声帯を振り絞り、言う否か迷っていた言葉を口にする。

「オレ、妹を襲った犯人と、聖子先生を襲った犯人が異なるような気がするんですよ」

「犯人が異なるって……どうしてそう思うの?」

「聖子先生は手首に怪我をしたのに、妹は無傷だった。もちろん、妹の場合はオレが助けに入ったから怪我がなかった訳ですが、でも何だか手口が違うと思いませんか。それにオレ、犯人の顔を間近で見たんです」

 脳裏に焼き付いている犯人の特徴を思い浮かべながら、確認する。

「先生が見た犯人はどんなでしたか?」

 すると、途端に聖子先生は歯切れ悪くなった。

「私は崎山君みたいに犯人の顔をはっきり見た訳じゃないの……。犯人はナイフを手にしていたから、凶器の方にばかり意識が向いてしまって、逃げ出すだけで精いっぱいだったわ」

「つらいことを思い出させてすみません」

「平気よ。でも、犯人はフードをかぶった背の高い男だった。それは間違いない」

「背の高い男……。オレが見た男は長身というよりも中肉中背の体格の方が目立っていました」

「それじゃあ、崎山君の言うように犯人は別人なの?」

 聖子先生が息を飲んだ。

「そういえば、犯人はこんなことも言っていたわ。『お前も俺をバカにするのか』。意味不明よね」

「その話は三田村さんから聞いたね」

 二階堂のデスクに腰を据えた真之助が顔を寄せ、ちゃっかり会話に参加する。

「あと、ロングヘアの女性が標的にされているんだっけ。だから、聖子先生や莉帆ちゃんが狙われたんだ」

「加奈はボブヘアだし、犯人から何か言葉をかけられたとは話してはなかったな」

「まさか、模倣犯かしら?」

「かもね」

「取り調べのときに捜査の進捗をそれとなく聞いてみます」

「よろしくお願いね」

「わかりま――」

 聖子先生と約束を交わそうとしたとき、

「エロの匂いがするな」

 突然別な声が割って入った。振り返ると、友人Aと宮下が職員室に入ってきたところだった。嫌な予感しかしない。世界一招かれざる客だ。

「おい、真。聖子ちゃんと二人きりで何をコソコソ話し合っているんだよ。密談か? オレたちも仲間に入れろよ」

「別に密談でもエロでも二人きりでもないって!」

 確かに密談には違いないが、エロでもなければ二人きりでもない。傍には真之助が、周囲には他の教師もいる。

 しかし、友人Aは断言した。

「抜け駆けだ」

 そこからオレの身に起こったことは一瞬だった。

 まず友人Aに腕を、次に宮下に足を取られたかと思ったら、瞬く間に視界が反転した。

 気がつけば天井が目の前に迫り、オレは神輿(みこし)のように担がれていた。

 高所恐怖症であったら悲鳴を上げているところだが、幸いにもオレは水恐怖症だ。

「祭りだ、ワッショイ」の掛け声の代わりに物騒な言葉が交わされる。

「芦屋君、僕たちを出し抜こうとした崎山をどうする?」

「洲巻にして富士の()()に沈めるに決まってんだろ、なあ?」
 
「異議なし、だ」

「お前ら、変なところで意気投合してんじゃねえよ。そういうのはバスケの試合でやってくれ。さっさと下ろせよ!」

 数時間前までライバルとして火花を散らしていたとは思えない息の合った連係プレーに舌を巻く。

「ちょっと、芦屋君に宮下君。崎山君をどこに連れて行くの? まだ話は終わってないのよ!」

 顔をわずかに傾けると、制止に入った聖子先生に、友人Aと宮下が廃人のような笑みを返すのが見えた。

「聖子ちゃん、オレたちの間で抜け駆けは禁忌なんだよ。ルールを守れない奴には身をもって知らしめるしかねえ」

「その通りです。出過ぎたことを言いますが、聖子先生は近頃、崎山に特別目をかけてはいませんか? 僕らはフェアじゃないと納得できません!」

「抜け駆けにフェアって……二人ともそんな風に思っていたのね」

 粘着質な嫉妬の権現(ごんげん)と化した二人の抗議を()に受けた聖子先生は、可哀想に叱られた子供のように俯いてしまった。

 そして、顔を上げたときにはまつ毛で涙が揺れていた。

 これには友人Aと宮下も驚いたようだった。白旗を振るように両手を挙げるものだから、支えを失ったオレの体は床へと真っ逆さまに落下する。

 思い切り背中を打ち、二人に文句をつけるが、二人はお構いなしだった。

 なぜなら、二人は聖子先生にギュッと手を握られていたからだ。

「先生は嬉しいわ。芦屋君と宮下君が崎山君の代わりに平沢君の様子を見に行きたいと手を挙げてくれるなんて!」

「は、はい……?」

「気が利かなくてごめんなさいね。初めから友達想いの二人の意見も聞くべきだったわ。あなたたちが顔を出してくれれば、きっと平沢君も喜んでくれると思う。平沢君もいいお友達を持ったわね」

「「もちろん、僕たち平沢君の親友ですから!」」

 事態を全く飲み込んでいないにも関わらず、友人Aと宮下は頭から蒸気を出しながら有頂天に大見得を切った。

 その調子のよさに閉口していると、振り返った聖子先生と目が合った。人目を避けるように一瞬ではあったが、片目をパチンと閉じてウインクを送ってきたから、驚いた。

「!!」

 ハトが豆鉄砲を食らった顔の真之助と顔を見合わせる。

「事態を丸く収めたわ」という意味なのだろうが、こういう蠱惑的(こわくてき)な仕草に翻弄される(やから)はきっと少なくない。

 教師冥利(みょうり)に尽きると喜んでみせる聖子先生の方がどうやら一枚も二枚も上手のようだ。


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 今週だけで聖子先生に呼び出されること、複数回。
 職員室の常連になりつつあるオレだが、未だに緊張の糸はピンと張りつめている。
 もしや、授業中に真之助と無駄話をしていたことがバレたのではないだろうか。
 言い訳を三つ四つ用意しておいたが、その心配は徒労に終わった。
「平沢君のことなんだけど、あれから崎山君のところに連絡はあったかしら?」
「あ、そのことですか」
 ホッと安堵しつつ、聖子先生が勧めてくれた椅子に腰をかける。
「平沢には何度か連絡をしているんですけど、既読スルーなんですよ」
「そう」
「平沢がどうかしたんですか?」 
 訊ねると、聖子先生は長いまつ毛を深々と伏せ、落胆した様子で重い口を割った。
「昨日、平沢君のご自宅を訪ねたの。お母さんが何度も平沢君を呼んでくれたんだけど、結局、部屋から出てきてくれなくて。私としては一言でもお話ししたかったんだけど、すっかり嫌われちゃったわね」 
「たぶん、聖子先生が嫌いとかそういう問題ではないと思いますよ」
 平沢は部屋から出て来ないのではなく、出て来れないのだと思う。
 友人Aを盗難事件の犯人に仕立てようとしたことや、オレを屋上から突き落とそうとしたことには、何か理由があったに違いないが、それが原因で自責の念に押し潰されているのだ。
「そこで崎山君にお願いがあるんだけど、放課後に平沢君の様子を一緒に見て行ってくれない? 私だけが訪ねるよりもやっぱり気の合うお友達も一緒の方が心を開いてくれると思うの」
「そうしたいのは山々なんですが、実は放課後、警察署に行くことになっていて……」おずおずと申し出る。
「警察?」
 目の前の聖子先生のメガネに閃光が走った。
 どうやら、オレが補導されたと勘違いしているらしい。
 誤解を解くためにも、昨晩、通り魔事件に遭遇したことを伝えると、今度は聖子先生の瞳が一層大きく見開かれた。顔色は気の毒なほど白に近い。
「崎山君、あなたって子は……見た目によらずなかなかムチャなことをするのね。今回はあなたも妹さんも怪我がなかったからよかったけど、犯人に立ち向かっていって、万が一、大怪我をしてしまっては取り返しがつかないんですからね」
「それはその通りなんですけど、あのときは無我夢中だったというか……」
 流石に「最強の守護霊が付いているから大丈夫です」とは言えず、言葉を濁す。
「でも、犯人が捕まって本当によかったわ。崎山君のお陰でこれから安心して街を歩けるわね」
 そう言って胸を撫で下ろした聖子先生の右袖口から包帯がちらりと覗いた。先日、通り魔に襲われて負った怪我だった。
「もう怪我の方は大丈夫よ。チョークも投げられるようになったし」
 オレの視線を辿った聖子先生は緊張の解けた笑みを広げてゆくのに対して、オレは自分の顔が強張ってゆくのを感じた。
「あの……」
 勇気と声帯を振り絞り、言う否か迷っていた言葉を口にする。
「オレ、妹を襲った犯人と、聖子先生を襲った犯人が異なるような気がするんですよ」
「犯人が異なるって……どうしてそう思うの?」
「聖子先生は手首に怪我をしたのに、妹は無傷だった。もちろん、妹の場合はオレが助けに入ったから怪我がなかった訳ですが、でも何だか手口が違うと思いませんか。それにオレ、犯人の顔を間近で見たんです」
 脳裏に焼き付いている犯人の特徴を思い浮かべながら、確認する。
「先生が見た犯人はどんなでしたか?」
 すると、途端に聖子先生は歯切れ悪くなった。
「私は崎山君みたいに犯人の顔をはっきり見た訳じゃないの……。犯人はナイフを手にしていたから、凶器の方にばかり意識が向いてしまって、逃げ出すだけで精いっぱいだったわ」
「つらいことを思い出させてすみません」
「平気よ。でも、犯人はフードをかぶった背の高い男だった。それは間違いない」
「背の高い男……。オレが見た男は長身というよりも中肉中背の体格の方が目立っていました」
「それじゃあ、崎山君の言うように犯人は別人なの?」
 聖子先生が息を飲んだ。
「そういえば、犯人はこんなことも言っていたわ。『お前も俺をバカにするのか』。意味不明よね」
「その話は三田村さんから聞いたね」
 二階堂のデスクに腰を据えた真之助が顔を寄せ、ちゃっかり会話に参加する。
「あと、ロングヘアの女性が標的にされているんだっけ。だから、聖子先生や莉帆ちゃんが狙われたんだ」
「加奈はボブヘアだし、犯人から何か言葉をかけられたとは話してはなかったな」
「まさか、模倣犯かしら?」
「かもね」
「取り調べのときに捜査の進捗をそれとなく聞いてみます」
「よろしくお願いね」
「わかりま――」
 聖子先生と約束を交わそうとしたとき、
「エロの匂いがするな」
 突然別な声が割って入った。振り返ると、友人Aと宮下が職員室に入ってきたところだった。嫌な予感しかしない。世界一招かれざる客だ。
「おい、真。聖子ちゃんと二人きりで何をコソコソ話し合っているんだよ。密談か? オレたちも仲間に入れろよ」
「別に密談でもエロでも二人きりでもないって!」
 確かに密談には違いないが、エロでもなければ二人きりでもない。傍には真之助が、周囲には他の教師もいる。
 しかし、友人Aは断言した。
「抜け駆けだ」
 そこからオレの身に起こったことは一瞬だった。
 まず友人Aに腕を、次に宮下に足を取られたかと思ったら、瞬く間に視界が反転した。
 気がつけば天井が目の前に迫り、オレは|神輿《みこし》のように担がれていた。
 高所恐怖症であったら悲鳴を上げているところだが、幸いにもオレは水恐怖症だ。
「祭りだ、ワッショイ」の掛け声の代わりに物騒な言葉が交わされる。
「芦屋君、僕たちを出し抜こうとした崎山をどうする?」
「洲巻にして富士の|樹《・》|海《・》に沈めるに決まってんだろ、なあ?」
「異議なし、だ」
「お前ら、変なところで意気投合してんじゃねえよ。そういうのはバスケの試合でやってくれ。さっさと下ろせよ!」
 数時間前までライバルとして火花を散らしていたとは思えない息の合った連係プレーに舌を巻く。
「ちょっと、芦屋君に宮下君。崎山君をどこに連れて行くの? まだ話は終わってないのよ!」
 顔をわずかに傾けると、制止に入った聖子先生に、友人Aと宮下が廃人のような笑みを返すのが見えた。
「聖子ちゃん、オレたちの間で抜け駆けは禁忌なんだよ。ルールを守れない奴には身をもって知らしめるしかねえ」
「その通りです。出過ぎたことを言いますが、聖子先生は近頃、崎山に特別目をかけてはいませんか? 僕らはフェアじゃないと納得できません!」
「抜け駆けにフェアって……二人ともそんな風に思っていたのね」
 粘着質な嫉妬の|権現《ごんげん》と化した二人の抗議を|真《ま》に受けた聖子先生は、可哀想に叱られた子供のように俯いてしまった。
 そして、顔を上げたときにはまつ毛で涙が揺れていた。
 これには友人Aと宮下も驚いたようだった。白旗を振るように両手を挙げるものだから、支えを失ったオレの体は床へと真っ逆さまに落下する。
 思い切り背中を打ち、二人に文句をつけるが、二人はお構いなしだった。
 なぜなら、二人は聖子先生にギュッと手を握られていたからだ。
「先生は嬉しいわ。芦屋君と宮下君が崎山君の代わりに平沢君の様子を見に行きたいと手を挙げてくれるなんて!」
「は、はい……?」
「気が利かなくてごめんなさいね。初めから友達想いの二人の意見も聞くべきだったわ。あなたたちが顔を出してくれれば、きっと平沢君も喜んでくれると思う。平沢君もいいお友達を持ったわね」
「「もちろん、僕たち平沢君の親友ですから!」」
 事態を全く飲み込んでいないにも関わらず、友人Aと宮下は頭から蒸気を出しながら有頂天に大見得を切った。
 その調子のよさに閉口していると、振り返った聖子先生と目が合った。人目を避けるように一瞬ではあったが、片目をパチンと閉じてウインクを送ってきたから、驚いた。
「!!」
 ハトが豆鉄砲を食らった顔の真之助と顔を見合わせる。
「事態を丸く収めたわ」という意味なのだろうが、こういう|蠱惑的《こわくてき》な仕草に翻弄される|輩《やから》はきっと少なくない。
 教師|冥利《みょうり》に尽きると喜んでみせる聖子先生の方がどうやら一枚も二枚も上手のようだ。