「ひとことで言えば“ケイオス”よ。」
その4文字が、
「ぱ」から始まる、女性の乳房を表す
一昔前の俗語のようなイントネーションで
発せられたため、
私は彼女が言いたいことが
“カオス(Chaos)”だということに
数秒経ってから気付いた。
彼女は、“強迫性障害”を理由に、
あるメンタルクリニックからの紹介で
この私のカウンセリングルームへ来ている。
数回目である今日、
クライアント用ソファに腰をかけてから
ほんの数秒、
私に「最近はどうですか?」
と言われた途端に、先程の発言だ。
「ひとことで言えば“ケイオス”よ。」
そりゃあそうだろう。
経緯は割愛するが、
君は、前回のカウンセリング中に
ミツロウで出来たぬりえ療法用のクレヨンを齧ろうとしたんだぞ。
大抵のクライアントは1時間の枠の間に
認知行動療法の進歩について話したり、
マインドフルネスの方法を実践して過ごすのに、君ときたら、
私の問いかけや提案にはおざなりで
いつもノンストップで関係のない話をしてくるじゃないか。
クリニックの医師からの勧めでここへ来ているらしいが、君が本当に強迫性障害なのかということも正直なところ怪しい。
だから私はまず、
“ケイオス”な君の話の断片から
“君がいったいどんなものを抱えているのか”を、毎回探らなきゃならないんだよ。
…私は心の中で長いツッコミを入れた。
どうか期待しないでほしい。
いくら公認心理師の資格を持ったカウンセラーだって所詮は人間、内心こんなもんだ。
というか、たとえ仕事であっても、
クレヨンを齧ろうと試みたり、
自分の話を一方的にしてくるような人間に100%善意で傾聴しながら関わりたいと思う人間のほうが、ある意味で病んでいるとさえ私は思う。
そう思ってしまうくらいに、この仕事は神経を使う。
カウンセラーである私の投げかけやフィードバックのひとつひとつが、
“ケイオス”なクライアントの決断に繋がってしまう恐れがあるからだ。
そうなると私の信用問題にも関わる。
なので今日も私は、ひたすら彼女の話に付き合う。
たとえそれにちゃんと目的があり、
私の脳内で緻密な会話の組み立てが行われていたとしても、表面から見れば、それだけだ。
先程の彼女の“ケイオス”発言に対して──詳しく聞かせてもらえますか?
と投げかけをすると、次のように返ってきた。
「ねぇ、カウンセラーさん。サービス提供側も倫理的な面での配慮が求められる時代で、今までそれを“付加価値”程度にしか見ておらず、利益に重きを置いたことで大きくなりすぎてしまった企業や機関が、急にその配慮を始めた場合。顧客達はどうなると思う?」
彼女のこの様々な方向に“ケイオス”な問いかけが、「答えは私に言わせなさいよ」という思惑を強く含んだものだということは、カウンセラーでなくともすぐに気付く。
その気付いたことを決して無下にしてはならないのがこの私の業務である。
私は半ば脳死で、
──興味深い質問ですね。
という、
さり気無いリップサービスに続けて、
──ミーナさんは、どう思いますか?
と、当たり前のように返す。
“ミーナ”とは彼女の名前で、
彼女の一人称だ。
私のレスポンスに対して、
彼女が口を開いた。
「答えは顧客によって様々よ。
“良い方向に舵を切ったのね!”と、
ポジティブな反応を示す人も居れば、
“なんだよ”と、不便を感じて離れる人も居る。
“安心感”という価値にメリットを感じる人も居れば、
“どうせパフォーマンスだろ”と、シラケた目で見る人も居る。
じゃあ、それが企業や機関の話ではなくて、時代全体の話だとしたら?
この“倫理性”や“個人の選択”を重きにする新しい時代への移り変わりの中で、
昭和と令和という相反する価値観を持つ、新旧ふたつの時代に挟まれた時代に生まれたミーナは今どこに居ると思う?」
私は先程と同じ技法を使う。
──どこに居ると思うのですか?
彼女は答える。
「“ケイオス”よ。時代の移り変わりの塩梅を丁度良くしたいとは思うわ。
どっちの価値観もある意味必要だから。
中和のために尽力するのが私の使命だとは思う。
けど、みんながうるさすぎてイライラするの。発想の転換が出来ずに昔のやり方だけを押し通そうとする人も居るし、とにかく新しい価値観をインプットさせようと躍起になり過ぎる人も居る。
鬱陶しいのよ、全員。
けどミーナはこの場所以外で文句は口には出さないわ。
文句を口に出す人達も、鬱陶しい部類に入るから。
その代わりに。
ミーナはもうこの世も身体も全部捨てて、死んだハムスター達に会いたい。」
私は考え込んだ。
彼女の発言の中に、希死念慮を含んだ表現があったからだ。
ここで下手にそれを掘り下げてしまうと、彼女が抱えているものを突き止めるどころか、かえって厄介なことになる。
彼女は本当に強迫性障害で、使命の達成への焦燥を止めるために“自死”という救済措置を手に入れようとしているのか。
そうでなければ単に感受性が豊かなだけかもしれない。
それを探る前の処置として、まず私は、
──ミーナさんの想いを共有して下さってありがとうございます。
という文章から始まる寄り添い型フィードバックの後に、彼女の希死念慮を回避するための次のような“助け舟”を出した。
──ミーナさんが最後に話して下さったハムちゃんのお話を聞かせてもらえませんか。ミーナさんにとって特別な存在が、どんな子達で、ミーナさんがその子達にどんな接し方をしていたのか知りたいのです。
…やや古くて荒っぽい骨組みの“助け舟”だ。単に話題を逸らしているように見えなくもない。
けど、普段からクライアントへの声掛けに一字一句気を付けている私の膨大な会話データの中から導き出した最適な投げかけは、今の段階ではこれしか無かった。
彼女の“ハムスターに代わる生きる希望”を見つけるための投げかけ。
私の“助け舟”に対して、彼女は静かにこう答えた。
「カウンセラーさんもミーナと同じなんだね。ミーナは時代に、カウンセラーさんはこの仕事に疲れてる。
……それに、もしかしたらクリニックの先生も。
あのね、カウンセラーさん、このトピックは汎用性が高すぎるの。
止まらなくなっちゃうから、もうやめるね。
ハムスターの話の前に、ちょっと、お手洗いをお借りしてきます。」
彼女は微笑みながらそう言うと、部屋から出て行ってしまった。
それから、彼女が戻るのを待ってしばらく。部屋のドアがノックされた。
入ってきたのは、受付のスタッフだった。
“女性がひとり外に出て行きタクシーに乗り込むのを見たが、何か知っているか?カウンセリングを切り上げて帰った場合、彼女は会計を済ませていない。”
という内容の話を早口でされた。
あまりに突発的なことに、私はしばらく考え込んだ。
今まで彼女の他にも急に飛び出して行ってしまうクライアントは居たが、激高しながらだとか、泣きながらだとか、何かしらの感情的なサインがあった。
私は彼女が部屋を出る直前に発した内容を思い出しながら考えてみた。
“私も彼女と同じ。彼女は時代に、私はこの仕事に疲れている。もしかするとクリニックの医師も。このトピックは汎用性が高すぎる。”
ただ、言葉が頭の中で繰り返し響く。
私は、現時点でなにも分からなかった。
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私が彼女に出した希死念慮を回避するための “助け舟” が “泥舟” だったということに気が付いたのは、その日、彼女の主治医への報告を済ませて退勤した夜が翌日に切り替わり、昼になった頃合だった。
テレビで、“日本のどこかで起きたこと”が報道された。
そして、その報道が流れてから数日間。
着色剤とワックスに塗れた特殊な遺体について、まるでエンタメかの如く、大半の放送局のニュース番組でしつこく取り上げられた。
…私は、その後の出勤の日から今日に至るまで、ずっとこのカウンセリングルームに居る。
休日を設けることを拒んで仕事をし続けている。
休憩中も、カウンセリングの知識や技術の向上を図る為に、最新の情報をとめどなくインプットしている。
家には、帰っていない。
ずっと仕事をしている。
ずっと、ずっと、狂ったように、このカウンセリングルームに居続けている。
彼女の後に、カウンセリングの途中で退室したクライアントはひとりも居ない。
厳密には、私が部屋から出していない。
彼女が話していたことが、今ならはっきりと分かる。
私は今、“ケイオス”に居る。
(終わり)