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section18「“外”から来た風が、心を揺らす」

ー/ー



 週末の午後、また一つ、シェアハウス《casa-sora》に変化が起こった。
 一通のメールが、住人たちのグループチャットに投げ込まれたのだ。
《新メンバー加入予定のご連絡》
 来週より一名、短期滞在者としてシェアハウスに加わります。
 期間は2週間程度。詳細は後日、本人よりご挨拶させていただきます。
 casa-sora管理チームより。
「……短期って、観光か?」
 優真が、ソファに座りながらタブレットを見つめて言った。
「ビジネス研修とか、リモートワークの一時拠点かもな」
 真吾が冷静に返す。
「“お試し入居”ってやつじゃない?」
 みづきが背もたれにあごを乗せながら言う。
「でも、今のこの雰囲気に“誰かが混ざる”のって、結構大きなことだと思う」
 晴が、少し不安そうに口を開いた。
 桜子は言葉を探すように視線を落としたまま、ぽつり。
「……この場所、“完成してた”って感じあったから。
 だから、“足される”ことに戸惑っちゃうのかも」
「“完成”って言葉、ちょっとわかる」
 瑞季が頷いた。
「それぞれが、居場所を作って、やっとそれが重なって“今”になったのに……そこに新しいピースが入ってくるの、怖いっていうか」
 誰も新メンバーを拒否しているわけではない。
 でも、“空気が変わる”ということに、誰もが敏感になっていた。


 そんな空気の中、翌週。
 予定通り、新しい住人が現れた。
「こんにちは。今日から2週間だけ、お世話になります。
 西園寺 理久(さいおんじ りく)といいます。フリーの映像ディレクターやってます。よろしくお願いします」
 第一印象は——穏やかで物腰が柔らかい。
 笑顔も自然で、会話も丁寧。
“感じがいい”のに、“どこか近づきすぎない”。
 それが、彼の雰囲気だった。


 最初の食事。
 優真が話を振る。
「理久さん、東京から来たんですよね? このへんの空気、どうです?」
「静かで、でもちゃんと“暮らしてる音”がするって感じです。
 人の生活のリズムが見える場所って、貴重ですよ」
「……うわ、コメントがプロっぽい」
「映像やってると、言葉も自然と映像っぽくなっちゃうのかもしれません」
 そのやりとりはスムーズで、理久の受け答えは常に“的確で嫌味がない”。
 でも——
 その“完璧さ”が、どこかで住人たちに微妙な違和感を与えていた。
(……どこまでが“素”なんだろう)
 朝陽はそう思いながら、彼の言葉の抑揚を静かに測っていた。


 部屋に戻ってから、みづきが日誌に一行だけ書いた。
“感じがいい人ほど、どこまで信じていいか分からなくなるの、私だけ?”
 そして次の日。
 晴がその隣にこう書き足した。
“違和感は悪いことじゃないって、最近わかってきた。
 問題は、“違和感を抱えたまま関わるか”、
“そこから近づこうとするか”。私は後者を選びたい。”


 新しい人が来ることで、気づかされる。
 ——自分たちは、もう“ただの集まり”じゃない。
 ——この家は、自分たちで作った“居場所”になっていたのだと。
 だからこそ、守りたくなった。
 でも、それは排除ではなく、選択だった。
“この場所にどう関わっていくか”を、
 自分の言葉と行動で選んでいく——
 それが、このシェアハウスに求められる“ルール”だった。


 理久がまだ見せていないもの。
 そして、住人たちがそれにどう“向き合う”か。
 それは、また次のページで静かに始まる。



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 週末の午後、また一つ、シェアハウス《casa-sora》に変化が起こった。
 一通のメールが、住人たちのグループチャットに投げ込まれたのだ。
《新メンバー加入予定のご連絡》
 来週より一名、短期滞在者としてシェアハウスに加わります。
 期間は2週間程度。詳細は後日、本人よりご挨拶させていただきます。
 casa-sora管理チームより。
「……短期って、観光か?」
 優真が、ソファに座りながらタブレットを見つめて言った。
「ビジネス研修とか、リモートワークの一時拠点かもな」
 真吾が冷静に返す。
「“お試し入居”ってやつじゃない?」
 みづきが背もたれにあごを乗せながら言う。
「でも、今のこの雰囲気に“誰かが混ざる”のって、結構大きなことだと思う」
 晴が、少し不安そうに口を開いた。
 桜子は言葉を探すように視線を落としたまま、ぽつり。
「……この場所、“完成してた”って感じあったから。
 だから、“足される”ことに戸惑っちゃうのかも」
「“完成”って言葉、ちょっとわかる」
 瑞季が頷いた。
「それぞれが、居場所を作って、やっとそれが重なって“今”になったのに……そこに新しいピースが入ってくるの、怖いっていうか」
 誰も新メンバーを拒否しているわけではない。
 でも、“空気が変わる”ということに、誰もが敏感になっていた。
 そんな空気の中、翌週。
 予定通り、新しい住人が現れた。
「こんにちは。今日から2週間だけ、お世話になります。
 西園寺 理久(さいおんじ りく)といいます。フリーの映像ディレクターやってます。よろしくお願いします」
 第一印象は——穏やかで物腰が柔らかい。
 笑顔も自然で、会話も丁寧。
“感じがいい”のに、“どこか近づきすぎない”。
 それが、彼の雰囲気だった。
 最初の食事。
 優真が話を振る。
「理久さん、東京から来たんですよね? このへんの空気、どうです?」
「静かで、でもちゃんと“暮らしてる音”がするって感じです。
 人の生活のリズムが見える場所って、貴重ですよ」
「……うわ、コメントがプロっぽい」
「映像やってると、言葉も自然と映像っぽくなっちゃうのかもしれません」
 そのやりとりはスムーズで、理久の受け答えは常に“的確で嫌味がない”。
 でも——
 その“完璧さ”が、どこかで住人たちに微妙な違和感を与えていた。
(……どこまでが“素”なんだろう)
 朝陽はそう思いながら、彼の言葉の抑揚を静かに測っていた。
 部屋に戻ってから、みづきが日誌に一行だけ書いた。
“感じがいい人ほど、どこまで信じていいか分からなくなるの、私だけ?”
 そして次の日。
 晴がその隣にこう書き足した。
“違和感は悪いことじゃないって、最近わかってきた。
 問題は、“違和感を抱えたまま関わるか”、
“そこから近づこうとするか”。私は後者を選びたい。”
 新しい人が来ることで、気づかされる。
 ——自分たちは、もう“ただの集まり”じゃない。
 ——この家は、自分たちで作った“居場所”になっていたのだと。
 だからこそ、守りたくなった。
 でも、それは排除ではなく、選択だった。
“この場所にどう関わっていくか”を、
 自分の言葉と行動で選んでいく——
 それが、このシェアハウスに求められる“ルール”だった。
 理久がまだ見せていないもの。
 そして、住人たちがそれにどう“向き合う”か。
 それは、また次のページで静かに始まる。