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section03「静けさの中の独り言」

ー/ー



 シェアハウス《casa-sora》の夜は、少し早めに静けさを迎えた。
 笑い声と自己紹介の余韻を残したまま、皆がそれぞれの部屋へと戻っていったあと——
 ようやく「一人の時間」が始まった。


 晴の部屋。
 淡いグリーンのカーテンに、温かみのある間接照明。
 ベッドの上にあぐらをかいて、晴は今日一日のことを思い返していた。
(……こんなにいろんな人と話したの、久しぶりかも)
 心地よい疲労と、少しの緊張。
 でも、どこか胸の奥がすっきりしている。
(優真って、やっぱり……すごくまっすぐ)
 軽くため息をついて、自分の手のひらを見つめた。
 ——慎重な自分は、何かを信じすぎるのが怖くて。
 だから、いつも心に“距離”を置く。
(……でも、あの距離のない明るさは、やっぱり眩しくて)
 ふと、机の引き出しからノートを取り出す。
 大学時代からつけている「人間関係ログ」。小さな文字で、今日出会った人たちの特徴と印象をメモする。
「……こんなの、やめたいって思うのに。つい、やっちゃうんだよね」
 それでも——ページをめくる手は、どこか嬉しそうだった。


 真吾の部屋。
 黒とグレーで統一された部屋に、パソコンが二台、静かに待機している。
 その前で、真吾はコーヒーを片手に、コードのメモを整理していた。
(自己紹介、まあまあだったな。優真が全部持ってった感じだけど)
 それでも悪くない。にぎやかすぎるのも嫌だけど、沈黙しかない場所よりずっといい。
(晴って子、思ったより芯あるな……なんとなく、優真と組んだら、化学反応起きそうなタイプ)
 気がつけば、思考がどこか“分析モード”に入っている。
「……ダメだな。これじゃ仕事と変わらない」
 そう言って笑ったあと、マグカップに口をつける。
 優真のバカみたいな笑顔を思い出して、ふっと息が抜けた。
「ま、そういうやつが一人くらいいてもいいか」


 瑞季の部屋。
 ミニマルな白い家具と、シンプルなベッド。
 瑞季は、ノートパソコンを開きながらメールチェックをしていた。
(仕事の連絡、まだ来てない……ま、遅い時間だし)
 机の横にはスーツケースが半分開いたままになっている。
 荷ほどきは、明日でいい。今は、それよりも“自分の中の整理”が優先だった。
「……疲れた」
 ぽつりと漏らした声は、驚くほど弱々しかった。
(あんなふうに、笑いながら自分を出せたら、きっと楽なんだろうな)
 思い浮かぶのは、優真と、雅樹の自由な雰囲気。
 ああいう人たちと同じ空間にいるのは、心地よくもあり、少しだけ居心地が悪い。
「ま、慣れたら、いけるかな」
 そっと窓を開けて夜風を入れる。
 肌に触れる空気は冷たかったけれど、気持ちは少しだけ軽くなった。


 みづきの部屋。
 読書灯の下で、みづきはノートに箇条書きを書いていた。
 雅樹:自由人。危なそうだが悪意はない


 真吾:堅実。シェアハウスの頭脳ポジ


 優真:にぎやか。要注意人物(テンション的に)


 晴:一番話しやすそう。観察対象


 瑞季:多分似た系統。時間かけて話すべき


 桜子:表情に波あり。感情の温度差に注意


 朝陽:油断できないタイプ。人の情報を拾うのが早すぎる


「……自己防衛のメモって、無意識にやっちゃうよな」
 口にした言葉は自嘲めいていたが、表情は真剣だった。
(騙されたくないって思いすぎて、誰かを信じるタイミングが見えなくなるのが一番怖い)
 でも——
 今日の優真の笑顔だけは、不思議と引っかからなかった。
(……まっすぐなやつ、なのかもしれない)
 そう書き足したあと、電気を消した。


 同じ屋根の下で、それぞれが“独り”で考えていた。
 この春、新しい暮らしを選んだ自分に、何を期待して、何を恐れているのか。
 そして、次の日——
 彼らの距離が、ほんの一歩だけ動きはじめる。


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 シェアハウス《casa-sora》の夜は、少し早めに静けさを迎えた。
 笑い声と自己紹介の余韻を残したまま、皆がそれぞれの部屋へと戻っていったあと——
 ようやく「一人の時間」が始まった。
 晴の部屋。
 淡いグリーンのカーテンに、温かみのある間接照明。
 ベッドの上にあぐらをかいて、晴は今日一日のことを思い返していた。
(……こんなにいろんな人と話したの、久しぶりかも)
 心地よい疲労と、少しの緊張。
 でも、どこか胸の奥がすっきりしている。
(優真って、やっぱり……すごくまっすぐ)
 軽くため息をついて、自分の手のひらを見つめた。
 ——慎重な自分は、何かを信じすぎるのが怖くて。
 だから、いつも心に“距離”を置く。
(……でも、あの距離のない明るさは、やっぱり眩しくて)
 ふと、机の引き出しからノートを取り出す。
 大学時代からつけている「人間関係ログ」。小さな文字で、今日出会った人たちの特徴と印象をメモする。
「……こんなの、やめたいって思うのに。つい、やっちゃうんだよね」
 それでも——ページをめくる手は、どこか嬉しそうだった。
 真吾の部屋。
 黒とグレーで統一された部屋に、パソコンが二台、静かに待機している。
 その前で、真吾はコーヒーを片手に、コードのメモを整理していた。
(自己紹介、まあまあだったな。優真が全部持ってった感じだけど)
 それでも悪くない。にぎやかすぎるのも嫌だけど、沈黙しかない場所よりずっといい。
(晴って子、思ったより芯あるな……なんとなく、優真と組んだら、化学反応起きそうなタイプ)
 気がつけば、思考がどこか“分析モード”に入っている。
「……ダメだな。これじゃ仕事と変わらない」
 そう言って笑ったあと、マグカップに口をつける。
 優真のバカみたいな笑顔を思い出して、ふっと息が抜けた。
「ま、そういうやつが一人くらいいてもいいか」
 瑞季の部屋。
 ミニマルな白い家具と、シンプルなベッド。
 瑞季は、ノートパソコンを開きながらメールチェックをしていた。
(仕事の連絡、まだ来てない……ま、遅い時間だし)
 机の横にはスーツケースが半分開いたままになっている。
 荷ほどきは、明日でいい。今は、それよりも“自分の中の整理”が優先だった。
「……疲れた」
 ぽつりと漏らした声は、驚くほど弱々しかった。
(あんなふうに、笑いながら自分を出せたら、きっと楽なんだろうな)
 思い浮かぶのは、優真と、雅樹の自由な雰囲気。
 ああいう人たちと同じ空間にいるのは、心地よくもあり、少しだけ居心地が悪い。
「ま、慣れたら、いけるかな」
 そっと窓を開けて夜風を入れる。
 肌に触れる空気は冷たかったけれど、気持ちは少しだけ軽くなった。
 みづきの部屋。
 読書灯の下で、みづきはノートに箇条書きを書いていた。
 雅樹:自由人。危なそうだが悪意はない
 真吾:堅実。シェアハウスの頭脳ポジ
 優真:にぎやか。要注意人物(テンション的に)
 晴:一番話しやすそう。観察対象
 瑞季:多分似た系統。時間かけて話すべき
 桜子:表情に波あり。感情の温度差に注意
 朝陽:油断できないタイプ。人の情報を拾うのが早すぎる
「……自己防衛のメモって、無意識にやっちゃうよな」
 口にした言葉は自嘲めいていたが、表情は真剣だった。
(騙されたくないって思いすぎて、誰かを信じるタイミングが見えなくなるのが一番怖い)
 でも——
 今日の優真の笑顔だけは、不思議と引っかからなかった。
(……まっすぐなやつ、なのかもしれない)
 そう書き足したあと、電気を消した。
 同じ屋根の下で、それぞれが“独り”で考えていた。
 この春、新しい暮らしを選んだ自分に、何を期待して、何を恐れているのか。
 そして、次の日——
 彼らの距離が、ほんの一歩だけ動きはじめる。