表示設定
表示設定
目次 目次




第百八十話

ー/ー



 その時であった。突如として、グレープの方で騒動があったのだ。各所、観光地からグレープへ向かう昇降機が全て使用不能となり、中で豪遊していた富豪たちが皆外に避難し始めたのだ。
 最初はその中でボヤ騒ぎでもあったのかと考えた一行であったが、事は一刻を争う事態であった。
 ニュース画面に映る人物たちは、エヴァ達一行でも理解できる面子の数々。レイジーの部下だった山梨支部の構成員たちを皮切りに、グレープ・フルボディより出でた王漣組を除く山梨のヤクザたち。さらに、エヴァと信一郎が向かったときには誰一人いなかった五斂子社社員の面々。
 総勢で、グレープ・ミディアムボディを完全占拠していたのだ。あろうことか、占拠場所は『理想郷』。数奇なもので、結局は原初の目的地に行きつくのだ。
「――そう言えば、私たちがここに来た仮初(かりそめ)の目的は、一週間のバカンスでしたものね。あろうことか、泊る場所もそこでした。まだ今日は日程で言うならば三日目ですのに、ずいぶん歓迎ムードは収まらないものですね」
「運命ってのは奇遇なものだ、結局我々あそこに泊まれずじまいじゃあないかな」
 まともに宿泊し、スパを受けていたのはこの場において二人だけ、院と透のみである。体の不調は完全に飛んでいる。だからこそグレープからあそこまで、そこまで時間を要することなく到着できた。
 しかし。ここで『ある人物』が同時に宿泊していたことを思い出した信一郎。
 恐る恐るその主に電話を掛けると、しっかり二コール以内に応答。本人の声であった。
『はい、明石ですが』
「あ、明石君!? 今理想郷が不埒な輩に占拠されているって話ニュースで目にしたんだけど!?」
 「よく分からないんですが」と呟くと、電話越しではあるものの色々なものを探る音が聞こえた。リモコンが見つかったのか、テレビをつけると実に素っ頓狂な声が上がった。すぐさまテレビと自身の声のボリュームを抑え、信一郎に恨み節をぶつけるのだった。
『――どういうことですか!? こんなになっているだなんて私知らなかったんですが!?』
「知らなかったのかい!? ――ま、まあいいや……とりあえず襲撃とか受けないよう用心してくれたまえよ!」
 電話をすぐに切ると、皆静かに頷くと行動を開始した。子供たちを助けるタスクのほかに、あろうことか今の今まで、事の重大さを理解してなかった信一郎の秘書を、火中の栗を拾うように助け出さなければならないタスクが増えたことが確定してしまった。
「……しかし、まだ御屋形様は治りきっていません。戦力をより確実なものにするか……あるいは御屋形様と一部の監視役を置いていくか――――」
「……いや、応急処置は済んだ。私は行けるよ」
 教会のロングコートを羽織ってはいるものの、未だ包帯が目立ち、一部の傷に巻かれた包帯には血が現在進行形で滲んでいる。完全に止血できているわけではないため、傷は開き放題。いくらこの場に小児科医が居るとはいえ、完全な設備もなしに治療はできない。
「なるべく手は尽くしたが……はっきり言おう、そこまで本気の戦いはできると思わない方がいい。一歩間違えたら……血を失いすぎて気を失うぞ」
「大丈夫ですよ――引き際は弁えています」
 しかし、その目の向こう側には、今この場にいない生存している子供……否、元大人たちの姿。どこまで行っても、そして当人が『そちら側』に行こうとも、救い出そうとしているのだ。
 そんな危なげな彼女の傍には、御庭番衆同様忍び道具と装備を十全に整えた葵が存在した。「誰が拵えたのか」、葵のサイズにぴったりのものが揃えられていたのだ。
「――頭目、もし何かあったら……アタシがいる。だから……そう簡単に命を投げ捨てるなよ」
「……そうだね」
 静かに彼女の頭を撫でるレイジー。どれほど悪態吐こうと、それは本当の意味で信頼している証である。二人以外がそれぞれに剣道場を無言で出でると、二人は並んでその場に佇むのだった。
 それは、下手したらもうこの場に戻っては来られないかもしれない、しかし絶対にそんなことにはなりたくない、そんな複雑な覚悟を決める時間が少々要ったためであった。
「――怖い? 葵」
「……正直、怖いよ。アタシ……今まで、生きるか死ぬかなんて血生臭いやり取りなんてのは経験がない。頭目と比べたらそりゃあガキだし、こんな態度してるけど……怖がりだしさ」
 しかし、その震えは今や武者震い。これまでの修行だけでなく、バカな同志をどうにかする考えもあったため、今を生きる者として正さねばならなかった、そのような気がしたのだ。
 葵にとって、この山梨の真相は正直いまだに信じられない。どこか、絵空事のような。今この場で「ドッキリだ」と言われても、難なく信じてしまいそうなほどに、突飛であった。周りにいた存在は、子供ではなく大人だった。しかも、大人になり切れないどころか、大人になることを諦めた大人であった。
 自分の周りには、頼りになる大人(にんじゃ)が大量に存在したため、今もこうして道を踏み外すことなく五体満足で存在できているのだが、兄弟弟子たちは何を学んでいたのだろう、そう辛辣な考えを抱いていたのだ。
 このしのびの里において、唯一の真なる子供である葵。これから十数年後、人生の荒波に飲まれ揉まれていくのかもしれないが、少なくとも人生を「流転」したいだなんて考えは存在しない。今ある数十年を、必死に生き抜いて――最後に笑って死ねるような人生こそが一番のものである。殊勝な考えを持つ彼女だからこそ、彼ら彼女らが許せなかった。
「――でも、それと同じくらい今、闘志が湧きあがってる。これまでの修行の成果を……あのバカたちに見せつけてやりたい」
「……本当、葵は次の私のような立ち位置に似合っているよ」
「それって……次の頭目になれってことか?」
「そう捉えてもらってもいいよ」
 思い残すことをわざとほんの少し残して、二人はお互いに微笑し、剣道場全体に一礼。また、この場に戻ってこられるように、ある種のお(まじな)い。
「――行こうぜ、頭目」
「そうだね」
 剣道場の戸が開かれたその時、二人の表情は実に晴れやかであった。
「「あのバカ弟子たちに、一発拳骨入れるために」」
 その場で待機していた一行は、憑き物の取れた二人を無言で出迎え、目的地へ移動し始めた。その地は、信一郎たちが入った場所とは異なるグレープへの入り口。大口開けて一行を待ち受ける、富士山の麓。
 決死隊として楽園を崩壊させるべく動くのは、院、透、エヴァ、信一郎の英雄学園組。そして清志郎、レイジー、葵、御庭番衆五名、灰崎の山梨組。
 院、透、エヴァの三人それぞれ、この山梨に来た時と同じような格好であったが、分かりやすいように右上腕部に青のワンポイントアイテムをそれぞれあしらっている。理由は、言わずとも分かるだろう。
 レイジーは信一郎に対して耳打ちをすると、彼はその願いをかなえるべく「一時間あれば十分だよ」とだけ言い残し、謡を抱えどこかへ消え去ってしまったが、これからの山梨の運命を、そして裏社会の構図を変える決戦が始まろうとしていたのだ。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第百八十一話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 その時であった。突如として、グレープの方で騒動があったのだ。各所、観光地からグレープへ向かう昇降機が全て使用不能となり、中で豪遊していた富豪たちが皆外に避難し始めたのだ。
 最初はその中でボヤ騒ぎでもあったのかと考えた一行であったが、事は一刻を争う事態であった。
 ニュース画面に映る人物たちは、エヴァ達一行でも理解できる面子の数々。レイジーの部下だった山梨支部の構成員たちを皮切りに、グレープ・フルボディより出でた王漣組を除く山梨のヤクザたち。さらに、エヴァと信一郎が向かったときには誰一人いなかった五斂子社社員の面々。
 総勢で、グレープ・ミディアムボディを完全占拠していたのだ。あろうことか、占拠場所は『理想郷』。数奇なもので、結局は原初の目的地に行きつくのだ。
「――そう言えば、私たちがここに来た|仮初《かりそめ》の目的は、一週間のバカンスでしたものね。あろうことか、泊る場所もそこでした。まだ今日は日程で言うならば三日目ですのに、ずいぶん歓迎ムードは収まらないものですね」
「運命ってのは奇遇なものだ、結局我々あそこに泊まれずじまいじゃあないかな」
 まともに宿泊し、スパを受けていたのはこの場において二人だけ、院と透のみである。体の不調は完全に飛んでいる。だからこそグレープからあそこまで、そこまで時間を要することなく到着できた。
 しかし。ここで『ある人物』が同時に宿泊していたことを思い出した信一郎。
 恐る恐るその主に電話を掛けると、しっかり二コール以内に応答。本人の声であった。
『はい、明石ですが』
「あ、明石君!? 今理想郷が不埒な輩に占拠されているって話ニュースで目にしたんだけど!?」
 「よく分からないんですが」と呟くと、電話越しではあるものの色々なものを探る音が聞こえた。リモコンが見つかったのか、テレビをつけると実に素っ頓狂な声が上がった。すぐさまテレビと自身の声のボリュームを抑え、信一郎に恨み節をぶつけるのだった。
『――どういうことですか!? こんなになっているだなんて私知らなかったんですが!?』
「知らなかったのかい!? ――ま、まあいいや……とりあえず襲撃とか受けないよう用心してくれたまえよ!」
 電話をすぐに切ると、皆静かに頷くと行動を開始した。子供たちを助けるタスクのほかに、あろうことか今の今まで、事の重大さを理解してなかった信一郎の秘書を、火中の栗を拾うように助け出さなければならないタスクが増えたことが確定してしまった。
「……しかし、まだ御屋形様は治りきっていません。戦力をより確実なものにするか……あるいは御屋形様と一部の監視役を置いていくか――――」
「……いや、応急処置は済んだ。私は行けるよ」
 教会のロングコートを羽織ってはいるものの、未だ包帯が目立ち、一部の傷に巻かれた包帯には血が現在進行形で滲んでいる。完全に止血できているわけではないため、傷は開き放題。いくらこの場に小児科医が居るとはいえ、完全な設備もなしに治療はできない。
「なるべく手は尽くしたが……はっきり言おう、そこまで本気の戦いはできると思わない方がいい。一歩間違えたら……血を失いすぎて気を失うぞ」
「大丈夫ですよ――引き際は弁えています」
 しかし、その目の向こう側には、今この場にいない生存している子供……否、元大人たちの姿。どこまで行っても、そして当人が『そちら側』に行こうとも、救い出そうとしているのだ。
 そんな危なげな彼女の傍には、御庭番衆同様忍び道具と装備を十全に整えた葵が存在した。「誰が拵えたのか」、葵のサイズにぴったりのものが揃えられていたのだ。
「――頭目、もし何かあったら……アタシがいる。だから……そう簡単に命を投げ捨てるなよ」
「……そうだね」
 静かに彼女の頭を撫でるレイジー。どれほど悪態吐こうと、それは本当の意味で信頼している証である。二人以外がそれぞれに剣道場を無言で出でると、二人は並んでその場に佇むのだった。
 それは、下手したらもうこの場に戻っては来られないかもしれない、しかし絶対にそんなことにはなりたくない、そんな複雑な覚悟を決める時間が少々要ったためであった。
「――怖い? 葵」
「……正直、怖いよ。アタシ……今まで、生きるか死ぬかなんて血生臭いやり取りなんてのは経験がない。頭目と比べたらそりゃあガキだし、こんな態度してるけど……怖がりだしさ」
 しかし、その震えは今や武者震い。これまでの修行だけでなく、バカな同志をどうにかする考えもあったため、今を生きる者として正さねばならなかった、そのような気がしたのだ。
 葵にとって、この山梨の真相は正直いまだに信じられない。どこか、絵空事のような。今この場で「ドッキリだ」と言われても、難なく信じてしまいそうなほどに、突飛であった。周りにいた存在は、子供ではなく大人だった。しかも、大人になり切れないどころか、大人になることを諦めた大人であった。
 自分の周りには、頼りになる|大人《にんじゃ》が大量に存在したため、今もこうして道を踏み外すことなく五体満足で存在できているのだが、兄弟弟子たちは何を学んでいたのだろう、そう辛辣な考えを抱いていたのだ。
 このしのびの里において、唯一の真なる子供である葵。これから十数年後、人生の荒波に飲まれ揉まれていくのかもしれないが、少なくとも人生を「流転」したいだなんて考えは存在しない。今ある数十年を、必死に生き抜いて――最後に笑って死ねるような人生こそが一番のものである。殊勝な考えを持つ彼女だからこそ、彼ら彼女らが許せなかった。
「――でも、それと同じくらい今、闘志が湧きあがってる。これまでの修行の成果を……あのバカたちに見せつけてやりたい」
「……本当、葵は次の私のような立ち位置に似合っているよ」
「それって……次の頭目になれってことか?」
「そう捉えてもらってもいいよ」
 思い残すことをわざとほんの少し残して、二人はお互いに微笑し、剣道場全体に一礼。また、この場に戻ってこられるように、ある種のお|呪《まじな》い。
「――行こうぜ、頭目」
「そうだね」
 剣道場の戸が開かれたその時、二人の表情は実に晴れやかであった。
「「あのバカ弟子たちに、一発拳骨入れるために」」
 その場で待機していた一行は、憑き物の取れた二人を無言で出迎え、目的地へ移動し始めた。その地は、信一郎たちが入った場所とは異なるグレープへの入り口。大口開けて一行を待ち受ける、富士山の麓。
 決死隊として楽園を崩壊させるべく動くのは、院、透、エヴァ、信一郎の英雄学園組。そして清志郎、レイジー、葵、御庭番衆五名、灰崎の山梨組。
 院、透、エヴァの三人それぞれ、この山梨に来た時と同じような格好であったが、分かりやすいように右上腕部に青のワンポイントアイテムをそれぞれあしらっている。理由は、言わずとも分かるだろう。
 レイジーは信一郎に対して耳打ちをすると、彼はその願いをかなえるべく「一時間あれば十分だよ」とだけ言い残し、謡を抱えどこかへ消え去ってしまったが、これからの山梨の運命を、そして裏社会の構図を変える決戦が始まろうとしていたのだ。