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焔の印

ー/ー



 旭の命に手をかけ、そして同時に生かしている死の印。『焔』を使う度に、旭の身体に火傷跡のような印を刻んでいく呪い。今もなお、旭を蝕む死の印。既に旭の身体の半分以上を覆う火傷跡。その傷が全身に広がった時、旭は――


「お〜い、八重〜。どこにいるんだよ〜」


 月明かりしか頼りのない暗闇を、旭は突き進んでいく。数日前から姿を見せない八重を探すため、旭は心当たりもなく歩いていた。手がかりといえば、八重の造った黒白の宝石、『殺生石』と、僅かに残った八重の妖気の気配だけだ。
 とは言っても、殺生石に八重の居場所を示す機能などはなく、妖気を辿ろうにも旭は未だ妖気の感知が苦手だ。旭は行くあてもなく、ただそこら中を探し回ることしかできない。


「くそ、ここにもいねぇ」


 そんなことを続けているうちに時間は進み、数時間が経過していた。


(記憶が曖昧な今、頼れるのは八重くらいなんだけどな……)


 八重の施した死の印、『焔の呪い』に加えて、旭はメモリアの策略によって記憶の一部を失っている。生活に支障を来すこともなければ、魔法が使えなくなるなんてこともないが、どうにも嫌な感覚がしてしまう。
 知っているはずなのに思い出せない、という不鮮明な記憶。旭はそんな気持ちの晴れない歯がゆい思いを募らせていた。


「八重〜、そろそろ出てきてくれよ〜」


 返事はない。殺生石にも反応はなく、旭の声だけが森の中に木霊する。深くため息をついて、旭はついに腰を下ろした。目を覚ましてからずっと八重を探し続けて、何時間も経過している。疲労は溜まり、瞼の重みを自覚できるほどには眠気も感じていた。


「くぁ……眠」


 思わず大きな欠伸をして、旭はふかふかの芝生の上に寝転がった。少しチクチクしているが、動かなければただのふかふかの布団だ。気を抜くと眠ってしまいそうになる。


「……ソラに頼むかな」


 テレパシー的な何かがあることを信じて、旭はソラの力を借りて八重を探そうと来た道を引き返す。もう随分歩いたようで、見覚えのない道が四方八方に広がっていた。極東のように太陽は見えない。どこを見ても森。方向感覚を失った旭は、なんだか見覚えのあるようなないような、よく分からない道を進んでいく。
 残念ながら、その道はバウディアムスとは正反対の方向の道だった。目印さえあれば迷わない旭だが、帰り道の目印がなければただの方向音痴に早変わりだ。
 レオノールほどではないにしても、旭はかなりの方向音痴だった。それも、いちばん厄介な帰り道を忘れるタイプの方向音痴。しかも、確信もなくズカズカと進んでいく、1番最悪な迷子をするタイプの男なのだ。


「まぁ、なんとかなるだろ」


 なるわけがない。旭の進んでいる方向はバウディアムスの正反対。南東に位置している神精樹よりも更に南東に進むとそこはバウディアムスの隣国、()()()()の領地になる。


「……道、間違えてる?」


 とは言いつつも、歩く足取りは止まらず、旭は迷いなく目的地とは逆の方向を進む。旭が足を止めることはもうない。引き止めるものがいない今、旭はもう止まらない。


「あ?」

「……は?」


 その、はずだった。


「なんで…………旭が、ここに」

「国綱……と、ヴェローニカ?」


 旭が草むらを抜け、少し開けたけもの道のような場所に出ると、そこにあったのは見慣れた顔だった。まぬけな顔をして目を丸くする国綱は旭と目を合わせようとせず、サッと目を逸らした。
 国綱に守られるように、背後には怯えるような表情をしたヴェローニカが旭の顔色を伺う。2人揃って調子の悪そうな青い顔をしていた。


「こんな所で何してんだよ」

「こっちのセリフだ! ここはトリウスの領地のすぐそこだぞ!」

「あ? そうなの?」

「なっ……!」


 しまった、という表情をしてしまった国綱を、旭は見逃さなかった。1歩、旭が前に踏み込む。詰め寄るように国綱の前に立ちはだかる旭は妙に冷たい表情をしていた。


「急にいなくなりやがってよ。何考えてやがる」

「……お前には関係ないだろ」

「後ろのお嬢様にご執心か? 騎士(ナイト)気取りは気持ちいいかよ」

「何が言いたいんだよお前は」


 露骨に態度の悪くする旭に国綱は眉を顰める。片手は刀をしっかりと握りしめ、左手では旭からヴェローニカを守るように伸ばす。近づけば斬る、と伝わってくるような威圧感が襲いかかってくる。


「とっとと戻ってこいっつってんだよ。何考えてるか知らねぇが、お前ら2人でどうにかなる問題じゃねぇだろ」

「黙れっ!」


 その瞬間、旭の眼前で刃が空を切った。


「この距離で避けられちゃ世話ねえな」


 一刀必殺の抜刀。国綱の本来の実力ならば、あの瞬間に旭は避けきれずに真っ二つにされていただろう。それができなかったのは、長い逃亡で積み重なった疲労と、ヴェローニカを守りながら戦っているからだろう。
 国綱の得意とする神速の抜刀。避けられても次の一手を操れるのが刀法の強みではあるが、今の国綱にそんなチカラは残されていなかった。


「……く、そ……!」

「一振でそのザマかよ」

「うるさい!」


 情けない逆袈裟斬り。鋭さの欠けらもない一振はひらりと躱され、刀に振り回されるように国綱は重心を崩す。


「宝の持ち腐れだな。()()()も、随分手入れなんかしてねぇだろ」

「関係……ないだろ!」

「はぁ……ま、否定はしねぇけど、もうちょっと冷静になれ。俺にも勝てねぇやつに何ができるってんだよ」


 失望したような冷めた表情で、旭は地面に膝をつく国綱を見下ろす。旭は踵を返して来た道を引き返そうと振り返った直後、今までずっと黙っていたヴェローニカが口を開いた。


「待ってください、騎獅道さん!」

「…………俺を上の名前で呼ぶな、金髪」


 国綱に寄り添い、ヴェローニカが旭を呼び止める。ピタリと足を止めた旭は顔だけ振り向き、鋭い目付きでヴェローニカを睨みつけた。


「個人的にだけどな、俺はお前が気に食わないんだよ」

「……お願いします。私たちに手を――!」

「断る」


 ヴェローニカの必死の懇願を旭は食い気味に断った。ヴェローニカの呼吸が少し荒くなる。旭は動揺するヴェローニカに追い打ちをかけるように言った。


「お前、『七曜』の奴らと繋がってるだろ」


 ヒュッと、ヴェローニカの喉が鳴る。青ざめた顔をして、パタリと倒れ込んでしまう。国綱はまだ起き上がれそうにもなく、ヴェローニカに手を貸すものはいなかった。もちろん旭が手を貸すことはなく、へたりこんだヴェローニカをただ見ているだけだった。


「興醒めだ。勝手にやってろ。死にてぇならそのままやってな」


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 旭の命に手をかけ、そして同時に生かしている死の印。『焔』を使う度に、旭の身体に火傷跡のような印を刻んでいく呪い。今もなお、旭を蝕む死の印。既に旭の身体の半分以上を覆う火傷跡。その傷が全身に広がった時、旭は――
「お〜い、八重〜。どこにいるんだよ〜」
 月明かりしか頼りのない暗闇を、旭は突き進んでいく。数日前から姿を見せない八重を探すため、旭は心当たりもなく歩いていた。手がかりといえば、八重の造った黒白の宝石、『殺生石』と、僅かに残った八重の妖気の気配だけだ。
 とは言っても、殺生石に八重の居場所を示す機能などはなく、妖気を辿ろうにも旭は未だ妖気の感知が苦手だ。旭は行くあてもなく、ただそこら中を探し回ることしかできない。
「くそ、ここにもいねぇ」
 そんなことを続けているうちに時間は進み、数時間が経過していた。
(記憶が曖昧な今、頼れるのは八重くらいなんだけどな……)
 八重の施した死の印、『焔の呪い』に加えて、旭はメモリアの策略によって記憶の一部を失っている。生活に支障を来すこともなければ、魔法が使えなくなるなんてこともないが、どうにも嫌な感覚がしてしまう。
 知っているはずなのに思い出せない、という不鮮明な記憶。旭はそんな気持ちの晴れない歯がゆい思いを募らせていた。
「八重〜、そろそろ出てきてくれよ〜」
 返事はない。殺生石にも反応はなく、旭の声だけが森の中に木霊する。深くため息をついて、旭はついに腰を下ろした。目を覚ましてからずっと八重を探し続けて、何時間も経過している。疲労は溜まり、瞼の重みを自覚できるほどには眠気も感じていた。
「くぁ……眠」
 思わず大きな欠伸をして、旭はふかふかの芝生の上に寝転がった。少しチクチクしているが、動かなければただのふかふかの布団だ。気を抜くと眠ってしまいそうになる。
「……ソラに頼むかな」
 テレパシー的な何かがあることを信じて、旭はソラの力を借りて八重を探そうと来た道を引き返す。もう随分歩いたようで、見覚えのない道が四方八方に広がっていた。極東のように太陽は見えない。どこを見ても森。方向感覚を失った旭は、なんだか見覚えのあるようなないような、よく分からない道を進んでいく。
 残念ながら、その道はバウディアムスとは正反対の方向の道だった。目印さえあれば迷わない旭だが、帰り道の目印がなければただの方向音痴に早変わりだ。
 レオノールほどではないにしても、旭はかなりの方向音痴だった。それも、いちばん厄介な帰り道を忘れるタイプの方向音痴。しかも、確信もなくズカズカと進んでいく、1番最悪な迷子をするタイプの男なのだ。
「まぁ、なんとかなるだろ」
 なるわけがない。旭の進んでいる方向はバウディアムスの正反対。南東に位置している神精樹よりも更に南東に進むとそこはバウディアムスの隣国、|ト《・》|リ《・》|ウ《・》|ス《・》の領地になる。
「……道、間違えてる?」
 とは言いつつも、歩く足取りは止まらず、旭は迷いなく目的地とは逆の方向を進む。旭が足を止めることはもうない。引き止めるものがいない今、旭はもう止まらない。
「あ?」
「……は?」
 その、はずだった。
「なんで…………旭が、ここに」
「国綱……と、ヴェローニカ?」
 旭が草むらを抜け、少し開けたけもの道のような場所に出ると、そこにあったのは見慣れた顔だった。まぬけな顔をして目を丸くする国綱は旭と目を合わせようとせず、サッと目を逸らした。
 国綱に守られるように、背後には怯えるような表情をしたヴェローニカが旭の顔色を伺う。2人揃って調子の悪そうな青い顔をしていた。
「こんな所で何してんだよ」
「こっちのセリフだ! ここはトリウスの領地のすぐそこだぞ!」
「あ? そうなの?」
「なっ……!」
 しまった、という表情をしてしまった国綱を、旭は見逃さなかった。1歩、旭が前に踏み込む。詰め寄るように国綱の前に立ちはだかる旭は妙に冷たい表情をしていた。
「急にいなくなりやがってよ。何考えてやがる」
「……お前には関係ないだろ」
「後ろのお嬢様にご執心か? |騎士《ナイト》気取りは気持ちいいかよ」
「何が言いたいんだよお前は」
 露骨に態度の悪くする旭に国綱は眉を顰める。片手は刀をしっかりと握りしめ、左手では旭からヴェローニカを守るように伸ばす。近づけば斬る、と伝わってくるような威圧感が襲いかかってくる。
「とっとと戻ってこいっつってんだよ。何考えてるか知らねぇが、お前ら2人でどうにかなる問題じゃねぇだろ」
「黙れっ!」
 その瞬間、旭の眼前で刃が空を切った。
「この距離で避けられちゃ世話ねえな」
 一刀必殺の抜刀。国綱の本来の実力ならば、あの瞬間に旭は避けきれずに真っ二つにされていただろう。それができなかったのは、長い逃亡で積み重なった疲労と、ヴェローニカを守りながら戦っているからだろう。
 国綱の得意とする神速の抜刀。避けられても次の一手を操れるのが刀法の強みではあるが、今の国綱にそんなチカラは残されていなかった。
「……く、そ……!」
「一振でそのザマかよ」
「うるさい!」
 情けない逆袈裟斬り。鋭さの欠けらもない一振はひらりと躱され、刀に振り回されるように国綱は重心を崩す。
「宝の持ち腐れだな。|そ《・》|の《・》|刀《・》も、随分手入れなんかしてねぇだろ」
「関係……ないだろ!」
「はぁ……ま、否定はしねぇけど、もうちょっと冷静になれ。俺にも勝てねぇやつに何ができるってんだよ」
 失望したような冷めた表情で、旭は地面に膝をつく国綱を見下ろす。旭は踵を返して来た道を引き返そうと振り返った直後、今までずっと黙っていたヴェローニカが口を開いた。
「待ってください、騎獅道さん!」
「…………俺を上の名前で呼ぶな、金髪」
 国綱に寄り添い、ヴェローニカが旭を呼び止める。ピタリと足を止めた旭は顔だけ振り向き、鋭い目付きでヴェローニカを睨みつけた。
「個人的にだけどな、俺はお前が気に食わないんだよ」
「……お願いします。私たちに手を――!」
「断る」
 ヴェローニカの必死の懇願を旭は食い気味に断った。ヴェローニカの呼吸が少し荒くなる。旭は動揺するヴェローニカに追い打ちをかけるように言った。
「お前、『七曜』の奴らと繋がってるだろ」
 ヒュッと、ヴェローニカの喉が鳴る。青ざめた顔をして、パタリと倒れ込んでしまう。国綱はまだ起き上がれそうにもなく、ヴェローニカに手を貸すものはいなかった。もちろん旭が手を貸すことはなく、へたりこんだヴェローニカをただ見ているだけだった。
「興醒めだ。勝手にやってろ。死にてぇならそのままやってな」