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笑いたいんだ、僕は。

ー/ー



『ハルってさ、生まれ変わりとか、信じる?』
「え? なに、急に」
 電話口から漏れ出るミユの息づかいから、言い淀んでいるのだとわかる。そして、長い長い沈黙のあと、
『うぅん、なんでもない。またね』
 そこで、通話は切れてしまった。  それが、僕とミユの、最後の会話だった。  ミユの訃報を知らされたのは、一年から二年に上がる春休みの頭だった。一週間前に亡くなっており、スマホの通話履歴から僕に行き当たったというミユのお父さんの声は酷く冷淡で、事務的なものだった。ミユと仲良くしてくれてありがとう、と最後に社交辞令のように付け加えて、通話はすぐに切れた。僕は電話越しにしか、彼女の不在を知らされることはなかった。
 そして今、僕はミユのいない、二度目の春休みにいた。ミユがいなくなってから一年。僕には楽しいことがなくなってしまった。今日も、途方もない時間を潰すため、僕は平日の朝から人気のない桜並木の道を歩いている。
 ミユがいなくなってしまったというのに、舞い散る桜はこんなにもカラフルで、色鮮やかで。僕の目にはそれが毒々しく映った。
 ズボンのポケットに入れた携帯が震える。大学のグループチャットだった。桜の木の幹によりかかり、ロックを解除する。合コンがどうのこうのと盛り上がっているようだ。そこにもういない、欠けてしまったミユの面影は、とうにない。
 そのことが、僕には信じられなかった。
 合コンのメンバーの中には、ミユと仲の良かった奴もいる。ミユに好意を抱いていた奴や、告白して振られたやつも。けれど、誰もミユの話なんかしていない。触れてはいけない、腫れ物のように、誰もミユの話をしたがらない。自然と避けているのか、忘れてしまったのか。 まるで僕だけが、去年の春休みから時が止まってしまっているみたいで、すっかり浮いてしまっていた。 ため息を吐いて、確かめるようにミユとのトーク画面を開く。
”今どこ?””どーこだ!”
 そんなメッセージのあとに、ミユが撮った写真が貼られていた。大学の研究練の裏の、一際大きな桜の木を、見上げるように撮った写真だった。ほとんど人が寄り付かないその場所が、僕らの定番の待ち合わせ場所だった。今ならきっと、それはそれは綺麗な桜が咲いていることだろう。
 ミユのことなんか忘れて、ミユのいない春を彩る桜。人気のない、誰も見に来ないだろうその場所で、それでも咲き続ける桜。どんな気分なんだろう。
 春休みという退屈に押しつぶされそうな僕の足は、気がつけば駅へ向かっていた。電車を何本か乗り継いで、駐車場につながる裏口から大学へ入る。長い坂道をのぼって、寂れた研究練の裏手に回る。 果たして、そこには誰もいなかった。満開の桜が足元をピンクに染め上げている。ミユの大好きなピンクに。
 僕は桜の木の根元に、道中で買った花束を添えた。しゃがみこんで、手を合わせる。痛いほど強く、目を瞑った。それでも、まぶたの隙間からぼろぼろと溢れ出すものがあった。
 いっそこのまま、盲目でいたい。今、目を開けたら、一人きりだと突きつけられるから。 どのくらいの間、そうしていただろうか。不意に、突風が吹いて、甘い香りを運んできた。温かくて、やわらかい、懐かしい匂いだった。
 目を開けて、僕は振り向く。 木陰の下に、一人の女の子がいた。驚いた様子で目を見開き、こちらを見ている。ミユとは似ても似つかなかったけれど、それでも、充分だと思った。
「おかえり」
 つぶやくと、女の子は首をかたむけて笑いかける。
「ただいま」


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『ハルってさ、生まれ変わりとか、信じる?』
「え? なに、急に」
 電話口から漏れ出るミユの息づかいから、言い淀んでいるのだとわかる。そして、長い長い沈黙のあと、
『うぅん、なんでもない。またね』
 そこで、通話は切れてしまった。  それが、僕とミユの、最後の会話だった。  ミユの訃報を知らされたのは、一年から二年に上がる春休みの頭だった。一週間前に亡くなっており、スマホの通話履歴から僕に行き当たったというミユのお父さんの声は酷く冷淡で、事務的なものだった。ミユと仲良くしてくれてありがとう、と最後に社交辞令のように付け加えて、通話はすぐに切れた。僕は電話越しにしか、彼女の不在を知らされることはなかった。
 そして今、僕はミユのいない、二度目の春休みにいた。ミユがいなくなってから一年。僕には楽しいことがなくなってしまった。今日も、途方もない時間を潰すため、僕は平日の朝から人気のない桜並木の道を歩いている。
 ミユがいなくなってしまったというのに、舞い散る桜はこんなにもカラフルで、色鮮やかで。僕の目にはそれが毒々しく映った。
 ズボンのポケットに入れた携帯が震える。大学のグループチャットだった。桜の木の幹によりかかり、ロックを解除する。合コンがどうのこうのと盛り上がっているようだ。そこにもういない、欠けてしまったミユの面影は、とうにない。
 そのことが、僕には信じられなかった。
 合コンのメンバーの中には、ミユと仲の良かった奴もいる。ミユに好意を抱いていた奴や、告白して振られたやつも。けれど、誰もミユの話なんかしていない。触れてはいけない、腫れ物のように、誰もミユの話をしたがらない。自然と避けているのか、忘れてしまったのか。 まるで僕だけが、去年の春休みから時が止まってしまっているみたいで、すっかり浮いてしまっていた。 ため息を吐いて、確かめるようにミユとのトーク画面を開く。
”今どこ?””どーこだ!”
 そんなメッセージのあとに、ミユが撮った写真が貼られていた。大学の研究練の裏の、一際大きな桜の木を、見上げるように撮った写真だった。ほとんど人が寄り付かないその場所が、僕らの定番の待ち合わせ場所だった。今ならきっと、それはそれは綺麗な桜が咲いていることだろう。
 ミユのことなんか忘れて、ミユのいない春を彩る桜。人気のない、誰も見に来ないだろうその場所で、それでも咲き続ける桜。どんな気分なんだろう。
 春休みという退屈に押しつぶされそうな僕の足は、気がつけば駅へ向かっていた。電車を何本か乗り継いで、駐車場につながる裏口から大学へ入る。長い坂道をのぼって、寂れた研究練の裏手に回る。 果たして、そこには誰もいなかった。満開の桜が足元をピンクに染め上げている。ミユの大好きなピンクに。
 僕は桜の木の根元に、道中で買った花束を添えた。しゃがみこんで、手を合わせる。痛いほど強く、目を瞑った。それでも、まぶたの隙間からぼろぼろと溢れ出すものがあった。
 いっそこのまま、盲目でいたい。今、目を開けたら、一人きりだと突きつけられるから。 どのくらいの間、そうしていただろうか。不意に、突風が吹いて、甘い香りを運んできた。温かくて、やわらかい、懐かしい匂いだった。
 目を開けて、僕は振り向く。 木陰の下に、一人の女の子がいた。驚いた様子で目を見開き、こちらを見ている。ミユとは似ても似つかなかったけれど、それでも、充分だと思った。
「おかえり」
 つぶやくと、女の子は首をかたむけて笑いかける。
「ただいま」