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section20「レンズ越しに映る、本当の顔」

ー/ー



「というわけで、ちょっとカメラ回してもいいかな」
 理久が言ったのは、日曜の朝のことだった。
 キッチンでは、優真がフライパンを振り、晴がサラダを盛りつけていた。
「……え、今?このボサボサで!?」
 桜子が驚いて、エプロンの裾を握りしめる。
「うん。今がいい。むしろ今じゃなきゃ、意味がない。
 映したいのは、“整ったあなたたち”じゃなくて、“暮らしてるあなたたち”だから」
 理久はそう言って、カメラを構えた。
 小さなミラーレス。
 ごく自然な動きで、リビングやキッチン、ベランダを移動していく。
「……なんか、撮られてると思うと急に喋れなくなるね」
 瑞季がポツリと呟いた。
「わかる。“日常”を撮るって言われても、それって“誰かに見せる日常”になる気がする」
「でも逆に、“こんな顔だったんだ自分”って気づける瞬間もあるよ」
 朝陽が淡く言う。
「鏡より、カメラのほうが嘘つかないっていうしね」
「じゃあ、俺の顔は100点満点だな!」
 優真の言葉に、全員から一斉にツッコミが飛んだ。
「うるさい」
「自意識が過剰」
「ノイズがすごい」
「それも“日常”として保存されてしまうの、ちょっとキツい」
 笑いが起きる。その一瞬、カメラの存在を忘れたような自然な空気が流れた。


 その後も、理久は静かに撮り続けた。
 誰にも「笑って」と言わず、誰にも「話して」と言わず、ただ、そこにある“時間”を拾い続けた。


 翌日、リビングにUSBが置かれていた。
《仮編集版:casa-sora short scenes》
「……え、もう編集したの?」
 真吾が驚くと、理久が頷いた。
「数分だけ。音楽も何も入れてない。
 でも、見てもらった方がいいと思って」
 全員がソファに集まり、映像が再生された。
 画面には、朝の光を浴びてくしゃみをする瑞季、
 寝ぐせを気にする晴、
 うっかり卵を落として固まる桜子、
 それを拾って“芸術作品”と呼ぶ優真、
 窓際で読書するみづき、
 コーヒーを淹れる真吾、
 ノートをめくる朝陽、
 カメラを見てピースする雅樹——
 どれも、ただの“日常の切り抜き”だった。
 でも、全員が見入っていた。


「……なんか、不思議」
 みづきが呟く。
「“見てるはずの自分”なのに、“知らない自分”が映ってる」
「他人に撮られた“普通の顔”って、自分では一番見ないもんね」
 桜子も頷く。
「それに……誰もカッコつけてないのが、すごくいい」
 晴の言葉に、理久は静かに微笑んだ。
「そう思ってもらえたなら、撮った意味があるよ」
 そして、ふと彼が言った。
「……僕は、ここに来てからずっと考えてた。
“人の暮らしにレンズを向ける”って、どこまで許されることなんだろうって。
 でも、みんながこうして“そのままでいてくれる”のを見て、やっとちょっと答えが見えた」
「それって、どんな答え?」
 朝陽が尋ねた。
「“撮る”って、“見つめたい”ってことなんだなって。
 誰かの今日を、ちゃんと記憶したいって気持ちが、そこにある。
 だからこそ、こっちも本気で見ないとダメなんだって」
 その言葉に、誰もすぐ返事をしなかった。
 でもその静けさは、“理解”の余韻だった。


 その夜、日誌に新しい書き込みが増えた。
“映された自分が、少し好きになれた。
 それってたぶん、“誰かにちゃんと見られてた”からなんだと思う。”
 ——瑞季
“暮らすって、“何をするか”より、“誰に見守られてるか”かもしれない。”
 ——真吾
“演じない自分を、面白がってくれる人がいると、人は少し変われる。”
 ——桜子
“目立たない時間を、誰かが切り取ってくれるって、思ったより力になる。”
 ——みづき
“優真のギャグシーンが3カットも使われてたの、編集の悪意。”
 ——朝陽
“いや、愛だろ! それが!”
 ——優真(追記)


 映像は、変わらない。
 でも、それを見る自分たちは、少しずつ変わっていく。
 そうやって、“日常”は記録され、
“心”はそっと、動かされていく。



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「というわけで、ちょっとカメラ回してもいいかな」
 理久が言ったのは、日曜の朝のことだった。
 キッチンでは、優真がフライパンを振り、晴がサラダを盛りつけていた。
「……え、今?このボサボサで!?」
 桜子が驚いて、エプロンの裾を握りしめる。
「うん。今がいい。むしろ今じゃなきゃ、意味がない。
 映したいのは、“整ったあなたたち”じゃなくて、“暮らしてるあなたたち”だから」
 理久はそう言って、カメラを構えた。
 小さなミラーレス。
 ごく自然な動きで、リビングやキッチン、ベランダを移動していく。
「……なんか、撮られてると思うと急に喋れなくなるね」
 瑞季がポツリと呟いた。
「わかる。“日常”を撮るって言われても、それって“誰かに見せる日常”になる気がする」
「でも逆に、“こんな顔だったんだ自分”って気づける瞬間もあるよ」
 朝陽が淡く言う。
「鏡より、カメラのほうが嘘つかないっていうしね」
「じゃあ、俺の顔は100点満点だな!」
 優真の言葉に、全員から一斉にツッコミが飛んだ。
「うるさい」
「自意識が過剰」
「ノイズがすごい」
「それも“日常”として保存されてしまうの、ちょっとキツい」
 笑いが起きる。その一瞬、カメラの存在を忘れたような自然な空気が流れた。
 その後も、理久は静かに撮り続けた。
 誰にも「笑って」と言わず、誰にも「話して」と言わず、ただ、そこにある“時間”を拾い続けた。
 翌日、リビングにUSBが置かれていた。
《仮編集版:casa-sora short scenes》
「……え、もう編集したの?」
 真吾が驚くと、理久が頷いた。
「数分だけ。音楽も何も入れてない。
 でも、見てもらった方がいいと思って」
 全員がソファに集まり、映像が再生された。
 画面には、朝の光を浴びてくしゃみをする瑞季、
 寝ぐせを気にする晴、
 うっかり卵を落として固まる桜子、
 それを拾って“芸術作品”と呼ぶ優真、
 窓際で読書するみづき、
 コーヒーを淹れる真吾、
 ノートをめくる朝陽、
 カメラを見てピースする雅樹——
 どれも、ただの“日常の切り抜き”だった。
 でも、全員が見入っていた。
「……なんか、不思議」
 みづきが呟く。
「“見てるはずの自分”なのに、“知らない自分”が映ってる」
「他人に撮られた“普通の顔”って、自分では一番見ないもんね」
 桜子も頷く。
「それに……誰もカッコつけてないのが、すごくいい」
 晴の言葉に、理久は静かに微笑んだ。
「そう思ってもらえたなら、撮った意味があるよ」
 そして、ふと彼が言った。
「……僕は、ここに来てからずっと考えてた。
“人の暮らしにレンズを向ける”って、どこまで許されることなんだろうって。
 でも、みんながこうして“そのままでいてくれる”のを見て、やっとちょっと答えが見えた」
「それって、どんな答え?」
 朝陽が尋ねた。
「“撮る”って、“見つめたい”ってことなんだなって。
 誰かの今日を、ちゃんと記憶したいって気持ちが、そこにある。
 だからこそ、こっちも本気で見ないとダメなんだって」
 その言葉に、誰もすぐ返事をしなかった。
 でもその静けさは、“理解”の余韻だった。
 その夜、日誌に新しい書き込みが増えた。
“映された自分が、少し好きになれた。
 それってたぶん、“誰かにちゃんと見られてた”からなんだと思う。”
 ——瑞季
“暮らすって、“何をするか”より、“誰に見守られてるか”かもしれない。”
 ——真吾
“演じない自分を、面白がってくれる人がいると、人は少し変われる。”
 ——桜子
“目立たない時間を、誰かが切り取ってくれるって、思ったより力になる。”
 ——みづき
“優真のギャグシーンが3カットも使われてたの、編集の悪意。”
 ——朝陽
“いや、愛だろ! それが!”
 ——優真(追記)
 映像は、変わらない。
 でも、それを見る自分たちは、少しずつ変わっていく。
 そうやって、“日常”は記録され、
“心”はそっと、動かされていく。