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section19「記録に残すもの、記憶に残るもの」

ー/ー



 土曜の午後。
 ダイニングのテーブルには、ノートパソコンと映写用の小さなプロジェクター。
 理久がそれらをセッティングしていた。
「……今日は少し、皆さんに映像を見てもらおうと思って」
「え、上映会?」
 優真がポップコーンの袋を片手に身を乗り出す。
「うん。といっても、自主制作のドキュメンタリー短編。
 僕が地方の小さな町で撮った、ある家族の記録です。
 映像は記録だけど、そこには必ず“撮った側の視点”がある。
 ……それを見て、皆さんがどう感じるか、ちょっと聞いてみたい」
 その言葉に、全員が少し表情を引き締めた。
 誰も拒否はしない。
 けれど、“理久という人物の内側”にふれる機会が突然訪れたことに、緊張が走った。
 部屋の灯りが落とされ、静かに映像が流れ始めた。


 画面には、古い木造の家と、その縁側でお茶を飲む老夫婦。
 映像はナレーションもなく、ただ日常の風景が淡々と映されていた。
 朝の支度、畑の手入れ、二人で並んで座る夕暮れ。
 一見、特別なことは何もない。
 だが、数分が過ぎた頃——
 老夫婦の会話が入る。
「おまえさ、忘れてたか? 昔、俺が初めて作った梅酒の味」
「忘れるもんかね。あれは……甘すぎて飲めたもんじゃなかったよ」
「はは、そうだったな……」
 そのやりとりに、小さな笑いがこぼれる。
 けれど、その数秒後。
 老婦人が唐突に、彼の肩に顔を伏せて言う。
「でも、あんたが生きてるだけで、私は……ありがたいんだよ」
 その言葉に、全員が息をのんだ。


 映像は15分で終わった。
 部屋に明かりが戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。
 最初に言ったのは、みづきだった。
「……ずるいな」
「ずるい?」
「“ただ撮っただけ”みたいな顔して、ちゃんと“残したいもの”を選んでたじゃん。
 それ、カメラの前じゃ絶対言えない言葉だったよ」
「……かもね。でも、それが“映像”の仕事なんだと思ってる。
 その人の人生に、ちょっとだけ立ち入らせてもらって、
“もう一度見たい瞬間”をすくい上げる」
 理久はそう言って笑った。
 だが、その笑みにもまた、どこか“距離”があった。


「俺、実はちょっと羨ましかった」
 朝陽が静かに続ける。
「僕はいつも、人の表情や言葉を観察して、記憶に留めようとするけど……
 時間が経つと、思い出の輪郭ってどうしても曖昧になる。
 でも、映像は消えない。記録される。
 それって、羨ましい“強さ”だよ」
「でもね」
 理久は言った。
「映像って、“消えない”代わりに、“変わらない”んだ。
 だから、あとから見返すたびに、こっちが変わったことに気づかされる。
“あのときの自分”が、今の自分に問いかけてくるみたいに」
 その言葉に、今度は真吾が頷く。
「確かに。“変わらない記録”を見ることで、自分の“変化”が浮き彫りになる。
 ……それが、怖いって思うこともあるな」


「私、今まで写真もビデオもあまり残さない人だった」
 瑞季がぽつりと言った。
「でも最近、“残さなくても、記憶してくれる人”がそばにいれば、それでいいかもって思えてきた」
「記録じゃなくて、記憶の共有?」
 桜子が問い返す。
「うん。“一緒にいた時間”って、記録がなくても、感情で覚えてるよね。
 あの時こうだった、って言い合える人がいることの方が、ずっと価値ある」


 理久は、その言葉にしばらく黙っていた。
 やがて、低く静かな声で口を開いた。
「僕、3年前に……母を亡くしたんです。
 映像やってるのに、母の動画は、ほとんど残ってない。
 ……それが、今でもずっと、胸に残ってて」
 全員が、息をひそめた。
「だからかもしれない。
“もう一度会いたい”って思ったときに、何かが残ってるように、って。
 それで、たくさんの“誰か”の記録を撮るようになった。……でも、それでもたまに思うんです」
「なんで、自分の一番大事な人を……ちゃんと撮ってなかったんだろう、って」
 ——その言葉は、重くて、でもやさしかった。
 それは、理久という人間の“空白”を語る声だった。


 静かに、みづきが言った。
「それでも、私たちにその話をしてくれたことで……
 きっと今日からは、あんたも“誰かの記憶にちゃんといる”人になるよ」
「……ありがとう」
 理久がはじめて、誰かに“頼るような声”でそう言った。


 記録に残るものと、
 記憶に残るものは、違う。
 けれど、誰かと一緒にいた時間は——
 どちらかひとつでも、残ってくれればきっと、充分なのだ。
 そして、その“ひとつ”が、この家にはたしかにあった。



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 土曜の午後。
 ダイニングのテーブルには、ノートパソコンと映写用の小さなプロジェクター。
 理久がそれらをセッティングしていた。
「……今日は少し、皆さんに映像を見てもらおうと思って」
「え、上映会?」
 優真がポップコーンの袋を片手に身を乗り出す。
「うん。といっても、自主制作のドキュメンタリー短編。
 僕が地方の小さな町で撮った、ある家族の記録です。
 映像は記録だけど、そこには必ず“撮った側の視点”がある。
 ……それを見て、皆さんがどう感じるか、ちょっと聞いてみたい」
 その言葉に、全員が少し表情を引き締めた。
 誰も拒否はしない。
 けれど、“理久という人物の内側”にふれる機会が突然訪れたことに、緊張が走った。
 部屋の灯りが落とされ、静かに映像が流れ始めた。
 画面には、古い木造の家と、その縁側でお茶を飲む老夫婦。
 映像はナレーションもなく、ただ日常の風景が淡々と映されていた。
 朝の支度、畑の手入れ、二人で並んで座る夕暮れ。
 一見、特別なことは何もない。
 だが、数分が過ぎた頃——
 老夫婦の会話が入る。
「おまえさ、忘れてたか? 昔、俺が初めて作った梅酒の味」
「忘れるもんかね。あれは……甘すぎて飲めたもんじゃなかったよ」
「はは、そうだったな……」
 そのやりとりに、小さな笑いがこぼれる。
 けれど、その数秒後。
 老婦人が唐突に、彼の肩に顔を伏せて言う。
「でも、あんたが生きてるだけで、私は……ありがたいんだよ」
 その言葉に、全員が息をのんだ。
 映像は15分で終わった。
 部屋に明かりが戻ると、誰もすぐには口を開かなかった。
 最初に言ったのは、みづきだった。
「……ずるいな」
「ずるい?」
「“ただ撮っただけ”みたいな顔して、ちゃんと“残したいもの”を選んでたじゃん。
 それ、カメラの前じゃ絶対言えない言葉だったよ」
「……かもね。でも、それが“映像”の仕事なんだと思ってる。
 その人の人生に、ちょっとだけ立ち入らせてもらって、
“もう一度見たい瞬間”をすくい上げる」
 理久はそう言って笑った。
 だが、その笑みにもまた、どこか“距離”があった。
「俺、実はちょっと羨ましかった」
 朝陽が静かに続ける。
「僕はいつも、人の表情や言葉を観察して、記憶に留めようとするけど……
 時間が経つと、思い出の輪郭ってどうしても曖昧になる。
 でも、映像は消えない。記録される。
 それって、羨ましい“強さ”だよ」
「でもね」
 理久は言った。
「映像って、“消えない”代わりに、“変わらない”んだ。
 だから、あとから見返すたびに、こっちが変わったことに気づかされる。
“あのときの自分”が、今の自分に問いかけてくるみたいに」
 その言葉に、今度は真吾が頷く。
「確かに。“変わらない記録”を見ることで、自分の“変化”が浮き彫りになる。
 ……それが、怖いって思うこともあるな」
「私、今まで写真もビデオもあまり残さない人だった」
 瑞季がぽつりと言った。
「でも最近、“残さなくても、記憶してくれる人”がそばにいれば、それでいいかもって思えてきた」
「記録じゃなくて、記憶の共有?」
 桜子が問い返す。
「うん。“一緒にいた時間”って、記録がなくても、感情で覚えてるよね。
 あの時こうだった、って言い合える人がいることの方が、ずっと価値ある」
 理久は、その言葉にしばらく黙っていた。
 やがて、低く静かな声で口を開いた。
「僕、3年前に……母を亡くしたんです。
 映像やってるのに、母の動画は、ほとんど残ってない。
 ……それが、今でもずっと、胸に残ってて」
 全員が、息をひそめた。
「だからかもしれない。
“もう一度会いたい”って思ったときに、何かが残ってるように、って。
 それで、たくさんの“誰か”の記録を撮るようになった。……でも、それでもたまに思うんです」
「なんで、自分の一番大事な人を……ちゃんと撮ってなかったんだろう、って」
 ——その言葉は、重くて、でもやさしかった。
 それは、理久という人間の“空白”を語る声だった。
 静かに、みづきが言った。
「それでも、私たちにその話をしてくれたことで……
 きっと今日からは、あんたも“誰かの記憶にちゃんといる”人になるよ」
「……ありがとう」
 理久がはじめて、誰かに“頼るような声”でそう言った。
 記録に残るものと、
 記憶に残るものは、違う。
 けれど、誰かと一緒にいた時間は——
 どちらかひとつでも、残ってくれればきっと、充分なのだ。
 そして、その“ひとつ”が、この家にはたしかにあった。