梯子を上り切った先には、マンホールの蓋があった。それを、ただ拳一発を叩き込むことで抜け出す二人。
「――下の方で、戦闘音がしだした。彼の望み通り、気にすることなく行こうじゃあないか」
「…………」
「――今更、何を迷っているんだい? 私たちで五斂子社を潰す以外にないだろう?」
しかし、そんな軽快な雰囲気の信一郎の胸倉を掴むエヴァ。その目には、大粒の涙が溢れていたのだ。ひたすらに見せないよう俯いていたが、そんなごまかしなど意味をなさないほどに泣いていたのだ。
「――学園長は、事の真相を全て頭に入れたうえで、行動しているんですか」
「それは厳密には違うかな。あくまで山梨県の現状や、『教会』の動向、そしてそれの息がかかった存在の動向を整理しつつ、あくまで仮定として結論を見出しているだけだよ。なるべく……その未来になってほしくはないと思いながら、九割九分九厘その通りになる訳なんだけど」
全てが秀でている存在だからこそ、予想がほとんどその通りになってしまう。そしてその結末をその通りに迎えさせるべく、常に行動する。目的が支部の壊滅なら、それに関わるもの全ての破滅まで。そこに至るまでの被害は、あくまで最小限のものである。
胸倉を掴んだはいいものの、実際信一郎には一切の非が無い。あくまで関わっている存在が分かっているだけで、その過程がどうなるかというのは推理のしようがない。
「――いいかい、エヴァちゃん。私は全てを推理した結果が、仮定としてあるだけ。全ての結論を知る者ではないんだ。なるべく、その過程や本来ある結論を捻じ曲げるために、全身全霊で動いているんだ。説得力はないだろうが……そこに悪意はないんだよ」
この言論に、悪人がいないところが何よりも傷つく部分であったのだ。エヴァはそれを重々理解している。それでも、礼安同様些細なことに心を痛めてしまう感受性の高い部分が、まるで姉妹のように似通っているのだ。
手を優しく解きながら、崩れ落ちるエヴァと同じ視点になるべく、片膝立ちの状態にて向き合う。
「正直……山梨に来た理由はその通り、あらゆる要因を重ね合わせた上かつバカンスの体で近づいたのは確かだよ。でも……それはその未来を確定させるわけではないよ、その未来を変えるべく動くんだよ。そのために……
英雄は存在するんだよ」
人を救う以外に、そうなるかもしれない未来を変える。信一郎の原動力は、礼安たち娘にまつわる事柄以外にも、必然を壊すために存在しているのだ。
「――だから、私と一緒に戦ってくれるかい? 私の思い描く最悪にさせないために、奴らの思い通りにさせないために。そして……勇気ある一人の悪人の覚悟を無駄にしないために、さ」
何とか頷くエヴァ。彼女なりに、あらゆる物事を考えた結果の涙であった。
「エヴァちゃん。君は……本当に優しい子だ。礼安と同じくらいの……『お人よし』だよ」