第四部 87話 二人の魔術師
ー/ー ブラウン団長が王都の時計塔のてっぺんから周囲を見回す。
いつからか、すっかり彼の定位置となっていた。
周囲から攻めてくる鬼はラルフ達に任せれば大丈夫だろう。
問題は主力の方だ。今は小競り合いを続けているが、すぐに大規模な衝突があるだろう。まさに会議室でニナとセシリーが方針で口論しているところだった。
連合が約束通りに動いてくれたという報告は聞いている。
当然ではある。新国と鬼に対する共同戦線のために、王国はジークへ手を貸したのだから。そもそもの利害だって一致している。
予想以上に仕事をしてくれているようだが、それでも王国の想定よりも新国兵は多かった。単純に全体兵数が多いのだ。このままでは五分の勝負になる。
「ふむ。一体どこに隠していたのやら。
まさか総力戦というわけでも……いや」
ブラウン団長は首を振った。
ひょっとすると『ゼノ・イリオス』はそのつもりなのかもしれない、と。
彼は『アッシュ・クレフ』から聞いていた知識から、状況を正確に把握していた。その知見の深さも考えれば、キースよりも理解していると言って良い。
確かに『ティアナ・クロス』が『鍵』だとして、ゼノの目的が運命の枠組みからの離脱だとすれば、別に新国にこだわる必要はない。
――新国がどうなろうと、知ったことではないということか?
――要するに『ティアナ・クロス』という『鍵』さえ消えれば良い?
「ありえる」
――新国として総力戦を仕掛けて、仮に新国が敗北したとする。
――その中で『ティアナ・クロス』が死ねば良いのか。
「その時は新国に代わる国を建てる気かな」
――仮にそうなった場合、目的は達成しているということだな。
――本来は新国の王としてティアナがいるはずだとする。
――なるほど、ティアナが王でなければ運命とは違うだろう。
――だが、新国自体がなくなったら……やはり運命とは違うな。
――しかし、ティアナが生き残れば、新国は再建されるということか。
――不謹慎にも笑えるくらい、必死だな。結局あの娘が生きるか死ぬかだ。
「なるほど。納得だな。
確かに、今のところ戦っているのは新国兵と鬼の下っ端だ」
ゼノ自身はここにいない。
青鬼はどこかに潜んでいるだろうが、白鬼黒鬼も姿がない。
彼は合理的だ、と結論づける。賢い手だ。
自分は安全な位置で、ティアナの居場所を奪おうとしているのだ。
――いや。
――奪い取った居場所を守ろうとしている、だな。
「だが、それは盗人と言う。ああ、本当に……なんて賢い泥棒だ。
……だからこそ、これは運命の強制力以前の問題だと思うがね」
レンブラントの襲撃に心を痛め、王族としての作法を学び始めたと聞く。
最善手とは言え、今も自ら敵の本拠地へと同行している。
「単純に――器が足りないのではないかな? 泥棒さん」
ブラウン団長が右腕を伸ばす。
彼を中心に周囲一帯を風が吹き荒れる。
「魔弾よ、貫け」
王都の上空を覆うような、魔弾の雨が現れた。
新国の魔法師団長『ユリウス・クーガー』は自分たちの進行方向に現れた魔力の気配に、思わず足を止めた。
前線の指揮は彼が執っていた。
彼は最前線からは少し下がり、直属の部下で守りを固めている。
騎士団長であるフィンとユリウス、この二人が前線と後方の指揮を執る必要があったのだ。連合を放置するわけにはいかない。
「うわー」
王都に浮かんだ魔弾を見て、気が重いと言わんばかりに項垂れる。
悪名高い『ブラウン・バケット』の魔弾である。
あれだけの数がありながら、その全てが精密射撃。
風の精霊による着弾誘導だ。加えて、魔弾の種類も多彩。
王国の兵器と言われるわけである。
聖女と合わせて、王国が白兵戦で強い理由だ。
「団長!」
「……分かってるよ」
部下の叫びにユリウスは「やれやれ」と言わんばかりに首を左右に振った。
そして、両腕を頭上に伸ばした。
王都の魔弾が解き放たれる。新国の軍へと向かってくる。
ユリウスが溜息交じりに呟いた。
「魔弾よ、貫け」
流石に『ブラウン・バケット』と同数とはいかない。
全てを迎え撃つには三度ほど繰り返す必要があるだろう。
……それでも、十分に異常と呼べるのだが。
しかし、彼には別の能力があった。魔力特性『誘導性』。
キースの『弾性』と同様、彼の魔力は特殊な性質を持っている。
彼の魔力は他の魔力に釣られるのだ。勝手にそちらへと向かってしまう。
魔力特性は非常に珍しい癖に、使い勝手が良いとは言いづらい。
だが、この場面に限れば、これほど有用な能力もないだろう。
何せ、同数の魔弾を撃てば、勝手に相手の魔弾を迎え撃ってくれる。
ユリウスは全ての雨を地上から撃ち落とせるのだ。
だからこそ、騎士団長のフィンではなく、彼が王都侵攻の指揮を執っている。
――英雄と魔力比べかぁ。
彼は自分の主君にすら疑問を抱く身だ。
気乗りはしないまま、それでもやはり「やれやれ」と次弾を放つ。
こうして――彼は英雄相手にどうにか状況を拮抗させた。
いつからか、すっかり彼の定位置となっていた。
周囲から攻めてくる鬼はラルフ達に任せれば大丈夫だろう。
問題は主力の方だ。今は小競り合いを続けているが、すぐに大規模な衝突があるだろう。まさに会議室でニナとセシリーが方針で口論しているところだった。
連合が約束通りに動いてくれたという報告は聞いている。
当然ではある。新国と鬼に対する共同戦線のために、王国はジークへ手を貸したのだから。そもそもの利害だって一致している。
予想以上に仕事をしてくれているようだが、それでも王国の想定よりも新国兵は多かった。単純に全体兵数が多いのだ。このままでは五分の勝負になる。
「ふむ。一体どこに隠していたのやら。
まさか総力戦というわけでも……いや」
ブラウン団長は首を振った。
ひょっとすると『ゼノ・イリオス』はそのつもりなのかもしれない、と。
彼は『アッシュ・クレフ』から聞いていた知識から、状況を正確に把握していた。その知見の深さも考えれば、キースよりも理解していると言って良い。
確かに『ティアナ・クロス』が『鍵』だとして、ゼノの目的が運命の枠組みからの離脱だとすれば、別に新国にこだわる必要はない。
――新国がどうなろうと、知ったことではないということか?
――要するに『ティアナ・クロス』という『鍵』さえ消えれば良い?
「ありえる」
――新国として総力戦を仕掛けて、仮に新国が敗北したとする。
――その中で『ティアナ・クロス』が死ねば良いのか。
「その時は新国に代わる国を建てる気かな」
――仮にそうなった場合、目的は達成しているということだな。
――本来は新国の王としてティアナがいるはずだとする。
――なるほど、ティアナが王でなければ運命とは違うだろう。
――だが、新国自体がなくなったら……やはり運命とは違うな。
――しかし、ティアナが生き残れば、新国は再建されるということか。
――不謹慎にも笑えるくらい、必死だな。結局あの娘が生きるか死ぬかだ。
「なるほど。納得だな。
確かに、今のところ戦っているのは新国兵と鬼の下っ端だ」
ゼノ自身はここにいない。
青鬼はどこかに潜んでいるだろうが、白鬼黒鬼も姿がない。
彼は合理的だ、と結論づける。賢い手だ。
自分は安全な位置で、ティアナの居場所を奪おうとしているのだ。
――いや。
――奪い取った居場所を守ろうとしている、だな。
「だが、それは盗人と言う。ああ、本当に……なんて賢い泥棒だ。
……だからこそ、これは運命の強制力以前の問題だと思うがね」
レンブラントの襲撃に心を痛め、王族としての作法を学び始めたと聞く。
最善手とは言え、今も自ら敵の本拠地へと同行している。
「単純に――器が足りないのではないかな? 泥棒さん」
ブラウン団長が右腕を伸ばす。
彼を中心に周囲一帯を風が吹き荒れる。
「魔弾よ、貫け」
王都の上空を覆うような、魔弾の雨が現れた。
新国の魔法師団長『ユリウス・クーガー』は自分たちの進行方向に現れた魔力の気配に、思わず足を止めた。
前線の指揮は彼が執っていた。
彼は最前線からは少し下がり、直属の部下で守りを固めている。
騎士団長であるフィンとユリウス、この二人が前線と後方の指揮を執る必要があったのだ。連合を放置するわけにはいかない。
「うわー」
王都に浮かんだ魔弾を見て、気が重いと言わんばかりに項垂れる。
悪名高い『ブラウン・バケット』の魔弾である。
あれだけの数がありながら、その全てが精密射撃。
風の精霊による着弾誘導だ。加えて、魔弾の種類も多彩。
王国の兵器と言われるわけである。
聖女と合わせて、王国が白兵戦で強い理由だ。
「団長!」
「……分かってるよ」
部下の叫びにユリウスは「やれやれ」と言わんばかりに首を左右に振った。
そして、両腕を頭上に伸ばした。
王都の魔弾が解き放たれる。新国の軍へと向かってくる。
ユリウスが溜息交じりに呟いた。
「魔弾よ、貫け」
流石に『ブラウン・バケット』と同数とはいかない。
全てを迎え撃つには三度ほど繰り返す必要があるだろう。
……それでも、十分に異常と呼べるのだが。
しかし、彼には別の能力があった。魔力特性『誘導性』。
キースの『弾性』と同様、彼の魔力は特殊な性質を持っている。
彼の魔力は他の魔力に釣られるのだ。勝手にそちらへと向かってしまう。
魔力特性は非常に珍しい癖に、使い勝手が良いとは言いづらい。
だが、この場面に限れば、これほど有用な能力もないだろう。
何せ、同数の魔弾を撃てば、勝手に相手の魔弾を迎え撃ってくれる。
ユリウスは全ての雨を地上から撃ち落とせるのだ。
だからこそ、騎士団長のフィンではなく、彼が王都侵攻の指揮を執っている。
――英雄と魔力比べかぁ。
彼は自分の主君にすら疑問を抱く身だ。
気乗りはしないまま、それでもやはり「やれやれ」と次弾を放つ。
こうして――彼は英雄相手にどうにか状況を拮抗させた。
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