「——つまり、俺が言いたいのはさ。“僕の中に誰かがいる”ってことなんだよね」
一樹はソファに深く腰を沈め、頭の後ろで手を組みながら、まるで雑談でもするかのような調子で言った。
だが、その場にいた全員の顔からは笑みが消えていた。
「……どういうこと?」
希帆が、慎重に問い返す。
「いや、最近さ。夢を見るんだよ。目の前で街が崩れていく夢。でも、その夢の中で“僕”は平然としてる。“他人事”みたいにラルヴァが崩れるのを見てる」
「それ、ただの悪夢じゃ……」
みゆきが怯えたように呟く。
「そう思うじゃん? でも違うんだよ。目が覚めても、そいつの“考え”が残ってる。“この街は、間違っている”って。何の根拠もないのに、なぜか納得してる自分がいる」
沈黙が落ちる。
一樹の言葉には、どこか論理を超えた“納得感”があった。言葉の端々に真実のような“重み”がある。それが逆に、恐ろしい。
「……お前、検査は受けたのか?」
丈が静かに問う。
「もちろん。脳波も、異能反応も、すべて“異常なし”。“正常”って言われたよ」
「じゃあ、どうして……」
「それでも、自分が“正常じゃない”って思えるくらい、リアルなんだよ」
一樹はテーブルの上に両肘を乗せ、掌を組み合わせた。
「ねえ、君たちって、“この街の外”に興味ある?」
「外……?」
「そう。結界の外。見えない壁の向こう。あそこには何があると思う?」
結香が眉をしかめて言う。
「隔離地帯。それ以外、考えられない」
「うん、たぶんそう。政府は“未確定の異能”が暴走しないように、ここを作った。みんな知ってる。でもさ、本当にそれだけ?」
空気が変わる。
舞香が冷静に反論する。
「陰謀論なら他でやって。“結界外には真実が隠されている”なんて、漫画の中だけで十分」
「でも、その“真実”を夢の中で見たら? しかも、それが何度も繰り返されて……“自分”じゃない“誰か”の目で見たように感じられたら?」
誰もすぐには答えなかった。
ただ、一樹の発する“異質な雰囲気”だけが、その場を支配していた。
凌空は、ようやく口を開く。
「お前、まさか——“外へ行こうとしてる”のか?」
「……さすがだね、凌空。察しがいい。正直、ここまで話して、君だけがそういう反応するって思ってた」
「馬鹿な真似はやめろ」
「“馬鹿な真似”? そうかもね。でも、何もしなければ、きっともっと酷いことが起きる」
「何か、確証があるのか?」
「ないよ。でも、確信はある。“何か”が近づいてる。“僕”がそれを止めなきゃいけない、って」
——僕じゃなく、“僕”が。
その言い回しに、一同は静かな戦慄を覚えた。
(この街の“歪み”は、想像以上に深い。しかも——あいつは、その中心に立ってる)
凌空は心の中でそう呟いた。
「……お前が何を見たか、もう少し詳しく教えてくれ」
「いいよ。でも、ここじゃだめだ。壁に“耳”があるかもしれないからね」
そう言って、一樹はスッと立ち上がる。
その軽やかな動作の中に、一瞬だけ“異なる何か”が混ざった気がした。
目の奥に映った光が、まるで誰か別の人間のそれのように感じられたのは、気のせいだったのだろうか——
「明日の
放課後、に来てよ。続きは、そこで話すよ」
一樹はそう言い残し、振り返ることなく部屋を後にした。
残された全員は、それぞれの思惑を抱えたまま、その場に沈黙する。