対ディーグラ戦に向けて魔法防御を備えていたことは、一時的に決着を引き延ばす要因に過ぎない。レベルと装備が遥か上で、魔法も使えるダークに対してのアドバンテージは守りに優れていることくらいだ。格上を相手に奇跡的な精度で攻撃を防いでいるけれど、魔法防御を優先した盾の物理耐久の限界は近い。
「何か突破口はないの」
ダークを個の力で倒すのは不可能だ。後衛が機能しない今、最強の前衛サクさんとタッグで挑みたい。一度負けたとはいえ、ふたりならどうにかなる。なるに違いない。
こんなことを考えているのは私だけではなかった。
「サクさんはまだですか? 援護のハッタリだっていつまで効くかわかりません」
「まだ終わらない。やられないのが不思議なくらいのギリギリの戦いをしてる」
赤い流星が何度も流れてバイオレンスヒューガーに突き刺さる。応援に駆け付ける冒険者は次々に蹴散らされ、継戦しているのは一部の高レベルの者たちだけだ。戦況は拮抗していても状況の変化は著しい。冒険者の数は無限じゃないのにバイオレンスヒューガーの無双は止まらない。
呪炎に焼かれ続けていることでボス特有のヒーリング能力は相殺されていると思う。ただ、耐久力が高過ぎて戦いの終わりが見えない。
拮抗している戦いはハヤトも同じだけど、この流れが再びダークに傾けば、それを押し戻す策も力もないだろう。
立花君ほどの機転が効けば逆転のアドバイスができたかもしれないと、彼の姿が頭に浮かんだ私を「女神アドミス」と、絵美ちゃんが呼んだ。
「なに?」
「ハヤト君の動きがなんか変な気がするんだよね」
「どんなふうに?」
「守りは固いけど攻撃が微妙。あと一歩足りないような……そんな感じ」
「どういうことよ?」
言われてみれば、守り:八、攻め:二の攻撃は、おしい感じがあるにも関わらず、歯痒いくらい微妙に届かない。ダークが強いからだとしても、絵美ちゃんの言っていることがなんとなくわかる気がする。
その理由を考えようとした私の前に、この場に相応しくないチャイムを鳴らしてアドミスが現れた。
「お待たせしました」
「待ってないわよ。今ハヤトのピンチなんだから邪魔しないで!」
「ピンチだからこそですよ」
邪険に扱う私の言葉を笑顔で流してアドミスは言った。
「不測の事態なんです。公平の女神として助言に来ました」
「助言?」
これまでアドミスがハヤトの冒険に介入したのは二度。一度目はハヤトの恋を成就させたいという私の頼みに応えたとき。二度目は死んでしまったハヤトを蘇生させる戦いのときだ。
「ダークと名乗ったカレとダンジョンブレイクによって現れたモンスターは、この世界の基準や制限に囚われない者です」
「つまり?」
「つまり、ゲームとは関係ない外敵です。なので公平からも平等からもはずれますので、特別な措置を適用します」
「あんたが倒してくれるってこと?」
「直接手を下す力はありません。なので助言です」
「意味はわからないけどハヤトが助かるなら早く言って!」
次の瞬間にはHPがすべて失われかねないのに、この女神と問答している時間などない。逸る気持ちを抑えきれずに叫んだ私に、アドミスはこう言った。
「もう伝えましたよ」
「誰に?」
「ハヤトさんにです」
画面の隅でハヤトを観るように促すアドミスが薄笑う。そのハヤトの盾がダークの攻撃で半分崩れた。
「マリスエッジ」
トドメとなる黒い一閃が役目を果たせなくなった盾を斬り飛ばし、サーラちゃんの足元を叩いて転がった。そのときハヤトは横薙ぎの剣に逆らわずに跳んで反撃の構えを取っていた。
「斬鋼剣」
一瞬早く動いたハヤトの重撃の剣がダークの鎧を強く斬り叩いた。倒れて転がったところに追い打ちをかけ、そこから猛攻が開始される。それはまるでこれまでの鬱憤を晴らすかのような勢いだ。
肩、脇腹、太もも、腕と次々に切り刻む剣舞はサクさんに引けを取らない。レベルの差、装備の差が無ければ、これで決着したと思えるほどだ。
「大地は力を 水は流れを
傷つきし者を癒したまえ
ルオーラ」
「ちょっと、白魔術まで使うの?!」
こいつのHPは見えないけれど身体の傷が薄くなっていく。少ないチャンスでようやく削ったHPも一度の魔法でチャラになった。
「無駄だぜ。このくらいのダメージなんてすぐに治る」
間髪入れずに攻めるハヤトの攻撃をダークは受け払って距離を取った。わずかに遅れて追いすがるハヤトの剣を嫌がるように、ダークはその素早さに任せて動き回る。
「魔法を使う隙を与えない。魔法士相手のセオリーだ」
「魔法は俺の本職じゃない」
ハヤトの言うことはもっともだけど、それは相手が魔法士ならばだ。ダークは剣の使い手で、あのサクさんにも勝つほどの腕前だ。いくらなんでもそれだけで制圧できるとは思えない。思えないんだけど……。
「ハヤトさんが押してるように見えません?」
サーラちゃんが遠慮がちに言い、エナコも「見える」と小声で返した。
攻防の割合がほぼ逆転したハヤトとダークの戦いに、勝利の期待が膨らんできた。だけどなんで?
頭に浮かんだのはアドミスの言葉だ。助言によってハヤトが強くなった? そんなことある? 女神の強力なバフがかかったわけじゃない。少なくとも女神ヒナコのかけた御業は時間切れだ。
「アドミス、あんたハヤトに何を言ったの?!」
「それはですね、『この世界に呼ばれた人が死んでも、本当は死んだりしません』と伝えたのです」
「死なない?」
「えぇ、死にません」
ゲーム内での『死』は本当の『死』。そう言ったのは電子の女神アドミス自身。それが嘘だっていうの? 今日の今日まで、今この瞬間まで信じて苦悩して必至で回避していたデスゲームが嘘だなんて、それこそ信じられない。
「だからハヤトさんの枷が外れたのです。カレが強くなったのではなく、全身全霊で戦い始めたのです」
これが絵美ちゃんが言っていた違和感の正体。死なないのなら、なりふり構わずに突っ込める。恐怖で身体がすくんだりしないのだから。
「馬鹿げてる。死ぬ死ぬ詐欺? 私がどれだけ心と身体を削ってサポートしてたと思ってんの? 命が懸かっているなんて言って、私を……ハヤトを騙していたのね!」
「そのことについてはあとで説明します。今はハヤトさんのサポートをお忘れなく。戦いは決着していません」
「何よ、こんな茶番の決着なんて」
「茶番ではありません。命が懸かっているということも嘘ではありません」
「どういうことよ。死なないって言ったじゃない!」
「隼人さんは死にません」
こう断言するアドミスの表情が少しだけ不安げに見える。ゲームで死んでも隼人は死なない。なのに、この戦いは茶番ではなく、命が懸かっていることが嘘じゃないという。
鬼気迫る気迫とハヤトの剣はこれまでにない冴えを見せている。ダークという異様な存在が醸し出す雰囲気を振り払い、切り裂きながら駆け回る。
ハヤトが優勢になったのは、死を恐れずに戦えるからだと私は思っていた。それをアドミスは否定した。
「ハヤトさんは自分が死なないからと、なりふり構わず攻めているのではありません。自分が死なないからではなく、相手を殺してしまっても死なないとわかったからです」
「殺すことを躊躇していたってこと?」
「それってアナタの世界の当たり前じゃないんですか?」
「そうだけど」
「人殺しを躊躇うなんて人の心ゆえです」
この事件を起こしたアドミスにこんなことを諭されるとは。
「それに、『死んでしまってもいい』なんて気持ちで戦ってもいません。自分が負けてしまったら、ダークによって町の人が殺されてしまうからです。つまり、彼にとって負けられない戦いであることには変わりありません。ですから、この戦いに必ず勝ってください」
「いいわ、だったらあとでキッチリ説明してよね。公平な女神に嘘は無いんでしょ?」
「はい、これまで私は嘘を吐いたことはありません」
「よく言うわ、この嘘つき女神!」
アドミスの願いはともかく、このダークという奴は気に入らない。サクさんに勝ったこと、ハヤトを狙ったこと。何より、リディアちゃんを含めたこの町の人たちを殺そうとしたことに腹が立つ。お仕置きだ!