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お父様

ー/ー



「貴様っ!ティーカップに指を入れるなと言ったろう!」
「貴様っ!そこは上座だ!その程度の知識もないのか!何?それはジャパニーズ知識で?黙れ!ルーズなだけで概念はあるぞ!それと知識に優劣はない!貴賤はないのだ!」
「貴様っ!現代人の癖にスマホすら使えんのか!なのに何故、通知音は流行の曲にしている!訳が分からないぞ!」
罵声と鞭が飛ぶ。毎日のように叩かれ、身体には無数の鞭痕があった。
「はぁ…息付けるのはシャワーとトイレ位だな」
ジャックはシャワーを浴びている。お湯が傷に染みて痛む。ボディーソープやシャンプー。ろくに使った事がなく、ここに来てから使い始めたトリートメントなどは一流の物が揃っており、ジャックの髪質はより良いものになっていた。
「…文句が言えない立場だが女々しい香りだと常に思う。ロゼの趣味。仕方無いな」
シャンプーを泡立てて、髪を洗う。流石に身体の洗い方などには文句は言ってこない。痛みに顔を歪めながら身体を洗い、清潔にしてから浴室を後にする。何も考えずに頭を拭いているとロゼが立っていた。局部を隠していなかった為、顔色が青くなっていく。
「は、恥を知れ!」
急いで隠すがロゼは嘲る様に笑っていた。
「ほう…」
含みを多分に含んだ一言を発しただけで次には何もなかった様に言葉を続けた。
「随分と刻んだな。鞭痕。さぞ痛む頃だと思ってな。治癒しに来てやった」
足を捻った時と同じ唄の様なものを口にする。傷があっという間に消えていき、傷付く前よりも健康体になった気がした。
「人間も叩くと丈夫になる。単なる慣れだが。好き好んで鞭を振るっている訳じゃない。まあ、貴様があまりにも要領悪いのと痛みによる教育が効率が良いで採用している訳でもあるが」
「…その話長いか?」
「どうした?」
珍しく察しの悪いロゼを怒鳴りつける。
「服を着させろ!淑女が裸の男と一緒にいるな!」
「ふはははっ!それもそうだ。失敬」
豪快に笑うとジャックを背にして去っていく。恥をかいたジャックはいそいそと服を着た。

「ふむ、髪が伸びたか?髭は剃らせているからなんて事ないが。貴様に髭を生やさせても良いが手入れする程のたおやかさはないからな。猟犬に仕立ててやっても性根は野良犬。変わりはしない」
「…それは俺を見た敵側の奴が言う言葉だろ」
「言えている。だが、私は貴様に暗殺の術は教えてやらんし、現場に連れていく気もないぞ。つまりは私だけが言える悪態という訳だ」
ロゼは淑女らしく優雅に紅茶を飲みながらジャックを下から上まで見る。
「初老故に成長で服が頻繁に変わる。はしゃいで汚す。そういった事がないから楽で良い。要領悪いのは生まれつきか?老化か?まあ、下僕としてはそれなりになってきたが」
座るように促すロゼ。ジャックは音を立てないように椅子を引き、席に座る。紅茶の淹れ方も様になってきた。
「ロゼは俺以外の下僕がいた事があるのか?」
あまりにも他人の人生を見送ってきた様な発言にふとした疑問を口にする。
「残念。貴様が最初で…」
小さく呟く。
「最後の下僕だ」
ジャックは目を丸くする。最後とはどういう意味だと問い詰める。
「ふん、生き飽きた故の現世からの引退とでも考えているのか。違う。貴様以下の下僕を欲しいと思わないからだ」
若者ではないが故にその言葉が告白ではないかと瞬時に気付く。
「まあ、そう捉えてもらっても構わん」
「照れないが。年齢が上の魔女だとしても少女に恋心など抱かない。何とも思わない」
「それぐらいがいい。思い出したんだよ。本物の魔女が人間の子供を拾って、育てて、自立させ、それが老いて死ぬ。そんな悲しみを背負った事にな。幼少など知るから悲しくなる。歩みは人間の方が早いというのに。知っているのに見て見ぬふり。愛で盲目。愚かとまでは蔑まないが」
深く息を吸って。
「私はそんな悲しみを背負って生きる長命の者にはなりたくない」
ジャックは一言、まるで一人言の様に呟く。
「だから、孤独で生きてきた。俺が知る限り、父親の記憶しか孤独を埋めるものがないとみた」
ロゼは小さく笑うと立ち上がり、ジャックの側に寄ってきた。
「今日は随分と冴えているな。褒めてやろう」
ジャックの老いと苦労を強く滲ませる手に頬擦りをする。頬の感触は少女のままで柔らかくキメ細やかで一切の老いを感じさせない。されるがままになっていたジャックの顔が暗くなっていく事にロゼは気が付いた。
「なんだ、純粋なる少女の柔肌じゃないという我が儘か?」
ムッとしながらも頬擦りを止めない。
「そうじゃない。ロゼ」
両手でロゼの頬を包む。
「不躾だぞジャック」
だが、普段の様に力で圧倒はせず自身の手をジャックの手に重ねていた。
「…何故、俺に殺しを教えない?現場にも連れていかない。お前は俺の復讐心を買ったんだろう?顔の傷を残して」
それか、と言いたげに目を伏せる。
「犬死させたくないからだ。それに復讐というものはやり遂げればスッキリするが貴様は過程を好むタイプか?それならば同行させてやらんでもない。だが、私が許す行為はトドメの一発だけだ」
重ねていた手を離すと小型拳銃をスカートから取り出して、机に置く。
「デリンジャー。二発しか弾は籠められない。玩具と侮るならば貴様は甘い。数多の暗殺を成し遂げた逸品だぞ。それに」
左手でジャックの手を撫でながら続ける。
「貴様の復讐には丁度良い弾数だ。硝煙の香りを好む異常者ならガトリングを持ち出しそうだがそれは復讐とは言わん。虐殺だ。気持ちはいいだろう?とでも言いたいのか?ふん!あんなものの何が爽快だ」
手を離させて、膝の上に座る。
「このローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレの下僕が高貴さも洗練さもない力を振るうなど許さない。分かったか」
自身の座っていた場所から手を伸ばして、ティーカップを持ち、優美に紅茶を口にするロゼをどうしたらいいか分からないジャックは空をふらつかせていた手を降ろす。
「子を成していないのは知っていたがあまりにもウブだな?小僧」
ロゼはティーカップを置くと、ジャックの両手を掴み、自身を抱き締める形にした。
「それ以前に交際もした事のない…ど」
右手でロゼの口を塞ぐ。
「…淑女としても少女としてもその単語は口にするな。事実陳列に怒っている訳じゃない。はしたないから嫌なんだ」
深い溜め息をつく。すると手に痛みが走って手を離す。
「不躾だぞ!この痴れ者が!」
指にはくっきりとした歯形が残っていた。
「…加減が分からん」
「貴様は力加減が分からん知能の低い友好的モンスターか?トロルめ」
「ファンタジーには明るくない…」
「そうか。ならば、読み聞かせでもしてやるぞ小僧」
「少女に寝かしつけられる趣味はない」
「ふん」
ロゼがぶらつかせた足が脛に当たってじんわりと痛い。
「嫌がらせをしないでくれ」
「困る貴様の顔が好きと返答してやってもいい」
「見えてないだろ」
「ふっ、そこまで馬鹿じゃなかったか」
ロゼは足をぶらつかせるのをやめて、頭をジャックの胸に預け、顔を見上げてくる。
「…どうした?」
「貴様の顔が好きだ」
「…。」
暫く黙り込んでからジャックは言葉を紡ぐ。
「今日はやけに甘いな?」
「そんな日もある」
ロゼの声色が落ち込んでいる事を察し、慣れない手つきで頭を撫でる。
「レディの頭を撫でるな、髪が崩れると怒鳴ってやる場面だが赦そう」
「よかったら、何があったか聞かせてくれないか」
不器用ながらも優しい口調で問い掛ける。ロゼは頭を撫でているジャックの手を掴んで、抱き寄せる。
「…子供を殺した。いまだに慣れん。『あの世で親と仲良くな』という気持ちになれんのだ」
「重ねてるんじゃないか。自身と」
「…。」
腕に頬擦りされる。ロゼの気持ちは殆ど分からない、異性、子供、長命、暗殺者。全てが自身と程遠い。貧民で冴えないくたびれた初老。無力な自身に嫌気が差していると一つの疑問が浮かぶ。
「ロゼ、幼子は情が移るから下僕に選ばないといったな?」
「そうだとも」
「だが、何も理解出来ない初老男を下僕にするのもどうかと思った。俺はお前の…。ロゼの気持ちが何も分からない。異性とろくに付き合った事もない…で、だから、この歳で子すらいない。裏社会もファンタジーも知らない。こんな奴の何がいいんだ?」
ロゼは垂れ下がっていたジャックの片手も掴んで抱き寄せる。
「面、と言ったら怒るか」
「見る目は流石ですロゼ様と褒め称える」
「ほーう?ジョークが上手くなったな」
「ロゼは嘘が上手い」
互いに笑い合う。ひとしきり笑うとロゼが口を開く。
「復讐心を買った。それは間違いない。それ以外に…」
微笑んで答える。
「何も知らないのが良いんだ。今日は特別にこれもつけてやる。貴様は」
再び、顔を見上げてくる。
「素直だ。私に『何も知らない』と言ってのけたのはジャック。貴様だけだ」
「他は知ったかでもしたのか?」
「おべっかと知ったかが上手い連中ばかりだ。その心臓をいくつ貫いたかなぞ覚えていない」
「俺の様な中身がガキの大人じゃなく、心身共に大人だった訳か」
「狡猾な悪魔の様な大人。穢らわしい。それが子供の悩みなど手に取る様に分かる。他愛もないとほざく。何も知らん上に」
腕に顔を埋める。
「淑女だぞ。年齢が遥かに上の麗しき令嬢。それを小娘扱いとは…無礼な愚か者だ」
「…ロゼ」
「なんだ?」
「要は子供の心も長命の者として生きてきた心も理解して欲しい。そうなんだろう?」
「…さてな」
「お父様」
「…。」
「お前が欲しいのはお父様だ」
「…そうだとしても叶わぬ願いだよ」
「ロゼ、俺を…」
されるがままにされていた腕に力を込めて、ロゼを抱く。小さな肩に顔を埋めた。
「お父様になる様に教育してくれ」
ロゼの顔は見えないが耳元で笑い声が聞こえた。
「ガキをお父様にしろ?面白い!初の試みだが面白いぞ!私の理想のお父様というのは…」
顔を上げると唇が触れ合ってしまいそうな距離でロゼが言う。
「高嶺の高嶺。山程度の高さではない。大気圏並みの高みに存在する。もっと誇張するならば神だ!そんな領域の男になるには今まで教育など温くて風邪を引く程度。苛烈で血反吐を吐く教育に…」
軽く唇を重ねてくる。
「貴様が耐えられるか見物だな」
腕を振り払って、立つロゼ。その手には既に鞭がある。口づけをされた事に動揺を隠せないジャックに鞭が飛ぶ。
「お父様はこの程度で怯まん!気高くあれ小僧!」
ジャックは背を擦りながら立ち上がりながらも背を正してから、跪いて、ロゼの手を取って口づけをする。
「分かりました。ローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレ様」
「励めよ小僧。いや、ジャック」
明らかに精神性が変わったジャックに合わせてロゼも少し変わりつつあるのであった。


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「貴様っ!そこは上座だ!その程度の知識もないのか!何?それはジャパニーズ知識で?黙れ!ルーズなだけで概念はあるぞ!それと知識に優劣はない!貴賤はないのだ!」
「貴様っ!現代人の癖にスマホすら使えんのか!なのに何故、通知音は流行の曲にしている!訳が分からないぞ!」
罵声と鞭が飛ぶ。毎日のように叩かれ、身体には無数の鞭痕があった。
「はぁ…息付けるのはシャワーとトイレ位だな」
ジャックはシャワーを浴びている。お湯が傷に染みて痛む。ボディーソープやシャンプー。ろくに使った事がなく、ここに来てから使い始めたトリートメントなどは一流の物が揃っており、ジャックの髪質はより良いものになっていた。
「…文句が言えない立場だが女々しい香りだと常に思う。ロゼの趣味。仕方無いな」
シャンプーを泡立てて、髪を洗う。流石に身体の洗い方などには文句は言ってこない。痛みに顔を歪めながら身体を洗い、清潔にしてから浴室を後にする。何も考えずに頭を拭いているとロゼが立っていた。局部を隠していなかった為、顔色が青くなっていく。
「は、恥を知れ!」
急いで隠すがロゼは嘲る様に笑っていた。
「ほう…」
含みを多分に含んだ一言を発しただけで次には何もなかった様に言葉を続けた。
「随分と刻んだな。鞭痕。さぞ痛む頃だと思ってな。治癒しに来てやった」
足を捻った時と同じ唄の様なものを口にする。傷があっという間に消えていき、傷付く前よりも健康体になった気がした。
「人間も叩くと丈夫になる。単なる慣れだが。好き好んで鞭を振るっている訳じゃない。まあ、貴様があまりにも要領悪いのと痛みによる教育が効率が良いで採用している訳でもあるが」
「…その話長いか?」
「どうした?」
珍しく察しの悪いロゼを怒鳴りつける。
「服を着させろ!淑女が裸の男と一緒にいるな!」
「ふはははっ!それもそうだ。失敬」
豪快に笑うとジャックを背にして去っていく。恥をかいたジャックはいそいそと服を着た。

「ふむ、髪が伸びたか?髭は剃らせているからなんて事ないが。貴様に髭を生やさせても良いが手入れする程のたおやかさはないからな。猟犬に仕立ててやっても性根は野良犬。変わりはしない」
「…それは俺を見た敵側の奴が言う言葉だろ」
「言えている。だが、私は貴様に暗殺の術は教えてやらんし、現場に連れていく気もないぞ。つまりは私だけが言える悪態という訳だ」
ロゼは淑女らしく優雅に紅茶を飲みながらジャックを下から上まで見る。
「初老故に成長で服が頻繁に変わる。はしゃいで汚す。そういった事がないから楽で良い。要領悪いのは生まれつきか?老化か?まあ、下僕としてはそれなりになってきたが」
座るように促すロゼ。ジャックは音を立てないように椅子を引き、席に座る。紅茶の淹れ方も様になってきた。
「ロゼは俺以外の下僕がいた事があるのか?」
あまりにも他人の人生を見送ってきた様な発言にふとした疑問を口にする。
「残念。貴様が最初で…」
小さく呟く。
「最後の下僕だ」
ジャックは目を丸くする。最後とはどういう意味だと問い詰める。
「ふん、生き飽きた故の現世からの引退とでも考えているのか。違う。貴様以下の下僕を欲しいと思わないからだ」
若者ではないが故にその言葉が告白ではないかと瞬時に気付く。
「まあ、そう捉えてもらっても構わん」
「照れないが。年齢が上の魔女だとしても少女に恋心など抱かない。何とも思わない」
「それぐらいがいい。思い出したんだよ。本物の魔女が人間の子供を拾って、育てて、自立させ、それが老いて死ぬ。そんな悲しみを背負った事にな。幼少など知るから悲しくなる。歩みは人間の方が早いというのに。知っているのに見て見ぬふり。愛で盲目。愚かとまでは蔑まないが」
深く息を吸って。
「私はそんな悲しみを背負って生きる長命の者にはなりたくない」
ジャックは一言、まるで一人言の様に呟く。
「だから、孤独で生きてきた。俺が知る限り、父親の記憶しか孤独を埋めるものがないとみた」
ロゼは小さく笑うと立ち上がり、ジャックの側に寄ってきた。
「今日は随分と冴えているな。褒めてやろう」
ジャックの老いと苦労を強く滲ませる手に頬擦りをする。頬の感触は少女のままで柔らかくキメ細やかで一切の老いを感じさせない。されるがままになっていたジャックの顔が暗くなっていく事にロゼは気が付いた。
「なんだ、純粋なる少女の柔肌じゃないという我が儘か?」
ムッとしながらも頬擦りを止めない。
「そうじゃない。ロゼ」
両手でロゼの頬を包む。
「不躾だぞジャック」
だが、普段の様に力で圧倒はせず自身の手をジャックの手に重ねていた。
「…何故、俺に殺しを教えない?現場にも連れていかない。お前は俺の復讐心を買ったんだろう?顔の傷を残して」
それか、と言いたげに目を伏せる。
「犬死させたくないからだ。それに復讐というものはやり遂げればスッキリするが貴様は過程を好むタイプか?それならば同行させてやらんでもない。だが、私が許す行為はトドメの一発だけだ」
重ねていた手を離すと小型拳銃をスカートから取り出して、机に置く。
「デリンジャー。二発しか弾は籠められない。玩具と侮るならば貴様は甘い。数多の暗殺を成し遂げた逸品だぞ。それに」
左手でジャックの手を撫でながら続ける。
「貴様の復讐には丁度良い弾数だ。硝煙の香りを好む異常者ならガトリングを持ち出しそうだがそれは復讐とは言わん。虐殺だ。気持ちはいいだろう?とでも言いたいのか?ふん!あんなものの何が爽快だ」
手を離させて、膝の上に座る。
「このローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレの下僕が高貴さも洗練さもない力を振るうなど許さない。分かったか」
自身の座っていた場所から手を伸ばして、ティーカップを持ち、優美に紅茶を口にするロゼをどうしたらいいか分からないジャックは空をふらつかせていた手を降ろす。
「子を成していないのは知っていたがあまりにもウブだな?小僧」
ロゼはティーカップを置くと、ジャックの両手を掴み、自身を抱き締める形にした。
「それ以前に交際もした事のない…ど」
右手でロゼの口を塞ぐ。
「…淑女としても少女としてもその単語は口にするな。事実陳列に怒っている訳じゃない。はしたないから嫌なんだ」
深い溜め息をつく。すると手に痛みが走って手を離す。
「不躾だぞ!この痴れ者が!」
指にはくっきりとした歯形が残っていた。
「…加減が分からん」
「貴様は力加減が分からん知能の低い友好的モンスターか?トロルめ」
「ファンタジーには明るくない…」
「そうか。ならば、読み聞かせでもしてやるぞ小僧」
「少女に寝かしつけられる趣味はない」
「ふん」
ロゼがぶらつかせた足が脛に当たってじんわりと痛い。
「嫌がらせをしないでくれ」
「困る貴様の顔が好きと返答してやってもいい」
「見えてないだろ」
「ふっ、そこまで馬鹿じゃなかったか」
ロゼは足をぶらつかせるのをやめて、頭をジャックの胸に預け、顔を見上げてくる。
「…どうした?」
「貴様の顔が好きだ」
「…。」
暫く黙り込んでからジャックは言葉を紡ぐ。
「今日はやけに甘いな?」
「そんな日もある」
ロゼの声色が落ち込んでいる事を察し、慣れない手つきで頭を撫でる。
「レディの頭を撫でるな、髪が崩れると怒鳴ってやる場面だが赦そう」
「よかったら、何があったか聞かせてくれないか」
不器用ながらも優しい口調で問い掛ける。ロゼは頭を撫でているジャックの手を掴んで、抱き寄せる。
「…子供を殺した。いまだに慣れん。『あの世で親と仲良くな』という気持ちになれんのだ」
「重ねてるんじゃないか。自身と」
「…。」
腕に頬擦りされる。ロゼの気持ちは殆ど分からない、異性、子供、長命、暗殺者。全てが自身と程遠い。貧民で冴えないくたびれた初老。無力な自身に嫌気が差していると一つの疑問が浮かぶ。
「ロゼ、幼子は情が移るから下僕に選ばないといったな?」
「そうだとも」
「だが、何も理解出来ない初老男を下僕にするのもどうかと思った。俺はお前の…。ロゼの気持ちが何も分からない。異性とろくに付き合った事もない…で、だから、この歳で子すらいない。裏社会もファンタジーも知らない。こんな奴の何がいいんだ?」
ロゼは垂れ下がっていたジャックの片手も掴んで抱き寄せる。
「面、と言ったら怒るか」
「見る目は流石ですロゼ様と褒め称える」
「ほーう?ジョークが上手くなったな」
「ロゼは嘘が上手い」
互いに笑い合う。ひとしきり笑うとロゼが口を開く。
「復讐心を買った。それは間違いない。それ以外に…」
微笑んで答える。
「何も知らないのが良いんだ。今日は特別にこれもつけてやる。貴様は」
再び、顔を見上げてくる。
「素直だ。私に『何も知らない』と言ってのけたのはジャック。貴様だけだ」
「他は知ったかでもしたのか?」
「おべっかと知ったかが上手い連中ばかりだ。その心臓をいくつ貫いたかなぞ覚えていない」
「俺の様な中身がガキの大人じゃなく、心身共に大人だった訳か」
「狡猾な悪魔の様な大人。穢らわしい。それが子供の悩みなど手に取る様に分かる。他愛もないとほざく。何も知らん上に」
腕に顔を埋める。
「淑女だぞ。年齢が遥かに上の麗しき令嬢。それを小娘扱いとは…無礼な愚か者だ」
「…ロゼ」
「なんだ?」
「要は子供の心も長命の者として生きてきた心も理解して欲しい。そうなんだろう?」
「…さてな」
「お父様」
「…。」
「お前が欲しいのはお父様だ」
「…そうだとしても叶わぬ願いだよ」
「ロゼ、俺を…」
されるがままにされていた腕に力を込めて、ロゼを抱く。小さな肩に顔を埋めた。
「お父様になる様に教育してくれ」
ロゼの顔は見えないが耳元で笑い声が聞こえた。
「ガキをお父様にしろ?面白い!初の試みだが面白いぞ!私の理想のお父様というのは…」
顔を上げると唇が触れ合ってしまいそうな距離でロゼが言う。
「高嶺の高嶺。山程度の高さではない。大気圏並みの高みに存在する。もっと誇張するならば神だ!そんな領域の男になるには今まで教育など温くて風邪を引く程度。苛烈で血反吐を吐く教育に…」
軽く唇を重ねてくる。
「貴様が耐えられるか見物だな」
腕を振り払って、立つロゼ。その手には既に鞭がある。口づけをされた事に動揺を隠せないジャックに鞭が飛ぶ。
「お父様はこの程度で怯まん!気高くあれ小僧!」
ジャックは背を擦りながら立ち上がりながらも背を正してから、跪いて、ロゼの手を取って口づけをする。
「分かりました。ローゼンプラチナ・マリアンヌ・シュクレプーレ様」
「励めよ小僧。いや、ジャック」
明らかに精神性が変わったジャックに合わせてロゼも少し変わりつつあるのであった。