夕方、ラルヴァ北第三区。
開発が中断されたこのエリアは、今では“立入禁止”区域として封鎖され、誰も足を踏み入れない廃墟となっていた。
風の音が金属を叩くように響く中、廃ビルの奥、唯一通電していない旧配電所だけが不自然に“残されて”いた。
──そう、“放置された”のではなく、“残されていた”。
凌空はフェンスを乗り越えて施設内に入った。足音を殺して進んだ先、崩れかけた階段の途中で、既に誰かが待っているのが見えた。
「ようこそ、未来の亡霊たちへ」
一樹だった。
まるで演劇の幕開けのように、芝居がかった台詞で凌空を迎える。
「他の連中も来るのか?」
「さあ? でも……ほら」
崩れた天井から差し込む光の中、ゆっくりと足音が重なる。
「遅れてごめん。みゆきが、迷いかけてたから」
希帆の声。
「迷ってなんか……ごめんなさい……」
みゆきは上着の袖を握りながら、気まずそうにうつむいた。
その後に丈と拓巳、結香と舞香も現れた。
皆、顔にはそれぞれの戸惑いや緊張が滲んでいたが、確かに「自分の意志」でここに来ていた。
「……で、何を見せたいんだ」
舞香が壁にもたれて尋ねた。
「記録。正確には、“消されたはずの記録”」
一樹は端末を取り出した。一般には出回っていない、学内でも管理者権限が必要なレベルの高位端末だった。
「それ……どこで手に入れたの」
結香が訝しむ。だが一樹は微笑むだけで答えない。
「これを見てほしい。約七年前、ラルヴァで実施された“未公開実験”の映像さ。正式には“異能適合性覚醒試験”。でも実際は——」
彼が端末の再生ボタンを押すと、スクリーンにノイズ混じりの記録映像が映った。
そこには、当時まだ幼い子どもたちがガラス越しに隔離され、冷たい部屋で何かの反応を測定されている様子が映っていた。
子どもたちは皆、強い光に晒されると苦しそうに体を折り曲げ、叫び、泣いていた。
「……これ……まさか……!」
みゆきが顔を覆う。
希帆も顔を強張らせた。
「そう。この中に“俺たち”がいる。俺も、凌空も、そして——希帆も」
「……嘘、でしょ……」
「思い出せないのは当然だ。記憶を消す処理が施されていたから。でも、俺は“夢”の中で、何度もこれを見てた。……自分が、ここにいたことも」
凌空は何も言わなかった。だが胸の奥に“納得”が灯る。
確かに自分は、ずっと感じていた。“どこかで失った何か”の感覚。
それが今、ぴたりと埋まったような感覚があった。
「この実験は“失敗”ってことになってる。だけど、何が“失敗”だったのか——それを探るには、もっと深く潜らなきゃいけない」
一樹がふっと目を細めた。
「俺の中の“誰か”は言ってるよ。“選ばれた者たち”が、再び目覚める時が来たって」
「選ばれた……?」
拓巳が眉をひそめる。
「そう。俺たちはただの偶然でラルヴァに来たんじゃない。“適性者”として“再配置”されたんだ」
「証拠は?」
「証拠なら……この施設の“地下”にある。正式には存在しないことになってる階層。そこで、何かが眠ってる」
凌空は口を開いた。
「そこに行くって言うのか?」
「うん。だから、君たちに付き合ってほしい。これは“俺一人じゃできない”って思ってるから」
その瞬間、希帆が一歩前へ出た。
「私は、行く。理由はない。でも……見過ごせない。私たちが巻き込まれてたっていうなら、何があったのか、ちゃんと知りたい」
みゆきも、小さく頷いた。
「私も……怖いけど……」
丈はうなずくと、静かに言った。
「行くよ。ここまで聞いた以上、無関係ではいられない」
拓巳は笑いながら、
「俺は最初から断る気なかったけど?」
結香は、やれやれとため息をつきながら、
「面倒ごとには慣れてるし、どうせ放っとけないんでしょ、私」
そして舞香だけがしばらく沈黙し、やがて一言だけ。
「報告する気はない。……だから、行く」
一樹は満足そうに目を閉じた。
「じゃあ、決まりだね」
彼の背後。金属製の格子扉の奥に、地下へと続く階段が口を開けていた。
それは、光の届かない深淵。
真実が隠された、ラルヴァの“心臓”へ通じる道だった。