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第2章〜H地区のある場所について〜⑩

ー/ー



 7月26日(火)

 亜慈夢(あじむ)古美術堂を訪れた翌日の夕方、オレは今回の企画の中心人物である壮馬より先に、満地谷墓地(まんちだにぼち)に向かっていた。

 ちなみに今日も、隣には同じクラスの女子生徒がいる。

「シロ、まだ外は暑いし、マンションに居ても良かったんだぞ?」

 夏の夕方の陽射しが照りつける中、取材相手のご老人との待ち合わせ場所に向かいながら、自分たちの動画チャンネルと絶賛コラボレーション中であるクローバー・フィールドのアカウント主に語りかけると、彼女は澄ました表情で応じた。

「なに言ってるの? 今日の撮影場所には、クロのお父さんのお墓があるんでしょ? キチンとご挨拶をしておかないと」

 わざわざ気を使ってくれなくても……とは思うものの、本音を言えば、シロのそんな心遣いが嬉しくもあった。

 まだまだ午後の西日が強く感じられる中、待ち合わせを約束したバス停近くの震災記念碑公園に向かうと、ベンチに年老いた男性が座っていた。前日に古美術堂から連絡を取ってもらい、電話で話しを聞いた感触から、待ち合わせをしているのは、その男性に間違いないと推察したオレは声をかける。

「吉田さんでしょうか? 昨日、お話しさせてもらった黒田です」

「あぁ、昨日の高校生の男の子ですか? そうです、私が吉田です」

「黒田クンの同級生の白草です。わたしも、お話しを聞かせてもらって構いませんか?」

 オレの自己紹介に続いて吉田さんが返答したあと、シロも積極的に会話に加わる。

「今日は、どんなお話しをすれば良いんですかな? 昨日は、墓地にある少女の像について話してはったけど……」

「はい、墓地にある『火垂るの墓の少女像』と呼ばれる銅像について、うかがいたいのですが……あのブロンズ像が出来た頃のお話しや、銅像にまつわる怪談などをご存知であれば、お話しいただけませんか?」

 オレが、いつもよりかしこまった口調で質問をすると、吉田さんは少し意外そうな表情で逆にたずね返してきた。

「その『火垂るの墓の少女像』と言うのは……足元にウサギが居てる女の子の銅像で間違いないですかな?」

 吉田老人の問いかけに対して、オレはすぐにスマホに保存していた『火垂るの墓の少女像』の画像を確認して答える。

「えぇ、そうです! 片方の耳が欠けたようなウサギの像が、女の子の像の足元にあります!」

 オレの返答に、吉田さんは「やっぱり、そうですかぁ……」と答えたあと、過去を振り返るときの老人特有の表情で語る。

「私が若かった頃は、あの像は『マリちゃん』と呼ばれていたんですよ……ほら、手を上げている反対側の手で手毬(てまり)を抱えてますやろ? だから、私らは『マリちゃん』と呼んでたんですわ」

「えっ? あの像は『火垂るの墓』とは関係ないんですか!?」

「さて、そんな話しは聞いたことがありませんなあ……あの像が出来たのは、たしか……昭和四十二年のことやったかな? ブレーブスが初めて優勝した年のことやから、よう覚えてますよ」

 吉田老人の言うブレーブスというのは、おそらく、かつて市内に本拠地を構えていたプロ野球のチームのことだ。その本拠地は、市内北部を走る球団を所有していた私鉄電車の北口駅の近くにあり、球場の跡地は、オレやシロが良く利用しているガーデンズというショッピングモールになっている。

 これは、父親が亡くなる前に良く言っていたことだから、オレ自身も知っている。

「その像が出来た年は、間違いありませんか? 他に、この像が出来た経緯などは……」

「はい、像が出来た年は間違いありまへん。あとは、像が建てられた経緯やけど……私が聞いたところでは、交通事故で亡くなった女の子を偲んで、家族が建てたとか聞きましたなぁ。ほら、さっきも言ったように女の子が手毬を持ってますやろ? ボールで遊ぶのが好きやったから、銅像にも持たせてあげている、と聞いたことがありますな」

「そうですか……交通事故で……」

 日之池公園のテッちゃんの話しとそっくりじゃないか……と思いながら、オレが、吉田さんに相づちを打っていると、隣のシロが指先でチョンチョンと肩を軽く叩いてきた。

「ねえ、クロ。吉田さんが言っていることは、正しいかも。いま、調べたら、『火垂るの墓』が発表されたのは、昭和四十三年のことだって」

 彼女は、スマホを片手に検索結果を示す。

「えっ、それじゃ、この近くにある『火垂るの墓』の記念碑は……?」

「それは、もっと新しくて令和二年の出来事らしいよ」

 シロの返答にオレが、「そんなに最近のことなのか? じゃあ、やっぱり……」と、吉田さんの記憶が正しかったことを確認して唸っていると、

「そうですやろ? 私がここで暮らしていて、『火垂るの墓』の話題が出てきたのは、比較的最近のことですからな……まあ、最近と言うても、もう四十年近くは経ってますがな……若い人に最近なんて言うても通じませんな」

老人は、そんなことを言って、豪快に笑う。

 どうやら、『火垂るの墓』の碑が建てられた震災記念碑公園のそばにある墓地の少女像は、あのアニメ映画とは、まったく関係がなかったようだ。

(これは、今日の撮影前に壮馬に話しておくべきか……?)

 そんなことを考えながら、オレはシロとともに、吉田さんに貴重な話しをしてくれたお礼を言ってから別れ、父親の遺骨が眠る場所に向かうことにした。


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 7月26日(火)
 |亜慈夢《あじむ》古美術堂を訪れた翌日の夕方、オレは今回の企画の中心人物である壮馬より先に、|満地谷墓地《まんちだにぼち》に向かっていた。
 ちなみに今日も、隣には同じクラスの女子生徒がいる。
「シロ、まだ外は暑いし、マンションに居ても良かったんだぞ?」
 夏の夕方の陽射しが照りつける中、取材相手のご老人との待ち合わせ場所に向かいながら、自分たちの動画チャンネルと絶賛コラボレーション中であるクローバー・フィールドのアカウント主に語りかけると、彼女は澄ました表情で応じた。
「なに言ってるの? 今日の撮影場所には、クロのお父さんのお墓があるんでしょ? キチンとご挨拶をしておかないと」
 わざわざ気を使ってくれなくても……とは思うものの、本音を言えば、シロのそんな心遣いが嬉しくもあった。
 まだまだ午後の西日が強く感じられる中、待ち合わせを約束したバス停近くの震災記念碑公園に向かうと、ベンチに年老いた男性が座っていた。前日に古美術堂から連絡を取ってもらい、電話で話しを聞いた感触から、待ち合わせをしているのは、その男性に間違いないと推察したオレは声をかける。
「吉田さんでしょうか? 昨日、お話しさせてもらった黒田です」
「あぁ、昨日の高校生の男の子ですか? そうです、私が吉田です」
「黒田クンの同級生の白草です。わたしも、お話しを聞かせてもらって構いませんか?」
 オレの自己紹介に続いて吉田さんが返答したあと、シロも積極的に会話に加わる。
「今日は、どんなお話しをすれば良いんですかな? 昨日は、墓地にある少女の像について話してはったけど……」
「はい、墓地にある『火垂るの墓の少女像』と呼ばれる銅像について、うかがいたいのですが……あのブロンズ像が出来た頃のお話しや、銅像にまつわる怪談などをご存知であれば、お話しいただけませんか?」
 オレが、いつもよりかしこまった口調で質問をすると、吉田さんは少し意外そうな表情で逆にたずね返してきた。
「その『火垂るの墓の少女像』と言うのは……足元にウサギが居てる女の子の銅像で間違いないですかな?」
 吉田老人の問いかけに対して、オレはすぐにスマホに保存していた『火垂るの墓の少女像』の画像を確認して答える。
「えぇ、そうです! 片方の耳が欠けたようなウサギの像が、女の子の像の足元にあります!」
 オレの返答に、吉田さんは「やっぱり、そうですかぁ……」と答えたあと、過去を振り返るときの老人特有の表情で語る。
「私が若かった頃は、あの像は『マリちゃん』と呼ばれていたんですよ……ほら、手を上げている反対側の手で|手毬《てまり》を抱えてますやろ? だから、私らは『マリちゃん』と呼んでたんですわ」
「えっ? あの像は『火垂るの墓』とは関係ないんですか!?」
「さて、そんな話しは聞いたことがありませんなあ……あの像が出来たのは、たしか……昭和四十二年のことやったかな? ブレーブスが初めて優勝した年のことやから、よう覚えてますよ」
 吉田老人の言うブレーブスというのは、おそらく、かつて市内に本拠地を構えていたプロ野球のチームのことだ。その本拠地は、市内北部を走る球団を所有していた私鉄電車の北口駅の近くにあり、球場の跡地は、オレやシロが良く利用しているガーデンズというショッピングモールになっている。
 これは、父親が亡くなる前に良く言っていたことだから、オレ自身も知っている。
「その像が出来た年は、間違いありませんか? 他に、この像が出来た経緯などは……」
「はい、像が出来た年は間違いありまへん。あとは、像が建てられた経緯やけど……私が聞いたところでは、交通事故で亡くなった女の子を偲んで、家族が建てたとか聞きましたなぁ。ほら、さっきも言ったように女の子が手毬を持ってますやろ? ボールで遊ぶのが好きやったから、銅像にも持たせてあげている、と聞いたことがありますな」
「そうですか……交通事故で……」
 日之池公園のテッちゃんの話しとそっくりじゃないか……と思いながら、オレが、吉田さんに相づちを打っていると、隣のシロが指先でチョンチョンと肩を軽く叩いてきた。
「ねえ、クロ。吉田さんが言っていることは、正しいかも。いま、調べたら、『火垂るの墓』が発表されたのは、昭和四十三年のことだって」
 彼女は、スマホを片手に検索結果を示す。
「えっ、それじゃ、この近くにある『火垂るの墓』の記念碑は……?」
「それは、もっと新しくて令和二年の出来事らしいよ」
 シロの返答にオレが、「そんなに最近のことなのか? じゃあ、やっぱり……」と、吉田さんの記憶が正しかったことを確認して唸っていると、
「そうですやろ? 私がここで暮らしていて、『火垂るの墓』の話題が出てきたのは、比較的最近のことですからな……まあ、最近と言うても、もう四十年近くは経ってますがな……若い人に最近なんて言うても通じませんな」
老人は、そんなことを言って、豪快に笑う。
 どうやら、『火垂るの墓』の碑が建てられた震災記念碑公園のそばにある墓地の少女像は、あのアニメ映画とは、まったく関係がなかったようだ。
(これは、今日の撮影前に壮馬に話しておくべきか……?)
 そんなことを考えながら、オレはシロとともに、吉田さんに貴重な話しをしてくれたお礼を言ってから別れ、父親の遺骨が眠る場所に向かうことにした。