その男は、とても眉目秀麗であり、漆黒のフレームの眼鏡をかけていた。年齢が一切読めないほどに若々しい。高級そうな椅子に座りながら、二人の来訪を緩い拍手によって歓迎していた。しかし、エヴァはそうではない。どれほどの権力者相手だろうと、一切ひるまずにデュアルムラマサを向け脅しにかかる。
「――子供たちを、どこへやった……外道」
「おやおや、開口一番どうしたのかな? リラックスだよ、リラックス」
エヴァの剣を下げさせようとする善吉であったが、信一郎は傍にあったアロマディフューザーを全て砕き始めたのだ。
それも、ただ考えなしに行ってることではない。その中に入っていた香りに、猛烈な違和感を感じ取っていたからだ。
「――器物損壊かもしれないが……貴様、この香を使って何か企んでいただろう? リラックスさせる拍子に嗅がせて、自分の支配下に置こうとでも考えたか」
しかし、それほど策を潰されようと、男は眼鏡を定位置に直すのみで一切動じていなかったのだ。
「子供たちが、どうなっているかを……少し見てもらおうかな」
手元にあったリモコンを操作すると、映し出されたビジョンには……しのびの里の子供たち。それらが、どこに存在するかは不明な場所において、皆幸せそうに遊んでいたのだ。しかし、目は虚ろであった。
遠くの方では、何者かの猛烈な痛みによる叫びがこだまする。しかしそれでも、残された子供たちは遊ぶ手を止めない。まるで、傍で起こる現実から逃げるようであったのだ。『強制的に遊び続けさせられている』のだ。
「おや、どうやら一部子供が脱走したようだ。勘のいいことにね。でも……残りは未だ幸せな夢の中……」
なぜ、善吉が急にこの画面を見せたか。それは、単純に脅しであったのだ。自分を害するなら、この子供たちの命は全て一瞬のうちに奪われる。それを示すように、子供たちの傍にはご丁寧に無人型重機関銃が複数設置。一瞬のうちに蜂の巣になることだろう。
「この……卑怯者!! 子供たちを返せ!!」
声を荒らげるエヴァであったが、善吉には一切効いていない様子だった。
「卑怯だなんて……何を言うかな君は。あの子たちはただ幸せに遊んでいるだけだよ? それに、そんな怖いことを言われたら……うっかり装置が作動してしまうかも」
彼が死んだ瞬間に、装置がすぐに作動する。それを暗に示されたエヴァは、引き下がる以外に道はない。信一郎も同じく、すぐに殺害することは可能だが、それをしたら元も子もないことをすでに理解している。
「まあまあ、別に今すぐどうこうしようというわけじゃあないさ。何せ私も子供は宝だと思っている。五斂子社において、子供が齎すビジネスというものは、非常に大きな割合を占めているからね」
椅子から立ち上がり、二人を応接のためのソファに座らせる。そして用意するものは、二人分のコーヒーであった。
「君たち、ミルクは要るかな」
二人して無言を貫くも、善吉は鼻で笑って目立った小細工することなくカップを二人の前に置く。信一郎がそのコーヒーを少し嗅ぐと、すぐさまテーブルに戻した。
「――私たちは、ミルクは要らないと無言で伝えたはずだが?」
「なあに、ミルクが要らないだけで『チョコ』を入れちゃだめだ、なんてことはないはずだ」
チョコ。それは単純にチョコレート、というわけではない。他でもない、覚醒剤の隠語である。先ほどまで漂っていた香り……否、臭いは麻薬と同等の効果を齎す、最悪の芳香剤であったのだ。
「悪いが、英雄≪ヒーロー≫相手に法律違反を堂々と公言するのは……どうかと思うぞ」
「常識の物差しが違うのさ、英雄と『教会』では。君は世界に点在する少数規模の部族相手に、日本国憲法をごり押しするってのかい?」
「――だとは思ったよ。そうじゃあなかったら……アイツはこのビルにいなかった」
五斂子社、その代表取締役は『教会』山梨支部の構成員の一人。何ならば、幹部の一人と称していいほどに地位が高い存在であったのだ。
「……まあ、ここに留まってもらっているお礼だ。基本的に話せる範囲ならば、何でも話そうじゃあないか」
眼鏡を正しながら、不敵に笑む来栖。ただの脅しや言論のみで、二人を何の道具もなしにソファに縛り付ける。実に最悪の事態であった。