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呪い

ー/ー



 目前に佇む白銀の獅子を見て、勇斗は意識の芯が引き剥がされるような感覚に襲われた。

 三メートル級の胴体。氷のプレートで覆われた四肢。なかでも最も目を奪われたのは、背に生えた氷結晶だった。結晶は幾重にも重なり、龍の翼を思わせる。

 獅子が咆哮した。雪混じりの烈風が正面から叩きつけてくる。勇斗は右腕で目をかばい、脚に力を込めて踏ん張った。

 来る。

 勇斗はマントの内側からドラシガーを素早く取り出し、ガントレット甲側の宝珠から放たれる青白い炎で先端に火を灯した。

 雪を蹴り、勇斗が跳ぶ。獅子もまた、前脚を軸にして跳んだ。

 弾丸のような突進を紙一重でかわしながら、勇斗は聖剣クトネシスに炎と風の精霊術をまとわせる。剣を大きく一振りすると、炎の竜巻が巻き起こった。

 獅子は急停止し、その場で反転した。蒼いブレスが吐き出され、炎は凍気に押し潰される。

 チカップが空に茶色の魔法陣を描く。直後、地面から噴き上がった岩槍が獅子の胴を裂いた。

 獅子は唸り、体を激しく振って岩槍を粉砕する。次の瞬間、その視線がチカップを捉えた。あの突進をまともに食らえば、チカップの体などひとたまりもない。そうはさせない。

 勇斗はランパに目配せした。

「おりゃっ!」

 ランパが精霊樹の枝をかざす。蔓が伸び、跳躍した獅子を絡め取った。しかし拘束は一瞬で千切れ飛ぶ。鋭い爪牙がチカップへ迫る。

 勇斗は心の中で舌打ちした。

 脚に煙をまとい、一瞬で間合いを詰める。聖剣が氷装甲の隙間を縫って獅子の喉を貫き、黒い血飛沫が白雪に散った。巨体が崩れ落ちる。

「た、助かったっス」

 尻餅をついていたチカップが、震える声を漏らしながら立ち上がった。

 勇斗は剣を雪に突き立て、ドラシガーを口から離す。口いっぱいにたまった煙を吐き出した。

「まだ生きている。畳みかけよう」

 再びドラシガーを咥え、聖剣を握る。もともと長期戦に持ち込むつもりはなかった。ドラシガーの副作用が現れるまで戦闘が長引けば、一気に状況が不利になる。

 勇斗とチカップは連撃を浴びせた。やがて獅子は完全に沈黙する。

 勇斗は聖剣を鞘に収め、天へ向かって煙を吐いた。

「さすがですわー!」

 駆け寄ってきたソーマが、勇斗に抱きつく。

「ユート、かなり強くなってますわね。惚れ惚れする動きでしたわ。チカップさんの魔法も素晴らしかったですわよ」

 頬を赤らめた勇斗は、ソーマから視線をそらし、ドラシガーの煙を口に含んだ。

「それに比べて、ランパさんは本当に役立たずですわね」

 ソーマは、ぼんやり突っ立っているランパへ嫌らしい口調で言った。

 そうだ。もし自分が即座に動かなければ、チカップは死んでいたじゃないか。そもそもランパの精霊術は戦闘向きじゃない。後ろで大人しくしていればいいのに。なんで戦場にしゃしゃり出てくるんだ。

 そんなふうに思う自分が、ひどく気味悪かった。

「ユート、あのデカブツ、まだ死んでないぞ」

「えっ?」

 ランパの声に振り返る。倒れた獅子の残骸から、黒い瘴気がぶくぶくと沸き立っていた。白い胴体が痙攣し、結晶の翼が悲鳴のような音を立てて砕け散る。砕片が降るたび、雪面に細い漆黒の亀裂が走った。

 獅子はもがきながら巨体を起こす。

 鈍い「ゴキュン」「メリメリ」という嫌な音が耳にまとわりつく。やがて獅子の皮膚が、どろりと黒く溶け始めた。

 勇斗たちは、その奇妙な光景に釘付けになった。

 何だ。いったい、何が起ころうとしているんだ。ぞわりと全身に悪寒が走る。

 徐々に空気が歪む。錆臭と腐臭の入り混じったおぞましい臭いが鼻を刺した。降りしきる雪は、濃い灰色へと変わっていく。

「キュィィィィィァァァァァァァィィィ」

 赤ん坊の泣き声のような、甲高い音が響いた。

 獅子の背が破裂し、数十本の黒い触手が噴き出した。踊る触手の先端、ひときわ太い一本が裂け開き、赤黒い単眼が産声のように開く。勇斗はきつく眉をひそめた。

 ソーマはとっさに口を押さえ、化け物から距離を取ろうとする。

 しかし、化け物はその動きを見逃さなかった。無数の触手が一斉にソーマへ狙いを定める。

 まずい!

 勇斗は雪を蹴った。瞬間、背後から衝撃が走る。熱く鈍い痛みが体を貫き、視界が乱れた。

「あぁ、ユート。私を庇って――」

 五本の触手が、勇斗の体を鎧ごと貫いていた。左肩、右上腕、両腿、そして腹部。

 触手が引き抜かれ、血が雪に滴った。

 痛みが神経を焼く。勇斗はドラシガーを噛み、煙を鋭く吸い込んだ。

「ユート、逃げろっ!」

 ランパが叫ぶ。

 勇斗はソーマを突き飛ばし、身を捻った。

 ぴたりと体が固まった。途端に動悸が激しくなる。

 わずか十センチ先に、巨大な単眼があった。笑っているように見えた。

 単眼がすっと引き、次の瞬間、大きく膨らむ。

 刹那、蒼白いブレスが唸りを上げて放たれた。氷刃の奔流が勇斗の全身を削ぎ、鎧の隙間から骨の芯まで一瞬で凍りつかせた。

「ぐうううううぅぅっ」

 低く唸った勇斗は、両膝を折る。

 体内で何かが暴れ出した。

 次の瞬間、勇斗から黒い瘴気が噴き上がった。

 絶叫。ドラシガーが落ち、雪面に転がる。

 痛い。苦しい。気持ち悪い。

 勇斗は雪に倒れ込み、体をねじって絶叫した。視界が黒に染まっていく。

「これは、呪い!?」

 チカップが青ざめる。

「いっしょだ。あのときと、いっしょだ――」

 ランパの手から精霊樹の枝が滑り落ちた。

「勇斗――ルーク――救えない」

 ランパの背中が、小さく震える。

 エメラルドグリーンの髪が、血を吸ったようにじわりと赤へ染まっていく。両目が大きく見開かれる。異常なほど血走っていた。

「ユートォォォォッ!!」

 絶叫と同時に、周囲が紅蓮の幕で覆われた。雪が赤く、風が赤く、大気さえ赤く脈動する。

 轟音。赤い柱が天へ噴き上がった。

 世界が、一瞬にして赤色に塗り替わる。
 

 勇斗は右手にドラシガーを持ち、淡い緑煙を吐きながらタプカ湖を見下ろしていた。

 雪はすっかり止み、雲間から差す陽光が鏡のような湖面を白銀に反射させている。さっきまでの地獄が、嘘のようだった。

 化け物の死と同時に呪いは霧散していた。体中の穴はふさがり、出血も止まっている。

 勇斗はドラシガーを咥え、呪いに侵されている最中に垣間見た光景を思い返した。

 髪を赤く染めたランパの、暴力そのもののような破壊の力。周囲は赤く燃え、怪物は一瞬で灰塵と化していた。

 その直後に浮かんだランパの薄気味悪い笑みが、脳裏から離れない。食いしんぼうで無邪気な姿とは正反対の、底冷えする悪意――思い返すだけで鳥肌が立つ。

 ランパは何者なんだ。自分は彼を信じていいのか。

 気づけば、ドラシガーのほとんどが白い灰になっていた。

「ユート、ランパが全然目を覚まさないので、おぶってほしいっス」

「わ、わかった」

 勇斗は最後の煙を吐き出し、ランパを背負った。

 なだらかな斜面を下り、氷の縁取りが続く湖畔にたどり着く。空気は澄みきっていて冷たい。

「あれは……」

 湖の中央に突き出した岩の周囲で、水面が渦を巻いていた。渦は高さを増し、やがて龍の輪郭を成す。

 龍の輪郭を成した水は、日の光を呑み込みながら瑠璃色に輝き、氷霧をまとってゆっくりと旋回した。

 巨大な目に捉えられた途端、時が凍り付く。

 脳内に声が響いた。勇ましい男の声だった。

 ――記憶を。

 勇斗の視界が青い光に包まれる。次の瞬間には意識が飛んでいた。

 ◇

 眠りに落ちた勇斗の意識は現在を離れ、時の流れをさまよった。

 やがて、その視界は一組の男女を捉える。

 黄金色の鎧を身にまとう男――伝説の勇者ルークの頬を、涙がつたっていた。彼の両腕には、少女――レタが抱かれている。

 レタはもう、瞬きすらしなかった。霞色の長髪は、つやを失った白へと変わっていた。

「きみともっと話したかった。もし、来世で再会できたら、そのときは――」

 ルークはレタにそっと口づけをした。

 映像がぐにゃりと歪む。視点は、別の場所へと引きずられていった。

 クスクス――

 静かな回廊を、ルークとランパが歩いていた。その背後を、始祖精霊であるレブンとコタが伴っている。

「いよいよ魔神との決戦ですね。みなさん、ここが踏ん張りどころですよ!」

 コタの第三の目が大きく見開かれる。

「コタ、もしかしてビビってる?」

 大きなあくびをしながら、レブンが言った。

「び、ビビってなんかいませんよ。それよりレヴン、あなたは緊張感がなさすぎです。あくびなんてしている場合じゃないでしょう!」

「はいはい」

 レヴンは大きな牙を見せ、ニッと笑った。

「それとルーク、いつまでも沈んでちゃダメですよ。レタさんのことは無念ですが、今は目の前の戦いに集中を」

「あぁ、すまない」

 力なく漏れた声が回廊にこだまする。

 再び映像が歪み、視点は大きな広間へと引きずられた。

 クスクス――クスクス――

 壁は崩れ、裂けた床からマグマが噴き上がっていた。

「魔神は倒しましたが、これは新たな問題が発生しましたね」

「こりゃぁ、まずい。チキサ様から受け継いだ力が、暴走している」

 広間の中央で、ランパが赤く染まった髪を振り乱し、言葉にも悲鳴にもならない声を上げている。

「このままじゃ、魔神の城だけでなく、世界そのものが壊れてしまいます」

「私はどうしたら――」

 ルークは頭を抱え、膝をついた。

「四大精霊の力で、彼の記憶と力を封印するのです」

「それではランパが――」

「長い眠りにつくでしょう。しかし、今はそれしかありません」

「あぁ――」

 ルークの口から、悲痛な嘆きがこぼれる。

「まさか、一番の災厄が、チビくんだったなんてねぇ」

 クスクス――

「この力は、永久に封印しなければなりません。わかりますね、ルーク?」

 クスクス――

「……仕方ない、のか」

 ルークは立ち上がり、聖剣クトネシスの刃先をランパへ向けた。

「さようなら、ランパ」

 クスクス――クスクス――

 映像が途切れ、視点が現在へと舞い戻る。

 目覚めの直前、勇斗の脳裏で低い声がこだました。

 ――騙されるな。


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 目前に佇む白銀の獅子を見て、勇斗は意識の芯が引き剥がされるような感覚に襲われた。
 三メートル級の胴体。氷のプレートで覆われた四肢。なかでも最も目を奪われたのは、背に生えた氷結晶だった。結晶は幾重にも重なり、龍の翼を思わせる。
 獅子が咆哮した。雪混じりの烈風が正面から叩きつけてくる。勇斗は右腕で目をかばい、脚に力を込めて踏ん張った。
 来る。
 勇斗はマントの内側からドラシガーを素早く取り出し、ガントレット甲側の宝珠から放たれる青白い炎で先端に火を灯した。
 雪を蹴り、勇斗が跳ぶ。獅子もまた、前脚を軸にして跳んだ。
 弾丸のような突進を紙一重でかわしながら、勇斗は聖剣クトネシスに炎と風の精霊術をまとわせる。剣を大きく一振りすると、炎の竜巻が巻き起こった。
 獅子は急停止し、その場で反転した。蒼いブレスが吐き出され、炎は凍気に押し潰される。
 チカップが空に茶色の魔法陣を描く。直後、地面から噴き上がった岩槍が獅子の胴を裂いた。
 獅子は唸り、体を激しく振って岩槍を粉砕する。次の瞬間、その視線がチカップを捉えた。あの突進をまともに食らえば、チカップの体などひとたまりもない。そうはさせない。
 勇斗はランパに目配せした。
「おりゃっ!」
 ランパが精霊樹の枝をかざす。蔓が伸び、跳躍した獅子を絡め取った。しかし拘束は一瞬で千切れ飛ぶ。鋭い爪牙がチカップへ迫る。
 勇斗は心の中で舌打ちした。
 脚に煙をまとい、一瞬で間合いを詰める。聖剣が氷装甲の隙間を縫って獅子の喉を貫き、黒い血飛沫が白雪に散った。巨体が崩れ落ちる。
「た、助かったっス」
 尻餅をついていたチカップが、震える声を漏らしながら立ち上がった。
 勇斗は剣を雪に突き立て、ドラシガーを口から離す。口いっぱいにたまった煙を吐き出した。
「まだ生きている。畳みかけよう」
 再びドラシガーを咥え、聖剣を握る。もともと長期戦に持ち込むつもりはなかった。ドラシガーの副作用が現れるまで戦闘が長引けば、一気に状況が不利になる。
 勇斗とチカップは連撃を浴びせた。やがて獅子は完全に沈黙する。
 勇斗は聖剣を鞘に収め、天へ向かって煙を吐いた。
「さすがですわー!」
 駆け寄ってきたソーマが、勇斗に抱きつく。
「ユート、かなり強くなってますわね。惚れ惚れする動きでしたわ。チカップさんの魔法も素晴らしかったですわよ」
 頬を赤らめた勇斗は、ソーマから視線をそらし、ドラシガーの煙を口に含んだ。
「それに比べて、ランパさんは本当に役立たずですわね」
 ソーマは、ぼんやり突っ立っているランパへ嫌らしい口調で言った。
 そうだ。もし自分が即座に動かなければ、チカップは死んでいたじゃないか。そもそもランパの精霊術は戦闘向きじゃない。後ろで大人しくしていればいいのに。なんで戦場にしゃしゃり出てくるんだ。
 そんなふうに思う自分が、ひどく気味悪かった。
「ユート、あのデカブツ、まだ死んでないぞ」
「えっ?」
 ランパの声に振り返る。倒れた獅子の残骸から、黒い瘴気がぶくぶくと沸き立っていた。白い胴体が痙攣し、結晶の翼が悲鳴のような音を立てて砕け散る。砕片が降るたび、雪面に細い漆黒の亀裂が走った。
 獅子はもがきながら巨体を起こす。
 鈍い「ゴキュン」「メリメリ」という嫌な音が耳にまとわりつく。やがて獅子の皮膚が、どろりと黒く溶け始めた。
 勇斗たちは、その奇妙な光景に釘付けになった。
 何だ。いったい、何が起ころうとしているんだ。ぞわりと全身に悪寒が走る。
 徐々に空気が歪む。錆臭と腐臭の入り混じったおぞましい臭いが鼻を刺した。降りしきる雪は、濃い灰色へと変わっていく。
「キュィィィィィァァァァァァァィィィ」
 赤ん坊の泣き声のような、甲高い音が響いた。
 獅子の背が破裂し、数十本の黒い触手が噴き出した。踊る触手の先端、ひときわ太い一本が裂け開き、赤黒い単眼が産声のように開く。勇斗はきつく眉をひそめた。
 ソーマはとっさに口を押さえ、化け物から距離を取ろうとする。
 しかし、化け物はその動きを見逃さなかった。無数の触手が一斉にソーマへ狙いを定める。
 まずい!
 勇斗は雪を蹴った。瞬間、背後から衝撃が走る。熱く鈍い痛みが体を貫き、視界が乱れた。
「あぁ、ユート。私を庇って――」
 五本の触手が、勇斗の体を鎧ごと貫いていた。左肩、右上腕、両腿、そして腹部。
 触手が引き抜かれ、血が雪に滴った。
 痛みが神経を焼く。勇斗はドラシガーを噛み、煙を鋭く吸い込んだ。
「ユート、逃げろっ!」
 ランパが叫ぶ。
 勇斗はソーマを突き飛ばし、身を捻った。
 ぴたりと体が固まった。途端に動悸が激しくなる。
 わずか十センチ先に、巨大な単眼があった。笑っているように見えた。
 単眼がすっと引き、次の瞬間、大きく膨らむ。
 刹那、蒼白いブレスが唸りを上げて放たれた。氷刃の奔流が勇斗の全身を削ぎ、鎧の隙間から骨の芯まで一瞬で凍りつかせた。
「ぐうううううぅぅっ」
 低く唸った勇斗は、両膝を折る。
 体内で何かが暴れ出した。
 次の瞬間、勇斗から黒い瘴気が噴き上がった。
 絶叫。ドラシガーが落ち、雪面に転がる。
 痛い。苦しい。気持ち悪い。
 勇斗は雪に倒れ込み、体をねじって絶叫した。視界が黒に染まっていく。
「これは、呪い!?」
 チカップが青ざめる。
「いっしょだ。あのときと、いっしょだ――」
 ランパの手から精霊樹の枝が滑り落ちた。
「勇斗――ルーク――救えない」
 ランパの背中が、小さく震える。
 エメラルドグリーンの髪が、血を吸ったようにじわりと赤へ染まっていく。両目が大きく見開かれる。異常なほど血走っていた。
「ユートォォォォッ!!」
 絶叫と同時に、周囲が紅蓮の幕で覆われた。雪が赤く、風が赤く、大気さえ赤く脈動する。
 轟音。赤い柱が天へ噴き上がった。
 世界が、一瞬にして赤色に塗り替わる。
 勇斗は右手にドラシガーを持ち、淡い緑煙を吐きながらタプカ湖を見下ろしていた。
 雪はすっかり止み、雲間から差す陽光が鏡のような湖面を白銀に反射させている。さっきまでの地獄が、嘘のようだった。
 化け物の死と同時に呪いは霧散していた。体中の穴はふさがり、出血も止まっている。
 勇斗はドラシガーを咥え、呪いに侵されている最中に垣間見た光景を思い返した。
 髪を赤く染めたランパの、暴力そのもののような破壊の力。周囲は赤く燃え、怪物は一瞬で灰塵と化していた。
 その直後に浮かんだランパの薄気味悪い笑みが、脳裏から離れない。食いしんぼうで無邪気な姿とは正反対の、底冷えする悪意――思い返すだけで鳥肌が立つ。
 ランパは何者なんだ。自分は彼を信じていいのか。
 気づけば、ドラシガーのほとんどが白い灰になっていた。
「ユート、ランパが全然目を覚まさないので、おぶってほしいっス」
「わ、わかった」
 勇斗は最後の煙を吐き出し、ランパを背負った。
 なだらかな斜面を下り、氷の縁取りが続く湖畔にたどり着く。空気は澄みきっていて冷たい。
「あれは……」
 湖の中央に突き出した岩の周囲で、水面が渦を巻いていた。渦は高さを増し、やがて龍の輪郭を成す。
 龍の輪郭を成した水は、日の光を呑み込みながら瑠璃色に輝き、氷霧をまとってゆっくりと旋回した。
 巨大な目に捉えられた途端、時が凍り付く。
 脳内に声が響いた。勇ましい男の声だった。
 ――記憶を。
 勇斗の視界が青い光に包まれる。次の瞬間には意識が飛んでいた。
 ◇
 眠りに落ちた勇斗の意識は現在を離れ、時の流れをさまよった。
 やがて、その視界は一組の男女を捉える。
 黄金色の鎧を身にまとう男――伝説の勇者ルークの頬を、涙がつたっていた。彼の両腕には、少女――レタが抱かれている。
 レタはもう、瞬きすらしなかった。霞色の長髪は、つやを失った白へと変わっていた。
「きみともっと話したかった。もし、来世で再会できたら、そのときは――」
 ルークはレタにそっと口づけをした。
 映像がぐにゃりと歪む。視点は、別の場所へと引きずられていった。
 クスクス――
 静かな回廊を、ルークとランパが歩いていた。その背後を、始祖精霊であるレブンとコタが伴っている。
「いよいよ魔神との決戦ですね。みなさん、ここが踏ん張りどころですよ!」
 コタの第三の目が大きく見開かれる。
「コタ、もしかしてビビってる?」
 大きなあくびをしながら、レブンが言った。
「び、ビビってなんかいませんよ。それよりレヴン、あなたは緊張感がなさすぎです。あくびなんてしている場合じゃないでしょう!」
「はいはい」
 レヴンは大きな牙を見せ、ニッと笑った。
「それとルーク、いつまでも沈んでちゃダメですよ。レタさんのことは無念ですが、今は目の前の戦いに集中を」
「あぁ、すまない」
 力なく漏れた声が回廊にこだまする。
 再び映像が歪み、視点は大きな広間へと引きずられた。
 クスクス――クスクス――
 壁は崩れ、裂けた床からマグマが噴き上がっていた。
「魔神は倒しましたが、これは新たな問題が発生しましたね」
「こりゃぁ、まずい。チキサ様から受け継いだ力が、暴走している」
 広間の中央で、ランパが赤く染まった髪を振り乱し、言葉にも悲鳴にもならない声を上げている。
「このままじゃ、魔神の城だけでなく、世界そのものが壊れてしまいます」
「私はどうしたら――」
 ルークは頭を抱え、膝をついた。
「四大精霊の力で、彼の記憶と力を封印するのです」
「それではランパが――」
「長い眠りにつくでしょう。しかし、今はそれしかありません」
「あぁ――」
 ルークの口から、悲痛な嘆きがこぼれる。
「まさか、一番の災厄が、チビくんだったなんてねぇ」
 クスクス――
「この力は、永久に封印しなければなりません。わかりますね、ルーク?」
 クスクス――
「……仕方ない、のか」
 ルークは立ち上がり、聖剣クトネシスの刃先をランパへ向けた。
「さようなら、ランパ」
 クスクス――クスクス――
 映像が途切れ、視点が現在へと舞い戻る。
 目覚めの直前、勇斗の脳裏で低い声がこだました。
 ――騙されるな。