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第百八十九話

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 拳を交える中、二人の間には奇妙な友情が生まれ始めていた。それと同時に、互いの脳内を知らず知らずのうちに覗けるようになっていた。
 そこに存在したのは、若かりし頃の狐川。今ほどの恵まれた体格は存在せず、灰崎ほども恵まれていなかった。いわば、中肉中背。いたって普通の体格の狐川がそこにいたのだ。
 清志郎はそんな彼に触れようとしても、触れられない。どころか、本人を通り過ぎる幻覚のようなものがそこにあるだけであったのだ。
「……いったい何なんだ、コレ」
 そこに存在したのは、先代蛇使組組長であった。顔は靄がかかっていたものの、それ以外の部分を見たところ、かなりの老齢であり、高価そうな机の傍には本人が愛用する高級そうな杖が見て取れる。本人がどういう人となりかを観察していた清志郎であったが、当人の言葉がしっかりと伝わってきた。
(――儂はそう長くはない。次の組長の座は……イナリ、お前さんに託そうと思うんじゃ)
(そ、そんな……『俺』が……いいんですか?)
 以前の狐川は、「ワシ」という一人称ではなかったことに驚きを覚える清志郎であったが、その会話を幽体ながら盗聴する。
(……この椅子が欲しいと、ゴマを()る下のモンが多くなってきた。その中でも、イナリは……孤高であり続けた。本当なら若頭に託すのが正解じゃろうが……今の蛇使組は昔のような由緒正しき極道ではなくなった)
 それに輪をかけるのは、暴力団対策法。通称暴対法の整備によって、あらゆるヤクザ組織の肩身が狭くなっていたことに由来する。資金稼ぎもままならなくなり、組織を着実に大きくするためには自分が頂点となり『教会』の傘下組織となること。それが最善の手になりつつあったのだ。
 その中で、誇りと矜持を持った狐川こそ、次の組長としてふさわしいと考えたのだ。
(どうか、この蛇使組を……後世に語り継げるほどに立派にしてくれ、イナリ)
(――! は、はい! この蛇使いのイナリ、請け負いました!)
 しかし、事態はそううまくいくわけもなかった。
 次期組長が狐川に決まったことが組全体に伝わると、表面上は皆喜んだものの――現組長のいないところで狐川をいたぶる組員や若頭がいたのだった。
(お前なんぞの古く甘っちょろい価値観で、組織が成り立つと思っているのか? このクソガキが!!)
(時代は変わった、大してシノギも挙げてないようなガキが出しゃばんなよ!!)
 これが、およそ五年前のこと。事態は内々に処理され、組長に事のさわりすら伝わることはなかった。次期組長が率いるはずの組員にリンチされたなんて、そんな当人の面目が丸つぶれとなるようなことを、当人の口から伝えられるはずもなかった。
 昔ながらのスタンスを保ち続け、多少馬鹿な生き方を目指す狐川と現組長。そして『教会』に与して甘い汁を啜ろうとする、実に狡く賢い生き方を選択しようとするそれ以外の組員。水面下で激しい闘争が行われていたのだった。
 下手すると内部分裂すらあり得る中、狐川は一つの決心を抱く。それは、弱い自分を変えること。リンチされるままでは、次期組長として示しがつかない。筋トレを繰り返していくうちに、意識が徐々に改革されていくのだった。
 しかし、肉体がどれほど立派になりつつあろうと、組員の賢い生き方は実に正しい。苦しまず、組織は大きくなる。その代償として得体のしれない宗教を背負うことになるが、それでも暴対法に苦しめられるより生きやすい世の中になるのなら、甘い汁を啜れるのならそちらに傾くのは自明の理であった。
 次第に、組を離脱していく人が増えていく中、狐川は思い悩んでいた。恵まれた体格を得ていく中で、抜け落ちていくのは人員の数々。
(気にすることはない、イナリ。お前さんは馬鹿共と比べようやっとる。儂は……そう遠くない未来に、お前さんに組を受け継ぐ時が来るだろう。だが、これだけは忘れるな。――我が道を貫け、そして自分の背中で語れ。どれほど理不尽なことがあろうと、己の力と自分を支えるものをばねに、理不尽に立ち向かえ、イナリ)
 組長の寝室にて看病をしていた狐川に、そう静かに笑って背中を押した。
 その言葉を胸に、周りの言葉を右から左へ受け流しながらも現代の荒波と戦ってきた。そこに、(よこしま)な気持ちなど一切なかった。
 そんなある日であった。
 組長の訃報が耳に入った。死因は腎不全から連なる心不全だった。狐川はその死因を聞き、長く生きた組長の結末を黙って受け入れた。しかし、組員からは狐川が殺したとひそかに噂されていたのだった。
 当人には一切の覚えがないため、ただの冤罪だと語ったのにも拘らず、大きな後ろ盾を失った狐川は孤立していった。
 その後、どこからともなく廃棄された注射器が見つかった。狐川は独自で捜査を進めた結果、組長の本当の死因とその実行犯が浮き彫りとなったのだった。
 計画犯、実行犯共に、犯人は若頭を始めとした狐川以外全員。一切の疑念すら抱かせないよう、組長に対して日に日に食事中のカリウム摂取量を増やしていき、結果的に極度の高カリウム血症を意図的に引き起こさせたのだった。
 カリウムは、人体にとって有用な栄養分であり、効果は体内の浸透圧の調整やナトリウムの排出を促す効果が見られる。しかし、これを過剰摂取すると、筋力低下や不整脈が主な症状として見られるが、さらに血中のカリウム濃度が極度に高まると心停止する恐れがある。連中はこれを利用したのだった。
 流れの闇医者に話を一通り聞いた狐川は、酷い絶望に暮れた。土砂降りの雨の中、傘も差すことなく山梨県内をただ彷徨うのみであった。
 いくら考えが対立していたからとはいえ、若頭たちは渡世の親を殺した。しかも、卑怯なことに薬物による中毒症状に似たものであり、さらには明確な毒物ではないため体外にそれらしき反応は確実に見当たらない。自分たちは無法者(デスペラード)であるため警察の世話になることもない。あるとすれば下手打ったタイミングだろう。
 狐川の足は、組長との思い出の地を巡るように動いていた。
 始まりはドブネズミがうろつく繁華街の路地裏、
 そこから何度も連れて行ってもらったラーメン屋へ、
 狐川が好きだからという理由で足繁(あししげ)く通った文房具屋、
 憂さ晴らしに毎度の如く立ち寄るスポーツ用品店とバッティングセンター。
 全てが輝かしい思い出であり、実に楽しい思い出であり、自分ではない誰かの手によって全てが灰色に染まっていく。
 あらゆる企業のトップにいえることだろうが、日夜主義主張をぶつけ合う――なんてことはなく、ただ気に入らないから理性などモラルなど、そんなもの一切気にすることなく、呆気なく殺害する。現代に、仁義に生きる『極道』が存在しないことに、深く絶望したのだった。
 今蛇使組に居座るのは、渡世の親すら気に食わないと殺害し、異端者である自分を迫害し、謂れのない罪で組から追い出そうとする恩知らずの屑ばかり。その瞬間、狐川は決意したのだ。今こそ、組長の言葉を守るときだと。
(――我が道を貫け、そして自分の背中で語れ。どれほど理不尽なことがあろうと、己の力と自分を支えるものをばねに、理不尽に立ち向かえ、イナリ)
 その瞬間に、狐川の胸中に一つの穢れなき漆黒の意志が芽生えた。
(『仁義』無き極道は……ただの屑だ。俺が……いや、『ワシ』が変えなアカン。あんのクソッタレ共を、この拳で皆殺しにしちゃる。アイツらは……極道がやってはならない親殺しの大罪を背負った。迷うことは――最初からなかったんじゃ)
 思考の転換。それはこのタイミングであった。前組長の敵討ちのタイミングで、ついに狐川は仁義に生きる極道になるべく、殺人罪の十字架を背負う覚悟を負ったのだ。

 そこからは、実に手っ取り早く事が片付いた。一切の迷いがなくなり、裏切者を手にかけることに一切の抵抗が無くなった極道・狐川は、育て上げた筋肉のみでドスや自動短銃にて武装した親殺しのヤクザ共をたった一撃で沈めていく。
 今までいい関係性だった若衆も、若頭補佐も、何もかも。親殺しに加担したがために、狐川の単純な力により殺されていく。怒りにより生物としてのリミッターが外れた彼は、その場の誰にも留められる余地はなかったのだ。
 いくら土下座しようが、絶対に許さない。自分の親を殺した、大罪人を許してはならない。その確固たる意志の下、狐川は殴殺(おうさつ)にて鏖殺(おうさつ)していくのだった。
 若頭だけはそんな狐川に尻込みして最後まで逃げたものの、それはあくまで、本人にメインディッシュとして残されているだけであった。ただ泳がされているだけの無能であったのだ。
 現に、若頭だった時代から彼は大した仕事をしているわけではなかった。中途半端な泡銭(あぶくぜに)にてグレープ・フルボディに駐在する女を抱くばかりで、本人は碌なシノギを行っていない。ゆえに、計画犯でありながら大した人望はなく、庇われることもなかったのだった。
(く、来るなよ人殺し……主義主張が違うから殺して何が悪い! それが人間ってもんだろうが!!)
(……おどれだけは生かしちゃあおけん。主義主張が異なるから殺ったわけじゃあない、ただおどれが気に食わんから当人を殺っただけじゃろうが。それに――――殺した相手は、あろうことかおどれの「親」。ワシの「親」でもあるが……極道にとって渡世の親ァ殺してのうのうと生きられるほど、『極道』の世界は甘くないんじゃ。半端モンのヤクザ崩れが)
 若頭の生涯は、そこで急速に幕を閉じた。最期の一撃であり、最初の一撃にて全ての決着がついた。たった一発、その全力の拳。前組長のために鍛え上げた拳は、最悪の形で覚悟と共に結実したのだ。
 血肉に塗れた拳を力なく見下ろしながら、組員だった成れの果ての中心に立つ狐川。その立ち姿は、まさに人ならざる異形(バケモノ)
 しかし、それに墜ちようと、狐川の気持ちはすっきりとしていた。この後にもし警察に突き出されても、親殺しの仇を取れただけで清々していたのだ。
 事の真相を知った外野は、狐川の行いを美徳として崇めた。そしてその彼の話題性は大きな反響を呼び、現代には珍しい『仁義』に生きる極道だとして、彼の背を追わせてほしいと組に入ろうとする志願者が増えた。
 図らずも、心の支えだった前組長の言葉が、そのままその通りになったのだ。
 以来、蛇使組は心機一転再起を図り、グレープ・フルボディ内で徐々に勢力を増していった。山梨のヤクザ、狐川に言わせれば『極道』の頂点に立つ存在を狙うナンバー2として、君臨したのだった。



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 拳を交える中、二人の間には奇妙な友情が生まれ始めていた。それと同時に、互いの脳内を知らず知らずのうちに覗けるようになっていた。
 そこに存在したのは、若かりし頃の狐川。今ほどの恵まれた体格は存在せず、灰崎ほども恵まれていなかった。いわば、中肉中背。いたって普通の体格の狐川がそこにいたのだ。
 清志郎はそんな彼に触れようとしても、触れられない。どころか、本人を通り過ぎる幻覚のようなものがそこにあるだけであったのだ。
「……いったい何なんだ、コレ」
 そこに存在したのは、先代蛇使組組長であった。顔は靄がかかっていたものの、それ以外の部分を見たところ、かなりの老齢であり、高価そうな机の傍には本人が愛用する高級そうな杖が見て取れる。本人がどういう人となりかを観察していた清志郎であったが、当人の言葉がしっかりと伝わってきた。
(――儂はそう長くはない。次の組長の座は……イナリ、お前さんに託そうと思うんじゃ)
(そ、そんな……『俺』が……いいんですか?)
 以前の狐川は、「ワシ」という一人称ではなかったことに驚きを覚える清志郎であったが、その会話を幽体ながら盗聴する。
(……この椅子が欲しいと、ゴマを|擂《す》る下のモンが多くなってきた。その中でも、イナリは……孤高であり続けた。本当なら若頭に託すのが正解じゃろうが……今の蛇使組は昔のような由緒正しき極道ではなくなった)
 それに輪をかけるのは、暴力団対策法。通称暴対法の整備によって、あらゆるヤクザ組織の肩身が狭くなっていたことに由来する。資金稼ぎもままならなくなり、組織を着実に大きくするためには自分が頂点となり『教会』の傘下組織となること。それが最善の手になりつつあったのだ。
 その中で、誇りと矜持を持った狐川こそ、次の組長としてふさわしいと考えたのだ。
(どうか、この蛇使組を……後世に語り継げるほどに立派にしてくれ、イナリ)
(――! は、はい! この蛇使いのイナリ、請け負いました!)
 しかし、事態はそううまくいくわけもなかった。
 次期組長が狐川に決まったことが組全体に伝わると、表面上は皆喜んだものの――現組長のいないところで狐川をいたぶる組員や若頭がいたのだった。
(お前なんぞの古く甘っちょろい価値観で、組織が成り立つと思っているのか? このクソガキが!!)
(時代は変わった、大してシノギも挙げてないようなガキが出しゃばんなよ!!)
 これが、およそ五年前のこと。事態は内々に処理され、組長に事のさわりすら伝わることはなかった。次期組長が率いるはずの組員にリンチされたなんて、そんな当人の面目が丸つぶれとなるようなことを、当人の口から伝えられるはずもなかった。
 昔ながらのスタンスを保ち続け、多少馬鹿な生き方を目指す狐川と現組長。そして『教会』に与して甘い汁を啜ろうとする、実に狡く賢い生き方を選択しようとするそれ以外の組員。水面下で激しい闘争が行われていたのだった。
 下手すると内部分裂すらあり得る中、狐川は一つの決心を抱く。それは、弱い自分を変えること。リンチされるままでは、次期組長として示しがつかない。筋トレを繰り返していくうちに、意識が徐々に改革されていくのだった。
 しかし、肉体がどれほど立派になりつつあろうと、組員の賢い生き方は実に正しい。苦しまず、組織は大きくなる。その代償として得体のしれない宗教を背負うことになるが、それでも暴対法に苦しめられるより生きやすい世の中になるのなら、甘い汁を啜れるのならそちらに傾くのは自明の理であった。
 次第に、組を離脱していく人が増えていく中、狐川は思い悩んでいた。恵まれた体格を得ていく中で、抜け落ちていくのは人員の数々。
(気にすることはない、イナリ。お前さんは馬鹿共と比べようやっとる。儂は……そう遠くない未来に、お前さんに組を受け継ぐ時が来るだろう。だが、これだけは忘れるな。――我が道を貫け、そして自分の背中で語れ。どれほど理不尽なことがあろうと、己の力と自分を支えるものをばねに、理不尽に立ち向かえ、イナリ)
 組長の寝室にて看病をしていた狐川に、そう静かに笑って背中を押した。
 その言葉を胸に、周りの言葉を右から左へ受け流しながらも現代の荒波と戦ってきた。そこに、|邪《よこしま》な気持ちなど一切なかった。
 そんなある日であった。
 組長の訃報が耳に入った。死因は腎不全から連なる心不全だった。狐川はその死因を聞き、長く生きた組長の結末を黙って受け入れた。しかし、組員からは狐川が殺したとひそかに噂されていたのだった。
 当人には一切の覚えがないため、ただの冤罪だと語ったのにも拘らず、大きな後ろ盾を失った狐川は孤立していった。
 その後、どこからともなく廃棄された注射器が見つかった。狐川は独自で捜査を進めた結果、組長の本当の死因とその実行犯が浮き彫りとなったのだった。
 計画犯、実行犯共に、犯人は若頭を始めとした狐川以外全員。一切の疑念すら抱かせないよう、組長に対して日に日に食事中のカリウム摂取量を増やしていき、結果的に極度の高カリウム血症を意図的に引き起こさせたのだった。
 カリウムは、人体にとって有用な栄養分であり、効果は体内の浸透圧の調整やナトリウムの排出を促す効果が見られる。しかし、これを過剰摂取すると、筋力低下や不整脈が主な症状として見られるが、さらに血中のカリウム濃度が極度に高まると心停止する恐れがある。連中はこれを利用したのだった。
 流れの闇医者に話を一通り聞いた狐川は、酷い絶望に暮れた。土砂降りの雨の中、傘も差すことなく山梨県内をただ彷徨うのみであった。
 いくら考えが対立していたからとはいえ、若頭たちは渡世の親を殺した。しかも、卑怯なことに薬物による中毒症状に似たものであり、さらには明確な毒物ではないため体外にそれらしき反応は確実に見当たらない。自分たちは|無法者《デスペラード》であるため警察の世話になることもない。あるとすれば下手打ったタイミングだろう。
 狐川の足は、組長との思い出の地を巡るように動いていた。
 始まりはドブネズミがうろつく繁華街の路地裏、
 そこから何度も連れて行ってもらったラーメン屋へ、
 狐川が好きだからという理由で|足繁《あししげ》く通った文房具屋、
 憂さ晴らしに毎度の如く立ち寄るスポーツ用品店とバッティングセンター。
 全てが輝かしい思い出であり、実に楽しい思い出であり、自分ではない誰かの手によって全てが灰色に染まっていく。
 あらゆる企業のトップにいえることだろうが、日夜主義主張をぶつけ合う――なんてことはなく、ただ気に入らないから理性などモラルなど、そんなもの一切気にすることなく、呆気なく殺害する。現代に、仁義に生きる『極道』が存在しないことに、深く絶望したのだった。
 今蛇使組に居座るのは、渡世の親すら気に食わないと殺害し、異端者である自分を迫害し、謂れのない罪で組から追い出そうとする恩知らずの屑ばかり。その瞬間、狐川は決意したのだ。今こそ、組長の言葉を守るときだと。
(――我が道を貫け、そして自分の背中で語れ。どれほど理不尽なことがあろうと、己の力と自分を支えるものをばねに、理不尽に立ち向かえ、イナリ)
 その瞬間に、狐川の胸中に一つの穢れなき漆黒の意志が芽生えた。
(『仁義』無き極道は……ただの屑だ。俺が……いや、『ワシ』が変えなアカン。あんのクソッタレ共を、この拳で皆殺しにしちゃる。アイツらは……極道がやってはならない親殺しの大罪を背負った。迷うことは――最初からなかったんじゃ)
 思考の転換。それはこのタイミングであった。前組長の敵討ちのタイミングで、ついに狐川は仁義に生きる極道になるべく、殺人罪の十字架を背負う覚悟を負ったのだ。
 そこからは、実に手っ取り早く事が片付いた。一切の迷いがなくなり、裏切者を手にかけることに一切の抵抗が無くなった極道・狐川は、育て上げた筋肉のみでドスや自動短銃にて武装した親殺しのヤクザ共をたった一撃で沈めていく。
 今までいい関係性だった若衆も、若頭補佐も、何もかも。親殺しに加担したがために、狐川の単純な力により殺されていく。怒りにより生物としてのリミッターが外れた彼は、その場の誰にも留められる余地はなかったのだ。
 いくら土下座しようが、絶対に許さない。自分の親を殺した、大罪人を許してはならない。その確固たる意志の下、狐川は|殴殺《おうさつ》にて|鏖殺《おうさつ》していくのだった。
 若頭だけはそんな狐川に尻込みして最後まで逃げたものの、それはあくまで、本人にメインディッシュとして残されているだけであった。ただ泳がされているだけの無能であったのだ。
 現に、若頭だった時代から彼は大した仕事をしているわけではなかった。中途半端な|泡銭《あぶくぜに》にてグレープ・フルボディに駐在する女を抱くばかりで、本人は碌なシノギを行っていない。ゆえに、計画犯でありながら大した人望はなく、庇われることもなかったのだった。
(く、来るなよ人殺し……主義主張が違うから殺して何が悪い! それが人間ってもんだろうが!!)
(……おどれだけは生かしちゃあおけん。主義主張が異なるから殺ったわけじゃあない、ただおどれが気に食わんから当人を殺っただけじゃろうが。それに――――殺した相手は、あろうことかおどれの「親」。ワシの「親」でもあるが……極道にとって渡世の親ァ殺してのうのうと生きられるほど、『極道』の世界は甘くないんじゃ。半端モンのヤクザ崩れが)
 若頭の生涯は、そこで急速に幕を閉じた。最期の一撃であり、最初の一撃にて全ての決着がついた。たった一発、その全力の拳。前組長のために鍛え上げた拳は、最悪の形で覚悟と共に結実したのだ。
 血肉に塗れた拳を力なく見下ろしながら、組員だった成れの果ての中心に立つ狐川。その立ち姿は、まさに人ならざる|異形《バケモノ》。
 しかし、それに墜ちようと、狐川の気持ちはすっきりとしていた。この後にもし警察に突き出されても、親殺しの仇を取れただけで清々していたのだ。
 事の真相を知った外野は、狐川の行いを美徳として崇めた。そしてその彼の話題性は大きな反響を呼び、現代には珍しい『仁義』に生きる極道だとして、彼の背を追わせてほしいと組に入ろうとする志願者が増えた。
 図らずも、心の支えだった前組長の言葉が、そのままその通りになったのだ。
 以来、蛇使組は心機一転再起を図り、グレープ・フルボディ内で徐々に勢力を増していった。山梨のヤクザ、狐川に言わせれば『極道』の頂点に立つ存在を狙うナンバー2として、君臨したのだった。