「え? は?」
桜って春に咲くっていうか……咲いても三月下旬くらいのはずだよね?
しかし私の手のひらの上に乗っているのは、どう見ても綺麗な桜の花。
今日の日付は……
[2月23日]
いや、どう考えても時期が早い。
しかし、顔を上げれば目の前には満開の桜の木。
一旦状況を整理しよう。
今日は放課後に掃除で小学校の裏庭を掃いていて、ふと花が舞ってきて顔を上げたら桜が満開で……いや、普通に怖い。
その時、通りかかったのは私の担任の|遠谷《とおや》先生。
「|水野《みずの》、そこで何しているんだ?」
「遠谷先生ー!」
私は遠谷先生に泣きついた。
遠谷先生は20代の男性の先生で割と話しやすく生徒にも人気がある。
「この時期に桜が咲いているんですけれど!?」
私は桜の木を指さして、何とかこの異常事態を説明する。
「水野……」
「先生なら何故か分かりますか!」
「いや、先生も初めて見た」
先生の言葉に私はつい「先生の馬鹿!」と言ってしまう。
「まぁ、落ち着け水野。考え方を変えれば、ただのラッキーじゃないか。この時期に桜が見られるなんて」
「怖さの方が勝ちますけど!」
「あはは、水野は明るいなぁ」
遠谷先生は軽く笑っているけれど、私からしたらそれどころじゃなさすぎる。
私はもう一度桜の木を見上げた。
「どう見ても満開ですよね……」
「どう見ても満開だな」
「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか……!?」
「今更、慌てたってしょうがないだろ」
そう言って、遠谷先生が木の枝に顔を寄せてじっと見ている。
「うーん、普通に綺麗だな。もしかして桜って時期外れに咲くこともあるのかもな」
「聞いたことありませんけれど……」
「先生もない」
「じゃあ、多分ないですよ! というか、あったとしても何でこんなただの小学校で咲くんですか!」
そう言い返す私の顔をチラッと見た遠谷先生が、私の手に乗っている桜の花を手に取った。
「まぁ、折角だし貰ったらどうだ? この桜の花、水野の前に落ちてきたんだろ?」
私が頷くと、遠谷先生はもう一度私の手に桜の花を乗せた。
「押し花にすればそれこそ春まで持つだろ」
「そうかもですけど……」
そして、ニコッと笑った先生はこう続けるのだ。
「その時に『本物の桜』と見比べたら良いぞ」
「え?」
そして、遠谷先生はメモ帳を取り出して何かを書いた。
メモを私の制服のポケットに押し込む。
「帰ってから読むこと。そして今は桜を楽しんで帰ること!」
そう言って去っていく遠谷先生は何故か今までで一番「先生っぽい」顔をしていたように感じた。
しかし、さっぱり意味がわからない。
『本物の桜』と見比べたら良いってなんだろう?
分からないけれど、どう見ても目の前は満開の桜の木でさらに頭が混乱する。
そんな疑問を持ちながら桜を見上げていると、最終下校時刻を告げるチャイムが校舎から鳴り響く。
「はっ、帰らなきゃ!」
私は慌てて教室にランドセルを取りに行き、すぐに校舎を飛び出した。
「ただいま〜」
家の扉を開けるとすぐにお母さんがリビングから顔を出す。
「おかえり、|未央《みお》。学校はどうだった?」
「楽しかったよ……っていうか、桜を見た」
「え?」
「この時期に桜なんておかしいでしょ? でも、満開だったの!」
私はそう言いながら、お母さんに先ほどの桜の花を見せびらかす。
「折角、『初めて』桜を見れたのに時期外れってひどくない!?」
私がそう不満そうに言い放つと、お母さんが「ふふっ」と笑った。
そして私に近づき、愛おしそうに私の頬を撫でる。
「未央はずっと楽しみにしていたものね、桜を見るのを。物心ついた時には病室で過ごしていて……5歳になった時だったかしら? お父さんに桜のことを聞いてずっと見てみたいって言っていたわよね。でも、『初めては本物が良いから調べない!』って言い張っていた」
「お父さんからの情報は『春に咲く鮮やかなピンク色の小さな花が沢山咲いている木』」
お母さんの声が少しだけ泣きそうに震えた気がした。
「未央、それは『梅の花』。桜の花は……うーん、表現出来ないから実物を見ることを楽しみにしなさい」
これは私がまだ幼いから起きた勘違い?
それとも私がずっと入院したせいで起きた勘違い?
でもお母さんはどこか幸せそうで。
「退院したのだから、今年は本物の桜が見れるわよ」
きっと遠谷先生は私の勘違いに気づいていた。
だって私の担任だからもちろん入院のことは知っているし、何より私の退院を心から喜んでくれた。
私は制服のポケットに入っているメモを取り出す。
そこには遠谷先生の走り書きの言葉。
「先生は梅の花より桜の花の方が好きだぞ。水野はどっちの花が好きか両方見てから教えてくれ」
そして、最後に一言。
まるで付け足すように書かれていた。
「春が楽しみだな」
先生、私の方が楽しみです。
fin.