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番外編一 翳(かげ) ―

ー/ー




「なっつっやっすっみっ!だぁっ!」

 校門をくぐるなり、もろ手を広げて惠美は叫んだ。

「あはははは…」

 いきなりの雄叫びに多喜としては笑うしかない。しかし夏休み突入という状況にテンション超爆の惠美は多喜にも謎のコールを強要する。

「ほら一緒にっ! だぁっ!」

「だぁ」

 恥ずかしそうに苦笑いしながら仕方なく右腕を振り上げる多喜。自分には全くできない発想と行動を見たり、そして時々振り回されたりするのが本当に楽しくて面白くて惠美からはいっつも目が離せないや、と思う多喜。しかも突っ走り過ぎず、ちゃんとこちらのペースも推し量ってくれるなど、なかなかの気遣いがあって嬉しい。つまりベタ惚れなのだ。

「夏にふさわしい力強さが足りないなぁ……」

「くすくすくす、私体力ないから。君は本当に楽しそうね」

「うん!これから何をしようか考えるとワクワクしない?」

「宿題の消化日程とか?」

「たはー、わかってない。わかってませんなー小山内君。毎日デートできるのですよ!毎日!」

「ごめん、真剣に宿題のことばっか考えてたわ」

「えぇ……」

「毎日デートしたら…… したいけど…… 八月三十一日は地獄確定」

「たはぁ……」

「でもいっぱいデート出来るのは間違いないから確かに嬉しいね。ねぇ、今度はおうちデートも増やしたいな?」

 多喜の声色が変わった。そっと惠美の手を握って身体をすり寄せる。

「あっ……」

 握られた惠美の手がぴくっと震える。

「あら? なんか照れてる? くす 」

 多喜の声がさらに蠱惑的に響く。スイッチが切り替わったかのように。

「い、いやそんなんじゃなくて…」

「ふーん、そうなんだ…」

 すっ、と手を恋人繋ぎにする。

「はっ…」

「可愛い」

 握る手に力が入る。

「んっ…」

 惠美の身体はそれだけで熱を帯びてしまった。惠美の手汗で二人の手が湿る。

「も、もう、やり過ぎだよ…」

 惠美の声がこれまでとは違う甘い声になる。

「ごめん、意地悪しちゃった」

 多喜の声もとろけるような声。

「多喜私もう…」

「うん、私も…」

 何年か前に造成されたもののたちまち閉鎖された住宅展示場跡の打ち捨てられた廃屋の群れ。その片隅の廃屋の群れの一棟の陰で二人はひっそりと愛を交わす事があった。
 すると多喜は時に豹変する。時に不安げに惠美を求め、時に惠美を試すかのように責める。しかしこの日は暑さのせいもあってか極めて淡泊な多喜であった。その後はこの暑さにもかかわらず抱き合ったり腕や脚を絡めあったりキスを繰り返したり、とお互いを確かめるように触れ合いながらお菓子を食べて適当におしゃべりを続けていた。

 多喜は空が好きだった。本当によく空を眺めていた。そして今日も。廃屋の階段に腰かけて。今日の空は抜けるような蒼空。雲量は1.0程度。絹雲が糸を引いて東へ流れる。夏本番の快晴だ。

 だが惠美は言葉にできない違和感を覚えていた。そんな多喜の瞳に。それが何を意味しているのか今の惠美には知る由もない。

 太陽の輝く季節。青々とした空。活力に満ちた若さ。愛にも恵まれた小山内多喜。

 彼女は今真夏の蒼空を見上げている。

 だがその瞳に映る微かな昏い(かげ)は、何だ。

 今となってはもう誰もそれを知る事はできない。


                           ―― 完 ――


【次回】
 番外編二 告白 ――三回忌――


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「なっつっやっすっみっ!だぁっ!」
 校門をくぐるなり、もろ手を広げて惠美は叫んだ。
「あはははは…」
 いきなりの雄叫びに多喜としては笑うしかない。しかし夏休み突入という状況にテンション超爆の惠美は多喜にも謎のコールを強要する。
「ほら一緒にっ! だぁっ!」
「だぁ」
 恥ずかしそうに苦笑いしながら仕方なく右腕を振り上げる多喜。自分には全くできない発想と行動を見たり、そして時々振り回されたりするのが本当に楽しくて面白くて惠美からはいっつも目が離せないや、と思う多喜。しかも突っ走り過ぎず、ちゃんとこちらのペースも推し量ってくれるなど、なかなかの気遣いがあって嬉しい。つまりベタ惚れなのだ。
「夏にふさわしい力強さが足りないなぁ……」
「くすくすくす、私体力ないから。君は本当に楽しそうね」
「うん!これから何をしようか考えるとワクワクしない?」
「宿題の消化日程とか?」
「たはー、わかってない。わかってませんなー小山内君。毎日デートできるのですよ!毎日!」
「ごめん、真剣に宿題のことばっか考えてたわ」
「えぇ……」
「毎日デートしたら…… したいけど…… 八月三十一日は地獄確定」
「たはぁ……」
「でもいっぱいデート出来るのは間違いないから確かに嬉しいね。ねぇ、今度はおうちデートも増やしたいな?」
 多喜の声色が変わった。そっと惠美の手を握って身体をすり寄せる。
「あっ……」
 握られた惠美の手がぴくっと震える。
「あら? なんか照れてる? くす 」
 多喜の声がさらに蠱惑的に響く。スイッチが切り替わったかのように。
「い、いやそんなんじゃなくて…」
「ふーん、そうなんだ…」
 すっ、と手を恋人繋ぎにする。
「はっ…」
「可愛い」
 握る手に力が入る。
「んっ…」
 惠美の身体はそれだけで熱を帯びてしまった。惠美の手汗で二人の手が湿る。
「も、もう、やり過ぎだよ…」
 惠美の声がこれまでとは違う甘い声になる。
「ごめん、意地悪しちゃった」
 多喜の声もとろけるような声。
「多喜私もう…」
「うん、私も…」
 何年か前に造成されたもののたちまち閉鎖された住宅展示場跡の打ち捨てられた廃屋の群れ。その片隅の廃屋の群れの一棟の陰で二人はひっそりと愛を交わす事があった。
 すると多喜は時に豹変する。時に不安げに惠美を求め、時に惠美を試すかのように責める。しかしこの日は暑さのせいもあってか極めて淡泊な多喜であった。その後はこの暑さにもかかわらず抱き合ったり腕や脚を絡めあったりキスを繰り返したり、とお互いを確かめるように触れ合いながらお菓子を食べて適当におしゃべりを続けていた。
 多喜は空が好きだった。本当によく空を眺めていた。そして今日も。廃屋の階段に腰かけて。今日の空は抜けるような蒼空。雲量は1.0程度。絹雲が糸を引いて東へ流れる。夏本番の快晴だ。
 だが惠美は言葉にできない違和感を覚えていた。そんな多喜の瞳に。それが何を意味しているのか今の惠美には知る由もない。
 太陽の輝く季節。青々とした空。活力に満ちた若さ。愛にも恵まれた小山内多喜。
 彼女は今真夏の蒼空を見上げている。
 だがその瞳に映る微かな昏い翳《かげ》は、何だ。
 今となってはもう誰もそれを知る事はできない。
                           ―― 完 ――
【次回】
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