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第百七十話

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 敵に回った仲間を想い、静かに涙したまま。エヴァと信一郎は未だ開業時間にない五斂子社ビルへ突入。あろうことか、真正面から堂々と踏み込んだのだ。
 エントランスフロアは、とても広々としていた。華美なシャンデリアが遥か高い天井に吊り下がり、マンモス校の年次全員が、問題なく収容できる面積を持った広さ。隅には待ち合う用のテーブルと高価なソファがいくつもあり、その企業の『格』が分かりやすく提示されているようなものである。
 しかもこのエントランスだけで二フロアあり、階段を上った先には、上階に至るための階段と昇降機が複数整えられている。しかし昇降機のどれも、今は稼働していない。
 しかし、そんな広々としたフロアには、二人の来訪を分かっていたかのように、警備員の部隊二百名ほどが待ち構えていたのだ。しかし、それらは人でないように形状を自在に練り変えながらじりじりと迫っていたのだ。
「――がっつり、教会の息がかかっているようだ」
「これも、予想通りですか」
「無論だよ。奴らの計画上……この五斂子社もがっつり傘下に入っている。子供たちにまつわる事件の根幹に居続けるのは、この企業であることに間違いはない」
 二人は静かに戦闘態勢を取るも、なぜかその警備員たちが順々に消えていく。液状化したり、あるいは爆散したり。エヴァは呆けていたものの、信一郎の怒気が強くなっていったのだ。
「――な、なんで? ここで数を以って叩くつもりじゃあないの……?」
「違う。『アイツ』が――ここにいる」
 二人はすぐさまエントランスの先にある、二フロア目を見やると。

「やあやあ信一郎君、君『も』観光に来たんだ。奇遇だね」

 二週間ほど前、もしくは今までの事件の主犯格に近い人物であり、『教会』本部にて事の惨劇を見守る、時代に混沌を齎す最悪の調停者、カルマが肘をつき、二人を楽しそうに見据えるのだった。
「――何で、お前がここにいる。そんなにここにあるものを暴かれたくないのか」
「いんや、別にそんなことはないよ。全て暴いてもらって構わない。何なら……ここの支部の支部長は、『教会』に楯突こうとしている不届き物だからね、別にどうしてくれても構わないよ。山梨県の地位は底に落ちるだろうけどね」
 カルマの興味は、レイジーにはなかった。レイジー以外が行う行動の全てを楽しんでいたのだ。まるでTRPGでPC≪プレイヤーキャラ≫の行く末を見守る、GM(ゲームマスター)のように。
 警備員だったものを液状化し集約、それを吸収すると、二人に向き直った。不敵な笑みを浮かべたままで。
「――あ、そうそう。これだけは教えておこうと思ったんだ」
 宙に手をかざし、起動していないはずのホログラム技術を、魔力を以って強制的に起動。何となく意図的なノイズ混じりではあるが、ある情報を映し出す。それは、エヴァもよく知る人物たちのプロフィールであった。
 唯一、葵のものだけは存在しなかったのだが。
「――これ、もしかして」
「分かったかい、これはあの『しのびの里』の子供たちのプロフィール。信一郎なら、難なく覚えられるだろう?」
「……問題ない。速読と同じ要領で全て文言違わず一字一句覚えられる」
 全ての子供たちの情報に目を通したのち、カルマに対し「もういらない」と言わんばかりに、邪険に手を振る。少々むすくれながら、そのホログラムの元電源を消去する。
「どうかな、少しくらいお礼言ってくれてもいいのよ?」
「言うわけがないだろ。大体私の見て覚えていたものと同じだ」
「ちぇー。礼儀は大切だぞ?」
「お前だけには礼儀もクソもない。普段はいついかなる時も礼儀は欠かさないがな」
 懐からスマートフォンを取り出し、どこかへ電話を掛けだすカルマ。会話内容から、ここに応援を寄越す……なんてものではない、ただ迎えを寄越しているだけの内容であった。
「――じゃあ、私これでお暇するから。今日は丁度天辺で二人を待ち受けている人物がいるようだし……ごゆっくり?」
 去り際に信一郎が中指を突き立てると、カルマもそれに倣って中指を立てながら笑顔で去って行った。
「――あのプロフィール、いったい何なんですか?」
「……正直、嫌な予感がする」
 すぐさま昇降機に入り込む二人であったが、その瞬間に小さな地震のようなものが起こる。エヴァは特に何も感じていない様子であったが、あの昇降機特有の上昇感ではないものを瞬時に感じ取っていた信一郎は、すぐさまドアを開け直そうとする。
 しかし、一向にドアは開かない。どころか、次第に宙に投げ出されたかのような浮遊感を感じ取っていた。
「……エヴァちゃん。今から私がドアを力づくで開く。その瞬間に、宙へ逃げるよ」
「えっ、どういうことですか!?」
 一切の返答を待たず、両腕に力を込め、固く閉じられていたはずの扉を壊す。
 その瞬間にエヴァが見た世界は、奇妙奇天烈なものであった。
 全てのものの重力や物体が、現実の物理法則と真逆の世界。今上昇するはずの昇降機は、地面と化した空に『落ちていく』状態にあったのだ。
「う、嘘でしょ!?」
 信一郎は驚愕するエヴァを抱え、その昇降機よりも上に行くようジャンプ。すると、急速に地表へ目掛け『飛んでいく』。
「い、一体全体どういうことなんですかこれ!?」
「……頭で考えることはよした方がいいね。今分かっていることだけで語るなら……あらゆる意思とは真逆になり続けるビル。私たちが『上がる』ことを考えた瞬間に堕ちていく。空に落ちたら……一発アウトなんだろう」
 あらゆる妨害を受けたとしても、一切意に介すことなくこれまでやって来られた理由はここにある。どれほど悪さをしようと、頂点に存在する悪人を捕まえようと上階に向かう意思を見せた瞬間に、因果が逆転しビル内に存在する仮想の宇宙へ投げ出される。宇宙に存在するブラックホール等は無いだろうが、酸素は無くなる。ゆえの死亡であるのだ。
 見下げると、地面だったはずの場所の宇宙には無数の人の亡骸が。それらが装備を整えた者やら一般人やら、多種多様。相手の心理を付いた最悪のギミックであった。
 いま信一郎とエヴァの二人が降り立った場所は、ビルの残骸が形を成し、何とか足場として成立している、残骸の墓場のような場所。そこから少しでも下に行けば、亡骸の海とご対面できる。そのため、時間経過した死体が放つ悪臭がそこら中に満ち溢れ、気分は最悪であった。
「つまり……どういうことなんですか?」
「分かりやすく言うなら……これから残骸を頼りに降りていく。足を踏み外してもアウトだと考えてくれたまえ」
「ンな無茶な……」
 子供たちを救うため、地獄を目的地とするような旅路が始まったのだ。



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 敵に回った仲間を想い、静かに涙したまま。エヴァと信一郎は未だ開業時間にない五斂子社ビルへ突入。あろうことか、真正面から堂々と踏み込んだのだ。
 エントランスフロアは、とても広々としていた。華美なシャンデリアが遥か高い天井に吊り下がり、マンモス校の年次全員が、問題なく収容できる面積を持った広さ。隅には待ち合う用のテーブルと高価なソファがいくつもあり、その企業の『格』が分かりやすく提示されているようなものである。
 しかもこのエントランスだけで二フロアあり、階段を上った先には、上階に至るための階段と昇降機が複数整えられている。しかし昇降機のどれも、今は稼働していない。
 しかし、そんな広々としたフロアには、二人の来訪を分かっていたかのように、警備員の部隊二百名ほどが待ち構えていたのだ。しかし、それらは人でないように形状を自在に練り変えながらじりじりと迫っていたのだ。
「――がっつり、教会の息がかかっているようだ」
「これも、予想通りですか」
「無論だよ。奴らの計画上……この五斂子社もがっつり傘下に入っている。子供たちにまつわる事件の根幹に居続けるのは、この企業であることに間違いはない」
 二人は静かに戦闘態勢を取るも、なぜかその警備員たちが順々に消えていく。液状化したり、あるいは爆散したり。エヴァは呆けていたものの、信一郎の怒気が強くなっていったのだ。
「――な、なんで? ここで数を以って叩くつもりじゃあないの……?」
「違う。『アイツ』が――ここにいる」
 二人はすぐさまエントランスの先にある、二フロア目を見やると。
「やあやあ信一郎君、君『も』観光に来たんだ。奇遇だね」
 二週間ほど前、もしくは今までの事件の主犯格に近い人物であり、『教会』本部にて事の惨劇を見守る、時代に混沌を齎す最悪の調停者、カルマが肘をつき、二人を楽しそうに見据えるのだった。
「――何で、お前がここにいる。そんなにここにあるものを暴かれたくないのか」
「いんや、別にそんなことはないよ。全て暴いてもらって構わない。何なら……ここの支部の支部長は、『教会』に楯突こうとしている不届き物だからね、別にどうしてくれても構わないよ。山梨県の地位は底に落ちるだろうけどね」
 カルマの興味は、レイジーにはなかった。レイジー以外が行う行動の全てを楽しんでいたのだ。まるでTRPGでPC≪プレイヤーキャラ≫の行く末を見守る、|GM《ゲームマスター》のように。
 警備員だったものを液状化し集約、それを吸収すると、二人に向き直った。不敵な笑みを浮かべたままで。
「――あ、そうそう。これだけは教えておこうと思ったんだ」
 宙に手をかざし、起動していないはずのホログラム技術を、魔力を以って強制的に起動。何となく意図的なノイズ混じりではあるが、ある情報を映し出す。それは、エヴァもよく知る人物たちのプロフィールであった。
 唯一、葵のものだけは存在しなかったのだが。
「――これ、もしかして」
「分かったかい、これはあの『しのびの里』の子供たちのプロフィール。信一郎なら、難なく覚えられるだろう?」
「……問題ない。速読と同じ要領で全て文言違わず一字一句覚えられる」
 全ての子供たちの情報に目を通したのち、カルマに対し「もういらない」と言わんばかりに、邪険に手を振る。少々むすくれながら、そのホログラムの元電源を消去する。
「どうかな、少しくらいお礼言ってくれてもいいのよ?」
「言うわけがないだろ。大体私の見て覚えていたものと同じだ」
「ちぇー。礼儀は大切だぞ?」
「お前だけには礼儀もクソもない。普段はいついかなる時も礼儀は欠かさないがな」
 懐からスマートフォンを取り出し、どこかへ電話を掛けだすカルマ。会話内容から、ここに応援を寄越す……なんてものではない、ただ迎えを寄越しているだけの内容であった。
「――じゃあ、私これでお暇するから。今日は丁度天辺で二人を待ち受けている人物がいるようだし……ごゆっくり?」
 去り際に信一郎が中指を突き立てると、カルマもそれに倣って中指を立てながら笑顔で去って行った。
「――あのプロフィール、いったい何なんですか?」
「……正直、嫌な予感がする」
 すぐさま昇降機に入り込む二人であったが、その瞬間に小さな地震のようなものが起こる。エヴァは特に何も感じていない様子であったが、あの昇降機特有の上昇感ではないものを瞬時に感じ取っていた信一郎は、すぐさまドアを開け直そうとする。
 しかし、一向にドアは開かない。どころか、次第に宙に投げ出されたかのような浮遊感を感じ取っていた。
「……エヴァちゃん。今から私がドアを力づくで開く。その瞬間に、宙へ逃げるよ」
「えっ、どういうことですか!?」
 一切の返答を待たず、両腕に力を込め、固く閉じられていたはずの扉を壊す。
 その瞬間にエヴァが見た世界は、奇妙奇天烈なものであった。
 全てのものの重力や物体が、現実の物理法則と真逆の世界。今上昇するはずの昇降機は、地面と化した空に『落ちていく』状態にあったのだ。
「う、嘘でしょ!?」
 信一郎は驚愕するエヴァを抱え、その昇降機よりも上に行くようジャンプ。すると、急速に地表へ目掛け『飛んでいく』。
「い、一体全体どういうことなんですかこれ!?」
「……頭で考えることはよした方がいいね。今分かっていることだけで語るなら……あらゆる意思とは真逆になり続けるビル。私たちが『上がる』ことを考えた瞬間に堕ちていく。空に落ちたら……一発アウトなんだろう」
 あらゆる妨害を受けたとしても、一切意に介すことなくこれまでやって来られた理由はここにある。どれほど悪さをしようと、頂点に存在する悪人を捕まえようと上階に向かう意思を見せた瞬間に、因果が逆転しビル内に存在する仮想の宇宙へ投げ出される。宇宙に存在するブラックホール等は無いだろうが、酸素は無くなる。ゆえの死亡であるのだ。
 見下げると、地面だったはずの場所の宇宙には無数の人の亡骸が。それらが装備を整えた者やら一般人やら、多種多様。相手の心理を付いた最悪のギミックであった。
 いま信一郎とエヴァの二人が降り立った場所は、ビルの残骸が形を成し、何とか足場として成立している、残骸の墓場のような場所。そこから少しでも下に行けば、亡骸の海とご対面できる。そのため、時間経過した死体が放つ悪臭がそこら中に満ち溢れ、気分は最悪であった。
「つまり……どういうことなんですか?」
「分かりやすく言うなら……これから残骸を頼りに降りていく。足を踏み外してもアウトだと考えてくれたまえ」
「ンな無茶な……」
 子供たちを救うため、地獄を目的地とするような旅路が始まったのだ。