焔の印 ―3―
ー/ー
八重の呪いによって旭に刻まれた『焔の印』。その能力は3つに分けられている。
1つは旭の生命の具現。身体に現れた焔の傷跡が旭の命を示している。焔の魔法を使う度に広がっていく焔の傷跡は、やがて旭の心臓を食らう。八重が旭を生かすためにに残した呪いであり、旭の命に手をかけている呪い。
2つ目は、旭への妖気の供給。殺生石に宿った八重は『焔の印』を介して旭に妖気を供給する。だが、現在八重は殺生石から離れ単独で行動していないため、この妖気の供給は今はできない。
そして3つ目の能力が、旭の力の抑制だった。自身の身を滅ぼすほどの強大な力を旭は制御しきれていない。だから旭は焔の魔法によって自身の魂すらも傷つけてしまう。それを防ぐために『焔の印』に統合された能力が、力の抑制だった。
だが――
(なんだ……”焔”がおかしい! 何が起きてる!?)
焔の魔法を使って『焔の印』が広がったことにより、抑制の力は弱まっている。それをなしにしても、八重の『焔の印』でさえ抑えきれない旭の力が、暴走を始めた。
「熱っ……!」
旭の意思に反して焔が暴れ始める。焔は旭の身体を焼き焦がし、『焔の印』の傷跡を進行させて周囲のすべてを燃やす勢いで燃え盛っていた。
悪夢の怪物は獲物をただ1点に見つめ続ける。うわ言のように誰かの名前を呟き、悪夢の怪物は焔を纏う旭に狙いを定めた。
「『救世』……ヲ……世界ハ、オマエがイテハ……救ワレナイ!!」
「そこを退けェ!」
言葉を発する未知の悪夢の怪物を相手に、暴走する焔が襲いかかる。焔はまるで生き物のように旭と悪夢の怪物を包み込む。
「”焔心”!」
襲い来る悪夢の怪物を何とか引き剥がし、旭が転がり込む。ボタボタと汗を垂れ流し、息を荒くしながら立ち上がった前には国綱が立っていた。その目に宿っている覚悟は――
「……後悔するなよ」
目の前に立つ親友の目を見て、旭は力強く拳を握りしめる。そして、ポケットに入れられた小瓶を国綱に投げつける。手のひらで握り込めるほど小さな小瓶の中には、白い錠剤が3粒入っていた。
「これは?……」
「アージェント印の即効薬だ。疲れが取れるわけじゃない。ただ、疲労も痛みも忘れるほどハイになる。副作用は聞くな」
「充分。けど、お前の手を借りるのはこれで最後だ」
国綱は躊躇いもなく薬を1粒口の中に投げ入れ、奥歯で噛み砕く。即効薬というだけあるようで、錠剤を飲み込み消化した瞬間、今までの疲れが嘘のように身体が軽くなった。カフェインなどとは比べ物にならないほどの効力に国綱は高揚していた。
「その代わり、次はお前の番だ」
「生きて帰れたらな」
国綱が刀を握る。腰に携えた2本の刀。魔具と偽って極東から持ち込んだ国綱の本家に伝わる名刀。かつての大剣豪が最も愛した、最上の一振。
「僕がお前を助ける。そうしたら、今度はお前が僕たちを助けるんだ」
名を、『無銘』。
生涯無敗の大剣豪が愛用した刀には、名前が刻まれていなかった。歴史に名を残し、英雄として語り継がれるほどの人物の一刀。なぜ、それほどの名刀に名が付けられなかったのかと、人々は言う。
答えは否。名前はそこに刻まれている。名前がないのではない。この刀には、『無銘』という名がしっかりと刻まれているのだ。
「歪一刀流――」
構えは上段。国綱は『無銘』を振りかぶった状態で迫り来る悪夢の怪物を迎え撃つ。静まった心。自分よりも一回りも二回りも巨大な怪物を前にしている国綱はとても穏やかに見えた。
国綱の間合いの外から真っ直ぐに走ってくる悪夢の怪物。ピクリとも動かない国綱に悪夢の怪物は狙いを変える。その目に映る国綱は、怯えて動けない弱者に見えたのだろう。だが、それが間違いであると気づいた時には、もうすべてが遅かった。
「”明心”」
国綱の間合いに1歩踏み込んだその瞬間、悪夢の怪物はぞくりと背筋を伝う死の感触に身を震わせる。逃げようと、引き返そうとした時には、既に刀は振り下ろされていた。
上段の構えは、最速の振り下ろし。刀の長さを最も活かせる構えでもある。しかし、攻撃的な構えであるがゆえに防御には向かず、構えている間は首から下が常に空いた状態になってしまう。だが、無策で突っ込んでくる悪夢の怪物相手には、間合いと速さこそがものを言う。振り下ろされた一振は悪夢の怪物の左腕を両断した。
「逃がさない!」
斬り落とされた左腕に構わず逃げようとする悪夢の怪物への追撃。上段からの振り下ろし、そしてそこからの逆袈裟。国綱の『無銘』は悪夢の怪物の左脚を捉える。
血飛沫を上げる悪夢の怪物が叫ぶ。そこら中に赤黒い血を撒き散らし、痛みに悶えながらも悪夢の怪物は逃げようと必死になっている。
そして、無慈悲に振り下ろされる最後の一振は、確実に悪夢の怪物の首を捉える。国綱が刀を振り下ろす。その瞬間――
「ミロ、『キュウエン』! オレはオマエを越エタゾ!」
「……くっ!」
悪夢の怪物が叫んだ。耳をつんざく叫び声に国綱が一瞬怯む。1秒にも満たない隙。目を離したその瞬間に――
「…………再生……した?」
確かに斬り落としたはずの左腕と左脚が、より強靭な肉体となって再生していた。アンバランスな形をした悪夢の怪物が立ち上がり、ゆっくりと肥大化した左腕を振り上げる。
そこには、技も心もない。あるのは理不尽なまでの力の差だけだ。振り下ろされた左腕は地面を抉り、吹き飛ばされてしまいそうは爆風を巻き起こした。
「きゃっ!」
「ヴェローニカ!」
咄嗟に国綱はヴェローニカの手を取る。愛するものに向けられた視線は、国綱の想像をはるかに超えるほど致命的な隙になった。
背中越しに伝わってくる死の気配。再び振り上げられた左腕は影を落とす。国綱に狙いを定めた悪夢の怪物の一撃はゆっくりと振り下ろされる。避けることもできず、国綱はヴェローニカの手を離し、突き飛ばした。
「国綱!」
悪夢の怪物は、絶望を糧にする。死は、これ以上ないほどの絶望だ。だから壊す。だから殺す。絶望こそが、悪夢の怪物の本質だ。
だからこそ――
「”妖魔・彼岸薔薇”」
騎獅道旭は、悪夢の怪物の天敵となる。
「これでさっきの話はチャラだ」
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八重の呪いによって旭に刻まれた『焔の印』。その能力は3つに分けられている。
1つは旭の生命の具現。身体に現れた焔の傷跡が旭の命を示している。焔の魔法を使う度に広がっていく焔の傷跡は、やがて旭の心臓を食らう。八重が旭を生かすためにに残した呪いであり、旭の命に手をかけている呪い。
2つ目は、旭への妖気の供給。殺生石に宿った八重は『焔の印』を介して旭に妖気を供給する。だが、現在八重は殺生石から離れ単独で行動していないため、この妖気の供給は今はできない。
そして3つ目の能力が、旭の力の抑制だった。自身の身を滅ぼすほどの強大な力を旭は制御しきれていない。だから旭は焔の魔法によって自身の魂すらも傷つけてしまう。それを防ぐために『焔の印』に統合された能力が、力の抑制だった。
だが――
(なんだ……”焔”がおかしい! 何が起きてる!?)
焔の魔法を使って『焔の印』が広がったことにより、抑制の力は弱まっている。それをなしにしても、八重の『焔の印』でさえ抑えきれない旭の力が、暴走を始めた。
「熱っ……!」
旭の意思に反して焔が暴れ始める。焔は旭の身体を焼き焦がし、『焔の印』の傷跡を進行させて周囲のすべてを燃やす勢いで燃え盛っていた。
|悪夢の怪物《ナイトメア》は獲物をただ1点に見つめ続ける。うわ言のように誰かの名前を呟き、|悪夢の怪物《ナイトメア》は焔を纏う旭に狙いを定めた。
「『救世』……ヲ……世界ハ、オマエがイテハ……救ワレナイ!!」
「そこを退けェ!」
言葉を発する未知の|悪夢の怪物《ナイトメア》を相手に、暴走する焔が襲いかかる。焔はまるで生き物のように旭と|悪夢の怪物《ナイトメア》を包み込む。
「”|焔心《えんしん》”!」
襲い来る|悪夢の怪物《ナイトメア》を何とか引き剥がし、旭が転がり込む。ボタボタと汗を垂れ流し、息を荒くしながら立ち上がった前には国綱が立っていた。その目に宿っている覚悟は――
「……後悔するなよ」
目の前に立つ親友の目を見て、旭は力強く拳を握りしめる。そして、ポケットに入れられた小瓶を国綱に投げつける。手のひらで握り込めるほど小さな小瓶の中には、白い錠剤が3粒入っていた。
「これは?……」
「アージェント印の即効薬だ。疲れが取れるわけじゃない。ただ、疲労も痛みも忘れるほどハイになる。副作用は聞くな」
「充分。けど、お前の手を借りるのはこれで最後だ」
国綱は躊躇いもなく薬を1粒口の中に投げ入れ、奥歯で噛み砕く。即効薬というだけあるようで、錠剤を飲み込み消化した瞬間、今までの疲れが嘘のように身体が軽くなった。カフェインなどとは比べ物にならないほどの効力に国綱は高揚していた。
「その代わり、次はお前の番だ」
「生きて帰れたらな」
国綱が刀を握る。腰に携えた2本の刀。魔具と偽って極東から持ち込んだ国綱の|本《・》|家《・》に伝わる名刀。かつての大剣豪が最も愛した、最上の一振。
「僕がお前を助ける。そうしたら、今度はお前が僕たちを助けるんだ」
名を、『|無銘《むめい》』。
生涯無敗の大剣豪が愛用した刀には、名前が刻まれていなかった。歴史に名を残し、英雄として語り継がれるほどの人物の一刀。なぜ、それほどの名刀に名が付けられなかったのかと、人々は言う。
答えは否。名前はそこに刻まれている。名前がないのではない。この刀には、『無銘』という名がしっかりと刻まれているのだ。
「|歪一刀流《いびついっとうりゅう》――」
構えは上段。国綱は『無銘』を振りかぶった状態で迫り来る|悪夢の怪物《ナイトメア》を迎え撃つ。静まった心。自分よりも一回りも二回りも巨大な怪物を前にしている国綱はとても穏やかに見えた。
国綱の間合いの外から真っ直ぐに走ってくる|悪夢の怪物《ナイトメア》。ピクリとも動かない国綱に|悪夢の怪物《ナイトメア》は狙いを変える。その目に映る国綱は、怯えて動けない弱者に見えたのだろう。だが、それが間違いであると気づいた時には、もうすべてが遅かった。
「”|明心《みょうしん》”」
国綱の間合いに1歩踏み込んだその瞬間、|悪夢の怪物《ナイトメア》はぞくりと背筋を伝う死の感触に身を震わせる。逃げようと、引き返そうとした時には、既に刀は振り下ろされていた。
上段の構えは、最速の振り下ろし。刀の|長さ《リーチ》を最も活かせる構えでもある。しかし、攻撃的な構えであるがゆえに防御には向かず、構えている間は首から下が常に空いた状態になってしまう。だが、無策で突っ込んでくる|悪夢の怪物《ナイトメア》相手には、間合いと速さこそがものを言う。振り下ろされた一振は|悪夢の怪物《ナイトメア》の左腕を両断した。
「逃がさない!」
斬り落とされた左腕に構わず逃げようとする|悪夢の怪物《ナイトメア》への追撃。上段からの振り下ろし、そしてそこからの逆袈裟。国綱の『無銘』は|悪夢の怪物《ナイトメア》の左脚を捉える。
血飛沫を上げる|悪夢の怪物《ナイトメア》が叫ぶ。そこら中に赤黒い血を撒き散らし、痛みに悶えながらも|悪夢の怪物《ナイトメア》は逃げようと必死になっている。
そして、無慈悲に振り下ろされる最後の一振は、確実に|悪夢の怪物《ナイトメア》の首を捉える。国綱が刀を振り下ろす。その瞬間――
「ミロ、『キュウエン』! オレはオマエを越エタゾ!」
「……くっ!」
|悪夢の怪物《ナイトメア》が叫んだ。耳をつんざく叫び声に国綱が一瞬怯む。1秒にも満たない隙。目を離したその瞬間に――
「…………再生……した?」
確かに斬り落としたはずの左腕と左脚が、より強靭な肉体となって再生していた。アンバランスな形をした|悪夢の怪物《ナイトメア》が立ち上がり、ゆっくりと肥大化した左腕を振り上げる。
そこには、技も心もない。あるのは理不尽なまでの力の差だけだ。振り下ろされた左腕は地面を抉り、吹き飛ばされてしまいそうは爆風を巻き起こした。
「きゃっ!」
「ヴェローニカ!」
咄嗟に国綱はヴェローニカの手を取る。愛するものに向けられた視線は、国綱の想像をはるかに超えるほど致命的な隙になった。
背中越しに伝わってくる死の気配。再び振り上げられた左腕は影を落とす。国綱に狙いを定めた|悪夢の怪物《ナイトメア》の一撃はゆっくりと振り下ろされる。避けることもできず、国綱はヴェローニカの手を離し、突き飛ばした。
「国綱!」
|悪夢の怪物《ナイトメア》は、絶望を糧にする。死は、これ以上ないほどの絶望だ。だから壊す。だから殺す。絶望こそが、|悪夢の怪物《ナイトメア》の本質だ。
だからこそ――
「”|妖魔《ようま》・|彼岸薔薇《ひがんばら》”」
騎獅道旭は、|悪夢の怪物《ナイトメア》の天敵となる。
「これでさっきの話はチャラだ」