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第百九十七話

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 第三ゲーム。信一郎だけ上限額が五千枚となった中、強気に五千枚賭け。紫は二千枚を掛けた状態で始まる。
 『ある行動』をしようとした紫であったが、信一郎がそれを黙って見逃すはずはなく、咳払いをして制止する。
「ようやく、君の糸口が見えそうなんだ。勝負師は勝負師らしく、『手はお膝』――だよ? もしこれでイカサマの指摘になってしまったら……私も君も、得しないだろう??」
「――少なくとも、貴方には五万枚の得が訪れるでしょうに」
「馬鹿言えやい。せっかく楽しくなってきたんだ、指摘扱いにはしないからさ……この勝負をもっと楽しもうよ」
 火花散るトークが挟まった状態で、二人の元にカードが配られる。紫サイドの手札は、十と五。通常なら降参(サレンダー)も考える悪い手札ではあったが、効果カードの内容は彼女に味方をしているようであった。それもそのはず、「相手がバーストでない限り、自分がバーストなら無条件で勝利する」というもの。
 即座にダブルダウンを宣言し、二千枚上乗せのベット。一枚に勝負をかけるように引く。しかし、引いたカードはこんな時でありながら、五。合計数字二十でフィニッシュであった。効果カードも発動せず、負ける余地もある。徐々に、紫の中に『最悪』の予感が立ち込め始めた。
「オッケー、じゃあ私もダブルダウンと行こうか」
 追加で五千枚を場に出し、合計ベット枚数一万枚。なんと手持ちチップ全てを用いたフルベットであった。
「……貴方、勝負を長く楽しみたいんでしょう? そんな自殺行為――――」
「と、思うじゃん?」
 その後開示された信一郎の手札は、十、キング、クイーン。合計数字は綺麗な三十、ものの見事にバーストした手札と共に使われたのは、紫の手元にもある「一部条件除きバースト時無条件勝利」の能力。
「この瞬間……たまんないよね」
 勝利した信一郎は、恍惚とした表情であったが、フルベットした手持ちが二万枚に増加。対する紫は一万八千五百枚。表面上は僅差の戦いであったが、実状と精神面に関しては信一郎が完全に圧倒していたのだ。
「――貴方、まさかあの出だしの口ぶり……分かっていたのですか」
「分かってなきゃ『手はお膝』とか、保育園児に言い聞かせるように言わないっての。あり得るかもしれない可能性は虱潰しにしていかなきゃ」
 これまで行ってきた特殊ルールの厳しい点は、通常のブラックジャック……ひいては本当のカジノでも基礎戦略(ベーシック・ストラテジー)として存在する戦略が、半分ほどしか生かせない点であった。全てにおいて、本来あるはずの期待値が意味を成さないことが、何よりもの逆風であったのだ。
 本来なら、その混乱に戸惑っている間に、ある程度このルールになれている紫がボロ勝ちし、このアガルタエリアから一定時間誰も出さない予定であったが、相手が極限まで悪かったのだ。
 いくら絵札が扱える通常ルールであっても、そこに付きまとってくるのは特殊効果カードの存在。ゲームの根本を作った、紫の作り上げた概念ではあったが、そこに信一郎は介入。それ以外にルールを汚染した存在がいたものの、状況は目まぐるしく変わる。二連敗して損していた存在が、今や自分と同じフィールドに立つ存在に。
「紫、君が今までしていたイカサマは……カードに関するものでも、フィールドに関するものでもなかった。強いて言うなら――君自身がイカサマ的存在だった」
 紫が髪、あるいは顔にまつわる部位に触れた後、紫の運が急激に上昇し、有利なカードが引けるようになっていた。しかし、それはある程度相手にも反映されるようで、信一郎の手札にも影響があった。
 それが、特別ブラックジャックのゲーム中、相次ぐ二十一への組み合わせの成立。通常のルールであれば手放しで喜べるだろうが、生憎この特別な戦いは二十一、ひいてはブラックジャックがそこまで強い役ではなかった。
 この戦いにおいて、もっとも強いのはシックスアンダーであった。それは特別から一対一のものになっても変わらずであり、成立難易度も格段に上昇している。それを運を以って制すれば、信一郎とてただでは済まない。
 しかし、信一郎は彼女のナチュラルな動きに目ざとく反応、そしてその行為を封じたことにより、先ほどまでシックスアンダーを連発していた存在に連続勝利しているのだ。
「これはあくまで推測にはなるが……あの性悪女にでも運にまつわる能力を貰ったかな。そうじゃあなかったら……今までの戦いは実に無意味なものになるだろうね。この考察も塵同然。これを指摘と捉えてもらっていいが、そこん所……どうなのかな。これはもう――質問じゃあない、尋問へと変化していっているんだよ」
 これ以上の隠し立ては不可能。そう確信した紫は、髪をかき上げながら配られた手札をゲーム関係なしに信一郎に提示する。複数の組み合わせがあったものの、全て似たようなもの。十とエースの組み合わせが、気味悪く四つ出来上がっている。
しかも、それらはデッキ上から順々に引いていったものであり、古典的イカサマの一つであるセカンド・ディールを行っているわけではない。
「――ご明察。今回の戦いのために……私は半ば強制的に力を植え付けられました。私の誇りを徹底的に踏みにじるこの力、『十・十・一(グッド・ラック)』。この力は――トリガーが軽いわりに見返りが多い。この戦場(カジノ)において最強と言える力におぼれた結果……本来の運にも逃げられたようですね。イカサマ看破、お見事です」
 皮肉なことに、自分の満足できる自分になった結果、残ったもの、あるいは残った者は虚ろな存在だけ。運を弄んだ結果、運に逃げられイカサマ同様能力の正体に関する指摘を食らったのだった。
 指摘成功により、紫のチップは零枚に、ゲームが続行不可能になった。その代わりに信一郎のチップは七万枚に上昇した。
「――全ての運の確率を操作できる紫の能力は、末恐ろしい。私がどんくさかったら、間違いなく気づかなかった。マジシャンは最初に道具の確認をさせるが、そう言ったものには間違いなくタネが仕込まれてはいない。本当にあらゆるマジックのタネになるものは、それ以外の物……あるいはそれ以外すべてに仕込まれているものだ。現に今回は――タネは紫自身であったからね」
 しかし、信一郎はゲームを進行するでもなく、ただ絶望に全てが染まった紫に視線を落としていた。
「――信一郎には明かしていませんでしたね。この部屋にて、敗北者は……この場の傀儡に殺されます。圧倒的かつ有利な場で勝負するくらいだから、これくらいの代償は払ってもいいよね、なんて言われてしまい……。最初から、殺し合いに首を突っ込むだなんてことしたくなかったんです」
 あまりにも、能力を使いすぎたがゆえに、疲労の色が表情に現れる紫。最初から敵意の一つも出さなかった彼女は、最初から殺意の一つも抱いていなかったのだ。他の場所がどうなのかは知らないが、実に残酷な仕打ちであった。
 他よりも優れていたものの、元をただせばただの一般人。ヤクザに関わりのある人間でもない、ただのカタギ。自己実現欲求をある程度満たした存在ではあったが、それ以上を求めた瞬間に表面張力は意味を成さなくなってしまう、最悪のバランスであったのだ。
 事実上の敗北宣言に近い様子の紫であったため、次第に黙ってカジノの従業員を務めていた傀儡は、奇妙かつ気味の悪い機械音を出しながら紫に近づく。
「――そうかい。何だってもー、早めの段階で明かしてくれれば、私がどうにかしただろうに」
「……それは、いくら貴方でも無理では――」
「舐めないでよ、私は『原初の英雄』。ただのちょっと螺子が吹っ飛んだ博徒ではないんだよ」
 一斉に襲い掛かる傀儡数十体を、全てグーパンチ一発で破砕する信一郎。それらの拳、動きを視認しきることは、一般人同然である紫には不可能であった。
「――全くもう。私別にカジノで出禁食らうような行為してないのになあ。そこらにいるバニーガールのお尻追っかけた訳でもないのに、サービスが酷いもんだよ」
 若干のジョーク交じりであったが、被害者同然である紫を庇い、死の運命から救い出した。信一郎にとって訳はないだろうが、紫にとっては救世主同然であった。何を隠そう、十数年前最初に出会ったときから、信一郎は英雄であることをひた隠しにして接していた。自分の名前の力に驕るような、矮小な存在になりたくなかったことが理由として存在する。
「だからさ、こんなカジノのディーラーなんて今このタイミングでやめちゃいな。どこかの大富豪が学園長務める学園都市内で……合法かつ小規模なカジノでも、何でも開いてみなよ。きっとその大富豪は、資金提供惜しまないだろうし」
 懐から出した高級な名刺ケースを開き、一般人はまず貰えないレアリティの高い名刺一枚を紫に提示する。そこに記されていたのは、信一郎の本当の肩書と連絡先、本名が記されていた。
「瀧本信一郎。世間をドッカンドッカン沸かせていた『原初の英雄』とは、私のことだよ」
 彼女の不安を消し飛ばすように、困ったように笑って見せる信一郎であった。しかし、そんな年甲斐もない、可愛らしい表情が崩れるのは一瞬。
「――!!」
 咄嗟に感じ取る、魔力の喪失。とりわけ嫌な予感が信一郎の胸中を支配した瞬間、紫にスーツを羽織るように着せた後、すぐさま隣のエリアに向かうべく壁を容赦なく叩き壊す。
 分厚い壁ではあったが、信一郎にとっては豆腐同然の耐久力であったが、この拳を、この足を何度止めようか逡巡していた。その先に待ち受けているであろう真実を、是が非でも受け入れたくないと心と脳が否定していたのだ。
(――その『未来』だけは、絶対にあっちゃあならない!!)
 しかし、そんな信一郎の淡い願いは、儚く消えるのみ。『眼前の光景』を目の当たりにして、膝から崩れ落ちるのだった。


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 第三ゲーム。信一郎だけ上限額が五千枚となった中、強気に五千枚賭け。紫は二千枚を掛けた状態で始まる。
 『ある行動』をしようとした紫であったが、信一郎がそれを黙って見逃すはずはなく、咳払いをして制止する。
「ようやく、君の糸口が見えそうなんだ。勝負師は勝負師らしく、『手はお膝』――だよ? もしこれでイカサマの指摘になってしまったら……私も君も、得しないだろう??」
「――少なくとも、貴方には五万枚の得が訪れるでしょうに」
「馬鹿言えやい。せっかく楽しくなってきたんだ、指摘扱いにはしないからさ……この勝負をもっと楽しもうよ」
 火花散るトークが挟まった状態で、二人の元にカードが配られる。紫サイドの手札は、十と五。通常なら|降参《サレンダー》も考える悪い手札ではあったが、効果カードの内容は彼女に味方をしているようであった。それもそのはず、「相手がバーストでない限り、自分がバーストなら無条件で勝利する」というもの。
 即座にダブルダウンを宣言し、二千枚上乗せのベット。一枚に勝負をかけるように引く。しかし、引いたカードはこんな時でありながら、五。合計数字二十でフィニッシュであった。効果カードも発動せず、負ける余地もある。徐々に、紫の中に『最悪』の予感が立ち込め始めた。
「オッケー、じゃあ私もダブルダウンと行こうか」
 追加で五千枚を場に出し、合計ベット枚数一万枚。なんと手持ちチップ全てを用いたフルベットであった。
「……貴方、勝負を長く楽しみたいんでしょう? そんな自殺行為――――」
「と、思うじゃん?」
 その後開示された信一郎の手札は、十、キング、クイーン。合計数字は綺麗な三十、ものの見事にバーストした手札と共に使われたのは、紫の手元にもある「一部条件除きバースト時無条件勝利」の能力。
「この瞬間……たまんないよね」
 勝利した信一郎は、恍惚とした表情であったが、フルベットした手持ちが二万枚に増加。対する紫は一万八千五百枚。表面上は僅差の戦いであったが、実状と精神面に関しては信一郎が完全に圧倒していたのだ。
「――貴方、まさかあの出だしの口ぶり……分かっていたのですか」
「分かってなきゃ『手はお膝』とか、保育園児に言い聞かせるように言わないっての。あり得るかもしれない可能性は虱潰しにしていかなきゃ」
 これまで行ってきた特殊ルールの厳しい点は、通常のブラックジャック……ひいては本当のカジノでも|基礎戦略《ベーシック・ストラテジー》として存在する戦略が、半分ほどしか生かせない点であった。全てにおいて、本来あるはずの期待値が意味を成さないことが、何よりもの逆風であったのだ。
 本来なら、その混乱に戸惑っている間に、ある程度このルールになれている紫がボロ勝ちし、このアガルタエリアから一定時間誰も出さない予定であったが、相手が極限まで悪かったのだ。
 いくら絵札が扱える通常ルールであっても、そこに付きまとってくるのは特殊効果カードの存在。ゲームの根本を作った、紫の作り上げた概念ではあったが、そこに信一郎は介入。それ以外にルールを汚染した存在がいたものの、状況は目まぐるしく変わる。二連敗して損していた存在が、今や自分と同じフィールドに立つ存在に。
「紫、君が今までしていたイカサマは……カードに関するものでも、フィールドに関するものでもなかった。強いて言うなら――君自身がイカサマ的存在だった」
 紫が髪、あるいは顔にまつわる部位に触れた後、紫の運が急激に上昇し、有利なカードが引けるようになっていた。しかし、それはある程度相手にも反映されるようで、信一郎の手札にも影響があった。
 それが、特別ブラックジャックのゲーム中、相次ぐ二十一への組み合わせの成立。通常のルールであれば手放しで喜べるだろうが、生憎この特別な戦いは二十一、ひいてはブラックジャックがそこまで強い役ではなかった。
 この戦いにおいて、もっとも強いのはシックスアンダーであった。それは特別から一対一のものになっても変わらずであり、成立難易度も格段に上昇している。それを運を以って制すれば、信一郎とてただでは済まない。
 しかし、信一郎は彼女のナチュラルな動きに目ざとく反応、そしてその行為を封じたことにより、先ほどまでシックスアンダーを連発していた存在に連続勝利しているのだ。
「これはあくまで推測にはなるが……あの性悪女にでも運にまつわる能力を貰ったかな。そうじゃあなかったら……今までの戦いは実に無意味なものになるだろうね。この考察も塵同然。これを指摘と捉えてもらっていいが、そこん所……どうなのかな。これはもう――質問じゃあない、尋問へと変化していっているんだよ」
 これ以上の隠し立ては不可能。そう確信した紫は、髪をかき上げながら配られた手札をゲーム関係なしに信一郎に提示する。複数の組み合わせがあったものの、全て似たようなもの。十とエースの組み合わせが、気味悪く四つ出来上がっている。
しかも、それらはデッキ上から順々に引いていったものであり、古典的イカサマの一つであるセカンド・ディールを行っているわけではない。
「――ご明察。今回の戦いのために……私は半ば強制的に力を植え付けられました。私の誇りを徹底的に踏みにじるこの力、『|十・十・一《グッド・ラック》』。この力は――トリガーが軽いわりに見返りが多い。この|戦場《カジノ》において最強と言える力におぼれた結果……本来の運にも逃げられたようですね。イカサマ看破、お見事です」
 皮肉なことに、自分の満足できる自分になった結果、残ったもの、あるいは残った者は虚ろな存在だけ。運を弄んだ結果、運に逃げられイカサマ同様能力の正体に関する指摘を食らったのだった。
 指摘成功により、紫のチップは零枚に、ゲームが続行不可能になった。その代わりに信一郎のチップは七万枚に上昇した。
「――全ての運の確率を操作できる紫の能力は、末恐ろしい。私がどんくさかったら、間違いなく気づかなかった。マジシャンは最初に道具の確認をさせるが、そう言ったものには間違いなくタネが仕込まれてはいない。本当にあらゆるマジックのタネになるものは、それ以外の物……あるいはそれ以外すべてに仕込まれているものだ。現に今回は――タネは紫自身であったからね」
 しかし、信一郎はゲームを進行するでもなく、ただ絶望に全てが染まった紫に視線を落としていた。
「――信一郎には明かしていませんでしたね。この部屋にて、敗北者は……この場の傀儡に殺されます。圧倒的かつ有利な場で勝負するくらいだから、これくらいの代償は払ってもいいよね、なんて言われてしまい……。最初から、殺し合いに首を突っ込むだなんてことしたくなかったんです」
 あまりにも、能力を使いすぎたがゆえに、疲労の色が表情に現れる紫。最初から敵意の一つも出さなかった彼女は、最初から殺意の一つも抱いていなかったのだ。他の場所がどうなのかは知らないが、実に残酷な仕打ちであった。
 他よりも優れていたものの、元をただせばただの一般人。ヤクザに関わりのある人間でもない、ただのカタギ。自己実現欲求をある程度満たした存在ではあったが、それ以上を求めた瞬間に表面張力は意味を成さなくなってしまう、最悪のバランスであったのだ。
 事実上の敗北宣言に近い様子の紫であったため、次第に黙ってカジノの従業員を務めていた傀儡は、奇妙かつ気味の悪い機械音を出しながら紫に近づく。
「――そうかい。何だってもー、早めの段階で明かしてくれれば、私がどうにかしただろうに」
「……それは、いくら貴方でも無理では――」
「舐めないでよ、私は『原初の英雄』。ただのちょっと螺子が吹っ飛んだ博徒ではないんだよ」
 一斉に襲い掛かる傀儡数十体を、全てグーパンチ一発で破砕する信一郎。それらの拳、動きを視認しきることは、一般人同然である紫には不可能であった。
「――全くもう。私別にカジノで出禁食らうような行為してないのになあ。そこらにいるバニーガールのお尻追っかけた訳でもないのに、サービスが酷いもんだよ」
 若干のジョーク交じりであったが、被害者同然である紫を庇い、死の運命から救い出した。信一郎にとって訳はないだろうが、紫にとっては救世主同然であった。何を隠そう、十数年前最初に出会ったときから、信一郎は英雄であることをひた隠しにして接していた。自分の名前の力に驕るような、矮小な存在になりたくなかったことが理由として存在する。
「だからさ、こんなカジノのディーラーなんて今このタイミングでやめちゃいな。どこかの大富豪が学園長務める学園都市内で……合法かつ小規模なカジノでも、何でも開いてみなよ。きっとその大富豪は、資金提供惜しまないだろうし」
 懐から出した高級な名刺ケースを開き、一般人はまず貰えないレアリティの高い名刺一枚を紫に提示する。そこに記されていたのは、信一郎の本当の肩書と連絡先、本名が記されていた。
「瀧本信一郎。世間をドッカンドッカン沸かせていた『原初の英雄』とは、私のことだよ」
 彼女の不安を消し飛ばすように、困ったように笑って見せる信一郎であった。しかし、そんな年甲斐もない、可愛らしい表情が崩れるのは一瞬。
「――!!」
 咄嗟に感じ取る、魔力の喪失。とりわけ嫌な予感が信一郎の胸中を支配した瞬間、紫にスーツを羽織るように着せた後、すぐさま隣のエリアに向かうべく壁を容赦なく叩き壊す。
 分厚い壁ではあったが、信一郎にとっては豆腐同然の耐久力であったが、この拳を、この足を何度止めようか逡巡していた。その先に待ち受けているであろう真実を、是が非でも受け入れたくないと心と脳が否定していたのだ。
(――その『未来』だけは、絶対にあっちゃあならない!!)
 しかし、そんな信一郎の淡い願いは、儚く消えるのみ。『眼前の光景』を目の当たりにして、膝から崩れ落ちるのだった。