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番外編二 告白 ―― 三回忌 ――

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 今週の暑さは残暑などとは呼べないほど厳しいものだったのに、参列者の事を多喜が気づかってくれたのか、今日は(こと)(ほか)涼しい。それもあってか多喜の三回忌の法要もつつがなく終わろうとしていた。

 午後、蝉の声も幾分静かになる頃、惠美は槇子と多喜の家で一息ついていた。キッチンテーブルで多喜の母が出してくれた氷の浮かんだ乳酸飲料を飲みながら、惠美も槇子も笑顔こそないもののほっと肩の力を抜いている。親戚一同は車に分乗して会食会場へと移動中で、今のこの家には車に乗り切れなかった惠美と槇子と多喜の母である紗子(さえこ)の三人がいるばかりとなった。多喜の母はまたぞろ玄関先で親戚やお寺さんの人とお話ししているのか、ぼそぼそと声だけが聞こえていたが、やがてそれも済んだようで二人のいるキッチンの前を素通りして多喜の仏間に入っていった。

「でもやっぱりちゃんと参列出来て良かった。お手伝いもできて紗子姉さんにとっても良かったと思うし。それに、法要に出るのって心の整理にもなるから…」

 小さな声で槇子が惠美に話しかけていた。周囲には誰もいないので完全に素に戻っている。

「私もそれはすごく分かった。槇……子さんにも前言ったけど、お墓とか仏壇とか法事とか位牌とか全然意味わかんなくて。でも今は……ちょっと違うかな。」

 汗をかいたグラスを両手で持って面を上げやはり小さい声で答える惠美。喪服を着ても可愛い槇子に少し赤くなる。

「大人になったねえ、惠美ちゃん」

 テーブルに突っ伏して笑顔は最小限にしながら惠美をつつく槇子。

「こういうところでからかわないの…… もお突っつかないで」

 女子大生とその高校時代のクラスメイトの従姉であるOL。一見すると縁遠そうな間柄だが、到底そのようには思えない親しさやスキンシップだ。もちろんこういった姿を不用意に見られないよう、常日頃は周囲への気配りや目配りにも充分慣れている。

 多喜の母を含め三人だけの家は何か物寂しいほどに静まり返っていた。
 
 つ、と居間から多喜の母、槇子の姉である紗子が二人の掛けているダイニングキッチンに現れる。槇子に似て背が高く、多喜に似て長い黒髪の美人。黒髪を結い上げ、喪服を着て自分の娘の法要を夫とともに執り行い、彼女の相貌(そうぼう)にはその疲労の色意外に何がしかの不吉な色が浮かんでいるのを惠美も槇子も感じた。

「大丈夫? 本当に具合悪そうだから少し休んだ方がいいって。あれ? 喬昭(たかあき)お義兄さんは?」

「住職のご案内に出たわ。この後の会食にもお出になられますよね?」

 最後の質問は惠美に向けられたものだ。槇子を含め親戚一同が居並ぶ中一人だけ自分がその輪に入るのは非常に気まずかった。法要には多喜の母の(たっ)ての願いで結局参加することになってしまったが、惠美としてはここで改めて辞する心づもりであった。

「え、ああ、いや、お話しした通り私のようなものが参加するなどおこがましいです……」

「心細ければ槇子もおりますし、これも供養と思って出ていただければあの子も喜びます」

「…………」

「あまり惠美ちゃんに無理させない方がいいわ。ね。ああ、もうほらやっぱり疲れてるでしょ。こっちで掛けてたら」

 槇子が多喜の母をもといた仏間に連れていく。惠美は一人取り残されるのが嫌で二人の後を恐る恐るついていった。仏間のちゃぶ台を中心に三人で掛ける。黒と金の美しく重厚で威圧感さえある仏壇が静かに座していた。そこには満面の笑みを浮かべた数年前の多喜の写真と位牌が重々しい威厳をもって鎮座している。それを横目で見た惠美は胃の腑が重くなるような感触を覚える。

 座布団の上に座ってもしばらくは誰も言葉を発さなかった。

 多喜の母、紗子はその間落ち着きなく視線を彷徨わせ、ちらりちらりと惠美に目をやっては俯く。惠美としてはその真意を測りかね何とも気まずい。槇子は疲労に加え何がしかの不安に駆られた表情だとは見て取ったが、その紗子の不安が何なのか読み取れない。紗子は何かに怯え、そして逡巡しているようでもあった。何度も姿勢を直し何か言いたそうにしながらも、あらぬ方を見てはまた姿勢を正す。

 そして、すう、と紗子が小さく息を吸う。その口からようやく言葉が発せられた。

「惠美さん」

 突然名を呼ばれぎょっとした惠美は紗子に顔を向ける。すると意を決しきりっと居住まいを正した多喜の母の真剣な眼差しにはっとした。これはきっと何かを決意した時の眼だ、そう思った。

「生前、あの子に大変よくして下さって、本当にありがとうございました」

 それは、いきなりと言ってよかった。小さな卓に軽く手をついて頭を下げる紗子。

「……!」

「ちょっと紗子お姉さんどうしたの?」

 驚くと同時に不審に思う二人。特に惠美は多喜との二人の関係がばれたのではないか、一人娘が同性愛者であると分かったのか、私自身も同性愛者であると知れたのか、とすると槇子もまた、との思いがぐるぐると駆け巡る。その場合、最悪の事態を想像し恐怖で全身が粟立つ。

「実は惠美さんにお話ししたい事がございます。これは私の話になります。いいえ、話というよりも告白や懺悔に近いと思いますが。全くの私事なのですが、予(かね)てよりどうしても聞いていただきたかったのです。
これは私自身のけじめなのです。惠美さんには関係のない事ばかりで、嫌な話かもしれませんが、どうかお許し願えませんでしょうか」

 卓に手をついたまま面を上げ、どこか(すが)るような目つきで惠美を見つめる紗子。言っていることが全く理解できず不安げな表情で惠美と紗子を交互に目をやる槇子。多喜の母、紗子のこの(すが)りつくような(まなこ)にただ事ではない何かを惠美は感じる。これは紗子個人の話であっても多喜と私にも関係する何かにつながる話だと直感する。

「多喜……ちゃんと私にも関係する事なんですね」

「ちょっと惠美ちゃん」

 さすがの槇子も二人の同性愛関係についてほのめかされている事に気付いたのだろう。とっさに止めようと口をはさむ。

「はい……」

 惠美を真正面から見つめる目。悪意のない真っ直ぐかつ苦悩に歪んだ目。そしてとても悲しそうな。

「うかがわさせてください」

「……」

 姿勢を正す惠美に黙って一礼すると、面を下げたまま力のない言葉で一言一言選びながら、何か身を切るように何かを語ろうとしているかに見える紗子。槇子も自然と居住まいが正されるが、紗子は背を丸めている。小さく背を丸めた紗子は、多喜の葬式以来今まで見てきたなかで一番打ちひしがれているように見える。

 そして告白が始まる。


【次回】
 番外編二 告白 ――結婚――


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 今週の暑さは残暑などとは呼べないほど厳しいものだったのに、参列者の事を多喜が気づかってくれたのか、今日は殊《こと》の外《ほか》涼しい。それもあってか多喜の三回忌の法要もつつがなく終わろうとしていた。
 午後、蝉の声も幾分静かになる頃、惠美は槇子と多喜の家で一息ついていた。キッチンテーブルで多喜の母が出してくれた氷の浮かんだ乳酸飲料を飲みながら、惠美も槇子も笑顔こそないもののほっと肩の力を抜いている。親戚一同は車に分乗して会食会場へと移動中で、今のこの家には車に乗り切れなかった惠美と槇子と多喜の母である紗子《さえこ》の三人がいるばかりとなった。多喜の母はまたぞろ玄関先で親戚やお寺さんの人とお話ししているのか、ぼそぼそと声だけが聞こえていたが、やがてそれも済んだようで二人のいるキッチンの前を素通りして多喜の仏間に入っていった。
「でもやっぱりちゃんと参列出来て良かった。お手伝いもできて紗子姉さんにとっても良かったと思うし。それに、法要に出るのって心の整理にもなるから…」
 小さな声で槇子が惠美に話しかけていた。周囲には誰もいないので完全に素に戻っている。
「私もそれはすごく分かった。槇……子さんにも前言ったけど、お墓とか仏壇とか法事とか位牌とか全然意味わかんなくて。でも今は……ちょっと違うかな。」
 汗をかいたグラスを両手で持って面を上げやはり小さい声で答える惠美。喪服を着ても可愛い槇子に少し赤くなる。
「大人になったねえ、惠美ちゃん」
 テーブルに突っ伏して笑顔は最小限にしながら惠美をつつく槇子。
「こういうところでからかわないの…… もお突っつかないで」
 女子大生とその高校時代のクラスメイトの従姉であるOL。一見すると縁遠そうな間柄だが、到底そのようには思えない親しさやスキンシップだ。もちろんこういった姿を不用意に見られないよう、常日頃は周囲への気配りや目配りにも充分慣れている。
 多喜の母を含め三人だけの家は何か物寂しいほどに静まり返っていた。
 つ、と居間から多喜の母、槇子の姉である紗子が二人の掛けているダイニングキッチンに現れる。槇子に似て背が高く、多喜に似て長い黒髪の美人。黒髪を結い上げ、喪服を着て自分の娘の法要を夫とともに執り行い、彼女の相貌《そうぼう》にはその疲労の色意外に何がしかの不吉な色が浮かんでいるのを惠美も槇子も感じた。
「大丈夫? 本当に具合悪そうだから少し休んだ方がいいって。あれ? 喬昭《たかあき》お義兄さんは?」
「住職のご案内に出たわ。この後の会食にもお出になられますよね?」
 最後の質問は惠美に向けられたものだ。槇子を含め親戚一同が居並ぶ中一人だけ自分がその輪に入るのは非常に気まずかった。法要には多喜の母の達《たっ》ての願いで結局参加することになってしまったが、惠美としてはここで改めて辞する心づもりであった。
「え、ああ、いや、お話しした通り私のようなものが参加するなどおこがましいです……」
「心細ければ槇子もおりますし、これも供養と思って出ていただければあの子も喜びます」
「…………」
「あまり惠美ちゃんに無理させない方がいいわ。ね。ああ、もうほらやっぱり疲れてるでしょ。こっちで掛けてたら」
 槇子が多喜の母をもといた仏間に連れていく。惠美は一人取り残されるのが嫌で二人の後を恐る恐るついていった。仏間のちゃぶ台を中心に三人で掛ける。黒と金の美しく重厚で威圧感さえある仏壇が静かに座していた。そこには満面の笑みを浮かべた数年前の多喜の写真と位牌が重々しい威厳をもって鎮座している。それを横目で見た惠美は胃の腑が重くなるような感触を覚える。
 座布団の上に座ってもしばらくは誰も言葉を発さなかった。
 多喜の母、紗子はその間落ち着きなく視線を彷徨わせ、ちらりちらりと惠美に目をやっては俯く。惠美としてはその真意を測りかね何とも気まずい。槇子は疲労に加え何がしかの不安に駆られた表情だとは見て取ったが、その紗子の不安が何なのか読み取れない。紗子は何かに怯え、そして逡巡しているようでもあった。何度も姿勢を直し何か言いたそうにしながらも、あらぬ方を見てはまた姿勢を正す。
 そして、すう、と紗子が小さく息を吸う。その口からようやく言葉が発せられた。
「惠美さん」
 突然名を呼ばれぎょっとした惠美は紗子に顔を向ける。すると意を決しきりっと居住まいを正した多喜の母の真剣な眼差しにはっとした。これはきっと何かを決意した時の眼だ、そう思った。
「生前、あの子に大変よくして下さって、本当にありがとうございました」
 それは、いきなりと言ってよかった。小さな卓に軽く手をついて頭を下げる紗子。
「……!」
「ちょっと紗子お姉さんどうしたの?」
 驚くと同時に不審に思う二人。特に惠美は多喜との二人の関係がばれたのではないか、一人娘が同性愛者であると分かったのか、私自身も同性愛者であると知れたのか、とすると槇子もまた、との思いがぐるぐると駆け巡る。その場合、最悪の事態を想像し恐怖で全身が粟立つ。
「実は惠美さんにお話ししたい事がございます。これは私の話になります。いいえ、話というよりも告白や懺悔に近いと思いますが。全くの私事なのですが、予《かね》てよりどうしても聞いていただきたかったのです。
これは私自身のけじめなのです。惠美さんには関係のない事ばかりで、嫌な話かもしれませんが、どうかお許し願えませんでしょうか」
 卓に手をついたまま面を上げ、どこか縋《すが》るような目つきで惠美を見つめる紗子。言っていることが全く理解できず不安げな表情で惠美と紗子を交互に目をやる槇子。多喜の母、紗子のこの縋《すが》りつくような眼《まなこ》にただ事ではない何かを惠美は感じる。これは紗子個人の話であっても多喜と私にも関係する何かにつながる話だと直感する。
「多喜……ちゃんと私にも関係する事なんですね」
「ちょっと惠美ちゃん」
 さすがの槇子も二人の同性愛関係についてほのめかされている事に気付いたのだろう。とっさに止めようと口をはさむ。
「はい……」
 惠美を真正面から見つめる目。悪意のない真っ直ぐかつ苦悩に歪んだ目。そしてとても悲しそうな。
「うかがわさせてください」
「……」
 姿勢を正す惠美に黙って一礼すると、面を下げたまま力のない言葉で一言一言選びながら、何か身を切るように何かを語ろうとしているかに見える紗子。槇子も自然と居住まいが正されるが、紗子は背を丸めている。小さく背を丸めた紗子は、多喜の葬式以来今まで見てきたなかで一番打ちひしがれているように見える。
 そして告白が始まる。
【次回】
 番外編二 告白 ――結婚――