section06「自由という名の不安と、踏み出す行為」
ー/ー 昼下がり、シェアハウス《casa-sora》のリビングにある小さな中庭に、ひとり佇む姿があった。
雅樹だった。
ウッドデッキの端に座り、スケッチブックに何かを描いては、また消し、描いてはまた消す。
「……なかなか“ここ”に合う形が見えないな」
呟いた声は、誰に聞かせるでもない。
だが、その背後から、ふいに明るい声が飛んできた。
「なに描いてんの?」
振り返ると、日差しの下に優真が立っていた。アイスコーヒーを片手に、いつも通りの気楽な笑顔。
「絵? デザイン?」
「んー、まあ“雰囲気”みたいなもんかな。ここの空気って、思ったより色が淡くてさ」
「……よくわかんねーけど、なんかカッコイイな」
雅樹は肩をすくめて笑った。
「言葉じゃ伝わんないもんさ。俺の“考える”って行為は、ほとんど“描く”とイコールなんだよな」
「なるほど。俺は“動く”とイコールかも」
「動く?」
「うん。考える前に動いてみて、動きながら調整してく。……ほら、失敗してもそこから“何か”拾えるじゃん?」
その言葉に、雅樹の手が止まる。
「……それ、できるやつ少ないんだよ。俺も、行動力あるって言われるけどさ、実際はけっこう“逃げの行動”なんだよね」
「逃げ?」
「誰かとちゃんと関わるの、怖いのかも。旅もアートも自由に見えるけど、本当は“長くいられない場所”を選んでる気がする」
「……あー、それ、ちょっと分かるかも」
優真はデッキに腰を下ろすと、空のグラスを指ではじいて言った。
「俺もさ、“うるさいヤツ”って言われるの、わかってる。でも静かにしてると、逆に何も伝えられない気がして、無理やり賑やかにしてるとこある」
「へえ、意外だな。お前がそんなふうに自分見てるなんて」
「自分のこと、いちばん分かってないのは自分じゃん?」
雅樹がふっと笑う。
「……やっぱりお前、面白いわ。表面的に見えるより、ずっと“深い”とこで動いてる」
「まあ、テンション高いだけで中身スカスカって言われたこともあるけどな!」
「自己評価、雑だな」
そう言って、雅樹はスケッチブックを優真のほうへ向けた。
「さっきまで描いてたけど、よく分かんなくなったから……代わりに描いてみ?」
「えっ、俺!? 絵、めちゃくちゃ下手だけど」
「いいから。“描いてみる”って行為に、意味があるんだよ。考える前に動いてみるんだろ?」
優真は戸惑いながらも鉛筆を握り、紙の上に“自分なりの何か”を描き始めた。
結果は——線が曲がり、形もブレて、まるで子供の落書きのようだった。
「……はは、やっぱダメだな。ごめん、スケッチブック汚しちゃった」
しかし、雅樹は首を横に振った。
「いや、それがいいんだよ。“最初に描いた線”って、その人の無意識が出るから、一番大事なんだ。……優真、お前はちゃんと“中に踏み込む線”を引ける人間だ」
「……なんか、それ言われたら、嬉しいな」
「絵は下手だけどな」
「……やっぱそこは言うんだ」
二人の笑い声が、中庭に小さく響いた。
そこに、風が通り抜け、ページの端をめくる。
描かれかけた“何か”と、それに重なる拙い線。
その共鳴は、まだ始まったばかりの信頼の輪郭を、そっと描き始めていた。
自由であることと、誰かと一緒にいることは、矛盾しない。
——それを知るために、少しだけ時間がかかるだけだ。
雅樹だった。
ウッドデッキの端に座り、スケッチブックに何かを描いては、また消し、描いてはまた消す。
「……なかなか“ここ”に合う形が見えないな」
呟いた声は、誰に聞かせるでもない。
だが、その背後から、ふいに明るい声が飛んできた。
「なに描いてんの?」
振り返ると、日差しの下に優真が立っていた。アイスコーヒーを片手に、いつも通りの気楽な笑顔。
「絵? デザイン?」
「んー、まあ“雰囲気”みたいなもんかな。ここの空気って、思ったより色が淡くてさ」
「……よくわかんねーけど、なんかカッコイイな」
雅樹は肩をすくめて笑った。
「言葉じゃ伝わんないもんさ。俺の“考える”って行為は、ほとんど“描く”とイコールなんだよな」
「なるほど。俺は“動く”とイコールかも」
「動く?」
「うん。考える前に動いてみて、動きながら調整してく。……ほら、失敗してもそこから“何か”拾えるじゃん?」
その言葉に、雅樹の手が止まる。
「……それ、できるやつ少ないんだよ。俺も、行動力あるって言われるけどさ、実際はけっこう“逃げの行動”なんだよね」
「逃げ?」
「誰かとちゃんと関わるの、怖いのかも。旅もアートも自由に見えるけど、本当は“長くいられない場所”を選んでる気がする」
「……あー、それ、ちょっと分かるかも」
優真はデッキに腰を下ろすと、空のグラスを指ではじいて言った。
「俺もさ、“うるさいヤツ”って言われるの、わかってる。でも静かにしてると、逆に何も伝えられない気がして、無理やり賑やかにしてるとこある」
「へえ、意外だな。お前がそんなふうに自分見てるなんて」
「自分のこと、いちばん分かってないのは自分じゃん?」
雅樹がふっと笑う。
「……やっぱりお前、面白いわ。表面的に見えるより、ずっと“深い”とこで動いてる」
「まあ、テンション高いだけで中身スカスカって言われたこともあるけどな!」
「自己評価、雑だな」
そう言って、雅樹はスケッチブックを優真のほうへ向けた。
「さっきまで描いてたけど、よく分かんなくなったから……代わりに描いてみ?」
「えっ、俺!? 絵、めちゃくちゃ下手だけど」
「いいから。“描いてみる”って行為に、意味があるんだよ。考える前に動いてみるんだろ?」
優真は戸惑いながらも鉛筆を握り、紙の上に“自分なりの何か”を描き始めた。
結果は——線が曲がり、形もブレて、まるで子供の落書きのようだった。
「……はは、やっぱダメだな。ごめん、スケッチブック汚しちゃった」
しかし、雅樹は首を横に振った。
「いや、それがいいんだよ。“最初に描いた線”って、その人の無意識が出るから、一番大事なんだ。……優真、お前はちゃんと“中に踏み込む線”を引ける人間だ」
「……なんか、それ言われたら、嬉しいな」
「絵は下手だけどな」
「……やっぱそこは言うんだ」
二人の笑い声が、中庭に小さく響いた。
そこに、風が通り抜け、ページの端をめくる。
描かれかけた“何か”と、それに重なる拙い線。
その共鳴は、まだ始まったばかりの信頼の輪郭を、そっと描き始めていた。
自由であることと、誰かと一緒にいることは、矛盾しない。
——それを知るために、少しだけ時間がかかるだけだ。
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