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第百八十六話

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 古村の主目的は、無論裏切りではない。あくまで、御庭番衆もレイジーも裏切ったのにもちゃんとした理由が存在する。
「――変化の術は、熟達したものなら……検死すらすり抜けるほどの技術だ。当人の感覚だけでなく、それに関わった人間すべてを惑わす、いわば究極の影武者になりうる催眠術に似た超技術だ。それを以って……私は、来栖・F・善吉という男を死んだことにする計画を立てていた」
 あくまでそれは、御庭番衆内での秘密のやり取り。レイジーには一切伝えず、ただの独断同然で影武者の計画を実行した。山梨県民を連れてくることは最初から共有していたものの、「どうやって連れてくるか」は一切口にしていなかった。あくまで当人の自由として判断を任せていたのだ。
 御庭番衆は、いつかこの『義賊伝説』が終わってしまうのではないか、そう言った危機感を抱いていた。そんな中で、将来有望な存在は現状葵のみ。有志を募れば多少はやれるだろうが、今ほどの個々のクオリティを保ち続けるには限界があると考えたのだ。
 もともと、『義賊伝説』は「悪さをする者のところに忍者がやってくる」という話。信憑性は年を重ねるごとに薄れていき、今や都市伝説レベルの信憑性にまで落ちた。さらに、それぞれのクオリティが下がっていき、義賊伝説に泥を塗ってしまう可能性が孕んでしまうのなら、自分たちの代で不自由な生き方をやめさせる以外にない。
 悪人を根絶させてしまえば、存在意義が無くなる。悪人の根幹にいたのは、基本的に善吉であることに変わりはない。義賊の力が及ぶのは山梨県内、善吉の力が及ぶのも山梨県内。しかし時を重ねるごとに、その力は増していくことだろう。
 ならば、検死をごまかせるほどの変化の術を用いて、善吉を「死んだこと」にする。それにより本物が生きていたとしてもそれこそが影武者と言い張ることが出来る。明確な根拠を提示しようにも、大々的に犯罪者であることを公言されてしまった以上、そこまで言葉に力は生まれない。
 さらに、彼は用意周到であった。元々ここにいたはずの存在を暗器を用いて陰ながら殺し、その様子をどこかで窺い知れないよう監視カメラを破壊、事前に録画しておいた偽りの映像を流しながらやり過ごしていたのだ。
 万が一仕留めそこなったときの保険を作り出すため、命を懸けた策であったのだ。
「――本来なら、ここで君たちに殺されることが……計画の終着点だった。しかし……君たちは優しすぎた」
「普通そうだろ、じゃあなかったら英雄目指してねえ」
「この場にいる者は、基本的に優しすぎる者の集合体。そう簡単には……達せられませんでしたね」
 元から疑念はあった。それは、五斂子社の社員とも、ヤクザの組の一員とも、山梨支部の構成員とも幹部とも名乗らず、裏切ったはずの「御庭番衆」と名乗ったのは、心がずっとこちら側にあったからこそ。
 二人が「ただ裏切っているわけではない」という確証を得たのは、英雄が持つベース能力を活かした戦いを望んでいた部分。裏切り者として戦う中で、忍者の中でも特段秀でた力と技術を持ち合わせている御庭番衆ならば、二人のことを、暗器を用いて殺害することも容易であったはず。なのに、それを数多くしてこなかったのも、結局は二人の成長のため。
「――結局、アンタは後進育成と共にやったことは俺たちと一緒だった。歩む道こそ違えど目標が一致していた。多少なり話してくれれば……俺らも協力しただろうに」
 ただし殺さない。あくまで、英雄の主目的は犯罪者の殺害ではない。それに近しい行いをするのは、英雄以上の存在である司法。私刑はよほどの場合でない限り許されない行いである。
「――――もし善吉の地位を落とすために死ぬんならよ」
「自刃がいい、訳がないんだ」
 検死を真なる意味でごまかすためには、あくまで被害者であることが望まれる。本能寺における信長、あるいは王の座を追われたネロのような、追い詰められた末かつ目撃者有りの自刃ならある程度理解が及ぶが、世の中にあれだけの啖呵を切っておきながら自殺でした、だなんてことは不可解でしかない。
 そのために、「志半ばで殺害された」偽りの事実が必要なのだ。
「――君たちが、誰も殺したくない穏健派であることは理解している。だが……この死は無駄なものではない。それに……御庭番衆たちにはこの計画の概要を伝えている。御屋形様には……伝えていないがな」
 レイジーがエヴァを力や地位を放棄するために説得していたように、御庭番衆・古村はそのレイジーに対し「長い間一人きりで戦ってきた」その武勇に報いるべく内部から崩壊させにかかっていたのだ。レイジーは本当の内部から、古村は頂点から。恐らく、この戦いで善吉を打倒できると踏んでいるからこそ、自分の命を擲つ覚悟を背負っていたのだ。
「……忍者は、姑息卑怯裏切り……そういった人間の負の側面を一挙に背負う存在だ。多くの諜報任務であったり、潜入任務であったり……敵を欺く行い上等で戦っている。どれほど悪を打ち倒す任務を請け負ったとしても……結局は相手の黒を自分の黒で塗りつぶしているだけに他ならない。ゆえに……英雄と対等な立場には立てないものだよ」
 結局のところ、彼女らに出会い、交流を重ねた中で、御庭番衆や忍者たちは分かってしまったのだ。まだそういった任務に立ち入ったことのない子供たちはともかくとして、一度あらゆる手段を用いて黒に染まった者は一生黒のままである。
 絵の具においても、黒はあらゆる色を「殺す」色である。いくら黒の割合を減らそうと、結局黒色が強いまま。一度濁った色を浄化するのは、厳しいものがある。仮に色を限りなく白に寄せたところで、かつて黒であった事実は変わらない。凶悪犯(クロ)がどれほど善行(シロ)を積もうと前科者(グレー)である事実が変わらないように。
「――だからこそ、私たちの代で……御庭番衆は終わらせるべきだと考えたのだ。レイジー……今の御屋形様になってからはそういった任務は一切行っていないが、先代や先々代は行っていた。それもこれも山梨県の治安維持のためであったが、殺しに手を染めなかったわけではない。凶悪犯を殺害など、何度行ったか分からない。私の師匠にあたる存在も……凶悪な犯罪者を何人も手にかけてきた」
 英雄のように、輝かしい存在にはなれない。一生日向者にはなれない。日陰者のままだからこそ、日向者の邪魔にならないよう日陰者の中に紛れ込む悪人を、自分たちの手で減らしていく。しかし、それが十割正しいと言い切れるわけがない。結局のところ「殺人」の原罪を犯しているのだから。
「誰かに口外することはない。ただ戦いの中で死んだだけ。それだけだ。だから心置きなく……私を殺してくれ」
 暗器の一つである苦無を、静かに院に手渡すも、院はそれを地面に叩きつけた。憤慨と悲哀に満ちた表情で睨みつけていたのだ。
「――ふざけるんじゃあないんですの……何で……何でそうまでしてここまで大規模な自殺計画を思いついたんですの!? それに……独りよがりで、誰かに迷惑をかけて……でも当人に残す罪悪感と敵の親玉が死んだ偽りの真実以外、何も残すことはなく……!!」
 院にとって、誰かの介錯をするというのは初めてではない。かつて、埼玉支部との一件の際経験している。その時は、当人の意志に根負けし、東仙ごと全てを破壊した。ただ、結局のところ彼女の中には深い悲しみと罪悪感が残った。
 礼安にこのことについて明かすことはないが、自分だけで背負う覚悟を見せたものの、精神が辛いことに変わりはない。それは命の大切さや儚さを、栃木支部との一件において学んだから。
 これは透も同様で、家族を目の前で失ってから、命の尊さを義弟妹に教え説くほどに、人身御供のように命を投げ出す行為に対して強い怒りを覚えるのだ。
 ただ、二人はそんな怒りを滲ませながら、諦めていたのだ。当人の意志は、もう変わりようのないほどに強固なものであったのだ。もう後戻りが出来ないからこそ、そしてレイジーのことを思っているからこそ、殺される準備は出来ていたのだ。
「……もう、何を言われても変わりはしない。しのびの里にも……御庭番衆全員分の遺書を残してきた。君たちには……こちら側に来てほしくないからこそ、黒に染まった私たちを殺すべきなんだ」
 地に落ちた自動小銃を拾い、何も語らず、そして表情も見せずに古村の眉間に銃口を突き付ける透。院は異を唱えようとしていたが、銃は小さく震えていた。そして、嗚咽がほんの少しではあるが漏れ出していたのだ。
 そうして……ついに。透も自動小銃をすぐに発砲できないように、即座に解体した。清志郎と比べると、実に拙い手つき。さらに怒りに満ち溢れていたからこそ、全ての動作がだいぶ乱暴になっていた。
 そうして、胸ぐらを掴んで一発、二発と続けて殴り飛ばした。ベース能力を一切使わなかったからこそ、その拳から伝わるものは「情」であった。
 ただ、何も言うことはない。静かに涙を流しながら、睨みつけるのみであった。
 そして、古村は諦めたように嘆息する。まるでこの事態を予期していたかのように、困ったように笑っていたのだ。二人と正反対の表情であったが、二人にとってその表情を見せたら最後、もう当人と現世で出会えないような気がして、悪寒を感じ取っていた。いつの間にか、善吉に変装するぴったりとした覆面も被り直しており、悪い予感しかしなかった。
「――何となくだが、そんな気はした。どれほどの覚悟を見せようと、君たちはあくまで日向者。我々のような日陰者とは……運命の悪戯がない限り相容れないものだ。だから……こうするしかないんだ」
 院と透の背後から、銃弾が一閃頬をかすめる。二人に向けたものではなく、古村に向けたもの。たった一発ではあったが、その一発は的確に心臓を捉えた。多量の出血、多量の喀血。それもそのはず、その一発は長距離狙撃銃によるもの。大した距離ではないものの、火力と確実性を持たせるためにそれをセレクトしたのだろう。
 心臓が破裂したのか、その場に仰向けで倒れる古村。二人が振り向いた時には、狙撃した主である御庭番衆の一人が手を振り、笑顔のまま自分で脳を狙撃銃で撃ちぬく。その場に飛び散るは、多量の朱色とそれに混じる、多くの皴が刻まれたぶよぶよとした肉塊。しかしそれだけのダメージを負っても、笑顔は崩すことはなかった。
 辺りに飛び散る命だったもの。当人たちが作戦のために、喜んで命を放棄する瞬間を目の当たりにした二人は、何も語ることもできない。血の気が引き、へたり込むこともできない。この一見に絡む前はあれだけ輝かしい舞台にいたはずなのに、自分が目の当たりにしている光景が、とてもではないが信じられなかったのだ。
 ものの数日の間に、これほどの人の成れの果てを目撃するとは。入学前は思ってもみなかったことである。東仙の介錯を行った際も、これほどの光景は広がらなかった。
 そのまま戦意を失った二人は、信一郎たちにメールの文章のみで無事を伝えると、その部屋を後にする。ドアノブを握る手は、酷く震えており、酷いトラウマを刻み込まれたのだった。
 これによって、真来院と天音透対古村十郎太の戦いは、二人の勝利で幕を閉じた。しかし、最後の最後まで御庭番衆としての作戦遂行を順守した彼の、度を越えた覚悟に心を折られた二人は、中央庭園に繋がる通路で壁に背を預けながら心を痛めていた。フルボディに下りるほどの気力が、欠片たりとも存在していなかった。やることがあったはずなのに、当人が目の前で嬉々として死んだ衝撃は、そう癒えるものではなかったのだ。
 結果、アヴァロンエリアから誰もフルボディエリアに進む者はいなかった。


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 古村の主目的は、無論裏切りではない。あくまで、御庭番衆もレイジーも裏切ったのにもちゃんとした理由が存在する。
「――変化の術は、熟達したものなら……検死すらすり抜けるほどの技術だ。当人の感覚だけでなく、それに関わった人間すべてを惑わす、いわば究極の影武者になりうる催眠術に似た超技術だ。それを以って……私は、来栖・F・善吉という男を死んだことにする計画を立てていた」
 あくまでそれは、御庭番衆内での秘密のやり取り。レイジーには一切伝えず、ただの独断同然で影武者の計画を実行した。山梨県民を連れてくることは最初から共有していたものの、「どうやって連れてくるか」は一切口にしていなかった。あくまで当人の自由として判断を任せていたのだ。
 御庭番衆は、いつかこの『義賊伝説』が終わってしまうのではないか、そう言った危機感を抱いていた。そんな中で、将来有望な存在は現状葵のみ。有志を募れば多少はやれるだろうが、今ほどの個々のクオリティを保ち続けるには限界があると考えたのだ。
 もともと、『義賊伝説』は「悪さをする者のところに忍者がやってくる」という話。信憑性は年を重ねるごとに薄れていき、今や都市伝説レベルの信憑性にまで落ちた。さらに、それぞれのクオリティが下がっていき、義賊伝説に泥を塗ってしまう可能性が孕んでしまうのなら、自分たちの代で不自由な生き方をやめさせる以外にない。
 悪人を根絶させてしまえば、存在意義が無くなる。悪人の根幹にいたのは、基本的に善吉であることに変わりはない。義賊の力が及ぶのは山梨県内、善吉の力が及ぶのも山梨県内。しかし時を重ねるごとに、その力は増していくことだろう。
 ならば、検死をごまかせるほどの変化の術を用いて、善吉を「死んだこと」にする。それにより本物が生きていたとしてもそれこそが影武者と言い張ることが出来る。明確な根拠を提示しようにも、大々的に犯罪者であることを公言されてしまった以上、そこまで言葉に力は生まれない。
 さらに、彼は用意周到であった。元々ここにいたはずの存在を暗器を用いて陰ながら殺し、その様子をどこかで窺い知れないよう監視カメラを破壊、事前に録画しておいた偽りの映像を流しながらやり過ごしていたのだ。
 万が一仕留めそこなったときの保険を作り出すため、命を懸けた策であったのだ。
「――本来なら、ここで君たちに殺されることが……計画の終着点だった。しかし……君たちは優しすぎた」
「普通そうだろ、じゃあなかったら英雄目指してねえ」
「この場にいる者は、基本的に優しすぎる者の集合体。そう簡単には……達せられませんでしたね」
 元から疑念はあった。それは、五斂子社の社員とも、ヤクザの組の一員とも、山梨支部の構成員とも幹部とも名乗らず、裏切ったはずの「御庭番衆」と名乗ったのは、心がずっとこちら側にあったからこそ。
 二人が「ただ裏切っているわけではない」という確証を得たのは、英雄が持つベース能力を活かした戦いを望んでいた部分。裏切り者として戦う中で、忍者の中でも特段秀でた力と技術を持ち合わせている御庭番衆ならば、二人のことを、暗器を用いて殺害することも容易であったはず。なのに、それを数多くしてこなかったのも、結局は二人の成長のため。
「――結局、アンタは後進育成と共にやったことは俺たちと一緒だった。歩む道こそ違えど目標が一致していた。多少なり話してくれれば……俺らも協力しただろうに」
 ただし殺さない。あくまで、英雄の主目的は犯罪者の殺害ではない。それに近しい行いをするのは、英雄以上の存在である司法。私刑はよほどの場合でない限り許されない行いである。
「――――もし善吉の地位を落とすために死ぬんならよ」
「自刃がいい、訳がないんだ」
 検死を真なる意味でごまかすためには、あくまで被害者であることが望まれる。本能寺における信長、あるいは王の座を追われたネロのような、追い詰められた末かつ目撃者有りの自刃ならある程度理解が及ぶが、世の中にあれだけの啖呵を切っておきながら自殺でした、だなんてことは不可解でしかない。
 そのために、「志半ばで殺害された」偽りの事実が必要なのだ。
「――君たちが、誰も殺したくない穏健派であることは理解している。だが……この死は無駄なものではない。それに……御庭番衆たちにはこの計画の概要を伝えている。御屋形様には……伝えていないがな」
 レイジーがエヴァを力や地位を放棄するために説得していたように、御庭番衆・古村はそのレイジーに対し「長い間一人きりで戦ってきた」その武勇に報いるべく内部から崩壊させにかかっていたのだ。レイジーは本当の内部から、古村は頂点から。恐らく、この戦いで善吉を打倒できると踏んでいるからこそ、自分の命を擲つ覚悟を背負っていたのだ。
「……忍者は、姑息卑怯裏切り……そういった人間の負の側面を一挙に背負う存在だ。多くの諜報任務であったり、潜入任務であったり……敵を欺く行い上等で戦っている。どれほど悪を打ち倒す任務を請け負ったとしても……結局は相手の黒を自分の黒で塗りつぶしているだけに他ならない。ゆえに……英雄と対等な立場には立てないものだよ」
 結局のところ、彼女らに出会い、交流を重ねた中で、御庭番衆や忍者たちは分かってしまったのだ。まだそういった任務に立ち入ったことのない子供たちはともかくとして、一度あらゆる手段を用いて黒に染まった者は一生黒のままである。
 絵の具においても、黒はあらゆる色を「殺す」色である。いくら黒の割合を減らそうと、結局黒色が強いまま。一度濁った色を浄化するのは、厳しいものがある。仮に色を限りなく白に寄せたところで、かつて黒であった事実は変わらない。|凶悪犯《クロ》がどれほど|善行《シロ》を積もうと|前科者《グレー》である事実が変わらないように。
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 英雄のように、輝かしい存在にはなれない。一生日向者にはなれない。日陰者のままだからこそ、日向者の邪魔にならないよう日陰者の中に紛れ込む悪人を、自分たちの手で減らしていく。しかし、それが十割正しいと言い切れるわけがない。結局のところ「殺人」の原罪を犯しているのだから。
「誰かに口外することはない。ただ戦いの中で死んだだけ。それだけだ。だから心置きなく……私を殺してくれ」
 暗器の一つである苦無を、静かに院に手渡すも、院はそれを地面に叩きつけた。憤慨と悲哀に満ちた表情で睨みつけていたのだ。
「――ふざけるんじゃあないんですの……何で……何でそうまでしてここまで大規模な自殺計画を思いついたんですの!? それに……独りよがりで、誰かに迷惑をかけて……でも当人に残す罪悪感と敵の親玉が死んだ偽りの真実以外、何も残すことはなく……!!」
 院にとって、誰かの介錯をするというのは初めてではない。かつて、埼玉支部との一件の際経験している。その時は、当人の意志に根負けし、東仙ごと全てを破壊した。ただ、結局のところ彼女の中には深い悲しみと罪悪感が残った。
 礼安にこのことについて明かすことはないが、自分だけで背負う覚悟を見せたものの、精神が辛いことに変わりはない。それは命の大切さや儚さを、栃木支部との一件において学んだから。
 これは透も同様で、家族を目の前で失ってから、命の尊さを義弟妹に教え説くほどに、人身御供のように命を投げ出す行為に対して強い怒りを覚えるのだ。
 ただ、二人はそんな怒りを滲ませながら、諦めていたのだ。当人の意志は、もう変わりようのないほどに強固なものであったのだ。もう後戻りが出来ないからこそ、そしてレイジーのことを思っているからこそ、殺される準備は出来ていたのだ。
「……もう、何を言われても変わりはしない。しのびの里にも……御庭番衆全員分の遺書を残してきた。君たちには……こちら側に来てほしくないからこそ、黒に染まった私たちを殺すべきなんだ」
 地に落ちた自動小銃を拾い、何も語らず、そして表情も見せずに古村の眉間に銃口を突き付ける透。院は異を唱えようとしていたが、銃は小さく震えていた。そして、嗚咽がほんの少しではあるが漏れ出していたのだ。
 そうして……ついに。透も自動小銃をすぐに発砲できないように、即座に解体した。清志郎と比べると、実に拙い手つき。さらに怒りに満ち溢れていたからこそ、全ての動作がだいぶ乱暴になっていた。
 そうして、胸ぐらを掴んで一発、二発と続けて殴り飛ばした。ベース能力を一切使わなかったからこそ、その拳から伝わるものは「情」であった。
 ただ、何も言うことはない。静かに涙を流しながら、睨みつけるのみであった。
 そして、古村は諦めたように嘆息する。まるでこの事態を予期していたかのように、困ったように笑っていたのだ。二人と正反対の表情であったが、二人にとってその表情を見せたら最後、もう当人と現世で出会えないような気がして、悪寒を感じ取っていた。いつの間にか、善吉に変装するぴったりとした覆面も被り直しており、悪い予感しかしなかった。
「――何となくだが、そんな気はした。どれほどの覚悟を見せようと、君たちはあくまで日向者。我々のような日陰者とは……運命の悪戯がない限り相容れないものだ。だから……こうするしかないんだ」
 院と透の背後から、銃弾が一閃頬をかすめる。二人に向けたものではなく、古村に向けたもの。たった一発ではあったが、その一発は的確に心臓を捉えた。多量の出血、多量の喀血。それもそのはず、その一発は長距離狙撃銃によるもの。大した距離ではないものの、火力と確実性を持たせるためにそれをセレクトしたのだろう。
 心臓が破裂したのか、その場に仰向けで倒れる古村。二人が振り向いた時には、狙撃した主である御庭番衆の一人が手を振り、笑顔のまま自分で脳を狙撃銃で撃ちぬく。その場に飛び散るは、多量の朱色とそれに混じる、多くの皴が刻まれたぶよぶよとした肉塊。しかしそれだけのダメージを負っても、笑顔は崩すことはなかった。
 辺りに飛び散る命だったもの。当人たちが作戦のために、喜んで命を放棄する瞬間を目の当たりにした二人は、何も語ることもできない。血の気が引き、へたり込むこともできない。この一見に絡む前はあれだけ輝かしい舞台にいたはずなのに、自分が目の当たりにしている光景が、とてもではないが信じられなかったのだ。
 ものの数日の間に、これほどの人の成れの果てを目撃するとは。入学前は思ってもみなかったことである。東仙の介錯を行った際も、これほどの光景は広がらなかった。
 そのまま戦意を失った二人は、信一郎たちにメールの文章のみで無事を伝えると、その部屋を後にする。ドアノブを握る手は、酷く震えており、酷いトラウマを刻み込まれたのだった。
 これによって、真来院と天音透対古村十郎太の戦いは、二人の勝利で幕を閉じた。しかし、最後の最後まで御庭番衆としての作戦遂行を順守した彼の、度を越えた覚悟に心を折られた二人は、中央庭園に繋がる通路で壁に背を預けながら心を痛めていた。フルボディに下りるほどの気力が、欠片たりとも存在していなかった。やることがあったはずなのに、当人が目の前で嬉々として死んだ衝撃は、そう癒えるものではなかったのだ。
 結果、アヴァロンエリアから誰もフルボディエリアに進む者はいなかった。