エル・ドラドエリア。数多の金銀財宝にて満たされる場であった。しかしそれらを得るためには、あらゆる世にて出世をしなければならない。何にしてもただでそれらが手に入る訳がないのだ。
このエリアは「承認欲求」を司り、その影響もあって他のエリアよりも自己肯定力の低い者が集まる傾向がある。そして、そこに吸い寄せられるように訪れたのは、他でもないレイジーであった。
「――ここは、エル・ドラドエリア。元となる欲求は承認欲求、か……」
今はもう、山梨支部の支部長の座を下された存在である彼女にとって、自分自身を褒められるような高尚な精神は持ち合わせていなかった。あらゆる計画が基本的に裏目に出て、水面下で敵対していた組織である五斂子社、あまつさえそこの社長に支部長の座を奪われている。子供たちも救わなければならない中、頭目としてやることは多い。
「……絶対に、フルボディエリアに辿り着かなきゃ」
急ぐレイジーであったが、走るレイジーを過っていくのはかつての記憶。しかも、それは誰かから見たレイジーでも、レイジーから見た誰かという訳でもない。他でもない、レイジーから見たエヴァの映像の数々であった。
「――大して名誉欲もなかったのに……こういうのは残っていたんだ。もう……『終わり』って二人で決めたのに……何で……」
精神動揺を誘う、幻覚の数々。当人の承認欲求だけでなく、後悔の念も突いてくる。操られた子供たちの大多数が信一郎を襲撃し、そして無残に死んだこと、そして自分自身がいくら救いの手を差し伸べたところで、一切レイジー側に付かなかった子供たちの死亡記事など。果てには、大人の欲を満たす子供の姿をした元大人たちなど。
全てが、当人のトラウマから姿を成して蘇る。まるで嫌がらせのように、最悪の過去や今ばかりを映し出すのだった。
「――最悪の気分だ。こうまで私の裏事情を知るのは……数少ない存在だよね」
そうして幻覚を振り払い、戦意を奮い立たせるレイジー。しかし彼女の眼前には、絶望的ともいえる状況が広がっていた。それは、行方不明となっていた子供たち……否、元大人たちが、忍び刀を手に型の無い構えで迫っていたのだ。
「ど、どうして……皆」
「――頭目、私たち……真実を知っちゃったからさ」
今まで守るべき存在だった元大人たちに刃を向けられ、真実を知っていたとしても心から絶望しそうなレイジー。それほどに、しのびの里の者たちを心から愛していたのだ。
人数にして、現在生存が確認されている葵以外の忍びの里の子供たち、おおよそ三十人ほど。それらがレイジーの前に立ちはだかっていたのだ。三十人ほどのそれらが、本来の年齢の姿で顕現していたのだ。二十代から五十代、実に幅が広い。
真ん中に立つのは、裏切った元大人たちの代表格であり、現山梨支部最高幹部――
藤吉。葵と同様の理由で、苗字は覚えていない。
多少の皴が混じる、推定三十七歳程度の男である藤吉。黒いショートに頬には傷。三白眼をぎらつかせており、目つきが悪いこと以外は、見た目は非常に出来たやり手のビジネスマンといった風貌であった。しかしその性格は酷く悪辣。子供たちの中でもとりわけ性に興味があり、自分の気に食わない存在は周りから排除したがる、実に最悪の性格をしているのだ。
『教会』に所属する者としてのバッジを付けた漆黒のスーツを身にまとい、背に背負うのはしのびの里にて調達した忍び刀。懐には自動短銃と手榴弾、現代装備と歪んだ現代思想に毒された結果、忍者以下の外道へ成り下がった存在であった。
「俺たち……大人だった時の記憶は……ずっと持ち合わせていた。きっと以前の俺が、そう望んだんだろうな。無自覚なボディタッチよりも、意識あるボディタッチの方が――より俺が喜ぶと思ったんだろう」
合法的にセクハラをするのも、子供ならある程度許される甘い世の中。どれほど以前にそういった性癖があったとしても、それを満たす場はそこまで存在しない。
ならば、人生の
流転によって子供に成り代わる。悪意を持って、生まれ変わるようなものであった。
「なろう系、だったか? やたら異世界転生ものが多いとされているジャンルにおいて、転生……流転の力は用いられるものだろ? なら……その呪いと称された恩恵を、今の俺らが享受しなきゃ損だろ」
清々しいほどの開き直り。自分以外の誰がどうなろうと知ったことではない、究極の利己的な考えかつ悪辣な考えであったため、レイジーは深い溜息を吐く。
「その点では……俺は教祖に感謝してる。ずっと……子供の気持ちや気分を味わえる。アルコール耐性はそのままだし、酒だってがぶがぶ飲める。山梨支部が存在するこのグレープを壊そうとする――アンタが許せねぇんだよ、元頭目」
「――そっか」
手に持つは、グレープ到着時に信一郎から渡された、あるもの。それは――現役時代に使っていたデバイスドライバー。以前どこかで誰かが使っていた、そんな不思議なぬくもりを感じる。
「……じゃあ――止めなきゃだ。ここは……歪に成長してしまった。本来あるべき形ではなくなってしまった。それに……君らを、子供たちを正すためにも」
「いつまでガキ扱いしてるんだよ、もう肉体は元のままになった。何ならアンタよりも年齢は上だ、いくら頭目とはいえ……ガキが講釈垂れてるんじゃあねえよ」
「へえ、そんなこと言っちゃうんだ。子供ぶってるくせに」
下腹部にドライバーを装着。その時から、彼女の肩書から『山梨支部支部長』の名が完全に消え失せた。ただ眼前の、屁理屈を並べ子供であり大人である大馬鹿者たちを正す、一人の『武器科生徒』として向き合うのみであった。
「都合のいいときは子供になって、都合の悪い理論を並べられたら大人になって捻じ伏せようとする……格好悪いとは思わないの? 立場くらい一か所に定めなよ、大人ならさ」
「何だと……?」
「結局、アンタらは大人になり切れないガキ共だった。だからずっと子供に戻っていたいだなんて発想が生まれるもんだ。どの年齢にも、良いことはある。子供に出来ないことを大人になって叶えるってのは……通例だろ」
例えば、子供の時お小遣いで買えなかった、プレミア付きの思い出のゲームを買ったり。
例えば、創作作品において自分の好きなキャラが飲んでいた酒を実際に飲んでみたり。
例えば、子供の頭で理解できなかった学問に取り組んで、ある程度造詣を深めたり。
子供というものは、未来への希望を色濃くしていき、大人はその抱えた希望を自身で叶えるために存在するのだ。わざわざ子供に戻って大人の自分が叶えるべき夢をどうにかするというものは、往々にして思考そのものが歪んでいるのだ。
「ずっと子供のままで、何がいいんだよ。子供のような、天真爛漫な心を持つのは別にいいけどよ。人間として成長することなく、子供のままで居続けるのは……それは人間とは言えねえよ。成長することをやめてしまったら、考え学ぶことをやめてしまったら――――それは怠惰以上の『放棄』だ」
自分が、エヴァに提案しかけたこと。『武器の匠』としての生き方をやめさせ、安寧の時を過ごさせるような、『放棄』の考え。そこからエヴァが説得することで、その考えを改めることになったが、眼前の元大人たちはかつての自分を見ているようであったのだ。
しかし、完全に一緒とも思えない。何故なら、大人から子供に戻る過程で「考える」ことをやめているのだ。その中で、「子供に戻って何をするか」という思考に至るのではなく、ただ単純に「子供に戻って楽をする」こと以外脳になかったのだ。
目的もなしに、ただ生きながらえるのは、最初は自堕落で楽になるだろうが、その内生きることにすら絶望する、自死しようにも、呪いの効果で結局は子供に逆戻り。精神を壊したら尋常でない痛みと共にリセット。自分の本来の臓器はどこへやら。新たな肉体、新たな臓器、新たな思考によってまた自堕落に生かせ生きるのみである。
「だから――少しでも親代わりを務めた私だからこそ、私が正す。元々『怠惰』を司っていた私だからこそ……何もかも放棄する考えは……もう許せない。最後エヴァに――褒めてもらうためにもね」
懐から取り出したのは、一枚のライセンス。かつて使っていたものの、しばらくの間自身の懐に眠り続けてきたもの。
「――来なよ、クソガキたち。短いながら務めたしのびの里、そして御庭番衆頭目として……君らに最期の
指導してやるよ」
危機感を察知した幹部たちは、実に冷静にチーティングドライバーを装着。すぐさま起動させ、各所が捩じれた怪人の姿へと変形。
数的不利による絶体絶命、そうともいえるその中で、レイジーは不敵に笑んでいたのだった。
手にしていたライセンスは、『義賊』という存在の元祖たる――『石川五右衛門』であったのだ。
『認証、一世一代の大傾奇者・石川五右衛門!! 蔓延する醜状を憂い、衆生を我欲ではなく己の信じる正義のために救い続けた、究極の義賊――ここに見参!!』
久方ぶりにドライバーへと装填すると、傍には自分の因子元である石川五右衛門の幻影が現れる。グータッチで互いに鼓舞すると、ファイティングポーズをとるのだった。
「変身ッ!!」
ドライバー右側を激しく押し込んで、一息に仮装甲を纏い始めた。灼熱の巨釜から流れ落ちる、マグマ同然の流体を被り、それが徐々に冷え固まり真なる装甲として形を成していく。完全に装甲を纏った後は冷え固まった溶岩ごと大爆発。その場で花火をあげるなどのド派手な演出と共に、武器科であり英雄――レイジー・アルゴノーツが現れたのだった。
「私も
仮免許持っていたんだ。まあこの工作活動をするためにその仮免失行させたんだけどさ。在籍日数一か月ちょこっとだけど……そん時の英雄としての名前は……『シノビマスター』。強気だけど……その名に違わない強さだって言われていたよ」