午後五時、そろそろ日が傾き始めたころ。ミディアムボディとフルボディでは、これから始まるであろう抗争を目の前にしながら、酒宴を開いていたのだ。警戒心が強いためか、その場にあったものを扱って。こうなる以降に外部から持ち込まれたものは一切ない、ヤクザや五斂子社、そしてこれらを率いる山梨支部にとってクリーンな酒宴であった。
「――しかし、俺らの新たなトップに立つ存在が……山梨を代表する大企業の長とは。今まで俺らヤクザを煙たがっていた連中とは違う、懐の深さを感じるぜ」
「お偉いさんな上に懐も深ェとならぁ、付いていかねえわけがねえよな」
それぞれが、新たなトップである善吉を褒めちぎる。それは単純にそう感じたからというのもあるだろうが、彼の内部に取り入ろうとする意地汚さの表れでもあった。どこで彼の
僕が紛れ込んでいるかは皆には知らせてはいない。少しでも内申を挙げようと必死になる子供のようであった。
実際、彼の方針は「イエスマン」を欲するものであった。彼の創設した五斂子社内で、彼に異を唱えようとする輩は皆、精神障害を負った上で職を辞することとなる。当人ではなく、当人の家族を脅すことから始め、独り身には当人の命を脅し。徹底的に自身に牙を剥く存在を排除し続けたのだ。
通常、イエスマンのみを長の周りに侍らせた企業というものは、往々にして終わりを迎える傾向がある。何故なら、どんな間違った意見であったとしてもそれを正しいと宣い、考えることを放棄してしまう部分にある。結果的に全ての意見に頷き続ける赤べこばかりが出来上がったら、終焉は目に見えたものである。
しかし、そうならない理由がある。それは、来栖・F・善吉の有能さにあった。どんな場合においても、その言動、その行動がいつも最適解であるのだ。まるで、当人に「有能な為政者」としての能力が備わっているかのように。
どれほどの危険が迫ろうと、どれほどの災害が起ころうと、どれほどの脅威が迫ろうとも。全て、当人に解決できなかったことはなかった。万全の対策を用意しておき、余裕に振舞うのみ。その結果が山梨全体の掌握であった。
住民全てを完全に掌握、支配することで外敵をそもそも排除する。一見力技のように思えるだろうが、どれほどの外敵存在であったとしても、全員を掌握・支配するだなんて発想に至るなんてことはない。子供から始まり、大人、果てには老人まで。全てをケアし、心身の支配権を握った後に目論むは――『教会』の教えの流布であった。
グレープ・フルボディ、その深層。屠殺場よりもさらに下に位置する、新たな山梨支部の拠点。そこに善吉は存在した。五斂子社と同じ、いかにも高級そうな部屋の中で、一行が来るのを待ち受けていたのだ。
「真正面から馬鹿正直に来るなんてことは……早々ないだろうが、あえてフルボディにつながる昇降機だけは壊さずにキープしておいた。そこしか入り込める場所がないことを考えたら……そのチャンスすら摘み取るのは悪手だ。あちら側には『原初の英雄』も存在する。壊したらリスクの高いものを傍に置いておくだけで……十分な抑止力になりうる」
善吉にとって、相手がどういうものかというものは十分に理解している。今の自分では敵わない相手だということも。実力差を弁えているからこそ、今の力、今の立地において最適解を導き出すのだ。
「何も、当人が傷を負うのはただの生傷だけではない。精神的なものも含まれるだろう。現に……仕向けた『成れの果て』を相手にして涙していたようだ」
今までにないほど、狡猾。しかし弱さを知っているからこそ強い。善吉の盤面は十全に整えた。自分たちより上から、どれほどの超常をぶつけられようと、ある程度対応できるレベルのもの。
「相手は忍者も込み。どんな下法も辞さない覚悟で挑むだろうね。だからこその事前準備だった」
当人が悦に入っている中、ミディアムボディから連絡が入った。予想ならば、そろそろ来るはず。予想通りだと自信満々に、電話に応答する。
「――ああ、何があったかな」
『それが……ああッ』
まるで電話の向こう側の人間が、急激に虚脱感を覚えたかのように倒れ伏す。そのような音を聞きながら、善吉は一切平静を崩さない。どころか、真正面から現れた事実にどこか寂しさを覚えていたのだ。
「――私は、忍者を相手していたはずだけどなあ。そこまで猪突猛進に立ち向かってくるなんて……よほどの無能なんだろうな」
『無能で悪かったな、五斂子社社長!』
その声の主に、一切の覚えがなかったため、眉を
顰める。少なくとも、忍者や英雄学園陣営ではない。
そこで、一つの結論に至ったのだった。それは、限りなく現状において最も無力化するうえで面倒な手段。そして、最も「数」に頼る手段であったこと。
『俺たちは――――山梨県民としてアンタを打倒する!! よくも今まで騙してくれたな!?』
その言葉とともに、上層が騒音ばかりの空間に成り代わる。それもそのはず。ここに多量に押し寄せた存在は――――力を持たないはずのただの山梨県民であったから。
電話をすぐに切ると、傍にいた山梨支部幹部連中に号令をかける善吉。その表情は、心底面倒臭そうにしていた。
「――現在、ミディアムボディの方で、一般人による大騒動が起きているようだ。殺すことはなく、無力化しろ。ただし……半殺しまでは許す」
「「「「了解」」」」
事態は、奇妙なことになりつつあった。忍者や英雄陣営ではなく、まさかの一般人が大挙して押し寄せる事態に。今まで多くの者を取り込みつつ従えてきた……はず。実際この現状に、何かしらの不満を持つ者が旗を掲げレジスタンス等の徒党を組んでいたのか、あるいは何かしらの外的要因に唆されたか。
可能性は、後者の方が高い。というよりは、確信に変わった。一般人がヤクザの若衆や五斂子社一般社員を相手取っている間に、入口に現れたのは信一郎を始めとした、本来のターゲット。
監視カメラに映る存在は、御庭番衆を除いたものであるため、実に六名。それを数で圧すべく数千以上の人員がいたはずなのにも拘らず、全て思惑通りにいかなかった。
「――まさか、アイツら……!!」
監視カメラに気づいた一行は、ピースサイン等挑発行為を行いつつ、一切の邪魔が介入することなくグレープ内部へ入り込むのだった。