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流浪のお嬢さん

ー/ー



 吸血鬼。人間の数百倍の寿命を持ち、血液を糧に生きる種族。生まれてから数十年は白日の下に出られない夜に生きる生命。

 人間の始祖とも、地球上最初の猿人類とも語られる彼女達は、今や莫大な富と権力を握る家柄もあるほど繁栄を遂げていました。

 かつて汚らわしい民族と迫害を受けていた時期もありましたが、彼女達は立ち直って人間と共生しています。

 そんな悪ししき時代はとっくの昔に終わっていて、勿論その正体を隠す必要はないのですが今の私にはその真実が毒であり、心を蝕んでいきます。彼女は何も悪くない。そう言い聞かせて、とにかく平静を取り戻そうと深呼吸を続けました。

「驚いた?」

 ニシシと得意げに笑う少女。それに一夜を共にするというのは、そのつまり。
 考えに耽った挙句、頬を紅潮させていると、今度は悪びれる様子もなく高く笑い、顔に出た勘違いを正してくれます。

「如何わしいことなんてしないわよ。清廉潔白よ私は。処女だし」
「あの、一応ここ公共交通機関の中なんですけど」
「あなたがお望みなら、慰めも買って出るわよ?」

 平然で周囲を勘違いの渦に巻き込もうとするのは、私にも火の粉が掛かってくるのでやめていただきたいのですが、反省の色はなく、むしろ人を揶揄って愉悦に浸っていたのか、目の端に涙がついていました。

 私のとは違う、笑いの涙。お茶目な彼女はしばらく堪えてからドリンクホルダーに入れた紅茶で一息ついて、本題を切り出しました。

「さて、誤解も解けたところで本題だ」
「本題?」
「導き出せないのよ。結論づけるには——あなたから聞かないとね」

 意図をすぐに理解できない私に怒りを感じてしまったようで、眼をぎゅっと瞑ります。暴力的なお方だと知っているわけではありませんが。

「瞑られると余計に見えないでしょう。その目」
「目……?」
「滅多に身を預けない高速列車を前に、冴えない目と表情されてたら、誰だって気になるわよ」

 私服のビジネスマンという筋はないでしょうか。偏見を前に彼女はすっ飛ばして話を続けます。

「だから、旅をしましょう」
「……旅?」
「そう、旅」

 旅と言えば、遠出して現地の人に触れ合ったり、特産品を食べたり、旅館の温泉でのんびりとする非日常体験の事ですよね。

 足に履く奴とかじゃないですよね。と私は邪魔な質問を喉元で抑え込みます。

「あなたの街を案内してほしいの。この私に」
「私の街ですか」

 嫌気を全面に押し出した表情で少女に面持ちを向けると、顔を近づけて問います。

「嫌?」
「嫌ではないのですが」
「なら決まり」
「何もないですよ?」
「新幹線は通ってるでしょう?」
「まぁ、この電車の停車駅ですから」
「なら、秘境駅よりはマシよ。ご飯食べて、お風呂でも一緒に入ったら、そのしょげた物憂げな顔も変えられるでしょう? 奢るわよ、それくらい」

 質問というボールを特大ラケットで盛大に返した挙句、変な理屈まで持ち掛けて私を捻じ伏せようと畳みかけるこの吸血鬼。そこまでして私を引き留める理由があるのでしょうか。

「いいですけど」
「ほんと? やった」

 あどけなさ全開の無邪気な笑み。けれど条件があります。

「ただし、許しが貰えれば、ですけど」
「許し?」
「帰る予定を曲げてしまうと心配すると思うので、一応連絡を」
「窮屈なお家柄ね」
「あはは」

 幼少期から出掛けるときは常に父上に報告を、というのが義務でした。大事な一人娘の身に何かあったら眼も当てられないと、保険を掛けているのでしょう。

「私もちょっと仕事が残っているの。席を外すわ」
「仕事?」
「えぇ。吸血鬼だって無職って訳じゃないのよ」

 誇らしげに語りますが、就労はこの国の義務ですよ。かくいう私も人の事を指さして言えませんが。

 すると少女は席を立って、

「自己紹介、まだだったわね。私、クリスカ。よろしく、流浪のお嬢さん」

 軽い自己紹介を述べてきたので、こちらも名乗らないわけにはいきません。

「七見 光莉です。お見知りおきを」
「七見……ひょっとして、実家は赤城山の?」
「ご存じなんですか!?」
「風の噂であなたのことならちょっとだけ」

 それはまた、悪い噂ですね。喉元まで出た言葉を必死に飲み込んでいると、クリスカはデッキルームの列車の喧騒へ飛び込んでいきました。

 そして後に知ることになるのです。彼女の本性と正体を。

 クリスカさん、実は——。


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 吸血鬼。人間の数百倍の寿命を持ち、血液を糧に生きる種族。生まれてから数十年は白日の下に出られない夜に生きる生命。
 人間の始祖とも、地球上最初の猿人類とも語られる彼女達は、今や莫大な富と権力を握る家柄もあるほど繁栄を遂げていました。
 かつて汚らわしい民族と迫害を受けていた時期もありましたが、彼女達は立ち直って人間と共生しています。
 そんな悪ししき時代はとっくの昔に終わっていて、勿論その正体を隠す必要はないのですが今の私にはその真実が毒であり、心を蝕んでいきます。彼女は何も悪くない。そう言い聞かせて、とにかく平静を取り戻そうと深呼吸を続けました。
「驚いた?」
 ニシシと得意げに笑う少女。それに一夜を共にするというのは、そのつまり。
 考えに耽った挙句、頬を紅潮させていると、今度は悪びれる様子もなく高く笑い、顔に出た勘違いを正してくれます。
「如何わしいことなんてしないわよ。清廉潔白よ私は。処女だし」
「あの、一応ここ公共交通機関の中なんですけど」
「あなたがお望みなら、慰めも買って出るわよ?」
 平然で周囲を勘違いの渦に巻き込もうとするのは、私にも火の粉が掛かってくるのでやめていただきたいのですが、反省の色はなく、むしろ人を揶揄って愉悦に浸っていたのか、目の端に涙がついていました。
 私のとは違う、笑いの涙。お茶目な彼女はしばらく堪えてからドリンクホルダーに入れた紅茶で一息ついて、本題を切り出しました。
「さて、誤解も解けたところで本題だ」
「本題?」
「導き出せないのよ。結論づけるには——あなたから聞かないとね」
 意図をすぐに理解できない私に怒りを感じてしまったようで、眼をぎゅっと瞑ります。暴力的なお方だと知っているわけではありませんが。
「瞑られると余計に見えないでしょう。その目」
「目……?」
「滅多に身を預けない高速列車を前に、冴えない目と表情されてたら、誰だって気になるわよ」
 私服のビジネスマンという筋はないでしょうか。偏見を前に彼女はすっ飛ばして話を続けます。
「だから、旅をしましょう」
「……旅?」
「そう、旅」
 旅と言えば、遠出して現地の人に触れ合ったり、特産品を食べたり、旅館の温泉でのんびりとする非日常体験の事ですよね。
 足に履く奴とかじゃないですよね。と私は邪魔な質問を喉元で抑え込みます。
「あなたの街を案内してほしいの。この私に」
「私の街ですか」
 嫌気を全面に押し出した表情で少女に面持ちを向けると、顔を近づけて問います。
「嫌?」
「嫌ではないのですが」
「なら決まり」
「何もないですよ?」
「新幹線は通ってるでしょう?」
「まぁ、この電車の停車駅ですから」
「なら、秘境駅よりはマシよ。ご飯食べて、お風呂でも一緒に入ったら、そのしょげた物憂げな顔も変えられるでしょう? 奢るわよ、それくらい」
 質問というボールを特大ラケットで盛大に返した挙句、変な理屈まで持ち掛けて私を捻じ伏せようと畳みかけるこの吸血鬼。そこまでして私を引き留める理由があるのでしょうか。
「いいですけど」
「ほんと? やった」
 あどけなさ全開の無邪気な笑み。けれど条件があります。
「ただし、許しが貰えれば、ですけど」
「許し?」
「帰る予定を曲げてしまうと心配すると思うので、一応連絡を」
「窮屈なお家柄ね」
「あはは」
 幼少期から出掛けるときは常に父上に報告を、というのが義務でした。大事な一人娘の身に何かあったら眼も当てられないと、保険を掛けているのでしょう。
「私もちょっと仕事が残っているの。席を外すわ」
「仕事?」
「えぇ。吸血鬼だって無職って訳じゃないのよ」
 誇らしげに語りますが、就労はこの国の義務ですよ。かくいう私も人の事を指さして言えませんが。
 すると少女は席を立って、
「自己紹介、まだだったわね。私、クリスカ。よろしく、流浪のお嬢さん」
 軽い自己紹介を述べてきたので、こちらも名乗らないわけにはいきません。
「七見 光莉です。お見知りおきを」
「七見……ひょっとして、実家は赤城山の?」
「ご存じなんですか!?」
「風の噂であなたのことならちょっとだけ」
 それはまた、悪い噂ですね。喉元まで出た言葉を必死に飲み込んでいると、クリスカはデッキルームの列車の喧騒へ飛び込んでいきました。
 そして後に知ることになるのです。彼女の本性と正体を。
 クリスカさん、実は——。