英雄陣営最強の存在、信一郎が向かった場はアガルタエリア。マズローの欲求五段階説においてこのエリアは『自己実現の欲求』を表す。
しかし。このエリアに訪れた当の本人たる信一郎は、実に不服そうであった。
「――何だよこの場。以前ここ来た時、こんな施設無かったはずだけど」
そこにあったのは、何と煌びやかなカジノ。ミディアムボディが全体的にそれらのオンパレードであったはずなのに、何なら理想郷から一歩外に出れば無限にある。フルボディに存在するようなカジノではないため、法外なレート勝負はないものの、ここに同じような娯楽施設があっても過剰であるはず。
「……まあ、良いけど。ここで戦えばいいのね」
そのカジノに足を踏み入れようとする信一郎であったが、入り口前で黒服に止められる。異議を唱えようとしたが、当人に一切の意思がなく、ただそうするように仕向けられているような様子であった。
手持ち無沙汰にしていると、豪華な扉が開き中から現れたのは、信一郎も見知った人物であった。
「――へえ、寄りにもよって君が対戦相手、って訳?」
「お待ちしておりました、信一郎様」
深々とお辞儀をするその女性は、本来このミディアムボディ全体のカジノの総監督をリモートで務めており、無類のギャンブラーである世界最高峰のディーラー、中山紫。信一郎同様世界的に著名であるため、そう簡単にスケジュールを取ることはできないVIP同然の存在である。年齢は非公開だが、信一郎とは長い付き合いである。
風貌としては、実にミステリアス。ワインレッドの女性用スーツを肩掛けにし、多少着崩してはいるものの、それ以外はちゃんとしたもの。漆黒のショートヘアーでありながら、紅のインナーカラーに染め上げており、瞳は琥珀色。男物のネクタイをきっちりと締め、胸元にはいくつものギャンブルに関する賞を受賞した実績として勲章が光る。そのうちの一つに、勲章に偽装した小型の監視カメラも存在する。イカサマ防止のものである。
全体的にスレンダーであり、微笑みを湛える相好も一切崩すことはないため、彼女の素がポーカーフェイスそのもの。生まれながらにしてのギャンブルの素質が、その見た目や醸し出される雰囲気から表れていたのだ。
「……しかし、君が『教会』サイドとはね。ちょっとがっかりかも。何だかんだ、長い付き合いじゃあないの」
「いえ、今回は『教会』の方々に場所こそ提供して貰いましたが、これは自分の意志で、ですよ。何より――私も、子供を食い物にするビジネスは好みではないので」
「なら、何で――」
そんな信一郎の怪訝な表情に答えを見せるように、そのカジノ内へ案内する紫。そこにあったのは、これまで信一郎と紫が勝負してきた、数々のゲームであった。
種類としては、ポーカーやブラックジャック、バカラやルーレットなど、実にオーソドックスなものばかり。巷でよく話題になるような、賭け麻雀やらスポーツ賭博等は一切ない。あるのはカジノの総本山たるラスベガスにあるものそのままであった。
「……これから行うのは、単純なギャンブル。ただし、稼ぐ目標値はあるもので、私と戦ってもらいます。真正面から貴方と戦ったところで、現状の山梨支部内で勝ち目のある者はいない……そう、『教会』の上の人に言われたので」
殺し合いではない、だからといってどちらかが不利になるような一方的なゲームを仕掛ける訳でもない。紫自身の意志で、五分の戦いを挑みに来たのだ。
「――これまで、散々この場で戦ってきて、何だかんだ戦績は……私の方が若干上、でしたね」
「かもね。何だったっけか……私が九十九勝百一敗、だったかな」
「私がその逆……百一勝九十九敗。今回は――どちらに勝利の女神が微笑むのでしょうね」
お互い、テーブルにつく。ディーラーに関しては紫がやっては不平等であるため、意思の無い傀儡に任せるのみ。
「目標金額は?」
「現在の互いの手持ちが日本円換算千万円分、一万枚のチップ……これを十倍、十万枚にした方の勝利としましょうか」
最終的に、どちらかが日本円換算での一億円という大金を手にする中、二人が選択したゲームは、ブラックジャック。ただし、通常のブラックジャックと異なるのは、ジャック等の絵札が存在しない部分にある。それに、二人以外にディーラーに挑む者はいない、名の知れた他のトランプゲームよりはひりつきが多少少ない。それもこれも、プレイヤー同士で戦うものではないため。
そこで信一郎は、とんでもない提案をするのだった。
「――じゃあこうしようか。これは公式には無いルールではあるんだが……プレイヤー同士で最も二十一に近い者が勝利、その際の勝利チップは勝者のみ得られる、というのは」
つまり。例えディーラーとの勝負に勝ったとしても二人の間で二十一に近づくためのチキンレースが生まれる。トータル十七で勝利したとしても、隣が二十ならその勝利はなかったことになる、という特別ルールであった。
「なら――私からも。これは今回の戦い用に作った特殊ルールではありますが……カードに記された能力行使、というのは如何でしょう」
トランプとは別に、数多の能力カードが彼女の手に握られていた。そこに書かれている能力としては、「手札の数字から十を引く」や「強制的に相手にカードを一枚引かせる」など。
「――いいね、乗ったよ」
チップ数互いに一万枚、各所で激しい戦いが繰り広げられている間、たった数人その場に座るのみの静かな勝負が幕を開けた。