表示設定
表示設定
目次 目次




第百七十一話

ー/ー



 信一郎は軽々と、しかしエヴァは恐る恐る静かに登っていく。瓦礫で出来上がった階段を、着実に一歩ずつ登っていく。
「――あれ、高所恐怖症とかあったかな、エヴァちゃん」
「いや、多少はありますけど……あの時は乗り物酔いのようなものでしたから!! 唐突に『足踏み外したらアウト』とか言われて怖くなっているだけです!!」
 エヴァは真人間。信一郎のような人を超越した頑丈な化け物ではないため、傷つく恐怖を知っている。痛みは人の歩みを鈍らせる麻薬であるのだ。
「――っと、そう暢気していられないかもよ、エヴァちゃん」
 徐々に足場が崩落していくようで、数十分前に足場にしていた場所が徐々に宇宙へと近づきつつあったのだ。最初に昇降機にて降り立った場所も、いつの間にか宇宙の藻屑の仲間入り。エヴァは、未来を見通す力がある訳でもないのに冷や汗を掻き始めたのだ。
「――学園長、おかしいこと言っていいですか」
「? いいよ??」
「私を抱えて……上にダッシュしてくれませんか」
「もっとおかしなこと言っていいかな、セクハラで訴えないなら喜んで」
 すぐさま首を上下に激しく振ると、信一郎はエヴァの手を取ってすぐさまお姫様抱っこの状態に持ち込んで、因幡の白兎のように跳躍しながら疾走、高速で登っていく。
 そしてそんな信一郎の動きを察知してか、なぜか足場が壊れ宙に落ちていく速度が数倍に上昇。
「ぎゃー!! 助けてくださーい!!」
「えっそれ私に言ってる!? それともこのお姫様抱っこの状況のこと言ってる!?」
「前者に決まっているじゃあないですかシバきますよ!!」
「スーパー理不尽!?」
 やがてビルの屋上が見え、そこまでショートカットするように長距離跳躍。しかし足場は意志を持ったように、跳躍する足場もろとも瞬時に崩壊させにかかる。
 若干踏み外したため、少々飛距離が足らなかったものの、空気を蹴り飛ばして何とか屋上に着地。元々あった足場は、全て宇宙の藻屑となったのだった。
「あ、危なかった……」
「本当だよ、急に私のこと不審者みたいに叫ぶんだもん……」
 それに対して反論を考えたエヴァであったが、その軽口は場を和ませるものであると瞬時に理解した。そのため、それ以上異を唱えることはしなかった。

 ビルの天井を叩き壊す信一郎であったが、二人が目にした光景は、実に異質であった。床と天井が逆転し、ビルそのものがひっくり返ったかのような感覚。しかも、入り込んだ者が立つ場は天井。全ての重力、ベクトルが反転しているのだ。そこら中で侵入者を奈落に落とさんと言わんばかりに、壁や窓が要所で崩壊している。これまでも似たような状況であったが、内部に入り込むと、より当人の違和感を刺激している。
 そのため、手ごろな足場にエヴァを降ろすと、二人でそのビルの一階に相当する場に向かい、歩き始めたのだ。
「――なんで、こんなことになっているんですか」
「……これはあくまで推測だけどね、これは頂点にいるはずの存在が齎したものではないっぽいね。魔力性質が……忌々しい『アイツ』のものだ」
 どのタイミングでこうなるよう仕組んだか。それは至極単純、あの場に本人がいたためいつでも仕込めた。遠隔なら、こうまで広域にわたって異常な光景を生み出すことはなかっただろうが。
 注意しながら五斂子社の高層ビル内を進む二人であったが、次第に冷ややかなオフィスビルの印象が一変する。子供の落書きだったりおもちゃだったり、オフィスビルにはあまりふさわしくないものが増え始めたのだ。
「――五斂子社って、託児サービスやってましたか?」
「保育園の運営元だったりするし、案外あり得る話ではあるかもね。ただ……そういうサービスは普通一階の一角を占有するものだけど……」
 しかし、二人が目の当たりにしている光景は、異常そのもの。ワンフロアの一角どころか、十数階に渡ってその子供の落書きだったり遊び場だったりが広がっていたのだ。
「……ここに、子供たちが拉致されたんですかね」
「…………」
 完全に無言になる信一郎。それは、思考しているためか、それとも至った結論通りだったのか。
「――エヴァちゃん、そろそろ目的地に着いたみたいだよ」
 最下層、一階に辿り着いた二人は、厳かなオフィスビルに似つかわしくないほどに、子供によって落書きされたような扉の前に立つ。
 エヴァは、その扉の向こうの存在を感じ取る。人は一人ほど、この状況だったら勝利は間違いないであろう。しかし、そのたった一人が待ち受ける状況――――それが、違和感でしかなかったのだ。
「気づいたかな、エヴァちゃん。一人しかいない謎に」
「ええ……『いなくなった数十人の子供たちの行方』、ですね」
 少なくとも、二人が今まで歩んできた道のりの中に、誰一人見つからなかったしのびの里の子供たち。それほど大人数が隠れるに値する場所は、あらゆるものが崩壊した場においてここ以外ありえないのだが、それほど大人数がいるとは思えなかったのだ。
 気配を遮断しようにも、大人の忍者ならどうにでもできるだろうが、まだ未熟者ばかりの子供たちがそんな芸当出来る訳がない。
「――行こうか、エヴァちゃん。この先に行けば、答えが見つかるかもしれないからさ」
 無言で頷くエヴァ。信一郎がその意思を感じ取ると、その扉を豪快に蹴破る。
 その場にいたのは、この会社のトップたる存在であった。
「……やあやあ、待ちくたびれたよ」
 五斂子社代表取締役、事実上の山梨県に存在する企業の頂点に立つ存在、来栖・F・善吉(クルス・ファイニアント・ゼンキチ)であった。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第百七十二話


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 信一郎は軽々と、しかしエヴァは恐る恐る静かに登っていく。瓦礫で出来上がった階段を、着実に一歩ずつ登っていく。
「――あれ、高所恐怖症とかあったかな、エヴァちゃん」
「いや、多少はありますけど……あの時は乗り物酔いのようなものでしたから!! 唐突に『足踏み外したらアウト』とか言われて怖くなっているだけです!!」
 エヴァは真人間。信一郎のような人を超越した頑丈な化け物ではないため、傷つく恐怖を知っている。痛みは人の歩みを鈍らせる麻薬であるのだ。
「――っと、そう暢気していられないかもよ、エヴァちゃん」
 徐々に足場が崩落していくようで、数十分前に足場にしていた場所が徐々に宇宙へと近づきつつあったのだ。最初に昇降機にて降り立った場所も、いつの間にか宇宙の藻屑の仲間入り。エヴァは、未来を見通す力がある訳でもないのに冷や汗を掻き始めたのだ。
「――学園長、おかしいこと言っていいですか」
「? いいよ??」
「私を抱えて……上にダッシュしてくれませんか」
「もっとおかしなこと言っていいかな、セクハラで訴えないなら喜んで」
 すぐさま首を上下に激しく振ると、信一郎はエヴァの手を取ってすぐさまお姫様抱っこの状態に持ち込んで、因幡の白兎のように跳躍しながら疾走、高速で登っていく。
 そしてそんな信一郎の動きを察知してか、なぜか足場が壊れ宙に落ちていく速度が数倍に上昇。
「ぎゃー!! 助けてくださーい!!」
「えっそれ私に言ってる!? それともこのお姫様抱っこの状況のこと言ってる!?」
「前者に決まっているじゃあないですかシバきますよ!!」
「スーパー理不尽!?」
 やがてビルの屋上が見え、そこまでショートカットするように長距離跳躍。しかし足場は意志を持ったように、跳躍する足場もろとも瞬時に崩壊させにかかる。
 若干踏み外したため、少々飛距離が足らなかったものの、空気を蹴り飛ばして何とか屋上に着地。元々あった足場は、全て宇宙の藻屑となったのだった。
「あ、危なかった……」
「本当だよ、急に私のこと不審者みたいに叫ぶんだもん……」
 それに対して反論を考えたエヴァであったが、その軽口は場を和ませるものであると瞬時に理解した。そのため、それ以上異を唱えることはしなかった。
 ビルの天井を叩き壊す信一郎であったが、二人が目にした光景は、実に異質であった。床と天井が逆転し、ビルそのものがひっくり返ったかのような感覚。しかも、入り込んだ者が立つ場は天井。全ての重力、ベクトルが反転しているのだ。そこら中で侵入者を奈落に落とさんと言わんばかりに、壁や窓が要所で崩壊している。これまでも似たような状況であったが、内部に入り込むと、より当人の違和感を刺激している。
 そのため、手ごろな足場にエヴァを降ろすと、二人でそのビルの一階に相当する場に向かい、歩き始めたのだ。
「――なんで、こんなことになっているんですか」
「……これはあくまで推測だけどね、これは頂点にいるはずの存在が齎したものではないっぽいね。魔力性質が……忌々しい『アイツ』のものだ」
 どのタイミングでこうなるよう仕組んだか。それは至極単純、あの場に本人がいたためいつでも仕込めた。遠隔なら、こうまで広域にわたって異常な光景を生み出すことはなかっただろうが。
 注意しながら五斂子社の高層ビル内を進む二人であったが、次第に冷ややかなオフィスビルの印象が一変する。子供の落書きだったりおもちゃだったり、オフィスビルにはあまりふさわしくないものが増え始めたのだ。
「――五斂子社って、託児サービスやってましたか?」
「保育園の運営元だったりするし、案外あり得る話ではあるかもね。ただ……そういうサービスは普通一階の一角を占有するものだけど……」
 しかし、二人が目の当たりにしている光景は、異常そのもの。ワンフロアの一角どころか、十数階に渡ってその子供の落書きだったり遊び場だったりが広がっていたのだ。
「……ここに、子供たちが拉致されたんですかね」
「…………」
 完全に無言になる信一郎。それは、思考しているためか、それとも至った結論通りだったのか。
「――エヴァちゃん、そろそろ目的地に着いたみたいだよ」
 最下層、一階に辿り着いた二人は、厳かなオフィスビルに似つかわしくないほどに、子供によって落書きされたような扉の前に立つ。
 エヴァは、その扉の向こうの存在を感じ取る。人は一人ほど、この状況だったら勝利は間違いないであろう。しかし、そのたった一人が待ち受ける状況――――それが、違和感でしかなかったのだ。
「気づいたかな、エヴァちゃん。一人しかいない謎に」
「ええ……『いなくなった数十人の子供たちの行方』、ですね」
 少なくとも、二人が今まで歩んできた道のりの中に、誰一人見つからなかったしのびの里の子供たち。それほど大人数が隠れるに値する場所は、あらゆるものが崩壊した場においてここ以外ありえないのだが、それほど大人数がいるとは思えなかったのだ。
 気配を遮断しようにも、大人の忍者ならどうにでもできるだろうが、まだ未熟者ばかりの子供たちがそんな芸当出来る訳がない。
「――行こうか、エヴァちゃん。この先に行けば、答えが見つかるかもしれないからさ」
 無言で頷くエヴァ。信一郎がその意思を感じ取ると、その扉を豪快に蹴破る。
 その場にいたのは、この会社のトップたる存在であった。
「……やあやあ、待ちくたびれたよ」
 五斂子社代表取締役、事実上の山梨県に存在する企業の頂点に立つ存在、|来栖・F・善吉《クルス・ファイニアント・ゼンキチ》であった。