section02「誰かの理由、誰かの不安」
ー/ー 午後五時を過ぎる頃、窓の外はゆっくりと夕焼け色に染まりはじめていた。
それぞれが異なる事情を抱えながら、店の丸テーブルに集まっていた。
カフェラテのスチーム音が落ち着くBGMのように響く中、誰も急かされることなく時間を過ごしている。だが、内心では少しずつ“互いへの興味”が芽生えはじめていた。
最初に口を開いたのは風雅だった。
「この店、今日初めて来たんだけど……変な言い方だけどさ、妙に居心地いい」
由真が少しうつむきながら、照れたように微笑む。
「……それ、たまに言われます。“入り口が気づきにくいから隠れ家っぽい”って……でも、私、あんまり話しかけるの得意じゃないので、居心地いいって言ってもらえると……うれしいです」
「へえ、意外。接客してるのに」
由真は小さく首を振る。
「……人と話すの、苦手です。いつも、“ちゃんと接しなきゃ”って気にしすぎて……でも、ここでは、そういう自分でも、許されてる感じがして」
杏奈がその言葉に理屈を添えるように言葉を継いだ。
「“誰かの役に立ちたい”っていう意識が、強いタイプだと思います。そういう人は、“失敗しないための配慮”に感情を上乗せしがち。けど、ここは——そういう感情すら安心に包まれる空間ってこと」
「……わかりやすいようで、わかりにくいな」
風雅が苦笑する。
「たぶん、君にとっては“理屈”より“直感”の方が大事なんでしょうね」
杏奈はそう言ってにこりと笑った。その笑みはどこか自信に満ちていて、それでいて誰かを傷つけることのない、絶妙な距離感を保っていた。
そこに、泉がちょこんと発言を挟んだ。
「……あの、今日、わたし、ちょっと気になることがあって……」
みんなの視線が一斉に泉に向くと、彼女は驚いたように口元を押さえた。
「ご、ごめんなさい、急に話し出しちゃって……! あの……うるさかったら……」
「全然大丈夫」
慎が穏やかな声で割って入り、泉の方に微笑みかける。
「泉さん、話したかったら、ちゃんと聞くよ。ここはそういう場所だと思うから」
「……ありがとう、慎さん」
泉は少し安心したように、そっと息を吐いた。
「実は、最近ちょっとしたことで、すごく“人の目”が気になっちゃってて……」
「あー、わかる」
風雅が思わず口を挟む。
「なんかさ、他人って“見てない”ようで、妙な時だけ“見てる”んだよね。SNSとかで“何気ない投稿”したら急に変なコメントとか来ると、もうめっちゃ気になる」
「あるあるですね」
由香が手帳を閉じながら微笑んだ。
「予定立てるの好きだけど、他人から“几帳面すぎ”って言われると、突然全部が恥ずかしくなることがあるんです。何のためにやってたんだっけ、って」
その言葉に、杏奈が少し首を傾げた。
「他人の評価を気にすることが悪いとは思いません。むしろ、一定の“社会的適応力”ですから。だけど——それが“自分の行動”を変えてしまうほどになると、自己の輪郭が曖昧になってしまう」
「……それって、自分を守るために、人に合わせてるつもりが、逆に“自分”を見失うってこと?」
泉の問いに、杏奈は頷いた。
「簡単に言えば、そう。だから、私はなるべく“計測できる感情”しか信じないようにしてる。……感情って、案外あてにならないから」
「でも、感情がなきゃ、人は誰にも近づけないと思うよ」
そう言ったのは崇だった。
今まで黙っていた彼の声には、熱がこもっていた。
「俺、高校の時に人間関係でぶっ壊れてさ。全部が面倒くさくなって、何も考えずに走ってた。そしたら、部活で一人の先輩に“感情を投げ出さなければ、どんな壁も超えられる”って言われて——それ、ずっと信じてんだ」
一同が静かに耳を傾けていた。
崇は照れくさそうに鼻をこすった。
「ま、俺は才能型ってよく言われるけど、感情でしか動けないから。だから、泉が何を感じてるか、ちゃんと聞きたいって思う」
泉の瞳が、少し潤んだように光った。
——たぶん、誰も、明確な答えは持っていない。
でも、こうして話すことで、それぞれが“自分の居場所”を少しずつ確かめていた。
その時、由香のスマホが小さく振動した。画面を見て、彼女の眉が少しだけ寄る。
「……ごめん、ちょっと外で電話するね」
そう言って席を立った彼女の背中を、誰も無理には追わなかった。
カフェ《アンサンブル》には、そういう“間”がちゃんとあった。
それぞれが異なる事情を抱えながら、店の丸テーブルに集まっていた。
カフェラテのスチーム音が落ち着くBGMのように響く中、誰も急かされることなく時間を過ごしている。だが、内心では少しずつ“互いへの興味”が芽生えはじめていた。
最初に口を開いたのは風雅だった。
「この店、今日初めて来たんだけど……変な言い方だけどさ、妙に居心地いい」
由真が少しうつむきながら、照れたように微笑む。
「……それ、たまに言われます。“入り口が気づきにくいから隠れ家っぽい”って……でも、私、あんまり話しかけるの得意じゃないので、居心地いいって言ってもらえると……うれしいです」
「へえ、意外。接客してるのに」
由真は小さく首を振る。
「……人と話すの、苦手です。いつも、“ちゃんと接しなきゃ”って気にしすぎて……でも、ここでは、そういう自分でも、許されてる感じがして」
杏奈がその言葉に理屈を添えるように言葉を継いだ。
「“誰かの役に立ちたい”っていう意識が、強いタイプだと思います。そういう人は、“失敗しないための配慮”に感情を上乗せしがち。けど、ここは——そういう感情すら安心に包まれる空間ってこと」
「……わかりやすいようで、わかりにくいな」
風雅が苦笑する。
「たぶん、君にとっては“理屈”より“直感”の方が大事なんでしょうね」
杏奈はそう言ってにこりと笑った。その笑みはどこか自信に満ちていて、それでいて誰かを傷つけることのない、絶妙な距離感を保っていた。
そこに、泉がちょこんと発言を挟んだ。
「……あの、今日、わたし、ちょっと気になることがあって……」
みんなの視線が一斉に泉に向くと、彼女は驚いたように口元を押さえた。
「ご、ごめんなさい、急に話し出しちゃって……! あの……うるさかったら……」
「全然大丈夫」
慎が穏やかな声で割って入り、泉の方に微笑みかける。
「泉さん、話したかったら、ちゃんと聞くよ。ここはそういう場所だと思うから」
「……ありがとう、慎さん」
泉は少し安心したように、そっと息を吐いた。
「実は、最近ちょっとしたことで、すごく“人の目”が気になっちゃってて……」
「あー、わかる」
風雅が思わず口を挟む。
「なんかさ、他人って“見てない”ようで、妙な時だけ“見てる”んだよね。SNSとかで“何気ない投稿”したら急に変なコメントとか来ると、もうめっちゃ気になる」
「あるあるですね」
由香が手帳を閉じながら微笑んだ。
「予定立てるの好きだけど、他人から“几帳面すぎ”って言われると、突然全部が恥ずかしくなることがあるんです。何のためにやってたんだっけ、って」
その言葉に、杏奈が少し首を傾げた。
「他人の評価を気にすることが悪いとは思いません。むしろ、一定の“社会的適応力”ですから。だけど——それが“自分の行動”を変えてしまうほどになると、自己の輪郭が曖昧になってしまう」
「……それって、自分を守るために、人に合わせてるつもりが、逆に“自分”を見失うってこと?」
泉の問いに、杏奈は頷いた。
「簡単に言えば、そう。だから、私はなるべく“計測できる感情”しか信じないようにしてる。……感情って、案外あてにならないから」
「でも、感情がなきゃ、人は誰にも近づけないと思うよ」
そう言ったのは崇だった。
今まで黙っていた彼の声には、熱がこもっていた。
「俺、高校の時に人間関係でぶっ壊れてさ。全部が面倒くさくなって、何も考えずに走ってた。そしたら、部活で一人の先輩に“感情を投げ出さなければ、どんな壁も超えられる”って言われて——それ、ずっと信じてんだ」
一同が静かに耳を傾けていた。
崇は照れくさそうに鼻をこすった。
「ま、俺は才能型ってよく言われるけど、感情でしか動けないから。だから、泉が何を感じてるか、ちゃんと聞きたいって思う」
泉の瞳が、少し潤んだように光った。
——たぶん、誰も、明確な答えは持っていない。
でも、こうして話すことで、それぞれが“自分の居場所”を少しずつ確かめていた。
その時、由香のスマホが小さく振動した。画面を見て、彼女の眉が少しだけ寄る。
「……ごめん、ちょっと外で電話するね」
そう言って席を立った彼女の背中を、誰も無理には追わなかった。
カフェ《アンサンブル》には、そういう“間”がちゃんとあった。
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