無意識下での拳のやり取り。一切の無駄な思考を排除した戦いにて、意識が戻った清志郎。それと同タイミングで意識を取り戻した狐川は、一旦距離を取った。
「――不思議なこと、言っていいか」
「多分だが、それ俺もだ」
話の概要を聞く前に、お互い感じていたものが嘘偽りのないものである、そう確証が持てた二人は、その場に座り込んだ。
「……狐川、お前さん……ずいぶん苦労人なんだな。あろうことか……自分と同じ構成員に……事実上の裏切り食らうなんて」
「――やはりな。何となくじゃが……頭の中を覗かれている、そんな不思議な感覚があったんじゃ。しかも……ワシがこうなる以前の記憶を、洗いざらい……のォ」
そうしみじみと語る狐川の目には、涙が。殺人罪ではあるだろうが、極道組織の中ではただの殺しよりも重い、親殺しの罪を背負った存在を粛清した。そのくらいの認識であった。ある程度裏社会の世界にも足を踏み入れてきた清志郎だからこそ、感じ入るものがあるのだ。
「――それほどの痛みを背負って……それでもなお、自分の信条を曲げない生き方。反社にかける言葉じゃあねえかもしれねえが……格好いいよ、狐川。普通の奴なら……それほどの痛みを背負ったら、そう簡単に踏ん張れない。せいぜい、自分の抱える荷物に押しつぶされるのが関の山よ」
お互い生傷を負いながら、そして抱えるべきものを必要以上に抱えながら、何も抱えていないように笑う。住む世界こそ違えど、似た者同士であったのだ。
「……そんなこと言ってよ。清志郎さん……アンタもアンタじゃあねえか。――そこまでくたびれた立ち居振る舞いでありながら、ワシらと似たような……苦労ばかりの人生を歩いてきたんじゃあねェの」
「――いいんだよ、男ってのはそんくらいで。背負うもんが多かったら、それは男の箔が付くんだ。ぎっくり腰にならない程度に背負った方が……格好いいだろ」
吸殻をポケット灰皿に投げ込むと、新たな一本に火をともす清志郎。煙をふかしながら、不敵に笑んだのだった。
「いつだって、自分の抱えているモンをひけらかして、苦労自慢をしたがる奴がいる。そいつの抱えるモンを否定したりはしねえ。だけどよ……何も言わずに抱えている奴がいることを分かっていねえのが居んのよ。しかも……そいつが抱えるモンはひけらかして発散する奴よりも大概重篤だ。心配されたくねえってのが大部分の心境だからよ」
その例に該当するのが、小児科にて接してきた子供たち。ろくでなしの親が子供に鬱憤晴らしをする中で、子供はじっと耐え忍ぶ。普通なら、その子供に対し「何かあったら話してくれ」と語りかけるだろうが、清志郎はそうではない。自分も同じタイプだからこそ、分かるものがあるのだ。
話さないのは、何かしら腹に一物問題を抱えているから。その場で話した瞬間に、ストレスが発散される以外に、何かしら別のマイナスが待ち受けているからこそ。例えば、悪い記憶のフラッシュバックなどが該当する。
でも、誰かに話すことで解決することもある。それは重々承知している。理解している。しかし、それでも話そうとしない。頑固ゆえというのもあるだろうが、結局のところ日本人の美徳としてよくある「我慢」の結果である。
「言わぬが花、とはよく言ったものでよ。お前さんのオヤジさんが語ったのと一緒よ。男なら、何かしらべらべら語るんじゃあなくってよ、背中で語るってのを……俺は現役時代に知った。他でもない、
信一郎がそうだった」
彼も、肝心なことを語りたがらない。未だ実の娘に当時あったことをさわり程度しか語らない。それは、現役時代に清志郎も知る『相当のこと』があったからこそ。
当時はまだ若かった清志郎だが、同年齢の彼の背中に学んだのだ。語らなさすぎるのは少々悪いとは思うが、大切なことは「行動している姿を見せること」で見せ、教えていく。そこから学ぶものがあれば、当人の糧にして、あるいは反面教師にしていく。それこそが、清志郎の至った「教育」、あるいは「人との接し方」に繋がるのだ。
「ここの子供たちは……結局のところ、多くの闇を抱えていた。全ての命が流転するこの山梨で、
臓物売買の目に遭ったり、胸糞悪くなる
売春の目に遭ったり。俺らみたいに
理由あって語らないんじゃあなくて、辛いから語らない子供たちを……少しでも救いたかったんだ」
清志郎のその姿に、狐川は感じるものがあった。明らかな疲労を感じさせる中で、多くの子供たちの命を救いたい、両手で救える範囲だけではない、欲張りなほどに全員を救いたい強固な意志に、感銘を受けたのだ。
ふらつく足取りで立ち上がり、両手を広げ清志郎の少し前で立ちはだかる。しかし、当人に邪な気持ちは一切ない様子であった。
「――ワシぁ負けた。清志郎さん、アンタのその心意義に負けた。カタギの方にゃ基本頭が上がらねえが、清志郎さん……アンタは別格だ。元組長と引け取らねえくらいに……人が出来てらァ。それと比べて……『俺』は……気に食わねえことがあったから大勢殺した……ただの人殺し。世を一所懸命生きる清志郎さんと比べたら――――ゴミカスのようなもんだ」
「…………狐川」
そう言いながらも、どこか恐怖心を感じていたのか少しばかり震えていた。
この山梨県に生まれた人間なら、恐らく流転の呪いはかかっている。狐川もそれに該当している。しかし、これはあくまで内部の人間に殺された、あるいは自分に何かしらの理由があって死んだ場合に流転は適応される。
つまるところ、清志郎が手を掛けたら狐川は死亡する。しかし、狐川はそれを望んでいたのだ。震える声で、カルマの呪縛を振り払おうと、清志郎の手を借りようとしていたのだ。
「――どうか、アンタの手で……この俺を……人殺しにちゃんとした裁きを下してくれ。俺の中にある憑きモンを全て取っ払った、清志郎さんだからこそ頼めることだ」
いつしか、狐川の口調は取り繕ったものではなくなっていた。彼の素が、ついに表に見えたのだ。長い間、理想の組長を演じ続けた結果、自分を忘れかけていたのだが、結局清志郎との拳の語らいによって見つけ出したのだ。あるべき自分の姿を。そして、自分の考えを踏み越え、先へ進もうとする清志郎の意志の力を。
「……つまるところ、俺に介錯を頼もうって訳だ。いいのかい、それで。残された組員はどうするんだ」
「――大丈夫だ、この場には監視カメラもあるだろう。俺の発言全てを遺言とすれば……俺の考えに賛同してくれた組員なら、きっと納得してくれる。アフターケアも……ある程度はどうにかしてくれるだろう」
先代と違い、死んだ理由は
戦友との戦いによる名誉のもの。それでとやかく言う方が、男として、漢として意気地なしである。
「――そうかい、それなら……安心して送れるよ」
本当なら、清志郎は踏みとどまれる。しかし、それでも「介錯を任されない」選択肢を選ぶ理由はなかった。男の一世一代を賭けた決断に、水を差したくなかったのだ。立派な漢には、ふさわしい最期を迎えさせてやる。名誉の戦死を遂げさせてやりたくなったのだ。