翌朝、キッチンのテーブルには昨夜のまま、「casa-sora日誌」が置かれていた。
誰かがページを開いた形跡はある。けれど、誰が最初に読んだのかはわからない。
それでも、確かに——その空気は少しだけ、前日より“柔らかい”。
「……これ、朝陽くんが書いたの?」
リビングでノートを手にした晴が、朝食の準備をしていた朝陽に問いかける。
「うん。勝手に置いた。怒る人、いなかったし」
「怒るわけないよ。……むしろ、助かった気がした」
晴はそう言って、そっとノートにペンを走らせた。
“昨日、自分の言葉が“薄っぺらい”って思った。
でも、ここにいて、ちゃんと話せた時の私は、それより少し“生きてた”気がする。”
その後、ぽつりぽつりと、ノートに文字が重なっていった。
**
真吾
“本音を出すって、たぶん“努力”じゃなくて“慣れ”なんだと思う。
ここでの生活が、それを育ててくれるなら、少しずつでも馴染みたい。”
**
瑞季
“私はまだ、“この家が好きだ”って言えるほどじゃない。
でも、“嫌いになりたくない”って思ってる。
それって、わりと前向きなことだと思う。”
**
桜子
““演じてる自分”でも、“本当の自分”でもない“途中の私”が、
ここにいてもいい気がしてきた。ありがとう。”
**
みづき
“信じるとか、信じられるとか、難しいけど。
“気づいてくれる人がいる”っていう感覚だけで、救われる夜もある。”
**
雅樹
“この場所が“写真に撮りたくなる場所”って思えたのは、
そこに“ちゃんと誰かがいた”から。
“景色”じゃなくて、“気配”を撮りたかった。”
**
優真
“俺、多分これからも騒ぐし、空回るし、たまにうざがられるかもしれない。
でもそれでも、“ここにいていい?”って聞いたら、
誰かが「いいよ」って言ってくれる気がした。
それが、めちゃくちゃ嬉しかった。”
**
朝陽
“人の感情は測れないけど、“触れる”ことはできる。
ノートに書かれた言葉がそうだったように。
だから、俺もちゃんと“自分の手”で、つながっていきたい。”
ページの最後に、瑞季が一言、記した。
“このノート、続けていこう。
誰かの“ちょっとした気持ち”を見失わないようにするために。”
そして、またいつもの朝が始まる。
だけど、ほんの少し“見えないもの”が見えるようになっていた。
言葉にならなかった気持ちが、
文字になることで届いた。
“わかってほしい”じゃなく、
“わかってもいい”という扉を開くための、最初のノック。
それがこのノートには、確かに刻まれていた。
玄関に向かう桜子が、スニーカーの紐を結びながらぽつりと呟いた。
「……今日、きっと、ちょっと頑張れる」
それを聞いた晴が笑って返す。
「……私も。頑張らなくても、ちょっと“ここに戻りたい”って思える」
日誌は今日も、テーブルの上に開かれている。
“誰かが読んで、誰かが書いて”、
少しずつ、この場所は“自分たちの居場所”になっていく。