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第四部 98話 言い訳

ー/ー



 青鬼が踏み込んで、長刀を斬り払う。
 俺が右に転がって避けると、青鬼はすでに消えていた。

 俺の左側で『青い幻』が視界を掠める。
 迷わずにナイフを振るう。脇差を受け止めた。

 さらに青鬼が連続で消えていく。
 長刀、脇差、と、俺も『青い幻』に従って連続で弾く。

 さらにもう一度消えた。
 今度は背後から二刀を払う。

 青鬼の舌打ち。
 俺が前に転がって、後ろに魔弾を放ったのだ。

「――ッ!」
「……来たな」

 今度は本当に余裕をなくした青鬼の声。
 俺は青鬼が『戻った』先に圧縮魔弾を向けていた。

 迷わずにぶっ放す。青鬼がさらに『戻る』。
 それを繰り返して、青鬼が最初まで『戻った』ところへと踏み込んだ。

 青鬼が迎え撃つように長刀を一閃する。
 俺は『青い幻』の予測を信じて、一瞬だけ速度を落として上半身を後ろに反らす。首の手前を長刀が通り過ぎていく。

 速度を戻して、さらに踏み込む。
 今度は脇差が袈裟に斬り下ろされた。

 俺が腰を落として右側を半身引くと、脇差を寸前でやり過ごす。
 軽く溜めを作ってから、飛び出した。ナイフを青鬼の心臓へと突き出す。

 エルが「馬鹿じゃないの」と呟いた。
 うるさい。俺だってやりたくないよ。

 青鬼が消える。
 代わりに長刀脇差が降ってきた。

 俺はちらり、と上を見る。
 そのまま『青い幻』に従って、するすると二刀を避けてゆく。

 最後に青鬼目掛けて、圧縮魔弾を撃つ。
 しかし、少し威力が足りなかったらしい。

 青鬼は逆に踏み込んで、二刀を払った。
 圧縮魔弾はそれで相殺されてしまう。

 青鬼との戦闘が続いたからだろう。
 俺の『青い幻』の精度はかなり上がっていた。

 今なら青鬼の移動先もある程度は予測できる。
 どうにか互角に戦えていると言って良いだろう。

「エル」
「……分かったわよ」

 俺は出し惜しみをするべきではないと考えて、エルに合図を送る。
 エルは頷いて、俺と視界を共有した。

 エリーナと戦った時のものだ。
 すぐに頭痛で動けなくなることはないが、流石にこの状態は長く続かない。

 だが、どうせ魔力の残量にも限りはあるんだ。
 今、出せる限りの全力を出しておく。どうせあと数回の攻防だ。

 俺の真っ直ぐな視線を受けて、青鬼は残念そうに肩を竦めて見せた。
 おそらくは俺の状態がさらに上がったと理解したのだろう。

「今、俺はここで寿命を使い切ることが決まったよ」
「……最初からそうだろ?」

 俺が笑うと、青鬼は「言ってくれるな」と笑い返した。
 まるでいつも通りの笑み。

 だが、その瞬間――俺は全身に寒気を感じた。
 その感覚に従って、大きくその場から飛び退く。

 青鬼が『戻る』。俺へと長刀を振るった。
 何度も繰り返した動き。『青い幻』にも異変はない。

 だが……寒気は消えない。
 さらに二刀の雨が降ってくる。

 これも見た。俺は圧縮魔弾で薙ぎ払う。
 そこで『青い幻』にないものを見た。

「……え?」

 エルの呆然とした声。
 視界を共有している俺も同じ感覚だ。

 俺の背後から青鬼が『もう一匹』迫っていた。
 上を向いて無防備な俺へと長刀を抜いている。

 俺は馬鹿か。七年間、存在が消えていたのは『青鬼』だ。
 武器だけが消えていたわけじゃない……!

 大きく前に転がって、どうにか回避する。
 ただただ、みっともなく逃げるだけの行動だ。

 しかし……そこに本物の青鬼が踏み込んだ。長刀を横に薙ぎ払う。
 俺は起き上がりざまにナイフを合わせて、どうにか防ぐ。

「……な」
 だが、さらに追加で『もう一匹』が俺の右から迫る。

 正面から本物が追撃の脇差を払う。背後から二匹目が長刀を返そうと踏み込んだ。さらに三匹目は二刀を同時に斬り上げてくる。

 これは駄目だ。読み切れない。
 ……幸運に賭けるしかない。

 俺の目には無数の『青い幻』がある。
 それはほとんど、あらゆる可能性と言って良い数だ。

 つまり、青鬼の出方次第。
 一か八か、せめて奇を衒うくらいしかできない。

 俺はどうか青鬼がこの選択肢を選ばないように祈りながら――

「……畜生ッ」

 思わず罵声が漏れる。
『青い幻』が見えるということは、青鬼がそうするかもと俺が思っているのだ。

 ――後ろに転がった。

「……!?」

 前に転がった後、もう一度後ろへ転がる……普通に考えれば意味のないような動き。それでも、背後の一匹が脇差で対応する可能性は十分にあった。

 しかし……背後の一匹は咄嗟には動かなかったらしい。
 その横をすり抜けて、受身を取って起き上がっても俺は生きていた。

 そのまま、大急ぎで二度三度と後ろに跳んだ。
 後ろにもう一匹いるかも知れないなんて、冗談じゃない。

 しかし、増えた青鬼二匹はすぐに消えた。
 流石に寿命の消費が多いということか。

「……今ので決めるつもりだった」
「…………」

 憎悪すら籠もった青鬼の声と向かい合う。
 今はいつもの軽口すら出そうにない。集中しないと。

 さっきの攻撃をもう一度やられたら、勝ち目はないぞ。
 いくら何でも、選択肢が多すぎる。

 それに……そもそも、相手の手数が多い。
 唯一の救いは相手も無条件で使えるわけではない、ということくらいか。

「ま、いいか」
「…………」

 青鬼は俺に時間を与える真似はせず、無造作に踏み込んだ。
 きっとこれが最後の当たり合いだろう。もうお互いに余裕はない。

 青鬼は真っ直ぐに踏み込んでくる。
 すぐに距離が詰められていく。

 頭が痛い。青鬼の行動を予想するしかない。
 このままでは、良くて一対三だ。せめて先手はもらわないと。

 次はどこだ……? どこに移動する?
 やはり『青い幻』はあちこちに見えている。
 
 俺の右から長刀を横に払うのか、それとも左から二刀を振り下ろすのか。
 あるいは背後から斬って捨てるのか。ひょっとしたら、上から落ちてくるかも知れない。いや、そもそも移動なんてしないのかも知れない。
 
 無理だ。結局、分かるはずがない。
 青鬼がどうするかなんて――じゃあ『兄さん』なら?
 
 そうして、俺は目の前の青鬼から視線を切った。
 視界の端で消えたことを確認する。このタイミングじゃなきゃ間に合わない。
 
 右に回転して振り返る。
 回るついでに俺の右側に増えた一匹の首をナイフで裂く。
 
 どうせ、こいつも囮だろう?
 だとしたら、本命はきっと……。
 
 振り返った俺へと向かってくる一匹に圧縮した魔弾を放つ。
 俺が直方体ごと左腕を振り上げると、そいつは「ぐ……」なんて苦しそうな声を上げた。
 
 まるでそいつの影に潜むように、足音も立てずに本命が走り寄る。
 魔弾に焼かれた自分自身の左脇から、振り向いた俺へと最速で踏み込んだ。
 
 いつの間に収めたのか、長刀を鞘から引き抜こうとしている。
 俺は右手のナイフを逆手に持ち直す。
 
「……はは」
「ふ――」

 一瞬だけ視線が重なった。
 青鬼が笑う。俺は鋭く息を吐いて、踏み込んだ。
 
 狙うなら首しかない。
 あの赤鬼でも、首さえ落とせば殺せたんだから。
 
 青鬼の右側へと大きく跳ぶ。姿勢は出来るだけ低く。
 そうしたら、後は全力で腕を振るうだけ。
 
 青鬼が長刀を斬り上げるのが見えた。
 わざわざ居合を狙うだけあって、速い。
 
 間に合うか……?
 どうしても、青鬼の長刀を目で追ってしまう。
 
 俺の前髪をその切っ先が掠っていった。
 そして――俺の右手には、確かな手応えが残る。
 
 すぐに後ろから何かが零れるような音がした。
 続いて、まるで小さな子供でも崩れるような軽い音。
 
 最後に刀がカラカラ、と。
 転んでも声を出さないのは――何というか、思った通りだった。
 
 
 
「が……っ! 痛え……」
 
 全力で跳んだ俺は盛大に転んだ挙句、肩を強打して呻いた。
 どうせ、あれで無理なら終わりだ。ろくに戦う力も残ってない。
 
「はぁ……はぁ……」
 
 しかし、どうやら青鬼が立ち上がる気配はないようだった。
 確かに手応えはあったけど……。
 
 俺はゆっくりと立ち上がる。
 振り向けば、青鬼は仰向けに転がっていた。
 
 俺の狙い通り、首の右側が裂かれている。
『ドワーフの大空洞』の地面に赤い血が広がっていた。
 
 最後に俺が見た『青い幻』はきっと、青鬼ではなく兄さんに対する俺の予測だった。兄さんなら、ああ動くんじゃないかと思った。
 
「あーあ、結局は駄目か。
 参ったな……黒に何て言おうかな」
 
 こほ、と首筋と口元から血を溢れさせながら、青鬼は苦笑する。
 声は掠れて、ところどころ途切れていたが、十分に聞き取れるほどには明瞭で……不釣り合いなくらいに軽快だった。

「俺たちは……オリジナルの鬼はともかく、せめて黒が生み出してくれた鬼たちは『失敗作』なんて呼ばせたくなかったんだがな」
 
「……悪さをしなければ、生きてはいけるだろうよ。
 別に皆殺しにしようってわけじゃない。そもそも無理な話だしな」
 
 俺が答えると、青鬼は「どうだかな……」なんて呟いた。
 だけど「……信用できない」と続けようとして止める。

 今のはきっと、ティアナを思い浮かべたのだ。
 あいつが鬼を殺して回るような想像はできなかったらしい。

 それはきっと、ティアナの……いや、第二王女『フィオネ』の姉である第一王女『ミーシャ』に関係があったはず。

「ふふ……いや、すまんな」
「……おい」

 俺が思わず笑ってしまうと、青鬼は舌打ちするように横目で俺を睨む。
 しかし、俺に反省する気がないと分かると、溜息と一緒に声を漏らした。

「……まったく、日頃の行いかな。
 結局、俺はこうなるんだろうさ。必ず道を踏み外す」

 まるで『混じった』ように青鬼が呟いた。
 そう、先ほどの言葉だって、青鬼とレンが混ざっている。

 青鬼は意識が朦朧とし始めているのか、まるで眠たそうだ。
 しかし、俺はそれを聞き流すことはできない。

 青鬼へと一歩近づいて、俺は青鬼の顔を覗き込む。
 そして、はっきりと言ってやった。今の言葉は違う。

「ふざけるな、違うだろ。そうじゃない」
「? 何を言って……」

 青鬼が俺の言葉と剣幕に首を傾げた。
 だってそうじゃないか、と。いつだって道を踏み外してきたのだ、と。

 痛む体に鞭打って、俺は青鬼を至近距離で睨みつけた。
 これだけは言わないといけない。

「それは許さないぞ。
 その魂が人を一人も殺さずに生きることだって出来るんだ」

 俺ははっきりと断言する。
 その真赤の魂が理由にはならないぞ、と。

「だから何を……」

 ここまで言っても、青鬼は分からない。きっと兄さんも分からない。
 自分自身のことだからこそ、理解ができないのだろう。
 
「だから……お前も見たじゃないか」

 あの光景を鮮明に思い出す。
 名前も知らない少女を無防備な背中で庇った。

 反射的だったとは言え、あまりにもヘタクソな他人の助け方。
 あまりの愚かさに、自分自身が誰よりも首を傾げていた。

「は。確かに……。
 そうか、俺がその背中を刺したんだったか」

 それを特等席で見た、張本人が何を言っているんだ。
 誰よりも知っているはずだろう。

 そう言えば、いつかソフィアは言っていた。
 人を殺そうとしたら、頭に浮かぶ光景があると言っていた。

 ――なら、魂も本質も関係ない。
 ――その光景を忘れなければ良いだけだ。

 ソフィアのようにも生きられるはずだ。
 あいつは誰も殺さず、あの娘を助けたぞ。

「ああ、クソ……参ったなぁ。
 これじゃ、言い訳の一つもできやしない」

 やっぱり軽口を叩いて、青鬼は目を閉じる。
 最後の仕事として、俺はその首をきちんと斬り落とした。



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 青鬼が踏み込んで、長刀を斬り払う。
 俺が右に転がって避けると、青鬼はすでに消えていた。
 俺の左側で『青い幻』が視界を掠める。
 迷わずにナイフを振るう。脇差を受け止めた。
 さらに青鬼が連続で消えていく。
 長刀、脇差、と、俺も『青い幻』に従って連続で弾く。
 さらにもう一度消えた。
 今度は背後から二刀を払う。
 青鬼の舌打ち。
 俺が前に転がって、後ろに魔弾を放ったのだ。
「――ッ!」
「……来たな」
 今度は本当に余裕をなくした青鬼の声。
 俺は青鬼が『戻った』先に圧縮魔弾を向けていた。
 迷わずにぶっ放す。青鬼がさらに『戻る』。
 それを繰り返して、青鬼が最初まで『戻った』ところへと踏み込んだ。
 青鬼が迎え撃つように長刀を一閃する。
 俺は『青い幻』の予測を信じて、一瞬だけ速度を落として上半身を後ろに反らす。首の手前を長刀が通り過ぎていく。
 速度を戻して、さらに踏み込む。
 今度は脇差が袈裟に斬り下ろされた。
 俺が腰を落として右側を半身引くと、脇差を寸前でやり過ごす。
 軽く溜めを作ってから、飛び出した。ナイフを青鬼の心臓へと突き出す。
 エルが「馬鹿じゃないの」と呟いた。
 うるさい。俺だってやりたくないよ。
 青鬼が消える。
 代わりに長刀脇差が降ってきた。
 俺はちらり、と上を見る。
 そのまま『青い幻』に従って、するすると二刀を避けてゆく。
 最後に青鬼目掛けて、圧縮魔弾を撃つ。
 しかし、少し威力が足りなかったらしい。
 青鬼は逆に踏み込んで、二刀を払った。
 圧縮魔弾はそれで相殺されてしまう。
 青鬼との戦闘が続いたからだろう。
 俺の『青い幻』の精度はかなり上がっていた。
 今なら青鬼の移動先もある程度は予測できる。
 どうにか互角に戦えていると言って良いだろう。
「エル」
「……分かったわよ」
 俺は出し惜しみをするべきではないと考えて、エルに合図を送る。
 エルは頷いて、俺と視界を共有した。
 エリーナと戦った時のものだ。
 すぐに頭痛で動けなくなることはないが、流石にこの状態は長く続かない。
 だが、どうせ魔力の残量にも限りはあるんだ。
 今、出せる限りの全力を出しておく。どうせあと数回の攻防だ。
 俺の真っ直ぐな視線を受けて、青鬼は残念そうに肩を竦めて見せた。
 おそらくは俺の状態がさらに上がったと理解したのだろう。
「今、俺はここで寿命を使い切ることが決まったよ」
「……最初からそうだろ?」
 俺が笑うと、青鬼は「言ってくれるな」と笑い返した。
 まるでいつも通りの笑み。
 だが、その瞬間――俺は全身に寒気を感じた。
 その感覚に従って、大きくその場から飛び退く。
 青鬼が『戻る』。俺へと長刀を振るった。
 何度も繰り返した動き。『青い幻』にも異変はない。
 だが……寒気は消えない。
 さらに二刀の雨が降ってくる。
 これも見た。俺は圧縮魔弾で薙ぎ払う。
 そこで『青い幻』にないものを見た。
「……え?」
 エルの呆然とした声。
 視界を共有している俺も同じ感覚だ。
 俺の背後から青鬼が『もう一匹』迫っていた。
 上を向いて無防備な俺へと長刀を抜いている。
 俺は馬鹿か。七年間、存在が消えていたのは『青鬼』だ。
 武器だけが消えていたわけじゃない……!
 大きく前に転がって、どうにか回避する。
 ただただ、みっともなく逃げるだけの行動だ。
 しかし……そこに本物の青鬼が踏み込んだ。長刀を横に薙ぎ払う。
 俺は起き上がりざまにナイフを合わせて、どうにか防ぐ。
「……な」
 だが、さらに追加で『もう一匹』が俺の右から迫る。
 正面から本物が追撃の脇差を払う。背後から二匹目が長刀を返そうと踏み込んだ。さらに三匹目は二刀を同時に斬り上げてくる。
 これは駄目だ。読み切れない。
 ……幸運に賭けるしかない。
 俺の目には無数の『青い幻』がある。
 それはほとんど、あらゆる可能性と言って良い数だ。
 つまり、青鬼の出方次第。
 一か八か、せめて奇を衒うくらいしかできない。
 俺はどうか青鬼がこの選択肢を選ばないように祈りながら――
「……畜生ッ」
 思わず罵声が漏れる。
『青い幻』が見えるということは、青鬼がそうするかもと俺が思っているのだ。
 ――後ろに転がった。
「……!?」
 前に転がった後、もう一度後ろへ転がる……普通に考えれば意味のないような動き。それでも、背後の一匹が脇差で対応する可能性は十分にあった。
 しかし……背後の一匹は咄嗟には動かなかったらしい。
 その横をすり抜けて、受身を取って起き上がっても俺は生きていた。
 そのまま、大急ぎで二度三度と後ろに跳んだ。
 後ろにもう一匹いるかも知れないなんて、冗談じゃない。
 しかし、増えた青鬼二匹はすぐに消えた。
 流石に寿命の消費が多いということか。
「……今ので決めるつもりだった」
「…………」
 憎悪すら籠もった青鬼の声と向かい合う。
 今はいつもの軽口すら出そうにない。集中しないと。
 さっきの攻撃をもう一度やられたら、勝ち目はないぞ。
 いくら何でも、選択肢が多すぎる。
 それに……そもそも、相手の手数が多い。
 唯一の救いは相手も無条件で使えるわけではない、ということくらいか。
「ま、いいか」
「…………」
 青鬼は俺に時間を与える真似はせず、無造作に踏み込んだ。
 きっとこれが最後の当たり合いだろう。もうお互いに余裕はない。
 青鬼は真っ直ぐに踏み込んでくる。
 すぐに距離が詰められていく。
 頭が痛い。青鬼の行動を予想するしかない。
 このままでは、良くて一対三だ。せめて先手はもらわないと。
 次はどこだ……? どこに移動する?
 やはり『青い幻』はあちこちに見えている。
 俺の右から長刀を横に払うのか、それとも左から二刀を振り下ろすのか。
 あるいは背後から斬って捨てるのか。ひょっとしたら、上から落ちてくるかも知れない。いや、そもそも移動なんてしないのかも知れない。
 無理だ。結局、分かるはずがない。
 青鬼がどうするかなんて――じゃあ『兄さん』なら?
 そうして、俺は目の前の青鬼から視線を切った。
 視界の端で消えたことを確認する。このタイミングじゃなきゃ間に合わない。
 右に回転して振り返る。
 回るついでに俺の右側に増えた一匹の首をナイフで裂く。
 どうせ、こいつも囮だろう?
 だとしたら、本命はきっと……。
 振り返った俺へと向かってくる一匹に圧縮した魔弾を放つ。
 俺が直方体ごと左腕を振り上げると、そいつは「ぐ……」なんて苦しそうな声を上げた。
 まるでそいつの影に潜むように、足音も立てずに本命が走り寄る。
 魔弾に焼かれた自分自身の左脇から、振り向いた俺へと最速で踏み込んだ。
 いつの間に収めたのか、長刀を鞘から引き抜こうとしている。
 俺は右手のナイフを逆手に持ち直す。
「……はは」
「ふ――」
 一瞬だけ視線が重なった。
 青鬼が笑う。俺は鋭く息を吐いて、踏み込んだ。
 狙うなら首しかない。
 あの赤鬼でも、首さえ落とせば殺せたんだから。
 青鬼の右側へと大きく跳ぶ。姿勢は出来るだけ低く。
 そうしたら、後は全力で腕を振るうだけ。
 青鬼が長刀を斬り上げるのが見えた。
 わざわざ居合を狙うだけあって、速い。
 間に合うか……?
 どうしても、青鬼の長刀を目で追ってしまう。
 俺の前髪をその切っ先が掠っていった。
 そして――俺の右手には、確かな手応えが残る。
 すぐに後ろから何かが零れるような音がした。
 続いて、まるで小さな子供でも崩れるような軽い音。
 最後に刀がカラカラ、と。
 転んでも声を出さないのは――何というか、思った通りだった。
「が……っ! 痛え……」
 全力で跳んだ俺は盛大に転んだ挙句、肩を強打して呻いた。
 どうせ、あれで無理なら終わりだ。ろくに戦う力も残ってない。
「はぁ……はぁ……」
 しかし、どうやら青鬼が立ち上がる気配はないようだった。
 確かに手応えはあったけど……。
 俺はゆっくりと立ち上がる。
 振り向けば、青鬼は仰向けに転がっていた。
 俺の狙い通り、首の右側が裂かれている。
『ドワーフの大空洞』の地面に赤い血が広がっていた。
 最後に俺が見た『青い幻』はきっと、青鬼ではなく兄さんに対する俺の予測だった。兄さんなら、ああ動くんじゃないかと思った。
「あーあ、結局は駄目か。
 参ったな……黒に何て言おうかな」
 こほ、と首筋と口元から血を溢れさせながら、青鬼は苦笑する。
 声は掠れて、ところどころ途切れていたが、十分に聞き取れるほどには明瞭で……不釣り合いなくらいに軽快だった。
「俺たちは……オリジナルの鬼はともかく、せめて黒が生み出してくれた鬼たちは『失敗作』なんて呼ばせたくなかったんだがな」
「……悪さをしなければ、生きてはいけるだろうよ。
 別に皆殺しにしようってわけじゃない。そもそも無理な話だしな」
 俺が答えると、青鬼は「どうだかな……」なんて呟いた。
 だけど「……信用できない」と続けようとして止める。
 今のはきっと、ティアナを思い浮かべたのだ。
 あいつが鬼を殺して回るような想像はできなかったらしい。
 それはきっと、ティアナの……いや、第二王女『フィオネ』の姉である第一王女『ミーシャ』に関係があったはず。
「ふふ……いや、すまんな」
「……おい」
 俺が思わず笑ってしまうと、青鬼は舌打ちするように横目で俺を睨む。
 しかし、俺に反省する気がないと分かると、溜息と一緒に声を漏らした。
「……まったく、日頃の行いかな。
 結局、俺はこうなるんだろうさ。必ず道を踏み外す」
 まるで『混じった』ように青鬼が呟いた。
 そう、先ほどの言葉だって、青鬼とレンが混ざっている。
 青鬼は意識が朦朧とし始めているのか、まるで眠たそうだ。
 しかし、俺はそれを聞き流すことはできない。
 青鬼へと一歩近づいて、俺は青鬼の顔を覗き込む。
 そして、はっきりと言ってやった。今の言葉は違う。
「ふざけるな、違うだろ。そうじゃない」
「? 何を言って……」
 青鬼が俺の言葉と剣幕に首を傾げた。
 だってそうじゃないか、と。いつだって道を踏み外してきたのだ、と。
 痛む体に鞭打って、俺は青鬼を至近距離で睨みつけた。
 これだけは言わないといけない。
「それは許さないぞ。
 その魂が人を一人も殺さずに生きることだって出来るんだ」
 俺ははっきりと断言する。
 その真赤の魂が理由にはならないぞ、と。
「だから何を……」
 ここまで言っても、青鬼は分からない。きっと兄さんも分からない。
 自分自身のことだからこそ、理解ができないのだろう。
「だから……お前も見たじゃないか」
 あの光景を鮮明に思い出す。
 名前も知らない少女を無防備な背中で庇った。
 反射的だったとは言え、あまりにもヘタクソな他人の助け方。
 あまりの愚かさに、自分自身が誰よりも首を傾げていた。
「は。確かに……。
 そうか、俺がその背中を刺したんだったか」
 それを特等席で見た、張本人が何を言っているんだ。
 誰よりも知っているはずだろう。
 そう言えば、いつかソフィアは言っていた。
 人を殺そうとしたら、頭に浮かぶ光景があると言っていた。
 ――なら、魂も本質も関係ない。
 ――その光景を忘れなければ良いだけだ。
 ソフィアのようにも生きられるはずだ。
 あいつは誰も殺さず、あの娘を助けたぞ。
「ああ、クソ……参ったなぁ。
 これじゃ、言い訳の一つもできやしない」
 やっぱり軽口を叩いて、青鬼は目を閉じる。
 最後の仕事として、俺はその首をきちんと斬り落とした。