俺たちはしばらくの間、ゼノからほど近い森に隠れていた。
幸い、ピノという優秀な警戒役がいたので見つからずに済んでいる。
「……!」
流石に息を潜めて隠れていたのだが、やがて城の方が騒がしくなってきた。
クロード達が陽動を仕掛けてくれているということだろう。
そして、とうとう屋敷からゼノが出てきた。
白鬼、黒鬼も一緒だ。さらに護衛の兵士が二人。
城へと向かっていく。そりゃそうだ。
敵襲があれば、影武者と入れ替わる必要があるだろう。
ゼノと黒鬼を見るのは初めてだった。
もっとも、黒鬼を見たことがあるのはグレイだけだが。
ゼノ・イリオスは高級そうなローブを纏った上で、顔を隠すようにフードを被っていた。それでも赤い瞳を不機嫌そうに細めているのが分かる。
黒鬼は中肉中背と言った様子で、背格好は白鬼に近い。大斧を担いでいるが、歩く速度は速い。軽々と担いでいる印象だった。
ナタリーを見ると、ゼノを強く睨みつけている。
初めて会った時からひどく嫌っているようだった。
少しの間、後を尾ける。
城への道の途中、少しだけ開けた広場でナタリーは頷いた。事前に戦場として予定していた地点だ。
それに合わせて、俺は飛び出す。まずは魔弾を放つ。
次に障壁を何度も蹴りつけて、木々の隙間を跳ね回った。
「? なんだ?」
ゼノたちが警戒する。まずは護衛二人へと俺は斬りかかった。
頭上から急降下しながら、逆手に握った右のナイフを突き下ろす。
「……!」
標的が気が付いて、俺を見上げた。
構えていた長剣を上空に向けて払う。
しかし、俺は気付かれたのなら、と障壁を蹴って狙いを変える。
真下への落下から、斜めに地面へ向けた跳躍に切り替えた。
さらにナイフを順手に持ち帰ると、もう一人の護衛目掛けてナイフを払う。
標的ではなくなった相手の剣が空振りに終わる。標的になった相手はそれでも咄嗟に反応する。
俺を迎え撃つように、剣を払った。
しかし、俺は『青い幻』に従って、ほんの少しだけ体を縮めて避ける。
味方が倒されたと気付き、もう一方の相手は俺へと踏み込んだ。
そこに放っておいた魔弾剣が背後から迫る。やはり精鋭ということだろう、護衛はしっかりと反応して全て弾く。
「く……」
足を止めて振り返った相手の背中へと俺は逆に踏み込んだ。
ナイフを斬り下ろしながら、弾かれた魔弾剣の一つを左手で掴む。まとめて、左手も斬り下ろす。背後からの両斬り払い。
「……流石にさせませんよ」
しかし、白鬼が割って入ろうとする。
「いやいや、させて欲しいっすね」
その瞬間、白鬼の体が引っ張られた。
「!?」
「……良いリアクションっす」
白鬼の驚いた声とミアの小馬鹿にするような声が続けて響く。
これで白鬼は退かせた。邪魔はない。
俺はもう一人の護衛もそのまま切り伏せると、すぐに障壁を蹴って離脱する。
「……うわ」
直後、俺の立っていた場所へと、大斧が叩きつけられる。
黒鬼の一撃に背筋が寒くなる。予想よりもギリギリだった。
「マジか」
「……嫌よ」
上へと逃げた俺はちらりと下を見て、顔が引きつった。
頭上のエルも「イヤイヤ」と首を振るように呟く。
すぐ真下で『ゼノ・イリオス』が俺に掌を向けていた。
何せ相手はエルフの生まれ変わりだ。きっと食らえば死ぬだろう。
「炎よ、焼き払え」
それは非常に標準的な、教科書にでも載っているような『命令』だった。
しかし、放たれた魔術はエリーナの青白い炎とほとんど変わらない。
単純に魔術の技量が――段違いだ。恐らくは魔力の効率か?
エリーナが赤い本を使っているのは、あの炎の複雑な『命令』を扱うためには口頭では時間が掛かるからだ。だが、こいつにとっては一言で十分なのだ。
俺が「あ、ヤバいかも」と口の中で呟いた時、黒い炎が青白い炎を打ち消した。ちらりと振り返ると、アリスと加奈が炎で相殺してくれたようだった。
白鬼はミアが相手をしている。
ゼノは忌々しそうにアリスを睨みつける。
「な……」
しかし、その顔色を一変させた。
まるで驚いたような――いや、恐怖に凍り付いたような。
「……?」
俺は不審に思うが、その隙は逃さない。
撤退しようとしていた足を引き返し、ゼノの首目掛けてナイフを振るう。
しかし、今度は黒鬼が割って入った。
白鬼と違って、仕込みはない。大斧が俺のナイフを防いだ。
「おい、どうしたんじゃ?」
「……アイツを殺せ」
質問にゼノは答えず、代わりに黒鬼へと命令する。
「――――!」
返事は待たずにゼノが魔法を放つ。
それは聞いたこともない言語だった。
きっとエルフの知識だろう。魔法の『命令』は自由度が高い。
……だが、一体どれほどの情報が詰められていたのか。
幾条もの青白い炎の束が複雑な軌道を描きながら、視線の先へと収束していった。その全てをアリスと加奈が対処していた。
魔法の回転率を活かして、弱い魔法を何度も放って一つずつ打ち消していく。
そして、最後の炎が消えて納得した。
その矛先にいたのは、ナタリーだった。
瞬き一つすら惜しむように、ナタリーはゼノ達の動きを観察している。
あらゆる可能性を探しているのだろう。
今も観察されている事実に、ゼノは気圧されるように一歩退いた。
そうだ。
この状況は好機なのだ。
最悪、ここに青鬼がいる可能性も考えていた。
だが、結果としてここにはいなかった。
青鬼がいなければ、ティアナは殺せない。
だが――こちらはゼノを殺せる。
ここに青鬼が来るまでが好機のはずだ。