表示設定
表示設定
目次 目次




空っぽの眼

ー/ー



 探るような目線が私を釘付けにしたのは、始発駅を出てそう経たずしてのことです。

 最高時速240キロで走る二階建て高速列車の先頭車。二列ずつのゆったりしたシートに暖色の照明。この列車の最高グレードの座席に腰を掛けている私は、これが普通の座席と疑いもしません。

 リクライニングを目いっぱい倒して、一刻の気休めを求めるように車窓へ意識を移します。

 離れていく街。こんな光景を何度も。

 頬杖をついて、引き結んだ口元。黄昏に夢中の私を呼び戻したのは、

「切符の拝見に参りました」

 車掌さんでした。

 きっちり着こなした黒炭色の制服でタブレット端末を片手に爽やかな笑顔の男性が私の席のすぐ袂で優しく尋ねていました。

 穿いていたロングスカートのポケットから薄水色の切符を取って見せようとしますが、彼の目線が私ではなく、少し下を向いています。ちょっと妙です。

「座席、間違っていましたか?」

 そんなに影薄かったでしょうかと皮肉も付け加えたかったのですが、決して気づいていないわけではなかったのです。振り返って首を振ると、

「あぁいえ、こちらのお客様です」

 と左手でいつの間にか隣へ座り込んでいた人物を指しました。

「飛び乗ってきたから自由席のだわ。空いていたら付けてくれるかしら?」
「差額分は現金のみの清算になりますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、結構よ。むしろニコニコ満点笑顔のキャッシュの方が好みでしてよ」
「左様でございますか」

 では、とトントン拍子に進んでいますが待ってください。

 いつの間にか隣に居たのは、ホームで眼があった金髪の少女が座り込んでいるではありませんか。シートのリクライニングを最大に倒していて、影が彼女を隠していたようでしたが、物音一つ聞いていませんよ私。

「えっと車掌さん?」
「なんでしょう?」
「隣の席って埋まっていました?」

 発車までは誰もいませんでしたし、いつから? しかしそれを問い詰めようとすると、少女が辛辣に撃ち返して来ます。

「埋まったわよ。たった今ね」
「そんな屁理屈な!」
「大変恐縮なのですが、そろそろ乗務員室へ戻っても?」
「えぇ。ごめんなさいね。私のわがままに付き合って貰って」
「いえいえ。お客様の最善を共に導き出し、快適な旅をご提供するのが我々乗務員の責務ですから」

 心を穿つようなセリフが飛んできましたが、私はそれどころじゃありませんし、まだ話は終わっていませんよ。

 けれど訴える隙も与えられず、車掌さんは去っていきます。

「ふぅ、一悶着ってところかしらね」
「一悶着って……」

 顰めた顔を悟られないように下へ向けて、それでも苛立ちを露わにしないよう愛想笑いに作り替えて上を向きます。

「い、移動しても?」
「ダメに決まっているでしょう。私、あなたが居たから座ったのに」
「えっと、指図ですか」
「勿論」

 そうされる覚えはないのですが、ともツッコみたかったですが、我慢です。

「眼があったときから気になっているのよね。あなたのこと」
「ついさっきのことだと思うんですが、私の何を?」

 皮肉っぽく笑って、私は言いました。矛先の違う相手に厭悪を込めて。

 しかし彼女の表情は一寸のブレもなく、淡々と核心を突きます。

「あなたの眼、空っぽだったから」
「空っぽ?」
「まるで燃え尽きた灰を見ているようで、力は愚か、無抵抗に絶望へひれ伏した哀れな目をしていた」

 幾重に張り巡らされた何かを言葉の刃がなぞり斬り刻む音色が頭を過っていきます。精緻で憐憫な紅い瞳が嘲笑うように、私を見つめていました。

 感情が爆発してしまいます。そんな、全てを知っている風にされたら、私。

 ほんの数舜、キリっと走った眉間の皺とそれに気が付いて引き攣った顔を彼女は見逃してはくれません。丸くじっと据えていた視線が鋭く眇められて、心まで覗かれてしまうのではと私の視線は離れていきました。

「私から目を離したのはなぜ?」

 固唾を飲んで、沈黙を貫こうとします。話しても、どうしようもないと。誘うような、彼女の話術に引き込まれてしまわないために。

 けれど引き際は潔く、呆気がなかった。私の感想はその一言に尽きるでしょう。

 その必要がまるでなかったから。

「まぁいいわ。抱えているのは触れられたくない問題のようだし。根掘り葉掘り尋ねられるのも、腹が立つでしょう」
「……ごめんなさい」
「あなたが謝る必要なんてないのよ。こちらこそ変なところに食い下がって悪かったわね」

 努めて冷静を纏うようにも自己の探求心を抑圧しているようにも見えたその姿。

 そして、しばらくの沈黙を置いて鋭い牙のような真っ白い犬歯を見せつけながら放った一言が私の背筋を凍り付かせました。

「今夜、私とご一緒してくれないかしら?」
 顔の血の気が引いていきます。彼女は隠すことなく自らを——吸血鬼と示したのです。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 流浪のお嬢さん


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 探るような目線が私を釘付けにしたのは、始発駅を出てそう経たずしてのことです。
 最高時速240キロで走る二階建て高速列車の先頭車。二列ずつのゆったりしたシートに暖色の照明。この列車の最高グレードの座席に腰を掛けている私は、これが普通の座席と疑いもしません。
 リクライニングを目いっぱい倒して、一刻の気休めを求めるように車窓へ意識を移します。
 離れていく街。こんな光景を何度も。
 頬杖をついて、引き結んだ口元。黄昏に夢中の私を呼び戻したのは、
「切符の拝見に参りました」
 車掌さんでした。
 きっちり着こなした黒炭色の制服でタブレット端末を片手に爽やかな笑顔の男性が私の席のすぐ袂で優しく尋ねていました。
 穿いていたロングスカートのポケットから薄水色の切符を取って見せようとしますが、彼の目線が私ではなく、少し下を向いています。ちょっと妙です。
「座席、間違っていましたか?」
 そんなに影薄かったでしょうかと皮肉も付け加えたかったのですが、決して気づいていないわけではなかったのです。振り返って首を振ると、
「あぁいえ、こちらのお客様です」
 と左手でいつの間にか隣へ座り込んでいた人物を指しました。
「飛び乗ってきたから自由席のだわ。空いていたら付けてくれるかしら?」
「差額分は現金のみの清算になりますが、よろしいでしょうか?」
「えぇ、結構よ。むしろニコニコ満点笑顔のキャッシュの方が好みでしてよ」
「左様でございますか」
 では、とトントン拍子に進んでいますが待ってください。
 いつの間にか隣に居たのは、ホームで眼があった金髪の少女が座り込んでいるではありませんか。シートのリクライニングを最大に倒していて、影が彼女を隠していたようでしたが、物音一つ聞いていませんよ私。
「えっと車掌さん?」
「なんでしょう?」
「隣の席って埋まっていました?」
 発車までは誰もいませんでしたし、いつから? しかしそれを問い詰めようとすると、少女が辛辣に撃ち返して来ます。
「埋まったわよ。たった今ね」
「そんな屁理屈な!」
「大変恐縮なのですが、そろそろ乗務員室へ戻っても?」
「えぇ。ごめんなさいね。私のわがままに付き合って貰って」
「いえいえ。お客様の最善を共に導き出し、快適な旅をご提供するのが我々乗務員の責務ですから」
 心を穿つようなセリフが飛んできましたが、私はそれどころじゃありませんし、まだ話は終わっていませんよ。
 けれど訴える隙も与えられず、車掌さんは去っていきます。
「ふぅ、一悶着ってところかしらね」
「一悶着って……」
 顰めた顔を悟られないように下へ向けて、それでも苛立ちを露わにしないよう愛想笑いに作り替えて上を向きます。
「い、移動しても?」
「ダメに決まっているでしょう。私、あなたが居たから座ったのに」
「えっと、指図ですか」
「勿論」
 そうされる覚えはないのですが、ともツッコみたかったですが、我慢です。
「眼があったときから気になっているのよね。あなたのこと」
「ついさっきのことだと思うんですが、私の何を?」
 皮肉っぽく笑って、私は言いました。矛先の違う相手に厭悪を込めて。
 しかし彼女の表情は一寸のブレもなく、淡々と核心を突きます。
「あなたの眼、空っぽだったから」
「空っぽ?」
「まるで燃え尽きた灰を見ているようで、力は愚か、無抵抗に絶望へひれ伏した哀れな目をしていた」
 幾重に張り巡らされた何かを言葉の刃がなぞり斬り刻む音色が頭を過っていきます。精緻で憐憫な紅い瞳が嘲笑うように、私を見つめていました。
 感情が爆発してしまいます。そんな、全てを知っている風にされたら、私。
 ほんの数舜、キリっと走った眉間の皺とそれに気が付いて引き攣った顔を彼女は見逃してはくれません。丸くじっと据えていた視線が鋭く眇められて、心まで覗かれてしまうのではと私の視線は離れていきました。
「私から目を離したのはなぜ?」
 固唾を飲んで、沈黙を貫こうとします。話しても、どうしようもないと。誘うような、彼女の話術に引き込まれてしまわないために。
 けれど引き際は潔く、呆気がなかった。私の感想はその一言に尽きるでしょう。
 その必要がまるでなかったから。
「まぁいいわ。抱えているのは触れられたくない問題のようだし。根掘り葉掘り尋ねられるのも、腹が立つでしょう」
「……ごめんなさい」
「あなたが謝る必要なんてないのよ。こちらこそ変なところに食い下がって悪かったわね」
 努めて冷静を纏うようにも自己の探求心を抑圧しているようにも見えたその姿。
 そして、しばらくの沈黙を置いて鋭い牙のような真っ白い犬歯を見せつけながら放った一言が私の背筋を凍り付かせました。
「今夜、私とご一緒してくれないかしら?」
 顔の血の気が引いていきます。彼女は隠すことなく自らを——吸血鬼と示したのです。