圧倒的な力によって叩き伏せたはずの古村は、いつの間にか一人に。許容範囲外のダメージを負った影響で分身が消失していたのだ。
「――実に、厄介だ。変身さえしなければ、ある程度チャンスがあると思えたんだがな」
しかし、その声音にある程度ブレを感じ取った。そこを透は怪しいと睨んだ。
「――――アンタは俺らを、どうする気だったんだ? 大概敵ってのは基本的に俺らを篭絡しにかかるか殺しにかかるかのどっちかだ。少なくとも……今のアンタはどっちでもない、まるで俺らを試しているようだ」
いくら変身していないとはいえ、そして英雄の卵だとはいえ、相手は高校一年生ほどの未熟な存在。レイジーから太鼓判を押されている存在たる御庭番衆ならば、気づかずに殺すことくらいはできるだろう。本人らの主義主張からして、殺すことは良しとしないだろうが、裏切ったならば話は別。しかしそれをしようとしない彼に、違和感があったのだ。
そこで、透は勘付いた。
「……! そうか……そういうことかよ全く」
院にあることを耳打ちすると、前衛と後衛が完全に入れ替わる。その様子を見た古村は少しばかり眉を顰めると、院を行動不能にするべく猛毒の暗器・『長針』を手に高速で迫る。
しかし、すんでのところで体中に風の鎧を纏った透が制止する。
「悪いな、アンタの仕組んだゲームを……そろそろ正攻法かつ理想解で攻略する時だ」
一瞬だけ、表情に変化が生まれたものの、それを感じ取ることはせず、ただ院と透、それぞれ三週間前に出し切れなかった、修行の成果の一部。その練度をさらに高め、放つ時が来た。それだけである。
「人体が力を込める上で、重要な『核』ってのが存在する。さっきから……全力込めているはずなのに『風』を感じて……微妙に力出し切れなかったろ」
右拳を繰り出そうものなら、右肩に。逆もまた然り。いつだって、力にはその力を振るう上で重要な点が存在する。そこにぶつけていた風こそ、透の見る力と適応能力から派生したものであった。
まるで、児戯のように手のひらを銃の形にして、指先に魔力を込める。すると、目を凝らして何とか視認できるほどの風の塊を、銃弾のようにして超高速で撃ち放つ。
それ自体に殺傷能力は求めていないため、貫通性能やら鎌鼬のような斬撃性質を乗せているわけではない。ただ、『核』の一点からバランスを崩すだけ。
風の塊を急速圧縮、それをぶつけられた人体はすぐさまぶつけられた勢いのままにバランスを崩してしまう。
足裏から暴風を作り出し、高速の右飛び膝蹴り。しかし、何とか古村はそれを躱す。
だが、それは透の想定内。右足裏からさらに暴風を一瞬噴射すると、意表を突くオーバーヘッドキックが成り立つのだ。
「いつだって、戦いは意表の突き合いだ。戦いのIQが高い方が、結局のところ勝つんだよ。それが例え……卑怯外道搦手を主軸とする忍者……いや、御庭番衆相手だろうとな」
脳天に叩き込まれる、超高速の蹴り。人が生じさせることの出来ない圧倒的衝撃が、頭骨から脳を揺らす。ブレる視点で見据えた古村の視線の先では、指先に超高熱のエネルギーを集約していた院が待ち構えていたのだ。
「ただ変身するだけではない、力の使い方。しっかりと戦いの中で我々は学んでいるのですよ。それはこの間の合同演習会だけではありません、この戦いの渦中においてもそうですわ」
ただ一本の指に集約しているのではなく、五本の指全てに炎の魔力を集約させている。しかもそれは、ただの灼熱の炎ではなく、よくあるようなあらゆるものを融断する超熱線にまでレベルを上げていた。
「長いこと集中させてくださってありがとうございますわ、おかげさまでここまでのものになりました」
二人して不敵に笑むと、風で浮き上がりその熱線照射を回避。古村も何とか回避しようとするも、オーバーヘッドキックによって脳震盪を起こしており、意識障害とふらつきが生じる。そのため、一瞬逃げ遅れたのだ。
顔面目掛け一直線に放たれた熱線。しかし、すんでのところで熱線自身が曲がり古村の頬をかすめていく。まるで意志を持ったように避けていった熱線は分厚い壁を易々と溶断し、まるで金属を超高温で急激に熱したように赤熱していた。
「――計画通りか、院」
「……ええ」
静かにそれぞれが構えを解くと、意識が混濁している状態の彼の元に歩くのだった。
「……私を生かして、どうするつもりだ」
「――どうもこうもありません。あそこまで誘っておいて……何も考えなしなわけはありませんよね」
二人は最初から何となく感づいていた。古村が何かしらの考えのもと、あえて裏切ったのだと。レイジーとは別の考えでありながら、結局行きつく先は『山梨支部、ひいては教会全体の没落』。それらを意図した結果、どんな犠牲を払うことになろうと、そのために動き続けることは確定事項。
しかし、その大雑把な目的は理解してはいるものの、その過程は与り知らないものであるため、その真意を問い質したかったのだ。
「……あからさまな動きを……し過ぎたかな」
善吉の変装を徐々に解きながら、覆面を完全に剥ぎ取る古村。その表情は、無念と言わんばかりに俯くのだった。