所と時が変わって、グレープ・フルボディ、その深淵。院と透を庇って、この場に残り続けた清志郎。多くの解体人もどきを倒し、一人でその解体工場内を探っていた。
目も当てたくないほどの紅の現実が、小児科医である清志郎を襲う。どうあがいても救えない、死体と臓物の数々。使い物にならない臓器はそのあたりに捨てられているため、何度子供の臓器を踏みつけたか分からなくなっていた。
あまりにもの血の臭いに、次第に鼻腔はおかしくなっていき、嘔気が込み上がる。何とか抑えようとするも、結局は排水溝に全てぶちまけることに。その排水溝には、子供だった残骸が転がっており、命無き曇った瞳がこちらをじいと見つめてくる。
「――最悪だ」
思い起こされるのは、陸自時代。当時現役の陸将だった時代である。世に現れた、正義とも悪とも断定できない、『原初の英雄』と呼ばれる以前の信一郎と、何度拳を交えたか。
結局は、政府主導となって秘密裏に動かしていた『支配階級』と呼ばれる組織が、世の混沌の原因だったことが発覚。信一郎をはじめとして、多くの面子とともに組織を崩壊、当時の政府すら崩壊させ現政権の設立に尽力した。しかし、それまでの被害は相当のものであり、どれほどの人間が犠牲になったか。数えるのも億劫になるほどの、最悪の被害であった。
その中には、当然と言わんばかりに子供が何千人も存在した。見境なしに人質を取ったり、挙句眼前で殺したり。その時の絶望たるや、英雄として戦うことを諦めようかと何度考えたか。
結果的には諦めなかったものの、清志郎の心には、とんでもないほどの蟠≪わだかま≫りが生まれた。あの時に犠牲になった子供たちへの贖罪の気持ちも込め、医師免許を取得、未だ彼の助力を望む自衛隊を退いて小児科医となったのだ。
各所に『原初の英雄』が散らばることで、いつか来るであろう第二、第三の『支配階級』のような組織によって齎される危機を未然に防ぐ、抑止力としての役割を持ったのだ。
しかし、今現在。被害に遭った患者は救えず、こうして無辜の子供たちは惨く殺害され。自分の存在意義を疑い始めたのだ。
髪を乱暴に?き毟り、壁にもたれかかるようにしながら血肉塗れの床に座り込む。
「――私は……本当にアイツと同等の存在なのか? こうして……何も救えず、何も成せず。力があることに驕った、ただの大馬鹿野郎じゃあないか……」
そんな哀愁を引き裂くように、何者かの足音が屠殺場に響く。自分たち以外の侵入者となると、精神が弱った自分を殺しに来た何者か、そういう結論に至るのは通常の思考である。
しかしその場に現れたのは、清志郎も顔を見たことがある群馬支部、支部長であった。
「――よお、久しぶりだな」
「……お前かよ」
だが清志郎は警戒を解いたのだ。それもそのはず、清志郎と群馬支部支部長は顔見知りの関係性にある。ある事情により、清志郎の寝首を掻く、だなんてことはない確証があるのだ。
「――どうした、年甲斐もなくセンチな気分なのかよ」
「……かもな」
支部長は、この惨状を目の当たりにして、頭を抱えていた。彼のポリシーからして、山梨支部がやっていることは許せないことだった。
「何でここにいんだよ、お前。お前のところの支部は管理しなくても大丈夫なのかよ」
「それに関しては心配ご無用、幹部連中全員で山梨観光中だ。俺だけはバカンスそっちのけで仕事しているだけだよ。号令一つで招集は出来る。皆一様に……ここの天辺が気に食わねえとぼやいていたよ」
男が懐から取り出したのは、一本のUSBメモリ。そこには直に『機密事項』とだけ記されていた。それとともに周囲にあった機材管理用PCを拝借し、そこに挿入する。
「俺は今回、英雄学園側に不干渉する宣言を取らせてもらう。何なら、ここの支部を崩壊させる手伝いをしてやろう。その証明として……山梨の大企業、ひいては『教会』関係社が示し合わせて所持しているデータってのを提供しよう」
「――それ、お前に何かしらのメリットがあんのかよ」
「まあな。俺は……いずれ『教会』から独立する。身辺整理と後進育成に励むためのもんだよ」
データを展開し終えたPCを清志郎に見せると、清志郎は驚愕した。今まで失意の底にいたはずなのに、その事実を目の当たりにして自身の常識を疑ったのだ。
「……有り得ねえ、そう言いたげだな。清志郎」
「そうだろ……だって、これは明らかにおかしいはずだ」
そこに記されていたのは、人口の年齢を相対的に表したグラフ。よく現代社会の教科書の隅に、これまでの歴史で生産人口がどうたらだの、年少人口が減少だの、時代を切り取って理解するにはうってつけのものが記されていたのだ。
しかし、そのグラフは。明らかにおかしかったのだ。清志郎の『経験上』、そうなることは有り得ないのだ。
「何で……『 』がこうなってんだよ」
「その答えは……自分で見つけ出してくれ。『もう一個のデータ』もあるから、それにも目を通しておいた方が身のためだろ――そうして全て結論に至った時、どう身を振るかは……真剣に考えろ」
その言葉通りにもう一つのデータを開くと、自分の常識を疑ってしまうような、突飛なデータ群が広がっていたのだった。